占い好きの悪役令嬢って、私の事ですか!?

希結

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第7章

47.ありがとうの想いを

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 ノエル様の手の甲に押さえつけていた粉々のドクダミの葉は、私の涙でしっとりと濡れていた。

 その葉は不思議と淡く光っているようにも見えた。それなのに、ごしごしと目を擦ってから再び見つめると、感じていた光は既に跡形もなく消えてしまっていたのだった。

「ほ、本当にこれのおかげで……?」

「これって、何かの植物の粉末なの?」

「はい。ノエル様と中庭でお会いした日の夜に見つけたドクダミの葉です。2、3日部屋で乾燥させておいたものですが……」

「ふぅん……まぁ、僕はサシャのおかげだと思うけどな? サシャといる時だけ奇跡の瞬間が見られる気がするし」

 ノエル様は起き上がって、ぺたりと座り込んでいた私の顔をじっと覗き込んだ。

「ごめん、沢山泣かせちゃったね」

 気を遣ってか、毒針が刺さらなかった方の手の指で、涙の滲んだ目尻をそっと拭われる。

「っ……無事ならいいんですよ」

 その手つきが優しくて、思わずふい、と顔を逸らしてしまった。さっきまでの自分の取り乱し方を思い出して、今になってジワジワと小っ恥ずかしくなってきたのだ。だって、絶対余計な事を口走ってたと思うから。

「……ところで、さっきのお願いは叶えてくれないの?」

「さっき……?」

 ──もう一回、エルって呼んで。

 自分がノエル様の事を、無意識にエルと呼んでいたのを思い出して、カァッと頬が熱くなった。

「あ、あれは忘れてください……! それにっ、い、今はそれどころじゃありませんから……!」

 ノエル様の命が助かったのは本当によかったし、感動を分かち合いたいけれど、今はアルシオ様との修羅場の真っ只中である。

 さっきまでアルシオ様の事を怖いと感じていたのに、ノエル様の無事を実感したら、もうそんな風には思わなくなっていた。

 ……変なの。頑張る力が湧いてきたみたいだ。

「……どうしてレクドもノエルも、貴方の傍にいる人間は皆……誰も私の思い通りになってくれないんでしょうね」

 アルシオ様は、抜け殻のような虚無感を漂わせていた。もしかしたらこの人、突然自暴自棄になって暴れたりするかもしれない……そう感じられる程に不安定な様子だったのだ。

 私は一歩前へ進み、真っ直ぐにアルシオ様を見つめて静かに口を開いた。

「……治療をやめると話した時、王妃様は続けてこう言ったんじゃないですか? もういいのよ、ありがとうって……」

 ありがとう、その言葉を私が呟くと、アルシオ様は酷く動揺する。

「っ、な……なぜっ、貴方がそれを……?」

「先程おっしゃっていたじゃないですか、私と王妃様は似ているって。もしも私が王妃様と同じ立場にいたとして答えるのなら、きっとそう言うと思ったからです」

 王妃様を助けてあげたいと思った、その出会った時の純粋な気持ちを思い出してほしい。これ以上苦しみ続けて、このまま闇落ちしてほしくなかった。

 ヒロインであるナタリーがアルシオ様を救えないのなら、私がどうにかしなきゃ。そうしないとこの人は永遠に闇に囚われたままなんだと、何故かそんな思いに駆られたのだ。

「……貴方から向けられる愛情に応えられず申し訳なく思い、貴方の葛藤も全て知っていたと思うんです。王妃様はそれでも……いいえ、それ以上に、貴方へ感謝していたと思うから……」

 だから、ありがとうと言って笑ったんじゃないでしょうか。
 そう話す私の言葉に重なるように、アルシオ様の大きく見開いた瞳から涙がぽとりと零れ落ちた。そのままがくりと項垂れると、聞こえてきたのはくぐもった嗚咽音だった。

