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第1章
4.黒猫の涙とは
しおりを挟む私は馬車の小窓から、王宮の大門をくぐっても尚遠くに見える、そびえ立つ王宮をそろりと見つめた。
「やっぱり段々おかしい気もしてきた……」
つい最近まで、王宮に来るのは年1くらいでいいって思ってたのにな。この短期間で既に、2回目の王宮訪問である。
契約を持ちかけられたあの日から、数日も経たない内に、私は再び王宮へとやって来た。
というのも、なるべくすぐに来て欲しいという、ノエル王子たっての謎の希望というか……契約内容が故になのだけども。
結局、私はあの日「流石に1日位は考えさせてほしい」と言って、家に帰ったのである。
────────────────
時は遡って、ノエル王子との面会後。
「ただいま」
「おかえりなさい、姉様。第2王子とのご用事は無事に済んだの?」
「うん。要検討の議題を持ち帰ってきたけど、とりあえずはね」
心配そうに出迎えてくれた義弟のセドリックの頭を、よしよしと撫でながらそう話すと、セドリックの顔が「え?」と困惑した表情になった。
「姉様、要検討って何を?」
「私と王子の今後について……?」
「えぇ……? 意味深だし、何で疑問形なの……」
「大丈夫大丈夫。答えを出したら皆にもきちんと言うからね」
「どうしよう……僕、色々察しちゃったかも。そっか、姉様、1人でゆっくり考えたいよね。どんな結論になろうとも、僕は姉様の味方だからね」
「ありがとう……?」
優秀な我が弟は何故に片手で額を押さえながら、もう片方の手で私の手を、ギュッと握っているのだろうか。
自室に戻り、堅苦しいドレスから解放された私はベッドにダイブ。夕食の時間まで、考えながら休憩しよう。
「うーん……こんな美味しい話ってある? でもまぁ報酬付きだし、半年の期間限定ならやってもいいかなぁ……報酬付きだし(2回目)……」
期間が過ぎて婚約が解消されたとしても、子爵令嬢の結婚事情と対等な、下手したらそれ以上の価値が、この契約にはある。
そんな気がすると、お金至上主義の私の本能がウズウズと騒いでいるのだ。
「お金は沸いてくる物じゃないものね。自分で稼いで掴み取らなきゃ」
こうして私なりに色々と考えた結果、最終的には承諾の手紙を送ったのだった。
すると、またすぐにノエル王子から手紙が届き、そこからはもう、大急ぎ。
「えっと、急なんだけどね? ノエル王子の婚約内定者として、半年間ほど王宮に行く事になったの」
「「「えぇっ!?」」」
そう話せば、家族も使用人も皆、突然の事に驚愕していた。(そりゃそうだ)なんで昨日の今日で、そんな展開になったのかと凄く聞かれたけれど、王子から「契約については黙っていてほしい」と言われていたので、誤魔化すのが本当に大変だった。
セドリックはうんうん、と意味深に頷いていたので、賢い弟はこの事を予期していたのかもしれない。か……今思えば、何か大きな勘違いをしていたのかもしれない。
────────────────
──そして、あれよあれよと準備が進み……今に至る。
準備といっても、必要な物は王宮で揃えるから大丈夫だと言われたので、私の荷物なんてほとんどないに等しいけれども。
ひとしきり回想を終えた所で、丁度到着したようだった。よいしょと馬車から下りようとした所で、開いた扉の外からスッと手が伸びてきた。
「ありがとうございます」
そう言って、その手の主へと視線を向けると。
「ノエル王子っ……!?」
「待ってたよ。ようこそ王宮へ」
キラキラした微笑みを貼り付けたノエル王子が、自然と私の手を引いてエスコートしてくれる。そしてあっという間に、私はまた、先日お邪魔した部屋へと辿り着いていたのだった。
「ロワン子爵令嬢、ありがとう。思ったより早く来てくれて助かった」
「いえ、それは全然構わないのですけど。あの……すみません。先にご相談してもいいですか?」
「何?」
「ロワン子爵令嬢って呼び方、もう少しだけ崩していただけませんか? 長くて堅苦しいので……」
例えばロワン嬢とか。そんなんでよいのだ。
「分かった。……仮にも婚約者の事を、他人行儀で呼ぶのはよくないよね。なら僕の事もノエルでいいよ。よろしく、サシャ」
「分かりまし……んっ!?」
「はい、言ってみて?」
「えぇ……ていうか待ってください。私、名前で何て一言も……」
「言ってみて? さん、はい」
「ノ、ノ、ノエ…………あ、やっぱり今すぐは無理です。とりあえずノエル様でお願いします」
ぶふーっと、横でお茶の準備をしている護衛騎士様が吹き出していた。笑い上戸なのかな、この人。
頭に【不敬】の文字がチラついて、呼び捨てなんてすぐに出来ないってば。王子は私の事を呼び捨てにしたって構わない地位にいるだろうけど、王子が言うのと私が言うのでは、ちょっと訳が違うと思う。
「親しみ感を出すなら、手っ取り早いのは呼び捨てだと思うんだけどなぁ……1日1回は必ず言うようにする?」
「ただでさえ急な私の登場で怪しいのに、接点もほとんどなかった私達が突然名前で呼び出したら、それこそ怪しさ満点じゃないですか……」
私とノエル王子の間に、ふんわりと甘いミルクと紅茶の香りが部屋に漂った。
「はー、笑った。はいどぞー。今日はロイヤルミルクティーでーす」
話の腰を折るかのように、私の前に紅茶がサーブされた。自分で振った話題だったけど、助かった。冷めない内に、ありがたくいただく事にする。
「まぁ、これから半年間、君に花嫁修行をしてほしいなんて言わないから安心して? 僕が君に望むのは、王家の秘宝である【黒猫の涙】探しだ」
「黒猫……の涙ですか?」
何かそんなワードをどこかで聞いたような……?
頭の片隅に引っかかった気がしたのだけど、その場ですぐには思い出せなかった。
「うん。僕達双子には20歳の誕生日までに、王宮内の何処かに保管されている宝石、通称【黒猫の涙】を見つけ出すように陛下……つまり父上から言われているんだ」
「宝石探し……」
「王家の伝統みたいな、昔からの習わしでね。それを見つけ出して手にした人間が、王に相応しいとされている」
それってつまり、ノエル王子……様は王位に就きたいって事?
考えていた事が私の顔に出ていたようで、クスリと笑われた。ノエル様は、わざわざ向かい側のソファーから移動して、私の隣に座ったかと思うと、耳元で囁いた。
「ここだけの話だけど、僕は王位に全く興味はないよ?」
「え? じゃあ何で……」
「……ここからは場所を移そうか」
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