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第一章 召喚した者・された者

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ー不覚を取った。


魔導士団長、シグウェル・ユールヴァルトは
あぐらを組んで座り込んだまま、
むっつりと膝の上で頬杖をついた。
そうして、さっきまで召喚の儀式に使われていて
今はその役目を終えた魔法陣を睨んだ。

儀式の進行に邪魔にならないようにと
背中の中ほどまである長髪は三つ編みにして
一つにまとめていたのだが、
それもあの暴風吹き荒れる召喚儀式の中では
とっくの昔に結び紐は千切れて
どこかへ飛んでいった。

そのため王国の女性達がいつも憧れるように
うっとりと見つめてくるなめらかで
艶のある銀髪も、今はバサバサで
寝ぐせがついたように
あちこち向いて乱れている。

「ご機嫌ななめっスね~大丈夫ですか?」

ジッと魔法陣を睨み付けあれこれ考えていると、
すぐ隣からひょい、と気安く呼び掛ける声がした。

「ユリウス、あの子どもはどうした?」

相手を見ずとも分かる。
魔法陣をみつめたまま、話を振った。
魔導士団長たる自分にこんなに気安く
話しかけてくるのは1人しかいない。
副団長であるユリウス・バイラルだ。


赤茶色の癖っ毛にそばかすをのせた
人好きのする笑顔の青年が
はいはい、と答える。


「リオン王子の護衛騎士、レジナスが
王宮の癒し子さま用に準備してあった
部屋へ連れて行きましたよ。

あの何事にも動じない男が珍しく
挙動不審でしたね~
よくよく見れば顔もうっすら赤かったし、
それだけあの儀式の顛末に
動揺してたってことっすかね?
ん?それとも勇者召喚の儀式と
同じものに立ち会えて興奮してたとか?」

むむ?と考えを巡らせながらそれにしても、と
ふはっ、とユリウスが思い出し笑いをした。

「熊みたいにでかくてガタイのいい男が、
挙動不審に子どもを抱き抱えて歩いてると
騎士なのにまるで人攫いか誘拐犯みたいに見えて
ちょっと面白い絵面でしたよ、
見れなくて残念でしたね団長。」

「・・・どうせオレは気絶してたよ、悪かったな」

むっつりとシグウェルは機嫌の悪さを
返事に乗せた。

そう、ユリウスの言った通り
自分はその様子を見ていない。
それどころか癒し子の姿さえ
はっきりと確認していない。

なぜなら、
光が収束して一本の柱になった時
その勢いに押され弾かれて
自分は気を失ってしまったのだ。


そして気絶する間際のその一瞬、
かろうじて目の端にうつったのは
光の柱の中から転がり出てくる
黒髪の小さな子どもの姿だった。

「何言ってんスか、団長がいなかったら
あの儀式とっくに崩壊してたでしょ?
助けてくれてあざっす‼︎感謝してまっす‼︎」

からかってすんません、と
軽いノリでユリウスが隣で頭を下げた。

そう。あの召喚の儀式は崩壊寸前で
かろうじて成功したのだ。

途中までは順調だったのに、突然空気が変わった。

巫女や神官、魔導士であれば感じ取れているのだが、
この世界には目には見えないだけで
精霊や魔力が満ち溢れている。

その精霊達。
儀式の途中で空気が変わった時に
一瞬ピタリとその動きが止まった。

かと思うと慌ててその場から
逃げ出そうとし始めたのだ。

召喚の儀式には膨大な量の魔力と、
精霊達の力を借りる。
そのため何ヶ月もかけて精霊達の力を借り集め、
癒し子召喚の儀式を下支えしてもらっていたのだ。

その肝心要の精霊達が途中で逃げ出そうものなら
あっという間に儀式は崩壊してしまい
この場所は魔力暴発でチリ一つ残らなくなる。

そんなことはさせない。
誰一人犠牲を出してなるものか。

だから自分達魔導士団は必死で呪文詠唱をし、
逃げ出そうとする精霊達を無理やり
この地に押しとどめて召喚の儀式を続けた。

続けるには無理のある儀式を
それでも敢行したせいで、
騎士団員達が文字通り物理的に
後ろから支えてくれていたが
体力と魔力の尽きた者達からバタバタと
倒れていくのが感じ取れていた。

