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第3章 慟哭する亡霊洋館【case2:精霊獏】
ep.23 午前零時の亡霊洋館で
しおりを挟む夜はまた、違った趣があるなぁ……
私はどこか不穏な雰囲気を漂わせた洋館を見上げて、はぁ……とため息をついた。
うーん、ホラー。やっぱりどう考えても、普通に怖いものは怖いんですけど……!
だけど団長権限で指示を出されてしまえば、当然断れるわけもなくて。私は副団長とニアとともに、夜の調査に出向いていた。
今回の調査分は、特別勤務による臨時報酬を付けるようにと副団長が団長にしっかりと話してくれたので、そこは唯一のありがたポイントである。
いくら美味しいイチゴタルトでも、その度に亡霊洋館調査をさせられたら、イチゴタルトが嫌いになりそうなのでね!
私は臨時収入に思いを馳せて、グッと小さく拳を握った。決して社畜というわけではない。
「……アシュレー、さっきから1人で何をしてるんですか? 入りますよ」
「あ……はい」
副団長は私がわざわざ忠告するまでもなく、しっかりと扉のドアノッカーを叩き、一声かけてから足を踏み入れていた。どこかのワンコンビとはえらい違いである。
この調子なら穏便に事が進むかもしれないと、ホッとしたのもつかの間。
玄関ホールに入って扉を閉めたところで、私達はすぐに怪奇現象に襲われてしまった。
「揺れてるっ……!?」
洋館自体が揺れているのだろうか。カタカタと窓ガラスや棚が音を立てているが、不思議と物が落ちたり壊れたりする様子はない。
こんな精霊魔法もあるんだなぁと、変に感心してしまった。
で、でも……足元が小刻みに揺れて、バランスが取り辛いのなんのその。私は足をぷるぷるさせながら、何とか立ち続けていた。
「うぁぁ、三半規管も乱れそう……」
「……? こんな現象、団員から受け取った記録には残されていませんでしたが……」
苦しんでいる私の横で、揺れも気にする事なく澄ました顔をした副団長は、小さく首を傾げて呟いた。
『それは僕が夜型だから。夜の方が、僕の本来の力を出せるっていえば分かるかな?』
床の揺れがピタリとおさまったかと思うと、ニアとは異なる精霊動物の声が聞こえてきた。
「副団長……あそこに精霊動物がいます……!」
私が指を差しながら玄関ホールの中央にある階段の踊り場を見上げれば、そこには半透明の精霊動物が立っていた。
豚のような体つきだけど、象のような口吻を持つ、その動物は……
「そっか……獏は夜行性……」
『昼間は眠たいっていうのにさ、騒がしい人間ばっかり来るから、ついイライラしちゃった』
あのドアノッカーの形……見た事があると思ったのは、前世でマレーバクの映像を見た事があったからだったのか。私はようやく腑に落ちた。
『で? また騎士団の人間? もうこの洋館の事は放っておいてくれないかな? 僕には家主だったパートナーとの約束があるから、邪魔してほしくないんだよね』
「ニア、アシュレー、離れてください」
副団長は何かを察してか、私とニアにそう告げると、自らも私達から距離を取った。
精霊獏はやっぱり私には目もくれず、副団長に向けて精霊魔法を放ってくる。
それはカインと来た時と同様の竜巻だったけれど、今回は飾られていた小さな皿が数枚同時に飛んできた。副団長は腰に下げていた剣で、華麗に弾き返す。
「ニア、分かってると思いますけど、こちらは手出し不要ですので」
『はいはい。私は何かあった時の為に、メルの側にいればいいんでしょ~?』
「わ、私は大丈夫ですよ!? いくら副団長が強くても、生身の人間なんですから……!」
こうやって話している間にも、竜巻に乗ってどんどん物は飛んでくる。
その中でもひと際大きな花瓶が、副団長に向かっていった時。
もしかしたら副団長も、カインみたいに擦り傷だらけになってしまうんじゃないか。そう想像したら、私の足は勝手に動いていた。
「すとーっっっぷ!!!」
私は衝動的に副団長の前に立ち、両手を目いっぱい広げて、精霊魔法に立ち向かっていた。
私の目と鼻の先まで迫って来ていた花瓶は床に落ち、ゴロゴロと転がっていく。その内に勢いをなくして、ピタリと止まったのだった。
「よかった……」
ふぅ、と胸を撫で下ろすと、後ろから腕を力強く引っ張られ、身体が傾いた。
「君はっ……! 何考えてるんですか……!?」
「あっ、えと、精霊動物が私には攻撃をしてこないのは、前回訪れた時に分かっていたので! だから今回も大丈夫なんじゃないかと思いましてっ……!?」
私が慌てて向き合う形になって副団長を見上げると、いつもの冷静な顔はどこへいってしまったのか。酷く焦ったような表情でこちらを見下ろしていたので、すごく驚いた。
「……っ、ごめんなさい」
思わず謝罪の言葉を溢せば、副団長は私を見下ろしていた鋭い眼差しを、少しだけ緩めてくれたような気がした。
「……全く。怪我がなかったからいいものの……剣を持っている人間の前に立つなんて、危ない事しないでください」
「ぅ……気を付けます……」
私の返答に、再び顔をしかめる副団長である。だってもうしないなんて、簡単に口約束できないですし。
「……君は意外と突発的な行動をとるという事を私も忘れていましたので、肝に銘じておきます」
そう言われて、オマケに溜め息までつかれてしまった。しゅんと項垂れてしょげていた私の元に、困惑気味な精霊獏の声が聞こえてくる。
『え? あ……君達って、そういう関係だったの? なんかごめんね……?』
「ちがっ……そういう関係とかじゃないですけどっ! これ以上知人が傷つけられるのを見てるのは辛いので、できたら今だけはやめてもらえると助かりますっ……!」
何かあらぬ勘違いをしている精霊獏に、私はガバリと頭を上げて、慌てて訂正を入れた。
精霊獏の声が聞こえていない副団長は、不思議そうな顔で私とニアに視線を送ってくる。ぜ、絶対翻訳しないでよね、ニア……!
『う~ん……悪い事しちゃった気分……そうだ。僕のパートナーとした大事な約束、君になら教えてあげてもいいよ』
「え!? いいんですか? 大事な約束なのに……?」
精霊獏からの突然の提案に、私は目を丸くした。
『秘密にしてるわけじゃないから。話してもいいなって思える人間が中々現れなかっただけ』
「話していただけるのならありがたいですけど……それってもしかして、私にだけ精霊魔法で攻撃してこないっていうのも関係してますか?」
『さあ? 正直僕にもよく分かんないや。でも精霊動物としての本能が、君を傷つけちゃいけないって、なぜか訴えてくるんだよね。それに君の持つ雰囲気にどうにも気が緩んじゃって。だから今夜はオマケで、そこの精霊猫と騎士にも話してあげるよ』
そう告げると精霊獏は、しゅわしゅわと半透明の姿から、前世でいう白黒のマレーバクの姿へと変化したのだった。
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