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第2章 黄金の瞳は語る【case1:精霊猫】
ep.6 人の手も借りたい猫
しおりを挟む私の顔色の悪さから何となく察してくれたのか、精霊猫はそれ以上近づく事はなかった。……気を遣ってもらって申し訳ない。
『ごめんなさい、自己紹介もしてなかったわね。私の事はニアって呼んで』
「あっ、はい。メル・アシュレーです。私の事もメルって呼んでください」
気品のある雰囲気に呑まれて、思わずペコリとお辞儀をすると、ニアから『次からはその敬語もなしでお願いね』と言われてしまった。
うぐ。その有無を言わせない感じ、ちょっとだけ副団長に似てる気がする。
「えぇと……じゃあ、ニア? その、さっき話していた私達の力になるって……何の話か詳しく聞いてもいい?」
『言葉の通りよ。メルの、その特別な力を借りたいの。……事の始まりは、とある精霊猫からの相談なのだけど……』
──ニアが野良の精霊猫から話を聞いたのは、ほんの数日前の事らしい。
その子は度々実体化をして、城下町の路地裏で普通の野良猫たちに混じり、猫生活を満喫していたそうだ。
そこで奇妙な話を聞いた。
何でも、ここ数日で急に野良猫の数が減ったのだと。
「野良猫が、失踪……? そもそもなんで数が減っている事に気づけたんだろう?」
猫が失踪って……自分で言っておいてなんだけど、違和感が凄いな。
『野良猫には独自のネットワークみたいなものがあって、この地区にはどんな子がいるかとか、猫同士でわりと把握しているのよ。なわばり争いみたいなものもあるのかしら。だから今回もすぐ疑問に感じたらしいの』
「なるほど。じゃあ、いなくなった理由を考えるとしたら……野良猫を拾って家に迎えてくれた人が増えた、とか?」
『そうね。だとしたら数が減っているのは嬉しい事だわ。……だけど相談を受けた私も、何だかそう簡単に割り切れなくて』
上手くは言えないけれどモヤモヤするのよと、ニアは尻尾をぺそりと下げた。
「つまり野良猫が減少している、本当の理由を探りたいんだね?」
『ええ。精霊動物と会話が可能なメルには、私と一緒に行動してもらって、城下町にいる野良猫や精霊猫たちへの聞き込みを手伝ってもらいたいの』
ここまで事情を聞いてしまった身としては、正直もう引き下がれないだろうなと思った。
何より大好きな動物の事だしほっとけない。それに個人的にも真相が知りたくなってきていた……というのはちょっと内緒である。
「でも待って? 手伝いたいのは山々なんだけど、医務課での通常業務もあるし、これって私が勝手に判断できるレベルの話ではないんじゃないかな……?」
『その点は大丈夫よ。私のパートナーは誰だったか忘れちゃった?』
「あっ、副団長……!」
『私の手伝いというか、書類上はシルヴァの手伝いって形になるのかしら。ま、シルヴァはほとんど参加しないと思うわ』
パートナーなのにどうしてだろう、という顔をしていた私に気づいたようで、ニアは会話を続けた。
『シルヴァだと、他の精霊動物や野良猫達が怯えちゃうのよね……』
「あぁ、なるほど……?」
すぐに絶対零度のアイスブルーの瞳が頭に浮かんだ。あの人は人間のみならず、動物にも恐れられているのか。それは流石に可哀想だな……と少し同情した。
『だからこの後シルヴァの許可さえ取れれば問題なしよ』
「……まさかの未許可!」
────────────────
騎士団の任務として城下町に出向くのは初めてだ、なんてちょっとワクワクしていた私は、ふと、すっかり忘れていた重大な難点に気がついた。
「猫への聞き込みの手伝いかぁ……ん?」
それって、沢山の猫がいるところへ出向く事になるじゃんか。つまりは苦手な猫に近づく機会がすっごく増えるって事だよね……!?
「ニ、ニニニニニニア? 申し訳ないけどやっぱりその手伝い、そもそも私にも出来ないと思う……!」
『あら、どうして?』
「……実は、動物は皆可愛いって本心で思ってるんだけど、猫だけがどうしても苦手で。ニアも感じたんじゃないかな、私、猫が近くにいると条件反射で身構えちゃって……」
『メルから私に対する嫌悪感とかは感じられないけれど』
「そんな風に思ってないもの……! 信じられないかもしれないけど、苦手なだけで、猫の事も他の動物と同じくらい大好きなの……!」
必死になって弁解すれば、ニアには、ふぅん、と不思議そうに見つめられた。思わず熱く語ってしまい、なんだか居た堪れなくなって、ちょっぴり俯く私である。
『最初は構えてしまっても、落ち着けばこうやって私とも普通に会話が出来ているじゃない。別にそこまで気にしなくても大丈夫だと思うわよ? 猫を怖がるのはそうね……多分メルの潜在意識というか、そうなってしまった原因があると思うのだけど』
……その通りです!
ニアの、副団長さながらの冷静な見解に、コクコクと頷いてしまっていた。
「思い当たる節はあるんだけど……」
私は何の因果関係か、猫に(ニアは精霊動物だけど)自分のトラウマになった一件を話す事になったのだった。もちろん、前世の思い出だって事は伏せて。
「……すごーく昔にね? 友達が飼っていた猫が突然、後ろから私の足に飛びついてきた事があって……」
噛まれたわけでもなくて、トラウマという程の事じゃないと言われてしまったらそれまでなのだけど。当時の自分が幼かった事もあって、ものすごく驚いてしまったのだ。
その時は何がなんだか分からなくて、ただ怖いと思っていた。だけど今となっては、何で猫が飛びついてきたのか分かっている。
……私がダラダラと床に横になって、指先をぴこぴこと不規則に動かしていたのが悪いのだ。
「猫は動く物に反応するから、悪気があった訳じゃないってちゃんと分かってるの。なんだけど……」
頭では分かっているのに、心の中の苦手意識は何故か消えてくれないのだ。
『なるほどね……それならほら、試しに私を触ってみたらいいんじゃない?』
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