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初めての旅行に行く少年の話
Q9. 自覚した夜
しおりを挟む会わせたい子……
初めて、聡真さんの口から他の人が出た。
聡真さんは滅多に自分の話をしない。いつもボクの話を聞くばっかりだ。だから、聡真さんがこうして自分の話をするのは……それも他の人の話をするなんて珍しい……。そんな聡真さんが会わせたいっていう子、どんな子なのかな……。
……なんでだろう。その子のこと、考えるとあんまり良い気持ちがしない。
寒い……。お湯の中にいるのに指先が冷えて震えている。胸の中、魚の骨でも刺さったみたいにえずきそうになるような嫌な痛みを感じる。
……いつの間にか、心の中が真っ黒になった気がする。
どうしよう。さっきからただでさえボクは変なのに……。このままじゃ……。
そんな時、聡真さんがボクの頭を撫でた。
「……っ!」
「そう、大袈裟に捉えなくていい。ほんの少し、話をするだけだ」
「……話……?」
ほんの少しの間だけだったけど、頭を撫でられて、聡真さんに優しくされて、暗い気持ちがちょっとずつ消えていく。
でも、嫌な痛みは、消えない……。
ボクは困って、聡真さんを見つめるしかない。でも、聡真さんはそんなボクを目を細めて笑うだけだった。
「聡真さん……?」
「この話の続きは明日にしようか。実際に会ってからの方が俺も話し易い」
「………………」
不安になるボクから膝からそっと下ろして聡真さんは立ち上がる。
……あっ、と思った時には、浴槽の近くに置いてあったバスタオルに手を伸ばして肩に掛けていた。
「先に上がって待ってる」
「……え?」
「稔は自分の体のこともあるだろう。ゆっくり入ってろ。見ないから……」
「うん……」
バスタブに沈むボクの頭を聡真さんは撫でると、浴室から出て行った。
……一瞬で、ボク1人だけになっちゃった……。
「………………」
分かってる。
聡真さんは気を使ってくれたって。
ボクが見せたくないって言ったから、聡真さんは見ないように先に上がってくれたんだ。
でも、何でだろう……。
すごく心細くて寂しい、すごく悪いことをした気分になる。
失望されて見放されちゃったわけでもないのに……聡真さんの気遣いだって分かってるのに……。
ボクが面倒なことを言ったから、離れちゃったんじゃないかって……がっかりさせたんじゃないかって、そんな悲しい気持ちになる。……もしがっかりさせていたらどうしよう。
……いつか、聡真さんも、ボクじゃない他の子の方に行くのかな……。
「…………っ」
不安だ。不安で不安で仕方ない……。聡真さんがそんなことするわけないってちゃんと分かってるはずのに……。
どうしよう。暗い気持ちがどんどん溢れ出てくる。蓋が出来ない。
今日のボクは本当にどうしちゃったんだ。
気持ちってこんなに浮いたり沈んだり激しいものだっけ?
いつもだったら大丈夫なことも、今は不安でしょうがない。
ボク……どうしちゃったんだろ……。
……こんなの、ボクじゃない……。
「………………っ」
首を振ってモヤモヤした嫌な考えを全部払う。考えたら考えるだけ悪いことばかり考えてしまう。
ボクはそっとボクの下半身を見る。さっきより落ち着いたけど……それはまだそこに居た。
そっとバスタブから出る。
誰にも見えないよう屈んで、でも、ボクはそれを見ないように目を逸らして触れる。
「んっ……」
頭の中をさっきまでボクを抱きしめていた聡真さんが過ぎる。
思い浮かべた瞬間、手の中にあるそれが膨らんで固くなった。
顔が熱い。恥ずかしい。
「……ぅ、う……っ……」
恐る恐るボクのそれを握って、上下に手を動かして扱く。あんまり強く握らないように、慎重に。
「ふ、ぁ……んっ……ぅ……」
何度も扱く。カリ首から裏筋、玉のところまで両手で触って握っていっぱい刺激する。
なのに、張り詰めてばかりで全然出ないし萎えてくれない。
「やぁ……なんでぇ……」
早く終わらせたいのに。
聡真さんが待ってるのに……。
全然……。
焦って、とうとう恥ずかしさも二の次になって足を広げて、扱く。
