上 下
69 / 185

67話

しおりを挟む
思っていたよりも苦戦したな……

グラが来たという想定外のことがあったとはいえ、《呪印》を植え付けられるとは思わなかった。それは喜ばしい事でもあり、反省しなければならないことでもある。

自分の力が強くなるとどうしても油断や隙が生まれてしまう。それは癖になり対等や格上と戦う時にも出てしまい命取りになる。それは今回のことで身に染みた。

これは早期に対策が必要だね。それはどうにかするとしてこれからどうしようか。

この場所に連れて来た以上、本当の継承を済ませたいところだけど3人は七英雄になって日が浅く信用できないし、シアンとグラも協力的ではない。

今回は見送るべきかな?いや、でも、継承を済ませたところでシアンもグラも単体では僕に勝てない。単体ならね。

そう悩んでいると背後から短剣を突き立てられる。シアンの持っていた短剣のようだが、シアンは視界内で眠っている。

「ここが元老院、連れてきてくれてありがとう」

声からするとカイゼルか。ここに来た時には意識が無いように見えたが演技していたようだ。

それよりも問題は元老院の存在を知っていることだ。庭からの刺客?それにしては魔物の気配を感じない。ゼギウスと同じように庭が送り込むために育てた?それなら七英雄候補になる強さがあってもおかしくはない。

何れにせよここで始末すれば問題ない。ここで始末すれば情報が洩れることはない。

「何者だい?」

「貴方と同じ七英雄」

当たり前と言えば当たり前だが、素性を教えてくれそうにはない。それなら拷問にかけてもいいが、この手の人間は吐かない。だから始末する。

そう植え付けてある《呪印》を強めてカイゼルの意識を奪おうとする。裏切る場合も想定して3人ともに植え付けていたのだ。

しかし、背後から倒れる音が聞こえなければ呻き声1つ聞こえない。

「どういうことかな?」

「《呪印》なら解いた。だって体の中に異物があるのって気持ち悪いから」

《呪印》を解けるとなるとそれなりの戦闘になることは免れないが、今はシアンやグラ、動けない人が多く戦闘に巻き込めば重症になりかねない。

「これは困ったな。君の目的を聞こうか。こうして僕を脅しているということは何か要求があるのだろう?」

「元老院を招集して私に継承する進言をしてほしい」

元老院だけでなく継承の話まで知っているとはいよいよ何者なのだろうか。庭なら庭で厄介だが、違った場合は新たなる脅威だ。その存在を認識しておかなければならない。

「それなら君が何者か教えてくれないかな?元老院の方々を危険な人に会わせる訳にはいかないからね」

「何者でもない。それが答え」

そう来たか。それが本当なら作られた子たちの生き残りになるが、それについては元老院が僕に情報を伏せているため分からないことが多い。

「それが本当なら復讐でもするつもりかな?猶更元老院の方々をお呼びする訳にはいかないかな」

「違う。いつまでも終わらせる気の無い貴方たちを待つのが馬鹿らしいだけ」

「外を知らない君に僕の判断を非難される謂われはないよ。君が何者でもないのなら元老院の方々をお呼びする訳にはいかないな」

そう少し苛立ってしまう。これでも僕はでき得る限り最善の手を売っているつもりだ。それを何も知らない外野に非難されるのは腹立たしい。

「この状況を理解してる?私が貴方に剣を突き立ててる」

「はぁ…力尽くって言うのは好きじゃないんだけどな」

「私も戦うつもりはない。今の私だと貴方には勝てないのは分かってる。それにここから生きて帰れないのも」

思っていたよりも状況は理解できているようだ。それなのに博打に出たということは2度とこの状況が訪れないのも理解している。どうやら本当に作られた子たちの生き残りらしい。