ルーシャ国始まって以来の魔力の持ち主と
持ち上げられることが多い自分でも
さすがにヤバイと思った。

初めて自分の力の限界を感じて、
もう駄目だと諦めかけた。
気を失う寸前で光柱が立って
癒し子が転がり出てきたのは
幸運以外の何物でもない。

その幸運さに、至高神イリューディアの
慈悲と恵みを感じた。

・・・そういう意味では、
転がり出て来たあの子どもはまぎれもなく
女神イリューディアの加護を受けた
癒し子のはずだ。

だが、しかし。どうにも気になることがある。

「・・・つーか、団長の機嫌の悪さは
人前で気絶したからとか
癒し子さまをちゃんと
見れなかったからじゃないっスよね。
さっきから何考えてるんですか?」

ユリウスが首をかしげる。

コイツのこういう聡いところは
話が早いから嫌いじゃない。

「さっきの儀式、精霊達が怯えて
何かから逃げ出そうとしていただろ。
精霊じゃない、何か他のおかしな気配が
してたのに気付いたか?」

「イヤイヤイヤ、そこまではさすがに
俺たちには分かんないっすよ
団長じゃあるまいし!
俺が感じ取れたのは、このままじゃ
この儀式崩壊するなってこと位っす、
多分他の団員達もその程度かと!」

アンタ自分の能力が規格外だって自覚あります?
ユリウスが嫌そうな顔をした。

ーそうか。気付いたのはオレだけか。
じゃあまだ言わない方がいいのか?

空気が重苦しくなったあの時、
すさまじい怒りと妬みの感情を感じた。

あの昏いイメージは
宵闇の女神ヨナスのものだ。

ヨナス神を信奉する神殿に漂う雰囲気や
彼女の加護を受けて凶暴化した魔物に
共通するものをあの空気に感じた。

まさか召喚の儀式で出てきたのは
至高神イリューディアの加護を受けた
癒し子ではなくて、
この世に争いごとを持ち込む女神ヨナスから
何らかの力を与えられた者ではないのか?

だから精霊達は恐れをなして
逃げ出そうとしたのではないか?

さっきから考えれば考えるほど疑いが深まる。

途中で気絶して最後まで癒し子を
確かめられずに不覚を取った
自分の不甲斐なさに腹が立つ。

確かめなければならない。
癒し子への面会はすぐに叶うだろうか?

「すぐに王宮へ行くぞユリウス」

立ち上がり隊服の埃をはらう。

「えっ、そんなドロドロの格好でですか⁉︎
そんなんで癒し子さまに会えると思います⁉︎
せめて着替えて下さいよ、俺が怒られます‼︎」

ユリウスがあせったような声を上げるが知るか。

というか、王宮に行くこと自体は止めないんだな。

それに言いっぷりからしてどうやら
オレが気絶している間に、
準備でき次第いつでもすぐに
癒し子に面会できるよう王宮側に
渡りもつけてありそうだ。

・・・本当に、コイツのこういう
気が回るところは嫌いじゃない。


少し機嫌が上向き、わずかに口角も上がった。

「どうせ王宮には着替えの一つや二つ
とっくに準備してあるんだろ」

「そりゃあそうですけど!
・・・うぁ~もう、待って下さいよ‼︎
団長だけ行かせるわけにはいかないっす‼︎」

一人で行ったらアンタ絶対着替えもしないで
部屋に乗り込むでしょう⁉︎
慌ててユリウスが後を追ってくる。

よく分かってるじゃないか。

さすがオレの右腕を務めるだけのことはある。
ふっ、と笑いが一つこぼれた。

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