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第一章 召喚した者・された者

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ルーシャ王国の王族専属護衛騎士、
レジナス・ヴィルヘルムは
自分の主人である第二王子リオンの元へと
向かいながら、内心激しく動揺していた。

だがその動揺を隠そうと、
表面上は努めて冷静さを装っているため
傍目にはいつもと変わらぬ無愛想に見えるのか
はたまたいつも以上に怖い顔に
見えてしまっているのか、
すれ違う者達の自分を見る顔が
わずかにこわばっているのが分かる。

動揺の原因ははっきりしている。
つい今しがた部屋まで送り届けてきた
召喚儀式で現れた黒髪の少女のせいだ。

その恥じらったような小さな姿を思い出すと、
落ち着いたはずの心臓の音がまた跳ね上がる。


ー・・・なんなんだ、あの愛らしさは⁉︎





 
最初は助け起こすつもりはなかった。
自分はあくまでも
第二王子の代理としての出席で、
今回の儀式では騎士の役割はない。

何が起ころうともただの代理の見届け人。
儀式を見届け、ありのままを
ただ王子に報告して今後の指示を仰ぐだけ。
儀式の進行は皇太子殿下のイリヤ様と
魔導士団長のシグウェルが全てを差配し、
トラブルには騎士団が対処するはずだった。

それなのに、光の中から転がり出てきて
そのままピクリとも動かない癒し子と
思われるその子に
誰も手を差し出さないことを苦々しく思った。


ーどうした騎士団、何をしている。
なぜ保護しない?

殿下も殿下で、想像していなかった事態に
文句は出たがまだ動こうとはしないようだ。

魔導士団長のシグウェルは儀式の制御に
力を使い果たしていて役には立たない。

イリヤ様が何も指示をしないから、
誰も勝手に動くことができないでいた。

その間も相変わらず子どもは全く動かないが
幼い子どもをさすがにいつまでも
そのままにはしておけない。

なので、出しゃばりだとは重々承知の上だったが
仕方なく自分が動いた。

一応第二王子の代理だ。
この場に立つ者の順位としては
イリヤ様やシグウェルに次ぐ位の高さになるから
お咎めはないだろう。

触れても痛がらないか、
どこか怪我をしていないか。

確かめながら慎重に助け起こす。
大丈夫そうなので腕に抱き上げた。

子どもが身にまとっていた
ブカブカの白い服はフード付きだった。

抱き上げた拍子にフードが脱げて、
長い髪の毛がさらさらとこぼれ落ちる。

女の子だった。
転がり出て来た時はフードを被っていて
眉の辺りで切り揃えられたような前髪くらいしか
見えておらず、
てっきり男の子だとばかり思っていたので驚いた。

よくもまあ、あんな派手な転び方をして
知らない場所に出て来て
更には殿下のあの大声に怯えたり
泣いたりしなかったものだ。

子どもはたいがい殿下の声の大きさと
俺の顔の怖さに怯えるものなのだが。

感心していると、子どもとばちりと目が合った。

マズイ、泣くだろうか?

思わず身構えてしまって体が強張る。
うちの第二王子ならこんな時は
安心させるように微笑んでみせるだろうが、
あいにく俺にはそんな器用な真似はできない。

多分ここで無理やり笑顔を見せても、
もっと恐ろしい顔になるような気がする。

とまどいは一瞬だった。

なぜならその子ども・・・いや、
少女と目が合った瞬間
その瞳から目が離せなくなったのだ。


美しい。
けぶるような長いまつ毛に縁取られた、
濃い色の瞳の中には
小さな金色が星のように瞬いている。

それはまるで魔物討伐に出た先の
荒れ果てた野営地で夜番明けに見る、
心を震わせるような静謐な美しさに満ちた
夜明け前の夜空を思わせた。

色白で子どもにしては整った顔のあちこちには
転がり出てきた時についたらしい
擦りむいた跡や汚れが少しついていたが、
それが気にならないくらい
愛らしい顔立ちをしている。

その少女は、無愛想で人から
恐れられる事も多い俺の風貌を怯えもせず
興味深そうにじっと見つめていた。

老若男女、今まで人からそんな風に
見つめられた経験は皆無なので戸惑ってしまう。

と、ふいに少女は何かをつぶやくと
その小さな両手で自分の顔を
恥ずかしそうに隠した。

怖がられるならまだしも、
初対面の人間に恥ずかしがられるのも初めてだ。

予想外の反応を立て続けにされて、
癒し子というのは普通の人間と比べて
小さくても
肝が据わっているのだな、と思う。

そんな事を考えていたからだろうか?
声が小さかったのと、
その子の瞳の美しさに
気を取られていたのも相まって、
彼女が何を言ったのか聞き取れなかった。
 
そうしたら困ったように眉を下げて
長い睫毛とアーモンド型のキラキラと
輝く目を伏せ気味に少女は
うっすらと赤面してしまった。

それはまるで仔猫のような愛らしさだったが
それと同時にまだ幼い少女だというのに
恥じらうその姿は、なぜかほんのりとした
女性の色気も感じさせた。

心臓の音が跳ね上がり、
常にはない動揺から今までとは
別の意味で固まってしまったのは
我ながら情けないことだ。

が、その直後殿下の大声に我に返る。
正気に戻り、そのまま自分が癒し子を
王宮へと連れて行くことにした。


・・・他の者に託すことも出来たのに、
なぜか彼女を誰にも手渡したくなかった。
抱き上げた少女を手離すのが惜しいと思い、
もう少し一緒にいたいと思った。
そんなことを思う自分の感情は初めてで、
それにもまた動揺した。


自分は一体どうしてしまったのか。
年端もいかぬ少女に対してそんな風に思うなど、
これではまるで少女趣味の変態ではないか?

あくまでも努めて冷静に
動いていたつもりだったが
魔導士団の副団長、ユリウス・バイラルが
興味深そうに目をすがめてこちらを
じぃっと見つめていた。
その表情が自分の動揺を見透かしているようで
なんだか面白くない。

あの男は人当たりが良く
人畜無害な顔をしているが、
存外計算高くカンが鋭いので
下手なさぐりを入れられたり
後から揶揄われたりされても面倒だ。

とりあえずこの少女を休ませることが
優先だろう。
一応最後まで儀式は見届けた。
あとは事の顛末を我が主に報告すれば良いだけ。

いまだ探るようにこちらを見る
ユリウスの目から逃れるようにして
足早にその場を去る。
その後は部屋に着くまでゆっくりと歩きながら
腕に抱き上げたままの癒し子と話をした。


・・・慣れた道だというのに
いつもより時間をかけて歩いたのは
別に彼女と離れ難かったわけではない。

話をして、少しでも有益なことを聞き出すため。
そう、王子とこの国のためなのだ。

自分の行動に多少の後ろめたさを
感じながら言い訳を探し、
短い時間の中で彼女との会話を楽しんだ。

だが話すうちに緊張がゆるんだのか、
少女はいつの間にか自分の腕の中で
眠ってしまった。

目を閉じてしまったので、
あの美しい瞳が見られないのは残念だが
少女は寝顔も可愛らしかった。

その寝顔を見つめていて、あることに気付く。

儀式の直後、助け起こした時に彼女の
かわいらしい顔にはわずかに
擦りむいたような跡があった。
鼻の頭もぶつけたのか赤くなり、
痛々しかったのだが・・・

すぅすぅと静かな寝息をたてているその顔には
さっきまでの傷跡がまったく見当たらない。

恥ずかしそうに顔を隠すまでは
間違いなくあったはず。

「・・・傷が、消えた?
この僅かな時間で・・・?」

無意識に自らの傷を治してしまったのか?

この国にも当然回復魔法や
治癒魔術の使い手はいる。
だが、呪文も唱えずこの短時間で
まるで初めから傷などなかったかのように
治してしまうほどの
力の持ち主などいるだろうか?

計らずとも癒し子の力の片鱗を
目の当たりにして心がざわめいた。

この力があれば。
彼女が諾と応じ、力を貸してくれるならば。
王子を治せるかもしれない。

自分の主の優しげな顔が思い浮かび、
早くこの事を彼に知らせたいと思った。










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