仮に元老院への復讐が目的だったとしてそれが目的ならそれでもいい。元老院の存在を消してくれるなら僕も動きやすくなる。

「僕が継承を進言するとして君はその見返りに何を差し出すんだい?」

「全て。私は私と同じ子たちを生み出したくないだけ。だから貴方が指揮するのが1番上手いならそれに従う駒になる」

その交渉材料に少し考える。

今の戦力差を考えるに結局は七英雄全員に継承をしなければならないが、その見極めは必要だ。

その中でシアンとグラは継承するとしてメナドールは保留、そうなるとこの3人に継承することになるが、エストもメビスも粗が目立つ。カイゼルも諦めが早く七英雄としては資質に欠けるが、今の発言を聞くに魔物との戦いには尽力しそうだ。

何より僕の駒になるというのが魅力的だ。何れは迫られる決断、それならここでするのも面白い。裏切ったのならそこで始末すればいい。

「僕から離れないこと、僕の命令には忠実に従うこと、この2点を呑めるなら元老院の方々をお呼びしてもいい」

「呑む」

短くも強い意志を感じる返事を聞いて元老院を招集する準備をする。

倒れているシアンとグラを少し除けてこの空間の中央に立つ。そして全席に魔力を飛ばして跪く。それから少しするとまばらに光が現れ席を埋めていく。その際に驚いたような声がちらほらと聞こえてきた。

8割~9割席が光で埋まると光の1つが低い声で問いかけてくる。

「先日、緊急会議を行ったばかりだが何用だ?」

「急ぎ承認を得たい事案がありまして招集させていただきました」

「ほう、その事案とは?」

ここまで言葉を待ってから立ち上がる。

「はい。七英雄の継承についてです。私の隣にいる、新しく七英雄になったカイゼルに怠惰を継承させたいと考えております」

「何?それは早急ではないか?」「シアンやグラなら分かるが、新人に真継承を施すなどあり得ない」「今は力を見極める時、損失を考えればその時ではない」

等と反対の声が多く聞こえる。それには概ね同意だが、元老院の方々は失敗した時の責任転嫁のために僕の反対意見を言っているだけだ。

それに元老院の決定はいつでも後手だ。現状がいつでも続くと思い事が起こってからでしか行動に移せない。その結果、今のような劣勢を招いた。

「皆様の進言は重々承知しております。しかし、先日の緊急会議で報告したようにゼギウスとメナドールは第3勢力、庭には私の力を見られ、状況は厳しくなっています。その中で戦力の増強は急を要すると判断しました」

それは嘘ではない。本当であれば今日にでもシアンには継承を済ませたかった。その後、グラと順を踏んで進める予定だった。

しかし、シアンには予想以上に反感を買っていて今は裏切られる可能性がある。シアンとグラは一緒に動くことが多く、継承を済ませてからでは手が付けられない。

「戦力増強が急を要するのは理解している。だから真継承をすることには賛成だ。しかし、それは素性も分からない新人にではない。シアンとグラにだ」

その理論で詰められると困る。僕の判断でシアンに継承を済ませるのは不安になっている訳だから責任を問われかねない。だから早い内に通す。

「素性は七英雄になる前に十分調べております。元老院の皆様が私に対して秘匿事項でもない限り、カイゼルに継承を済ませて問題ないと判断しました」

元老院は僕に作られた子たちについて隠している。だからカイゼルのことを余計に調べられたくはないだろう。

そして元老院はカイゼルについて気づいている。それはカイゼルを見た時の反応からも間違いない。

「分かった。ではシアンとグラ、カイゼルの3名に真継承を施すとしよう」

余程、カイゼルが牙を剥くことに恐れていると見える。

「いえ、1度に3名も継承を施しては一時的とはいえ、戦力低下が激しく柱にも対応できなくなります。なので、カイゼルとシアンというのでどうでしょうか?」

カイゼルは七英雄になったばかりで戦力としてはまだ数えていない。そこに元老院の押すシアンも入れれば満足だろう。

「それでいいだろう」

元老院からの承認も得られカイゼルとシアンに継承を施すことに決まった。
しおりを挟む

処理中です...