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第6章
33.恋の考察は捗らない
しおりを挟むレモンが浮かんだアイスティーに、瑞々しいオレンジの香りがただようオランジェットやガトーショコラ。極上のおもてなしを受けて、私の心は自然と緩まり、癒されていた。
イヴを伴って、クララ様の部屋でプライベートなお茶会に参加中の私である。勿論、参加者は私とクララ様だけだ。
カラッとした心地よい暑さと、開け放たれたバルコニーからの風が、爽やかな気持ちにさせてくれる。
あの事件から暫くの間は塞ぎ込んでいたクララ様だったけれど、今はだいぶ元気そうでホッとした。
「最近フェルナンの誕生日を占ってもらったのだと、レクドから聞きましたわ。私、それ以来ずっと自分の誕生日はどうなのだろうと、とても気になっていて」
「へ……?」
もじもじとしながら可愛らしく語りかけられて、私は驚きながら目をパチパチと瞬いた。
私の占いで、事件を思い出してまた怖い思いをさせてしまうかもしれないと懸念して、自分から占いの話をしないようにしていたのだ。
「……クララ様の事、また占ってもよろしいんですか?」
「勿論よ。夢占いをしてもらって、サシャ様が私の予知夢の内容を覚えていてくださったから、そのおかげで命を救われたんだもの」
「……ありがとうございます」
お礼を言うのはこちらの方なのに、と笑ったクララ様。私は胸の奥がじんわりとあったかくなった。
「ねぇサシャ様。私、少し疑問に思ったのだけれど……同じ誕生日の人はどうなるのかしら?」
クララ様の誕生日を聞いて、星座の話を一通りし終わった後、クララ様はライと同じ疑問を浮かべて小首を傾げている。思わずふふっと微笑んでしまった。
純粋な疑問には答えてあげねば。ライがこの場にいたら「俺には教えてくれなかったのにずるいっすよ!」とぷんすこ文句を言われそうだけど。
「誕生日占い……というか、星座占いは1年を12個の星座に分けているものなので、同じ誕生日じゃなくても同じ星座の方は沢山いるんです。元々こういう傾向の方が多い、というあくまで1つの指標なので……双子だから、同じ星座だからと言っても、じゃあこの人達は全く同じ性格なんだ、とは言い切れないのです」
「確かに、よく考えたらそうよね」
「はい。ただお2人は双子ですから、少し特別かと。仕草だったり、ちょっとした事で似ている箇所があるかもしれませんね」
「そう言われてみると、あの2人……ここぞと言うときに息がピッタリなのよ」
息の合った2人の王子様を想像して、私達はクスリと笑った。
「そうだわ! サシャ様、ノエルとは最近どうですか? 仲良く過ごしておりますか?」
「え!? う、うーん……まぁ、出会った頃よりは打ち解けてくれてるかな、とは思うのですけど……」
この前は、珍しく弱気になった姿のノエル様に抱きしめられてしまい、暫くそのまま過ごしていたんだったっけか……
不安の色を宿した瞳のノエル様と目が合った時。気づけば、ノエル様は星じゃなくて月なんだと、勝手に言葉が零れていた。
『僕が月ならサシャは乙女座の星、スピカだね』
そう言って、蕩けるように甘く笑ったノエル様が思い起こされる。
……今頃になって思い返してみたら、甘酸っぱくて、すっごい恥ずかしいな……!?
私はプルプルと頭を軽く振って、脳内再生をパパッと消去した。
痛いくらいの視線を感じて正面を向けば、クララ様を始めとする、クララ様付きのメイドの皆様までもが、キラキラと目を輝かせていた。
「根掘り葉掘り聞くのは野暮ってやつよね……!? 私達は温かく見守って差し上げましょう……!」
クララ様とメイドの方々は、うんうんと頷き合いながら何やら納得している様子である。
皆さんが想像するような結果には……なる訳ないんだけどなぁ。
私は苦笑しながらアイスティーに手を伸ばしたのだった。
お茶会を終えて、イヴとともにクララ様の部屋から退出する。
そういえば……ノエル様は確か、来月の誕生日に開かれる夜会の打ち合わせや、レクド王子との話し合いが増えたんだっけか。
イヴやライの話によると、最近は夜遅くまでかかっている事も多いらしく、だいぶ忙しそうだ。
「私に出来る事……」
薄々気づいていたのだが、ノエル様はクララ様が狙われた事件以降、私が謎解きに関わるのを避けている気がする。それが決定的なものになったのは、黒猫の涙を手に入れたあの夜からだけども。
だけど私は、それだと当初の契約を違反してしまっているのではないかと、ふとした拍子に不安に駆られるようになった。
魅力的な報酬と引き換えに、偽りの婚約候補者を演じて、王家の秘宝探しの手助けをする。
どんなに難しい依頼でも、それに見合った報酬さえ貰えたら、それでよかったのに。
「……私、頼りないパートナーだってノエル様に見切りをつけられたくないのかな」
こうやって考える度に時折小さく痛む胸をそっと押さえて、深呼吸をした。
「……よし、ナタリーと直接話してみよう」
自分の現状を打開したいし、鬱々と悩んでいる時間が勿体ない。
今までヒロインの動向を見張ったり、ちょくちょく報告を受けてはいたけれど、よく考えたら本人と面と向かって話した事がないのだ。
敵を知らねば解決策も見つけられまい、とグッと小さく拳を作り決意する。
「サシャ様」
後ろに控えていたはずのイヴが、私の目の前に立ちはだかった。相変わらず移動が素早い。しかも真顔だから尚更怖い。
「……どうしたのかな、イヴ」
「あの新人メイドとの接触はお控えいただくようにと、ノエル様より申しつけられております」
「ぇぇ……? 私なら次にそう動くだろうって、お見通しだった感じ……? というか、ナタリーがこの時間どこで何の仕事をしてるか、イヴなら知ってるんじゃないの?」
「……」
イヴは真顔のまま、すい~っと視線を右上へと彷徨わせて私の視線から逃れた。
……沈黙は肯定の意ととって間違いないだろう。でもこの様子じゃ到底教えてくれそうにないな。私は仕方ないかと言わんばかりに、小さく溜息をついた。
「分かった。でも、このまま何もせずにいるのはもう限界なの。とりあえず今日は真っ直ぐ部屋には帰らないで、図書館を目指して散歩に行く事にする」
「かしこまりました」
この後、私はある意味でついているのかもしれない出来事に巻き込まれるのだった。
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