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4.スィスの場合
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『スィス、東階段の二階へ移動しろ』
「まだ呼吸が整いません」
『早くしろ』
「……無茶言わないで下さいよー」
宰相からの指示に、渋々走り出す。全力疾走してここまできたが、たいしたこともなくあっさり立ち会いは終了してしまった。
終わったと思ったら次の指示が来たが、呼吸も整わなければ全力疾走して足もガクガクである。だが、休ませてくれという心からの願いは、宰相にあっさり一蹴された。
分かっている。この日だけは宰相は鬼になる。普段なら休ませてくれる状況でも、この日だけは決して許されない。
だが、思う。文官に体力勝負をさせるなと。そんなもの、脳筋の騎士たちにさせればいいじゃないかと。多分「ふむ、何か話をしていたぞ」という所感しか報告されないだろうが、会話はすべて記録してあるのだ、何が問題だ。
とは、毎年のように文官が文句と共に宰相に言っていることではあるが、やはり毎年のように問答無用で却下されていることでもある。
ヘロヘロになって走りながら、スィスは何とか目的地に到着する。そこで見えたのは、男性二人だ。
(へぇ、珍しいな)
別に駄目なわけではない。言いたいことを言い合うのは婚約者同士でなければならないという決まりはない。だが、きっかけがきっかけのため、どうしても婚約者同士で話をしている場合が多いのだ。
(ということは、婚約破棄とかはないな。家が絡むような事態にはならないか?)
そう思いながら様子を見ていたが、一人の男子生徒が口を開いた。
「今日ここまでお前と友人関係を続けていたが、ずっと言えなかったことがある!」
「なんだよ」
「お前! 髪の生え際が後退しているぞ!」
「ギクッ!?」
(んなっ!?)
ギクッとした男子生徒と合わせて、スィスもビクッとする。思わず頭を押さえた。
「今からそんなんじゃ、若ハゲになるぞ! いいのかっ!?」
「良くないっ! だがっ!」
男子生徒の目には、涙がたまっていた。
「うちは代々みんなハゲてるんだよ! お前も知ってるだろ! 父も祖父も、みんなハゲだ! だから、しょうがない……。諦めるしかないんだ……」
(そうだよ、諦めてしまえば……潔く諦めるのが、一番いいんだ……)
スィスも心の底から、彼に同意する。自らの父親や祖父の頭を思い浮かべて、受け入れるのが一番いいのだ。
「いいや! 諦めるのはまだ早い! 俺はお前のために、三つ隣の国で流行っている発毛剤を手に入れたんだ!」
「なっ!?」
(なんだとっ!?)
身を乗り出す彼に合わせて、スィスも身を乗り出す。
「どうだ! 言い値で買うか!?」
「買うっ!」
「俺も……」
『スィス、次に行け。そこはもういいだろう』
「えっ!?」
一緒に会話に交ざろうとしたスィスに、容赦ない宰相の声が聞こえた。見れば、値段交渉をしている二人が見える。
「宰相、一生のお願いです。俺も一緒に話を……」
『仕事中だ。次は西階段の三階だ』
「真逆じゃないっすかっ!」
『だから早くしろ』
「宰相はハゲ対策聞きたくないんですかっ!?」
『我が家系にハゲはいない』
「ずるいっ!」
『早くしろ』
「おにーっ!」
スィスは仕方なく走り出した。しっかり相手の顔を覚える。後で話をしようと思って。
だが、ほんのイタズラ心で発毛剤などと言ってみたら、想像以上に友人に食い付かれて、いつどうやって「冗談だ」と言おうかと悩んでいる男子生徒の心の内までは読み取れるはずもなかったのである。
「三つ隣の国で流行っている発毛剤があるのは確かだが。人気がありすぎて外国への輸出はされていないからな」
宰相はボソッとつぶやいていたのだが、それがスィスの耳に届くことはなかった。
「まだ呼吸が整いません」
『早くしろ』
「……無茶言わないで下さいよー」
宰相からの指示に、渋々走り出す。全力疾走してここまできたが、たいしたこともなくあっさり立ち会いは終了してしまった。
終わったと思ったら次の指示が来たが、呼吸も整わなければ全力疾走して足もガクガクである。だが、休ませてくれという心からの願いは、宰相にあっさり一蹴された。
分かっている。この日だけは宰相は鬼になる。普段なら休ませてくれる状況でも、この日だけは決して許されない。
だが、思う。文官に体力勝負をさせるなと。そんなもの、脳筋の騎士たちにさせればいいじゃないかと。多分「ふむ、何か話をしていたぞ」という所感しか報告されないだろうが、会話はすべて記録してあるのだ、何が問題だ。
とは、毎年のように文官が文句と共に宰相に言っていることではあるが、やはり毎年のように問答無用で却下されていることでもある。
ヘロヘロになって走りながら、スィスは何とか目的地に到着する。そこで見えたのは、男性二人だ。
(へぇ、珍しいな)
別に駄目なわけではない。言いたいことを言い合うのは婚約者同士でなければならないという決まりはない。だが、きっかけがきっかけのため、どうしても婚約者同士で話をしている場合が多いのだ。
(ということは、婚約破棄とかはないな。家が絡むような事態にはならないか?)
そう思いながら様子を見ていたが、一人の男子生徒が口を開いた。
「今日ここまでお前と友人関係を続けていたが、ずっと言えなかったことがある!」
「なんだよ」
「お前! 髪の生え際が後退しているぞ!」
「ギクッ!?」
(んなっ!?)
ギクッとした男子生徒と合わせて、スィスもビクッとする。思わず頭を押さえた。
「今からそんなんじゃ、若ハゲになるぞ! いいのかっ!?」
「良くないっ! だがっ!」
男子生徒の目には、涙がたまっていた。
「うちは代々みんなハゲてるんだよ! お前も知ってるだろ! 父も祖父も、みんなハゲだ! だから、しょうがない……。諦めるしかないんだ……」
(そうだよ、諦めてしまえば……潔く諦めるのが、一番いいんだ……)
スィスも心の底から、彼に同意する。自らの父親や祖父の頭を思い浮かべて、受け入れるのが一番いいのだ。
「いいや! 諦めるのはまだ早い! 俺はお前のために、三つ隣の国で流行っている発毛剤を手に入れたんだ!」
「なっ!?」
(なんだとっ!?)
身を乗り出す彼に合わせて、スィスも身を乗り出す。
「どうだ! 言い値で買うか!?」
「買うっ!」
「俺も……」
『スィス、次に行け。そこはもういいだろう』
「えっ!?」
一緒に会話に交ざろうとしたスィスに、容赦ない宰相の声が聞こえた。見れば、値段交渉をしている二人が見える。
「宰相、一生のお願いです。俺も一緒に話を……」
『仕事中だ。次は西階段の三階だ』
「真逆じゃないっすかっ!」
『だから早くしろ』
「宰相はハゲ対策聞きたくないんですかっ!?」
『我が家系にハゲはいない』
「ずるいっ!」
『早くしろ』
「おにーっ!」
スィスは仕方なく走り出した。しっかり相手の顔を覚える。後で話をしようと思って。
だが、ほんのイタズラ心で発毛剤などと言ってみたら、想像以上に友人に食い付かれて、いつどうやって「冗談だ」と言おうかと悩んでいる男子生徒の心の内までは読み取れるはずもなかったのである。
「三つ隣の国で流行っている発毛剤があるのは確かだが。人気がありすぎて外国への輸出はされていないからな」
宰相はボソッとつぶやいていたのだが、それがスィスの耳に届くことはなかった。
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