8 / 50
第2章
8.悪役令嬢って本当?
しおりを挟む「…………サシャ? 大丈夫?」
私がハッと現実世界に意識を戻した時、心配そうに私の顔を覗き込んでいたのはノエル様だった。
「……色々驚いてしまって。すみません、もう大丈夫です」
「ロワン嬢が驚くのも無理はない。会って早々に、普通は有り得ないような話をしてしまったからな」
「いえ、とんでもないです。私は【黒猫の涙】を探す手伝いの為にここに来たのですから、最善を尽くしたいと思っております」
そう言って、レクド王子にペコリと頭を下げた。
報酬に見合った仕事をきちんとこなすのは、私のモットーでもあるから。
「ありがとう。君の身の安全はしっかり守ると約束する。ノエルやライも側にいるだろうが、私からも君を守る影をつけておくから」
「あ、ありがとうございます……」
えっと、まさか私も危険な目に遭う可能性があるとか……?
ノエル様にチラリと視線を向けると、段々見慣れて来たお得意の胡散臭い微笑みをされた。……これは後で要確認案件だな。
「それから、私から言えるのは……無闇に王宮の人間を信じないように、だな。君がノエルの婚約内定者になった事で、あからさまに擦り寄ってくる輩が現れる筈だ。私やノエル、まぁ……ここにいる4人は少なくとも信じてくれて構わないが」
なるほど。私以外の、今この部屋にいる4人は、秘密を共有して大丈夫って事かな。
「分かりました」と、大人しく頷いていたところで、コンコンコン、と軽快なノック音が響いた。
「確認してまいります」と、スッとフェルナン卿が扉へと向かう。
「マクシミリ嬢がいらっしゃいました」
「もうそんな時間だったか」
レクド王子はフェルナン卿に通すようにと合図する。
カチャ、と静かに開いた扉からやって来たのは、それはそれは女の私でも見惚れてしまう程に可愛らしいご令嬢だった。
庇護欲をそそる華奢な背格好。漂うご令嬢のオーラ。これぞ、ザ・美少女だ……!
「まぁ、初めましての方がいらっしゃったんですわね? クララ・マクシミリと申しますわ」
「ロワン嬢も、名前は聞いた事があるかもしれないな。クララは私の婚約者なんだ」
クララ様は、栗色のふんわりとした髪の毛を少し掬って編み込んでおり、ふわりふわりとその毛先が優しく揺れていた。
くりっとしたオレンジ色の瞳は、小動物を彷彿とさせるようで可愛らしい。
「は、初めまして。サシャ・ロワンと申します……!」
「サシャ・ロワン様……あっ、占いの……!」
そんな方が、自分めがけて一直線に向かって来てくれて、ニコニコされながら手を握られてみてほしい。惚れない訳がない。
「サシャ様のお噂は、かねがね聞いております! お時間が合えば、私も是非占いをしていただきたいですわ……!」
「あ、有り難きお言葉、感謝いたします。是非」
あれ? この方がレクド王子の婚約者だとすると、ヒロインにとっての悪役令嬢ポジションになるんだよね?
私の返答を聞いて、ほんわかと嬉しそうに笑ったクララ様に【悪役令嬢】なんて肩書きは似合わなさすぎるんだけど。むしろ貴方がヒロインだと思う。
「クララ、その位にしておこう。ロワン嬢が驚いているから」
「はっ……! ご、ごめんなさい!」
「ほら、こっちに座って」
手招きしたレクド王子の隣に、しおしおと座るクララ様を、レクド王子は愛おしげに見つめながら、優しく頭を撫でている。
……こんなに人前でイチャイチャする程に仲がよろしいのに、ヒロインが登場したら心変わりするのかな?
