3 / 33
とある夜の街に住む少年の話
Q3. 救ってくれた優しい人
しおりを挟む男の人がボクを連れてきたのは、路地裏にある、閉店したスナックがいっぱい入っている廃ビルだった。
周りの建物からの光が無ければ真っ暗で人気のないそこは、建物の中には入れないけど、ビルの裏には行けるようになっていた。
ビルの裏には、周りのビルから放たれるネオンの光に照らされた仄かに明るい喫煙スペースがある。
ひび割れた床と壁に囲まれたそこは錆びたベンチと倒された灰皿だけが置かれていて、人気はない。
誰の目もないし、周りが塀に囲まれているからおまわりさんだって見つけられないだろう。
ボクはやっとそこで息を吐けた。
「…………はぁ」
「怖かっただろう?」
「!」
男の人の声にハッとなって顔を上げると、男の人はボクにペットボトルに入った水を差し出した。
「座って飲め。少しは気が楽になるはずだ」
ボクは有り難くそれを受け取ることにした。
ネオンの青や黄色、紫が僕らを照らす。誰かの騒ぐ声が遠くからして、タバコとお酒のおつまみの匂いが辺りに匂う。
錆びたベンチは意外と丈夫で、2人座っても全然壊れなかった。
中身がもう半分位になったペットボトルをボクは両手で握りしめながら、隣に座る男の人を見上げた。
「ありがとう……」
男の人は心配そうな顔をしていた。
「別に構わない。大変だったようだな」
「…………」
「答えたくなければ、答えなくていいが……。
なぁ、どうして警察に追われていたんだ?」
「……っ」
思わず俯いてしまう。話すとなると、今日起こったこと、一から十まで説明しなくちゃいけないと思ったから。
(……話していいのかな……)
優しい人だな、と思う。
ボクをおまわりさんから逃がしてくれたし、今も心の底からボクを心配してボクを見ている。
でも、そんな人にあんな出来事を話していいのか……思い出したくもない、怖くて、訳が分からなくて、気持ち悪いあの出来事を……。
でも……その時、ボクは気づいた。ボクの口が何だか変だって。
何故か勝手に口が開いて、パクパク動いて、何か話そうとする。
自分から話したくなるとかそんな感じじゃなくて、意識してないと口が開いちゃって勝手に喋り出しちゃう変な感じ……。
頑張らないと内緒にしている心の声すら口から出てきそうだった。思わず手で口を塞ぐ。でも、まるで意味が無かった。
「……ボク、どうしよう。へん……」
「どうした?」
「わかんない、わかんないけど、口が、止まっ、とまらなくて……」
自分の身体なのに自分の身体じゃないみたい。
戸惑っていると男の人が「大丈夫か?」と心配そうに声をかけてきた。
「まだ動揺しているせいかもしれない。それだけ怖い思いをしたんじゃないのか?」
「う、うん……そうかも、わからないけど、でも、こんなこと、初めてで……。
おまわりさんはずっとまえから苦手だし、こんなふうになったことないのに……」
「苦手? 何か嫌なことでもされたのか?」
「う、あ、あの人たちはこわいんだ。昔、車につれこまれそうになって……にげようとしたら手をつかまれて……」
「それは怖かっただろう」
「うん、だから、あわないようにしてて、今日もにげたんだ。なのに、ずっと追いかけてきて、うっ、あぁどうしよう。おしゃべりが、とまらない」
全然止められない。何かまずい気がして、止めようとするけれど、ずっと口が勝手に喋る。
思わず、泣きそうになる。
そこで心もなんだかおかしくなり出したことに気づく。凄く泣きたい気持ちだ。何故か分からないけど悲しい。物凄く悲しい。おかしい。泣いたりなんかボクはしないのに。
それくらいボクは怖かったのか?
「おまわりさんも、そして、あれも……たしかにこわかったけど、こんなふうになるなんて……」
「アレ?」
「おちてきたの、おんなのひとが……あっ」
すぐさま口を閉じる。でも、もう遅い。
そこには驚いた顔をした男の人がいた。
「どういうことだ?」
どうしよう。言ってしまった。
ボクは青ざめてしまう。どうしよう。口から勝手に出たとしても、絶対に口に出したらいけないことだった。
慌てて、言い訳をして、どうにかして無かったことにしたかった。
「ご、ご、ごめんなさい! あ、あぁ、なんでもなくて、ごめんなさい、ちがうんです、ごめんなさい」
ボクは涙目になって口を抑えて慌てる。変だ、身体が変だ。ボクの思い通りにならない。どうにかして言い訳を言い訳を考えなきゃならない。
ボクは頭を掻きむしった。どうにかしようとすればするほど目の前の景色がグラグラする。身体が小刻みに揺れて、走ってもいないのに息が上がって……。
「もう大丈夫だ」
その声にハッとなる。
いつの間にか男の人はボクの肩に手を回していて、すぐ近くにいた。
「え、あっ……」
「まず、ゆっくり息を整えよう。俺の言う通りに深呼吸して」
「でも……」
「大丈夫だ。息を吸え」
「…………っ」
男の人の手がボクの背中をさすり、その声が耳元で響く。
「吐いて……吸って……吐いて……吸って……」
男の人の言われた通りに息を吸ったり吐いたりしてると、心臓のバクバクも、頭のクラクラもなくなっていく。上がっていた息もやっと静かになって、目の前がよく知ってる形と色になっていく。
不思議。あんなにおかしくなっていたのに……言われた通りにしただけで治っていく。
それに……こうしていると何だか安心する……。
ボクはゆっくりと呼吸できるようになると、男の人は微笑んだ。
「あぁ、落ち着けたな」
ふと頭に重さを感じた。
見ると、男の人が僕の頭に手を置いていた。そして、男の人は手のひらでボクの頭をさするように触る。
そんなことされたの初めてでびっくりした。
「いったい、何? なにしてるの?」
「ん? 頭を撫でられたことはないのか?」
「……ない」
ボクが不思議そうにしてると、男の人はボクの髪をわしゃわしゃと掻き混ぜるように頭を撫でた。
「わっ」
「良い子はこうして褒められるべきだ」
「いいこ……?」
「あぁ、君はよく出来た。だから、良い子だ」
「ぼくが、いいこ……」
良い子。その言葉に思わず男の人をじっと見上げてしまう。
あんまり見すぎて、その人は困った顔をした。
「どうした?」
「ご、ごめんなさい……」
「謝らなくていい。どうしたんだ? 何か思ったんだろう?」
「……えっと、ボク、良い子って呼ばれたことなくて……これが初めてで……。分からないんだ。どうしたらいいのか。ボクは生まれたらいけなかった子だから……」
「生まれたらいけない……?」
「ボクはおかあさんもおとうさんを不幸にしちゃった悪い子なんだ」
口が止まらない。勝手に喋り出す。必死に止めようとするけど止められない。
今日のボクは本当にどうかしてる。男の人もボクを何とも言えない目で見ていた。けれど、ボクはこの人なら何でも言って良い気がしてきた。
何とも言えない目で見ていたけど、ボクの話をじっと聞こうとしてくれていたから……。
だから、ボクは誰にも話したことないボクの話を一から全部話してしまった。
11
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか
風
BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。
……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、
気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。
「僕は、あなたを守ると決めたのです」
いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。
けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――?
身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。
“王子”である俺は、彼に恋をした。
だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。
これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、
彼だけを見つめ続けた騎士の、
世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる