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9.苦いのは、媚薬?
しおりを挟む花嫁選びの儀まであと一ヵ月となり、夜会が開かれる事となった。今回の夜会では、レオ様は花嫁候補のご令嬢と、一人ずつダンスを踊るらしい。十三人と順番に踊らなきゃいけないって、結構ハードだ。
夜会でのダンスのタイムスケジュールをロラン様から説明されて、舌打ちをするレオ様である。この方の驚くほどの乗り気のなさ、本当に花嫁を選ぶ気があるのだろうかと、私が日々疑問に思ってしまうのも無理はないと思う。
まぁ、そうでなくても夜会は疲れるけどね……と、他人事のように思いながら、頑張ってくださいと言おうとしたところで、レオ様から恐ろしい事を告げられたのだった。
「ルル。他人事だと思ってるみたいだけど、お前もその夜会、強制参加だからな」
「は?」
「夜会なんて格好の場ですから、また他のご令嬢が何かをしでかす可能性もあるんですよ。ルルリナ様の観察眼を、是非とも頼りにしたいんです……」
ロラン様から申し訳なさそうに告げられると、私だけ楽するのも何だか悪いような気がしてきた。
「うっ……わ、分かりました……」
────────────────
夜会ではメイドとして目立たないように仕事をしているフリをしつつ、ご令嬢たちの様子をそっと伺っていた。隣国の公爵令嬢への嫌がらせに、夜這い未遂……この二件が起こった後は、特に大きな問題もなかった。そんな事をするご令嬢は、もういないと信じたいものである。
夜会はつつがなく進行していたと思っていた、のだが。
バルコニーへと繋がる扉の、すぐ横の壁に寄りかかって少し休憩をしていた私は、外から人の気配を感じた。バルコニーは夜会中も解放されているので、誰かが休憩しているのかもしれない。
ご令嬢のどなたかでもいらっしゃるのかな……と、ほんの少しだけ扉を開けて、外の様子を伺おうとした時である。
「商人から購入したはいいけれど……この媚薬、本当に効くのかしら?」
ん……⁉
私は思わず自分の耳を疑った。何だってここに来るご令嬢方は、支離滅裂な強硬手段を取りたがるのだ。犯罪ですってば。
あの声、それからあのドレス姿は、公爵令嬢のアニエス様か。そっと扉を開けて、私は気づかれないようにバルコニーへ足を運んだ。アニエス様の手元には、飲み物が注がれているグラスと、恐らく媚薬が入っていたであろう空の小瓶があった。
「これをお渡しして、私が薬の効いたレオドール様を介抱して差し上げれば……」
フフ、と小さく笑ったアニエス様に待ったをかけるように、私は声を掛けた。
「アニエス様。その様な得体の知れない代物を、レオドール王子に渡すのはおやめください」
「……っ!?」
私から隠すように、サッとドレスの中に小瓶を仕舞ったけれど、もう遅いです。
「……もし、それでも頑なに渡すとおっしゃるのなら、この目で見て、耳で聞いた事を一言一句違わず王子にお伝えしますが」
私は冷ややかな目で忠告する。そう言われてカッとなったアニエス様は、私が想定していなかった、突拍子もない行動に出たのだった。
「な、何よっ……! なら、私が飲めば問題ないんでしょ⁉ それでレオドール王子に介抱していただくわっ……!」
持っていたグラスを自分の口元に持っていこうとするのを、慌てて止めに入る。
「ちょ、そんな事は言ってな……!」
バシャンッ!
アニエス様が思い切り私の手を振り払った瞬間、弾みで私の顔にグラスの中身が全てかかったのだった。
「あ」
ポタ……ポタ……と顔から水滴が滴り落ちる。アニエス様はバルコニーに置かれていたミニテーブルに、カチャンとぞんざいにグラスを置くと、キッとこちらを睨みつけてきた。
「メイドの分際で、私にあれこれ言うからバチが当たったのよ! 私は知りませんからねっ……!」
そう捨て台詞を吐いて、バルコニーから逃げるように会場へと戻っていた姿を見送りながら、私は溜息をついた。
「これはひとまず、未遂で終わったという事でいいのかな……」
呟いた時に、口元に滴ってきた媚薬入りの液体を、反射でペロッと舐めてしまった。あ、これ媚薬入りなんだっけか……?
「……にが」
まぁ、怪しいルートで手に入れた媚薬なんて、きっと偽物を高額で買わされている可能性の方が高いだろう。ごく少量を舐めただけでこんなに苦いのなら、レオ様に飲ませた時点で、あのご令嬢は毒殺未遂でもかけられて、大騒ぎになってしまうと思うのだけど……
「もうこの格好では会場に戻れないや……」
「ルルリナ様? 影から連絡がありましたが、どうかされましたか……って、その格好は⁉」
横目で扉の方を見ると、ギョッとした顔のロラン様と目が合った。
なるほど、影の護衛の方が先程の一部始終を見てくれていたのか。私はアニエス様がしようとしていた事、それを止めようしたらグラスの中身を被ってしまった事を、簡単に説明した。
「……その媚薬とやらが本物かどうかは分かりませんが、早く洗い流さないとですね。お風邪を召してしまいます」
ロラン様が持ってきてくださったタオルを、お礼を言ってから受け取り、ざっと拭き取った。かかってしまったのは色の薄いドリンクだったので、赤ワインのように、色の濃いものじゃなかったのは、幸いだったかもしれない。メイド服も濡れているが、ぱっと見なら分からないだろう。
「私はレオドール様に、急いでこの件を伝えてきます。ルルリナ様は、以前使っていただいた従者の待機部屋のシャワールームをお使いください」
付き添いたいのですが、と、申し訳なさそうに待機部屋の鍵を渡してくれる。
「大丈夫です。ありがとうございます」
「あの、本当に体調はお変わりないのですか……?」
「えーと、アニエス様が言うには媚薬らしいんですけれど、本当にごく少量しか舐めてないですし。体調も変わりないので、十中八九、偽物だと思いますです、はい」
「ますです……? 分かりました、なるべく早めにお部屋に様子を伺いに行きますので。影もいるので、体調に異変があれば何なりとお申し付けください。お気をつけて」
ペコリと頭を下げて、私は人目を避けながら会場を後にしたのだった。
────────────────
◇◇◇
「──影がグラスに少量残っていた中身確認したところ、ルルリナ様が被ってしまわれた飲み物は、毒や媚薬の類ではなく、恐らく高濃度のアルコールかと」
ロランは、つい先程発生した出来事を、レオドールに耳打ちでそっと告げた。
「…………酒?」
「はい。口に含んでしまった量もほんの僅かだったそうなので、命の危険はなさそうです。ただ、何だかルルリナ様のご様子が、いつもと違うような気がしたんですよね……気のせいですかねぇ……」
レオドールが、横目でチラリとロランを見る。
「そもそも、そのアニエスとかいう奴は、異物混入した物を俺に渡そうとしてきた時点でアウトだけどな。そのままそいつの動向も見張らせておけよ。とりあえず、さっさとやるべき事を終わらせる」
にこやかな微笑みを保ちながら、とんでもなく低い声で話すレオドールに「ふふ、仰せのままに」と、ロランは頭を下げる。主の声から滲み出る、珍しく公の場で隠しきれていない不機嫌さを微笑ましく感じていた。面白半分ではあるのだが。
◇◇◇
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