前世の友人が熱中していた乙女ゲーム。
確かタイトルは……『王宮迷宮~黒猫の涙を探して~』だった、気がする。
王宮迷宮って、韻を踏んでるのかと友人に聞いたら「迷宮はラビリンスって読むの!」と怒られた記憶がある。
あの時は興味がなくて、友人の会話を右から左に流してしまっていたから、ゲームの詳しい内容は覚えていないんだよなぁ。
今更になってちゃんと聞いておけばよかったと思う。まさか転生してその世界に生まれて、ゲームの知識を使う事になるなんて思わないじゃんか……
「クララが来たなら、僕達はお暇するよ。このままサシャに王宮を案内してくる」
私もこの甘い雰囲気にちょっと耐えきれなくなってきていたので、これ幸いとばかりにノエル様の提案に乗っかった。
「もう? 折角なら2人も一緒にお茶しましょうよ」
「うーん……でもレクドはきっと、クララと2人っきりを所望してると思うよ?」
ノエル様の言葉に「私もそう思います」と、心の中でうんうんと相槌を打っておいた。
「暫く王宮に滞在させていただくので、またお時間があれば……」
「本当ですか!? 私、後でスケジュールを確認して、空いている日をご連絡しますっ! 約束ですわよ、サシャ様!」
「はい、約束しました」
パァッと笑顔を向けられて、私も釣られて笑顔になる。
あぁ、可愛い。甘えん坊の妹を持った気分になった私は、うっかりレクド王子みたく頭を撫でそうになって、スススと手を押し留めたのだった。
────────────────
「ごめんね。レクドの事もそうだけど……今話していた内容の詳しい事は、また部屋に戻ってからでお願いしたいんだ」
「分かりました」
部屋から退出した私達は、諸々の確認要項については一旦保留にして、王宮内を巡った。今日見て回ったのは全体の1/3程度らしい。王宮広すぎる。
「とりあえず今日はこんな所かな。後はこのまま王族の住居スペースを案内するよ。というか、そもそもサシャってあんまり王宮自体、来た事がないんだったよね?」
「そうですね。でもここ数年は、年中行事にだけは参加させていただいているので……年に1回はお邪魔していますよ?」
「……流石に少なくない? 年中行事って一応、年に何回もあるんだけど」
……王宮はドロドロしていて居心地が悪いので、とは住んでいる王子様に口が裂けても言えない。
「それは社交界から消えたと言われる訳だね。じゃあ、サシャの部屋に行こうか」
「私の、部屋、ですか……?」
待って。願わくば、1番質素な客室であってほしい。
──私の願いは虚しく、王宮住居スペースの一室に案内された。
いや、まぁ仮にも王子の婚約内定者なんだから、そんな控えめな待遇にはならないと思っていたけど。
部屋の内装は、想像したよりも煌びやかさが控えめになっていて、落ち着いた雰囲気だったのでちょっとホッとした。
「護衛の関係もあるし、なるべく僕の部屋の近くにしておいたから」
「……?」
またこの王子様は意味深な発言をするな……?
「ちなみにですけど、ノエル様のお部屋はどちらに……」
「隣っすよ。何ならそこの扉からサクッと行けますよ」
「……となり?」
何気なくそう告げるライの言葉に、私の語彙力は低下した。
10
あなたにおすすめの小説
枯れ専モブ令嬢のはずが…どうしてこうなった!
宵森みなと
恋愛
気づけば異世界。しかもモブ美少女な伯爵令嬢に転生していたわたくし。
静かに余生——いえ、学園生活を送る予定でしたのに、魔法暴発事件で隠していた全属性持ちがバレてしまい、なぜか王子に目をつけられ、魔法師団から訓練指導、さらには騎士団長にも出会ってしまうという急展開。
……団長様方、どうしてそんなに推せるお顔をしていらっしゃるのですか?
枯れ専なわたくしの理性がもちません——と思いつつ、学園生活を謳歌しつつ魔法の訓練や騎士団での治療の手助けと
忙しい日々。残念ながらお子様には興味がありませんとヒロイン(自称)の取り巻きへの塩対応に、怒らせると意外に強烈パンチの言葉を話すモブ令嬢(自称)
これは、恋と使命のはざまで悩む“ちんまり美少女令嬢”が、騎士団と王都を巻き込みながら心を育てていく、
――枯れ専ヒロインのほんわか異世界成長ラブファンタジーです。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。
槙村まき
恋愛
スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。
それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。
挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。
そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……!
第二章以降は、11時と23時に更新予定です。
他サイトにも掲載しています。
よろしくお願いします。
25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?
はくら(仮名)
恋愛
ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません
嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。
人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。
転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。
せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。
少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる