ベンとテラの大冒険

田尾風香

文字の大きさ
上 下
4 / 9

4.森の中で

しおりを挟む
 森の中。テラが不安そうにベンの手を握りますが、そのベンも心細そうな顔をしています。

 森に入った最初のうちは楽しそうにしていた二人でしたが、進んでいくうちに鬱蒼と生い茂る木々に足元を塞ぐ雑草、薄暗い周囲とどこからともなく聞こえる鳴き声に、その表情が陰っていきました。

「ね、ねぇお兄ちゃん、だいじょうぶ、かな」
「だ、だだ、だいじょうぶに、きまってるだろ!」

 ついに口に出された不安に、ベンは反射的に言い返します。威勢良く言い返しているようで、その口調には強がりが見て取れます。そしてそれを、テラも感じたのでしょう。ベンの手を握る強さが強くなり、数歩歩いて、ついにテラの足が止まりました。

「どうした、テラ」
「お兄ちゃん、帰ろ?」

 今にも泣き出しそうなテラの顔。その顔を見て、ベンはウッと小さく唸り、そして肩を落としました。

「そうだな、帰ろっか」

 強がったところで、ベンだって不安だったのです。心細かったのです。妹がそう言うなら、泣かれたら大変だから。そう理屈をつけられたのも、素直に「帰る」と言えた理由かもしれません。

「……うん!」

 笑顔を見せたテラにホッとしつつ、ベンはふり返って、来た道を戻っていきます。けれどすぐに足が止まりました。

「……どこから来たんだっけ」

 何も考えずに、ただ前に進んできたのです。帰ろうと思っても、どこを見ても木と雑草ばかり。道っぽいものもありますが、いくつもあって帰り道が分からなくなってしまったのです。

「お兄ちゃん、まいご……?」

 またもやテラが泣きそうになっています。ベンは手をギュッと握って、唇を引き締めて、笑ってみせました。

「大丈夫だっ! 心配するなテラ! お兄ちゃんについてくれば、ちゃんとうちに帰れるからな!」

 ベンはテラのお兄ちゃんです。テラをここまで連れ出したのはベンです。それらの思いが、ベンを奮い立たせました。

 テラの手を引いて、ベンは足を進めます。本当にこの道でいいのかなんて分かりません。でも、ベンはテラのために、ひたすらに前を向いていたのでした。

  けれど、それも限界が訪れます。それはテラからでした。

「……お兄ちゃん、つかれたよぉ」
「そ、そうか」

 ただただ無心に歩いていた足を止めます。そして、キョロキョロ見回して、ちょうどよく木の根が張った場所を見つけました。

「テラ、あそこで休もう」
「うん。……ねぇお兄ちゃん、おうちまであとどのくらい?」

 根っこに腰掛けたテラの質問に、ベンは口ごもりました。だって、ベンだってそんなこと分からないのです。けれど、ベンは強がって答えました。

「あと少しだ!」
「そっか。うん、分かった!」

 その言葉を信じて笑うテラに、ベンは泣きそうになるのを堪えたのでした。

「ほらいくぞ、テラ」

 そしてまた、手を繋いで歩き始めます。けれど、一度現実に戻ってしまうと、先ほどまでのように無心になれません。不安なまま周囲を見ますが、景色は一向に変わりません。
 さらにもう一つ、問題が起きました。

「お兄ちゃん、なんかくらいね……?」

 そう。そうでなくても薄暗かったのが、さらに暗くなってきたのです。単に陽が落ち始めただけなのですが、ベンとテラにとっては命取りでもありました。

 それでも歩き続けます。テラも泣きたくなるのを堪えて、兄についていきます。けれど……。

「――あっ!」

 足元が見えにくくなって、テラの足が木に引っかかり、そのまま転んでしまいました。手を繋いでいたベンは、何とか転ぶのだけは避けます。

「テラ、大丈夫か? ほら立って……」
「もうやだぁー!」

 ベンの言葉を遮るように、テラが大きな声を出して泣き始めました。暗くてベンは気付きませんでしたが、膝に大きな傷もできています。どちらにしても、妹に限界が来てしまったことを悟ってしまったのです。

「なんだよ、なくなよ。ぼくだって……ぼく、だって……」

 泣くテラを見て、ベンにも限界が訪れました。言いながら、涙がにじんできます。ヒッグヒッグと嗚咽を漏らし、そして大号泣に変わる、かと思われた瞬間。

『あら、小さな子供たち。どうしたの?』

 優しそうな女の人の声が聞こえたのでした。


ーーーーーーー
次からやっと、話の本番です。
しおりを挟む

処理中です...