赤の魔剣士と銀の雪姫

田尾風香

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ドラゴンとの戦い①

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 ドラゴンの炎が俺に迫る。
 ――俺はそれを、剣を盾にして受けた。

「…………」

 熱い。けれど、それだけだ。
 炎がまとわりつく俺の赤く輝く剣を、俺は強引に横に振り払った。同時に、ドラゴンの炎が霧散する。
 その瞬間、俺は足に力を入れて蹴り、ドラゴンの真ん前に躍り出ていた。

「はあっ!」

 気合いを入れるように声を出しつつ、剣を横薙ぎに振り抜いた。そして、精鋭の兵士たちの攻撃では全く傷のつかなかったドラゴンの皮膚を、切り裂いた。

「ギャアアアァァアァッ!?」

 ドラゴンが悲鳴を上げ、俺に前足を伸ばしてくる。それを俺は後方にステップして躱して、さらに剣を振ろうとして……。

「……っ!?」

 咄嗟に屈む。ドラゴンの右前足の爪が一瞬にして伸びた。屈んでいなかったら、間違いなく爪は俺を捕らえていた。屈んだ姿勢から、下から上に剣を振り上げた。剣は爪に食い込み、そして伸びた爪を切り落とした。

 しかし油断はできない。今度は左前足が伸ばされる。迎撃が間に合わない。仕方なく、せっかく詰めた距離だが、さらに後ろに下がる。

 その瞬間、ドラゴンが口を開けて、炎を吐いてきた。

「無駄だっ!」

 俺は放たれた炎に剣を振るう。剣に切られるように炎が消失した。そして、再び剣を構える。

「……………」

 ドラゴンの俺を睨む目つきの警戒が、さらに増したように見えた。動かないドラゴンに、俺は口の端をあげた。

「どうした、来ないなら俺から行くぞ」

 言いながら、再び地面を蹴った。一瞬でドラゴンの前に出る。剣を振るおうとして……。

「ギャァァッ!」
「ぐっ」

 ドラゴンがその翼を羽ばたかせた。風圧に押されて、俺の動きが鈍る。その瞬間、ドラゴンは空へと飛び上がった。

 そのまま飛んで去っていく……なんてこともなく、ドラゴンは俺の上空に留まる。そして、その翼をさらに強く羽ばたかせた。

「ぐぅっ!」

 翼の動きで起きるのは、強風というのも生やさしい、まるで風の固まりだ。それが上空から落ちてきて、俺はたまらず膝をついた。

 けれど、俺はまだマシだっただろう。ドラゴンの攻撃が俺だけに留まっているはずもなく、当然ながら周囲にも渡っている。王太子や将軍は完全に地面に倒されている。フィテロたちは体を丸めて、何とか防御しているようだ。

 そしてエイシアは、俺がチラッと見たら得意そうに笑った。ちゃっかり氷の壁を作って、自分だけ防御している。

 ずるい、と思いつつ、俺は自分の足元を指さして、その指を上に動かす。エイシアはちょっと首を傾げて、その口が動いた。

(す・ぐ・こ・わ・れ・る)

 口の動きだけで、そう言っているのが分かる。それでもいい、と頷けば、エイシアも頷いた。

 エイシアの指が真っ直ぐ伸びる。そして、慣れ親しんだ冷たいけれど頼もしい氷が、俺の足元に渦を巻く。そしてそれはあっという間に、氷の階段……ではなく段のないスロープ状のものが出現する。

 俺は風に逆らって立ち上がり、その氷の上を走り出した。そのスロープの先に続いているものはもちろん、上空にいるドラゴンだ。

「ギャァッ!?」

 伸びた氷の柱に驚いたか、さらに風の力が強くなる。エイシアの言った通り、ドラゴンに近い場所の氷はすでに壊れ始めている。そして、俺の足元も。

 ――だが、ここまで来れば、十分だ。

 俺は壊れかけている氷を蹴って、上空へ飛び出した。狙いはもちろんドラゴン、のさらに上だ。

 ドラゴンはその翼でさらに上に飛ぶことができる。そうされる前に、ドラゴンの背中が見えた瞬間、俺は剣を振り抜いた。距離はまだある。けれど、手加減せず振り抜いた剣からは衝撃が走り、それは狙い違わず、ドラゴンの翼の根元へと命中した。

「ギャァアアアァァァァアァァァァアアァアァァッ!」

 今までで一番大きな悲鳴を上げる。けれど、その結果を見て、俺は舌打ちしたかった。本当は翼を切り落としたかったのだが、そこまではできなかった。かなりのダメージを与えたから、飛ぶのにはかなりの痛みが伴うだろう。それで良しとするしかないか。

 俺は自由落下状態になった。このままなら地面に叩き付けられる。けれど、下から優しく俺を支えてくれたのは、雪だ。下から吹雪いてくる雪が、俺の体を受け止めて、落下スピードを緩めてくれる。

 そして、俺は無事に足から地面に降りた。

「ありがとう、エイシア」
「どういたしまして。ところであんた、一人で戦うって言っときながら平然と私の力を借りるなんて、プライドないわけ?」
「勘弁してよ」

 借りなかったら、上空にいるドラゴンとまともな戦いができるはずもないんだから。本気で言っているわけじゃないのは分かるけど、これからしばらく、からかってくる気満々だ。

 けれど、それもここでドラゴンを倒せたらの話だ。
 ズシンと重い音を立てて、ドラゴンが地面に降りてきた。流石というか、落ちてくるということはなく、ちゃんと両足で降りて立っている。俺を睨む目は血走っていた。

 ドラゴンは当然気付いただろう。俺が剣を使って相殺できるのは炎だけだ。だから、翼で風を起こして攻撃をしてきた。けれど、傷ついた翼で風を起こすのはもう難しいだろう。

 俺はフッと息を吐いて、三度地面を蹴ってドラゴンの前に出る。迎え撃ってきたのは、俺が切り落としたはずの、右前足の長く伸びた爪。

「――何回でも伸びてくるのかっ」

 正直厄介だ。何回切り落としても伸びてくるなら、切る意味がほとんどない。右前足を躱したと思ったら、今度は左前足が見えて回避する。……と思ったら、また右前足。波状攻撃だ。

 俺は回避に専念する。が、何度か躱しきれず、傷を負う。痛みは走るが、それだけだ。そんなに傷は深くないし、たまに魔物の中にいる毒持ちということもなさそうだ。であれば問題ない。

 ドラゴンが疲労するか、俺の集中力が途切れるか、二つに一つ。普通の奴に魔物と体力勝負などできないだろうけど、俺ならできる。毎日毎日、休まずに剣を振り続けてきたのは、伊達じゃない。

 躱し続けて……見つけた。
 左前足の動きが、少し鈍った。

 ――今だっ!

 剣を振るう。遅れた左前足に向かって、それを切り落とすつもりで。それだけに集中していた俺は、目の端に動くものを捉えたとき、それが何なのかの判断が遅れた。

「ぐっ!?」

 衝撃は、背中から来た。
 尻尾だ。ドラゴンの尻尾が、後ろから俺を攻撃したのだ。そう認識したときには、俺は跳ね飛ばされていた。

「――セルウス!」

 エイシアが俺の名前を呼んだ。普段は、あんたとかこいつとかしか言わないのに。その声音に、ああ心配かけちゃうな、と思った。
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