赤の魔剣士と銀の雪姫

田尾風香

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 ロハゴスさんに、国に連絡して応援を頼むから、それまで滞在していてくれ、と頼まれて了承した。俺たちだけに押しつけることはしないようで、とてもありがたかった。その間の宿代も持ってくれるそうで、そこは素直に受け入れた。

「……どうしようかなぁ」
「あんたなら、どうにかなるでしょ」
「そんな簡単じゃないよ」

 氷の巨人に遠距離攻撃はなく、拳で殴ってくるとか足で踏みつけてくるとか、そういう物理的な攻撃だけらしい。だけど、その物理的距離の長さが段違いだ。はっきり言って遠距離攻撃と何も変わらない。それをくぐり抜けて、攻撃しなければならないのだ。

 宿の一階で夕飯を頂きながら、考える。剣が通じないという話だけど、同じく通じないと言われるドラゴンには通じたから、氷の巨人にも通じると思いたい。こればかりは、実際に戦ってみないと分からない。

「それに、本当に遠距離攻撃がないのか、気になるんだよ」

 ドラゴンというのは、翼があって空を飛ぶ。殴る蹴るだけの攻撃でどうにかできる相手じゃない。そして、炎を吐く相手に氷の体で対抗できるのか。対ドラゴンを想定して作られた相手だと考えると、もっと色々ありそうな気がするのだ。

「やってみて駄目なら、逃げましょ」
「ま、そうだけどね」

 リーチはあっても動きはそう早くない。実際、ロハゴスさんたちが戦ったときは、無理となったら走って逃げて、建物に入って息を潜めていたらそれで氷の巨人は去っていったそうだ。

 そして、動く時間も一時間だけ。その理由ははっきり分かっていないそうだけど、あれだけの巨体だから動くだけでも相当にエネルギーを消費するんじゃないか、と推測しているそうだ。どちらにしても、その一時間逃げ切ればいいだけのはなしだ。

 夕飯を終えたら、とりあえず素振りをしよう。旅の間はしない日もあったから、少し感覚を戻しておかないといけない。そう思ったとき、宿の扉が荒々しく開けられた。

「おい、赤髪の生意気な奴がいるのはここかっ!」
「……は?」

 思わず声を出してしまった。だって、この街にいる赤髪は俺一人だ。すると、そこにいた男と目が合った。

「お前かよ、生意気な奴ってのは」
「いや、えっと、生意気って、何が」
「あのくそオヤジに気に入られたんだろうがよぉ!」
「……もしかして、ロハゴスさん?」
「他にいねぇだろうがっ!」

 いやいや、他にもいるとは思うけど。
 改めてそいつの顔を見る。ロハゴスさんに似ている気がした。

「もしかして、息子さん?」
「――ああ、そうだよっ! どうせあいつ、出来損ないの息子だって言ったんだろうがよっ! ふざけんな、俺だっててめぇの息子に生まれたくて生まれたわけじゃねぇ!」

 いや何も息子の話なんてしてなかったけど。いること自体、知ったのは初めてだ。というか、なんでこの人はいきなり怒鳴って何を言ってきてるんだろうか。

「ちょっと、何を騒いでるんだ。ここは食事をする場所だよ。食べる気がないなら、出て行ってくれ」

 女将さんが来て注意を口にする。言っていることは尤もだけど、こういう相手だと……。

「ざけんじゃねぇぞっ!」

 そうでなくてもキレ気味だったのに、さらにキレた。そのまま拳が女将さんに向かうのを、俺は腕を掴んで止める。

「女将さんの言うように、ここは食事の場所だ。暴力を振るう場所じゃない。それに、女性に手を上げるなんて、恥ずかしいことをするな」
「っざけんなっ!」

 やはり駄目か。こんな言葉で落ち着いてくれるなら、そもそも怒鳴り込んでなんか来ないだろう。そのまま、男の手が剣の柄にかかった。

「表出ろ。俺と勝負しろ」

 一応、この場で抜かないだけの理性は残っているのか。諦めて立ち上がる。受ける必要性はまったくないけど、受けた方が面倒はなさそうだ。

「行ってくるよ、エイシア」
「行ってらっしゃい。ちなみに、わざと負けたりしたらぶん殴るわよ」
「大丈夫だよ」

 笑って返す。将軍を相手にしたときはそうしてたから心配はもっともだけど、ここで負ける選択をする必要はない。心配そうな女将さんに心配ないと笑って、男について表に出る。

 エイシアはゆっくり食事の続きをするつもりらしい。ヒラヒラと手を振るのが見えた。けれど、他の客たちの中には興味深そう……というか面白がって、ついてくる人たちもいる。

 男は外に出た途端に剣を抜いて、斬りかかってきた。

「おらぁっ!」

 一発で終わらせようと思えばできるなと思いつつ、体を横にずらす。躱されてもそのまま自然に剣を動かして無駄なく、剣を振ってくる。思ったよりはできるんだなと思いつつ、俺は剣を抜いた。

 キンと軽い音を立てて、剣を弾く。一歩後ろに下がった男だけど、今度は正面から突いてきた。それを簡単に剣でいなして、もういいから終わらせようかと思った時だった。

 ――背中に、ゾクッとする感覚が走った。

「……え?」

 今はまだ夕刻だ。夕飯を食べているような時間であって、真夜中じゃない。けれどこの感覚は、昨晩の氷の巨人が現れた時の感覚と一緒だ。

「何よそ見してるんだよっ!」

 斬りかかってきた男の剣を、弾き飛ばす。その瞬間、ズンという足音が聞こえて、目の前の男も、そして見ていたギャラリーたちも、皆が一様に静かになった。

 バンと勢いよく宿の扉があいた。飛び出してきたのは、エイシアだ。

「今の氷の巨人よね!?」

 静かになった空間にエイシアの声が響く。なんで、と浮かぶ疑問に、俺の剣を持つ手にチリッと痛みが走った。

「まさか……でもそれなら……いや、剣を抜いたからかっ!」

 理解した。もしそれなら、氷の巨人は俺を狙ってくるはずだ。となると、この場にいたら皆を巻き込んでしまうし、俺も戦いにくい。

「エイシア、行くよ! 女将さんは悪いですけど、ロハゴスさんに知らせて下さい! 広場に行きます!」

 返事を待たず走り出して、エイシアが俺の後をついてきた。

「もしかして、その剣のせい!?」
「そうだと思う!」

 俺の持つ剣は、ドラゴンの牙から作られた剣だ。元は気性が荒いドラゴンだったらしく、今でも俺以外の人間が持つと、その人間を火だるまにしてしまう。

 昨日は剣を抜くことはなかった。だけど、今俺は剣を抜いた。それで、そのドラゴンの気配を、氷の巨人が敏感に察知したとしたら。勘が鈍いとは言っても、ドラゴンを倒すために作り出されたものなら、ドラゴンの気配にだけは敏感でも不思議じゃない。

 ズンという音が近づいている。昨日の音より明らかに早い。広場が近づいてきて、俺は後ろをふり返った。同じようにエイシアもふり返る。

「何よあれ」
「わざわざドラゴンを模す必要ないのに」

 一目で、まさしく氷の巨人だと分かる。まだ遠いが、それでもこれだけ大きく見えるということは相当な高さがあるだろう。

 巨人の顔は、たくさんの角というかトゲのようなものが伸びていて、何となくドラゴンに似ているような感じだ。

「さて、どう戦おうか」

 巨人の全身が、俺の目の前に現れた。その目は、明らかに俺を睨んでいた。この状況だと、結局俺とエイシアの二人で戦わざるを得ないかもしれない。
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