42 / 50
第7章
42.偽善者の仮面を外せ
しおりを挟むパイが焼き上がるまで軽く休憩する事にした私達は、普段寛いでいる居室の方へと戻ってきた。
「で、どう? 黒幕は分かった?」
ソファーに座って組んだ足をプラプラさせ、ニヤニヤしながらこちらを眺めているあたり、本当……いい性格してるな。
私だってもう、バイパーが暗殺者だからといっていちいちビクビクしたり、遠慮はしないんだからね。
「今考えようとしてたってば」
「ランベール侯爵はさぁ~? 結局ただの駒なんだよね、あの人にとっては。もうさ、他の奴と比べもんにならないくらい真っ黒な人間だから。下手したらあの人、俺よりタチが悪いんじゃない?」
「暗殺者よりタチが悪いってどんなよ……ていうか、すっごい意味深にあの人って連呼してるよね」
「……黒幕の目星が付いてるのなら、少しくらいサシャ様に教えてくださってもよいのでは」
イヴが静かに不満を告げながら、テーブルにお茶とお菓子を置いた。
「いいのいいの。この人って多分、人が悩んでる姿を見て面白がってるタイプの人間だから……」
私の嫌味をものともせず、当の本人は「よく分かってんなぁ」と笑いながら、すぐさまお茶を片手に持ち、クッキーを口に運んでいる。
「ま~主の事は特別気に入ってるから、別に教えてあげてもいいんだけどさ? でもこの件、これ以上は介入しない方がいっかなって。成り行きを見守るっていうか、どういう結末を迎えるのかちょっと気になっちゃってるんだよね~」
「まさかの、ここまで関わっておいて高みの見物を選ぶという……」
一応こう見えて私、貴方に命を狙われた身なんですけど。バイパーをジトッと恨めしげに見てしまうのは、致し方ないと思う。
「やだなぁ、主の事はきちんと守るから安心してよ。それに王子様方はもう黒幕の正体も分かってるみたいだったし、俺の出番はないかなって話」
ノエル様、事件のピースはもう揃ってきているって前に話してたもんね。
「……」
……でもなんか、これだけ事件に首を突っ込んでいるのに、私だけ分かってないのは悔しい、かも。
占いで全てが分かればラッキーだなって思うけど、流石にそれは無理な話だ。そんな魔法使いみたいに万能な力、元々私にはないものだし。
「簡単だよ。他人からの評価や人となりなんて、結局の所うわべばっかりなもんで、いい人のフリをした演者が混ざってるだけ」
バイパーはそう言うと、徐ろにソファーから立ち上がった。ローテーブル越しに身を乗り出したかと思うと、向かいに座っていた私にズイッと顔を近づけた。
「……いい人の、フリ?」
「そ。ほらほら、試しに頭の中で浮かんだ人間の、いい人の仮面を外してごらんよ」
ぷにぷに、と私の頬を指先でつついている。近いし、令嬢の顔を許可なく触るのはいかがなものか。
「私が王宮で出会ったいい人……クララ様はレクド王子の婚約者で、あの2人は相思相愛だからあり得ないでしょ。フェルナン卿も、レクド王子の護衛騎士で、普段の様子からしても強い忠誠心があるのが伝わってくるし……」
あとは、図書室で出会ったオススメを教えてくれた優しい……
「待ってよ……?」
王位継承権を持つ人は双子の王子様以外に、もう1人いるじゃないか。
「……アルシオ王弟殿下?」
その事実に気づき、ポツリと呟いたまま固まった私を見て、バイパーはケタケタと意地悪く笑ったのだった。
「ほーら、簡単だったろ?」
「嘘でしょ……? あの人が……?」
信じられないけど、私の頭の中で組み立てられた事件のピースと辻褄は、気味が悪いくらいにどんどん合っていく。
アルシオ様は、薬学や医学に精通していてレクド王子に解毒剤を与えてくれた命の恩人。
……でも毒薬を精製したのがアルシオ様本人だとしたら?
毒薬を作った本人なら解毒剤だって作れるだろうし、ワザと不完全な解毒剤を渡して、後遺症が残るように仕向けたのかもしれない。
王妃様との記憶が抜けていたのも、もしかしてそういう薬をこっそり開発していた……とか?