 罪を犯した人の心まで助けたいと思うのはエゴなのかもしれない。嗚咽を漏らすアルシオ様に、これ以上話しかけるのはやめよう。私はその姿を黙って見続けていたのだった。


 廊下が騒がしくなったと感じた時には既に、部屋の扉が勢いよく開かれていた。陛下を先頭に、騎士団や医師、呼びに行っていたライもその中に混じっていた。

「ノエル……お前、無事なのか? 解毒剤のない毒が身体にまわって、危険な状態だと聞いていたが……?」

 深刻そうな表情で突入してきた陛下は、かなり困惑気味である。ライも、先程までのノエル様との違いに目を丸くして驚いていた。

「はい。死にそうでしたけど、サシャの涙が解毒剤になりました」

「ちがっ……! ちょ、陛下に適当な事を言わないでくださいよ!」

 私とノエル様のやり取りを見た陛下は、訳知り顔でなるほどなと頷いた。

「お前が自分で判断して、本当に身体が大丈夫だというのならいい。ただ後で必ず医師の診察を受けるように。それから……アルシオの件は私に任せなさい」

 そう言って陛下は床に伏せているアルシオ様を一瞥する。その瞳には、悲しみと怒りが混ざったような複雑な想いを宿している気がした。

「……アルシオの想いを知りながらも、王妃の為にその医学の知識を利用し続けていた私にも責任があるからな……」

 実の弟の犯した罪を認めるのは、想像も出来ないくらい、きっとずっと辛いものだろう。
 気づけば隣にいたノエル様に肩を抱かれていた。その温もりに縋りたくなって、私はほんの少しだけ身を委ねていたのだった。

「──レクド、ノエル。王家の秘宝を手にするまで、あと少し頑張りなさい。明日の夜会での報告を待っている」

 騎士団に取り押さえられたアルシオ様とナタリーを連れ、陛下は部屋を出て行った。報告の為にイヴはそちらへと付き添う事となった。

「はぁ……とりあえず叔父上達の件は大丈夫そうだな」

「うん、そっちの後処理は陛下に任せよう。僕達はまだ肝心の王家の秘宝を手にしてないんだし」

「というか、餌を撒いたけど上手くいけば問題ないとか言ってませんでしたっけ……?」

 ノエル様が1番命の危険に遭ってましたけど。私の不満気な訴えに、レクド王子もウンウンと激しく同意しながら、肝が冷えたぞと溜息をついた。

「ごめんって。あのメイドを使って既成事実でも作らせようとしてるのかなって、そっちの面での警戒はしてたんだけどね。まさかまた毒薬を仕込んでくるとは予想してなかったから油断しちゃった」

 ノエル様の口調はいたって軽いけれど、真剣な表情で話されているものだから、それ以上責める事はできない。

 まぁ……最終的に無事だったからいいか……そう思い込もうとしている私の前に、突然フェルナン卿が跪いた。

「……フェルナン卿?」

「どうかお礼を言わせてください。私を止めてくださったロワン嬢に、大変感謝しております」

「え?」

「覚えてらっしゃいませんか? 一度私に占いをしてくださった時がありましたよね? ちょうどその頃、アルシオ様から手を組まないかと誘いを受けていたのです」

「いえ、占いをした事は覚えていますけれど……えぇっ……!?」

 驚きすぎてどんどんポーカーフェイスが崩れていく私を見て、フェルナン卿は小さく微笑んだ。

「貴方は私に、自分を労る事を忘れるなと言ってくださいました。頑張りすぎなくていいんだよと言ってもらえた気がして、不思議と冷静になれたんです。レクド様の足を治したいあまりに焦り、行きすぎていた歩みを止めてくれて……本当にありがとうございました」

「いえ、あの、私は本当にただ占っただけで……」

 深々と礼をされてしまい、困った私はどうしたものかとレクド王子へ視線を向けた。

「あの日君達が退出した後に、フェルナンから相談を受けてな、全てを話してくれたんだ。だから私もロワン嬢から譲り受けた万能薬の件をフェルナンにも告げる事にした。そして、ならいっそその勧誘を逆手に取って、こちらを裏切ったフリをして今日まで動いてもらう事にしたんだ」

「フェルナンの動きはサシャやクララには流石に教えてあげられなくてね。さっき叔父上と一緒にいる姿を見た時は驚いたでしょ」

「すっごく驚きましたよ……でも、よかったです。私の占いがきっかけになれたのなら」

 誰かの為にする占いはやっぱり無駄じゃなかったんだと、ジンと胸が熱くなった。

 その時、ここへ来る前にやった占いの事も思い出した。もし占いをしないで、ドクダミの葉が入った巾着を持ってきてなかったら……

 そっか、私自身も占いに救われたんだな。

 ありがとう。私は誰にも聞こえないくらい小さな声で呟いていた。  

 
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