「んっ、んっ、はぁ……!」
息が上がって、腰に熱が集まるのが分かるのに、出ない……イケない。
「っ……!ふ……!……ぅ」
ボク、下手くそなのかも……。イキたいのに、なんで、なんで……。
「……うっ、ぐすっ……」
目に雫が溜まってきて、また泣きそうになる。
いやだ……泣きたくない……。ただでさえ嫌なことしてるのに……。
「…………っ、うっ…………っ、聡真さん……」
ボクは身勝手だ。こんな時、聡真さんに助けを求めたくなってしまう。今こうして一人でいるのはボクのせいなのに。ボクが困った時、いつも助けてくれるのは聡真さんだから……聡真さんだけ、だから……。
代わりに考える。聡真さんならどうしてくれたんだろう……多分。あの人なら、きっと……。
『稔、泣くな。俺は傍にいるぞ』
「……っ」
『大丈夫だ。ほら。目を閉じて』
目を閉じて、さっきまでここにいた聡真さんをまた思い出す。
あのたくましい身体も、あの声も、あの温かさも、あの優しさも……あのびっくりするくらい大きかったあれも……全部。
「っ!?」
『……あぁ、また立ってしまったな』
「……う、ぅ……みないで……」
『分かってる。頑張れるか?』
「う、ん……」
上下に、手を動かす。何故か、ただの妄想なのに聡真さんがいると思うと、更に息が上がって、さっきより段々、強く、激しくしてしまう。
「……ひ、ぅ……ぅ、うっ……はぁ、っ……!」
『稔、良い子だ』
「……っ! あ、……だめ……」
良い子って言われたら、すごく嬉しくなってしまう。ボクは良い子なんだって安心して、それで……。
「あぁ、あっふ……あぁ……手……とまらない……!」
『稔、可愛いよ。良い子で可愛い……』
「っ!……う、あぁ、あぁ……!」
あたたかくて、気持ちが良くて……ボクは……。
『愛しているよ。稔』
「っ!!」
その瞬間、手の中に勢い良く真っ白なそれが出た。
目を開ける。
……思わず息を飲むぐらい、手がドロドロしたそれに真っ白になっていた。
「………………」
すっきりしたはずなのに、身体は熱っぽいし、心臓はずっとバクバク鳴ってる。頭も何だかぼうっとしてる……。
でも、ボクはそれどころじゃなかった。
「あいしてる……?」
知らない言葉だ……。
いや、愛してるって言葉自体は、その意味も含めてちゃんと知ってる。
でも、どこで聞いた言葉だっけ? 聡真さんからいつ、そんな言葉を……。
「聡真さんに言われたのは確かだ……でも、いつ……?」
全然思い出せない。
……そもそも……。
「……もしかして、昔のこと、全然思い出せない?」
あれ?
そう思った時には、指先が震えていた。
昔のことを思い出そうとすればするほど、ぼんやりしていて、なんだか掴めない。
最近のことはちゃんと覚えてる。思い出せる。一昨日のご飯だって、でも、それ以外は……。
「ボク、どうやって聡真さんに出会ったっけ……?」
モヤがかかったみたいに昔のことが思い出せない。
何だか……変だ。ボクは今までどうやって生きてきたっけ。
……あぁ、そうだった。
「ボクの親が亡くなったから、聡真さんに引き取られたんだった」
でも、ボクの親どんな人だったっけ? あんまり良い人じゃなかった気がする。
だって……。
「…………今、しあわせだから」
ボクはちゃんと分かってる。
聡真さんといるとしあわせって。
だって、そう教えてもらったから。
今がこれだけしあわせなら、むかしのことなんてどうでも……。
「…………」
……頭がいっそうぼんやりしてきた……。ふわふわしてきて、考えようとするともやがかかる。
……そういえば。
「待ってるって聡真さん言ってた……」
蛇口を捻って……手に着いたそれを洗い流して……石鹸でキレイして……何もなかったみたいにして……それからボクは立ち上がった。
「早く行かないと……」
もう、たった1人のことしか考えられない……。
でも……良いや……。
だってしあわせだから……。
「聡真さん……」
……浴室の外で待ってるはずのその人の名前を呼んだ……ボクは、笑ってた……。
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