宝石花の恋煩い ~女嫌いな俺様王子と、訳あり専属メイド令嬢の3か月間~

希結

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14.月夜に煌めく宝石花

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 王家の庭園へと向かうつもりなのか、レオ様は私を抱えたまま黙って廊下を歩き進めている。

「レオ様! な、なんであんな事、皆様の前で……!」

 思い返しただけで恥ずかしくなるけれど、問いかけずにはいられなかった。

「色々と煩い小言を言われる前に、見せつけてやろうと思ってな」

 ニヤリと笑ったその顔は、いつもの腹黒王子がご健在だった。

「ほら、着いたぞ」

「ここが王家の庭園、ですか……」

 王家の庭園は、普段王族と専属の庭師しか立ち入れない特別な場所。
 その為、誰もが一度は入ってみたいと憧れる空間である。

 私自身も遠目からしか見た事がなかったけれど、その時と寸分違わず、綺麗なままだった。
 アーチをくぐって更に奥の、庭園の中心部へと進む。

 そこには半球形のドーム型になっている、ガーデンイグルーが存在していた。

「春といえど、三月の夜はまだ冷えるな」

 私をそっと下ろすと、周囲に咲いた色とりどりの花々の中から、一本のカーネーションを手折った。

 そのカーネーションは、レオ様の瞳の色と全く同じ紫色をしていた。

 レオ様は花を手にしたまま、チャリ、とチェーンに付いた細身の鍵を取り出すと、ガーデンイグルーの扉を開けて、中へと私を手招きする。

「わぁ……」

 足を踏み入れた途端、その幻想的な空間に、ほぅ……と、思わず見惚れてしまった。

 白く細い骨組みで、幾何学模様のように繊細に組み立てられ、透明な幕で覆われたドームの中は、不思議と暖かい。
 満月の光を遮る物がなく、光を直に浴びている為か、灯りがなくてもドーム内はほんのりと明るかった。

 ドームの中心には王家の紋章が刻まれた小さな祭壇が置かれており、さながらミニチュアの教会のようだった。私たちはその前に並んで立つ。

 祭壇に花を置いて軽く息を吸うと、レオ様は目を閉じて、儀式の為の言葉を述べた。

「ノクディア王国第一王子、レオドール・ノクディアの名において、春の月夜に宣言する。花嫁となりし、ルルリナ・アルトに、我が花と永遠の愛を捧ごう」

 ルル、と小さく声が掛かる。

 私は頷き、祭壇に置かれた紫色のカーネーションをおずおずと手に取ると、そっと口付けを落とした。

 その瞬間、花は透き通った深い紫色の宝石へと形を変えて、私の手のひらに収まった。

 その宝石は、カーネーションの花の色と形をそのままに、少しだけ小さくなったようだった。
 月の光に照らされて煌めく宝石花は、何処か神秘的で、それでいて優しくキラキラと輝いている。

「綺麗……」

 これが、祝福なんだ。
 
「紫色のカーネーションの花言葉、知ってるか?」

 レオ様は、宝石花に見入っている私の頬に手を添えると、そう問い掛けた。

「……? いいえ……」

 赤やピンクのカーネーションの花言葉は有名だが、紫色のカーネーションは、何だっただろうか?
 私は口元に指先を当てて少し考えたが、分からなかった。

「珍しい色だから、元々あまり知られていないんだ。花言葉は【永遠の幸福】」

「永遠の、幸福……」

 レオ様は、私の手のひらにある宝石花を見ながら、頬に優しく触れ続ける。

「……もう寂しい思いなんてさせないから」

 そう呟くと、宝石花を見つめていた目線をゆっくりと上げて、私を見つめた。

「俺は突然、お前の前からいなくなったりしない。だから……俺と幸せになれ、ルル」

「……っ!」

 レオ様は初めて会った時から意地悪で、口は悪いし腹黒で……だけど、本当は優しい人だった。

 クシャッと笑う顔も、傍にいる時の温もりも……諦めようとした想いも全部、結局忘れられなかった。

 私も、幸せになりたいって願ってもいいんだろうか?

 あの日から一歩踏み出せずに、寂しさを誤魔化して過ごしていた私自身に、別れを告げよう。
 私は頬に添えられていたレオ様の手に自分の手を重ね、瞳に涙を浮かべて、心から微笑んだ。

「はい……!」

 そう答えた瞬間、ギュッと強く抱きしめられ、一気にレオ様の香りに包まれる。暖かくて優しくて、ドキドキするけれど安心する。

 きっともう、雷の夜も怖くない。

 ────────────────

「さて、儀式も無事に済んだ事だし、部屋に戻るぞ」

 私の目尻に溜まった涙を指先でそっと掬うと、ポン、と頭を撫でた。

「部屋、ですか?」

「忘れたのか? 花嫁選びの儀は、朝を迎えるまでがセットだからな?」

 あとそろそろ敬語はやめろよ? と、何の気無しに告げるレオ様をまじまじと見つめながら、ぽかんとしてしまった。

「あさ……朝……?」

 という事は、つまりこの後は……しょ、初夜……!?

 無論、自分が花嫁に選ばれるなんて思っていなかった。ので、その事が頭からすっかり抜けていたのである。

「急過ぎるんですけど……!? というか、ああああの、義父様とか陛下とか王妃様とか、この事はご存知なんですかっ……?」

「宰相の許可も取ったし、根回し済みだ。父上も母上も喜んでたぞ」

 ケロリとした表情で告げる横で、私はガクッと項垂れた。私の数日間の、心の葛藤を返してほしい……!

 あぁ……ロラン様の「頑張ってください」ってそういう事だったのか……

「まぁ色々と細かい事はまた明日だ。今日はやっとお前と寝れる」

「……っ!」

「普段澄ましたお前が、ベッドの上で困った顔をするの、堪らないんだよな」

 ぷにぷにと私の頬を摘みながら、楽しみで仕方ないみたいな表情をするレオ様を見ていると、ジワジワと自分の頬が熱くなっていく。

「……っ、意地悪腹黒王子なのは、相変わらずなんですね……!」

「お前も相変わらずだよな……そうだ、いい事思い付いたわ。一回敬語を使う毎にお仕置きな?」

「なっ……!?」

 私が苦し紛れにキッと睨みながら言い放ったら、そんな恐ろしい事を言い出した。

 満月の夜、果たしてどちらが翻弄されるのやら。

 
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