この世界の薬学がどこまで発展してるのかは詳しく分からないけれど、少なくとも可能性はある。
私がランベール侯爵と廊下で会って話していた時、侯爵を追い払ってくれた事もあったっけ。
あれは私を助けてくれたんじゃなくて、侯爵がヒントになるような事をこれ以上喋らないように、牽制してたんじゃない……?
……いい人のフリをして、いい人なんだと思わせるように自身の行動を操作してたんだ。
「闇深そー。何年も前から印象操作したり、記憶を消したりしてさ。更には自分の甥に毒薬飲ませてんでしょ?」
王族の争いって怖~い、と棒読みしながら、また1つ2つとクッキーへ手を伸ばしている。絶対怖いなんて思ってない。
「ん? というか、そもそもアルシオ様と王妃様ってどういう関係だったんだろう……?」
義姉である王妃様に何か凄く恩があったとか?
そうだと仮定しても、なら何故王妃様の子である王子達を疎むのか。王位継承を奪おうとする、肝心な動機が分からない。
「主、頭の切れるタイプなのに、こっちの方面の話は意外と鈍いんだなぁ……」
「え、もしかして遠回しに馬鹿にしてる?」
「王妃様に異常なまでに執着してたって事でしょ。王妃様が死んで、その歪な愛情が変な方向に壊れちゃったんじゃないの? そういうヤバイ人間をね、世間一般ではこう言うんだよ」
「何?」
「ヤ・ン・デ・レ」
「うわ……人は見かけによらないって本当だったんだ……」
私の人間観察力はまだまだ甘かったみたいである。未だにあの人がまさかって否定してしまうのだから、アルシオ様の人心掌握術が恐ろしい。
「ま、今夜にでも王子様に聞いてみたら?」
「そんな軽い世間話をするかのように聞けるような話題じゃないんだけど……」
王妃様って生前、ヤンデレの王弟殿下にしつこく付き纏われてたりしましたか、なんて聞けない。
「そういうもん? あ、じゃあさ、王家の秘宝の方は主なりの答え出たの?」
「ヤケにぐいぐい色々と聞いてくるなぁ……これでもし突然裏切ったら、バイパーの事は一生恨む」
「裏切んない裏切んない。主が報酬をきちんと払ってくれるなら口は堅いって」
「……王妃様との特別な思い出の品なのかもって、ちょっと思ってる。記憶が戻っているレクド王子に聞いて再確認すれば、それらしき物が今なら見つかるかもしれないし……」
そう話しながら不意に思い出したのは、ノエル様と宝物庫に向かった時の事だった。
宝物庫の鍵を開けるために、ノエル様はネックレスに付いていた、小さな鍵を幾つか取り出していたっけ。
あの時はただ単純に、宝物庫の鍵を肌身離さず持ってるだけだと思っていた。
でももし……例えばだけど、その鍵の中にワザと王家の秘宝に関する鍵が混ざっていたとしたら──?
10
あなたにおすすめの小説
枯れ専モブ令嬢のはずが…どうしてこうなった!
宵森みなと
恋愛
気づけば異世界。しかもモブ美少女な伯爵令嬢に転生していたわたくし。
静かに余生——いえ、学園生活を送る予定でしたのに、魔法暴発事件で隠していた全属性持ちがバレてしまい、なぜか王子に目をつけられ、魔法師団から訓練指導、さらには騎士団長にも出会ってしまうという急展開。
……団長様方、どうしてそんなに推せるお顔をしていらっしゃるのですか?
枯れ専なわたくしの理性がもちません——と思いつつ、学園生活を謳歌しつつ魔法の訓練や騎士団での治療の手助けと
忙しい日々。残念ながらお子様には興味がありませんとヒロイン(自称)の取り巻きへの塩対応に、怒らせると意外に強烈パンチの言葉を話すモブ令嬢(自称)
これは、恋と使命のはざまで悩む“ちんまり美少女令嬢”が、騎士団と王都を巻き込みながら心を育てていく、
――枯れ専ヒロインのほんわか異世界成長ラブファンタジーです。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。
槙村まき
恋愛
スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。
それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。
挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。
そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……!
第二章以降は、11時と23時に更新予定です。
他サイトにも掲載しています。
よろしくお願いします。
25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!
【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?
はくら(仮名)
恋愛
ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。
せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません
嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。
人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。
転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。
せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。
少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる