君の為の不幸だったと貴方は言う

春目

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初めての感情が湧いた少年の話

Q3. 聡真さんの昔話

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 娘……?
 聡真さんの…………?

 頭が真っ白になってしまう。
 むすめって、実の子どもってことだよね? 聡真さんが会わせたいってこの子のこと? でも……お墓に、灰って……?
 分からないことが多すぎて、でも、なんて聞いたら分からなくて、聡真さんを見上げる。
 聡真さんは苦笑いを浮かべた。

「そうだよな……稔からしたら訳が分からないよな」
「…………」
「まず、昔話をしようか」

 晴れた空。雑草だらけの森。海の匂いがする風に吹かれながら、穏やかな聡真さんの声だけが聞こえる。

「3年前まで俺には家族がいたんだ。
 妻と……そして、早苗。
 3人家族だったんだ、俺は」

 打ち明けられた話にボクは目を見開くしかなかった。
 身体中、指の先から冷えていく。
 息すら出来ない。
 でも、聡真さんは背を向けて、一度もボクなんか振り返らずに、お墓だけ見て話し続けた。

「早苗は生きていたら君の妹になっていた子だ。
 君に似て、とても素直な子だった。まぁ……あの子は君とは違って、とてもお転婆だったが。
 目を離すとすぐ駆け出して転んで、誰かと喧嘩しようものなら身を呈して止めるまで止めなかった。
 でも、女の子らしく可愛いものが好きでね。とりわけ花が好きだった。
 ……今日持ってきた花束も早苗が好きだった花なんだ。全部可愛らしいだろう? 誕生日に花屋に連れていくと、いつもこの花を選んでたんだ。たまには別の花を選べといっても、いつもいつもこの組み合わせで……」

 娘のことを語る聡真さんは何だか楽しそうで、優しくて、穏やかで……。ボクの知ってる大人な聡真さんじゃなくて、父親の顔をした聡真さんで……。
 本当に、その子のこと、大切にしてた……愛してたんだって分かって……ボクは血の気が引いていった。

「……何で、今はいないの……?」

 でも、だからこそ、気になる。
 聡真さんが愛してたその子は何で今、いないんだろうって。
 ボクの妹になってたってことはまだ子どもだったはず。子どもがお墓に入るって、何があったら、そうなるのか分からない。
 でも、聞いたらいけなかったかもしれない。
 それまで穏やかに話していたのに、急に聡真さんは黙ってしまった。
 風が強くなる……湿った重苦しいそれで、木々が一斉に揺れた。ごおごおと怖い音が森から響いて、ボクは震えた。
 その時、風に混じって聡真さんの声がした。
 聞いた事がない、とても冷たい、声がした。



「……殺されたんだ」



 空が灰色の雲に覆われていく。
 ボクの目の前が、聡真さんが立っているところが暗くなっていく。薄暗いそこはまるでボクが知らない冷たくて怖い白黒しかない世界が広がっているようで、ボクは息を飲んだ。

「ころ、された……?」
「あぁ……」

 聡真さんの背中しか僕には見えない。
 でも……怖いくらい聡真さんが怒っているのを感じた。

「…………手遅れだった。俺が気づいた時には。
 既に手の施しようがなく、救う手立てもなかった。
 早苗は悪い子ではなかった……本来、あんな最期を迎えなければならない子ではなかった。だが……」

 その時、握り込まれた聡真さんの手が震えてるのにボクは気づいた。

「唯愛にとっては……。
 俺の妻だった、そして、彼女の母親だった、彼女にとってはそうではなかったらしい。
 ……まだ小学生にもなってなかった早苗を、彼女は……」

 聡真さんの言葉が途切れる。
 でも……何となく分かる。何を聡真さんが言いかけたのか。
 だけど、だからって、こんなの……。

「ゆあさんは、どうして……子どもを殺したの?」
「…………」
「分からないよ……。どうして、そんなことしちゃったの?
 だって、さなえさんって子は、悪い子じゃなかったんでしょう……? 要らない子じゃなくて、望まれて生まれた子なんでしょう……?
 なのに、なんで……」
「…………」

 分からない。
 本当に、なんで早苗さんは死なないといけなかったんだろう。分からなくてボクはただただ聡真さんを見ていることしか出来なかった。
 聡真さんならきっと把握しているんじゃないかって……けれど。

「さぁな……」

 返ってきた言葉は、予想外の答えだった。

「え……?」
「今となってはもうその真意を知ることは出来ない。
 彼女は、早苗を殺した後、自殺してしまったから……」
「……!!」
「死人が語るわけもない。実の娘を殺した理由なんて尚更。
 警察も、突発的な衝動による無理心中、そう断定して捜査を打ち切った。
 ……動機も真相も明らかにならず全ては闇の中だ」
「そんな……」
「ただ分かっていることは一つだけ」

 ずっとお墓の方を見ていた聡真さんが僕の方に振り返る。
 暗い暗い世界で、その目と目が合った。

「……俺が大切にしていた娘は死んだ。
 それだけは、否定しようもない確かな事実だ」

 聡真さんの真っ黒な目がボクを映る。
 暗くて、怖くて、冷たい、その目に映るボクはあやふやで全然映っていない。
 聡真さんは、ボクを通して、ボクじゃない、ボクの知らない誰かを見ている。
 ボクの知らない誰かを、恨んでいる……。

「……っ!」

 思わず、後ずさりする。
 ボクが知ってる優しい聡真さんじゃない……。
 怖い。なんでボクをそんな……。

「稔」

 名前を呼ばれてハッとなる。気がつくと、辺りは明るくなっていた。
 見上げると木々に紛れて、明るく眩しい青空が広がっていた。さっきまでの薄暗さが、幻みたいに消えている。
 慌てて聡真さんの方を見る。
 そこにはボクがよく知る聡真さんがいた。
 聡真さんはボクと距離を詰めると、ぴったりとボクの前に立って戸惑うボクの両肩を掴むと、ボクと目を合わせるように腰を落とした。

「君にお願いがある」
「お、ねが、い……?」
「稔。君には早苗のようになって欲しくないんだ」
「え……?」

 早苗さんのように……?
 よく分からなくて困っていると、聡真さんはそんなボクに微笑んだ。
 ……ただ、なんだろう……。
 いつものそれじゃない。……何だか、痛々しい、やるせなさみたいな、ものが、そこに滲んでいた。

「聡真さん……?」
「3年前までの俺は、早苗に看取られて自分は死ぬだろうと勝手に思っていた……だが……。
 稔、空なのかと思う程、重さのない骨壷を、たった一人でここに入れた俺の気持ちが、想像出来るか?」
「……!」
「だから……」

 聡真さんの目がボクを捉えて、離さない。
 ボクを、ボクだけを、見つめて……。

「俺に君を看取らせないでくれ」

 その目は確かに、もう二度とあんな目に遭いたくないって言っていた。



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