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第一章 召喚した者・された者

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静かな庭園の中、聞こえてくるのは
自分が振るう剣の音だけ。
 
ピュウッという鋭い音とともに
はらり、はらりと優雅に
舞い落ちる薄紅色の花びらに
狙いをすまして剣を突き出す。

しかしまるで嘲笑うかのように
花びらは身を躱し、剣先は空を切った。

「・・・やはり難しいな」

木の葉には大分当たるようになったのだが、
花びらとなると軽い分こちらの力加減が難しい。
もっと柔らかく、もっと鋭く。そしてもっと早く。

それとも剣にのせる魔力や
周囲の気配を探る魔力にも
もっと繊細な調整が必要か?

顎に手を当て考え込んでいたら、
後ろに誰か来た気配がした。

・・・ああ、これは。

「レジナス、ご苦労様。
召喚の儀式はずいぶんと荒れたようだね。」

やっぱり僕も行くべきだったかな?と
笑いながら振り返る。

思った通り、後ろには大きな黒い人影が
見えた。

「まさかもうリオン様のお耳に入っているとは」

「大したことは聞いていないよ。
儀式を見届けた君の機嫌がずいぶんと
悪くなったと言うことだけだ」

さっきここに軽食を持ってきた侍女が
おどおどした雰囲気だったので
どうしたのか尋ねたら、
儀式を終えたレジナスが怖い顔をしながら
こちらに向かっていると教えてくれた。

一体何があったのやら。

レジナスは心優しく実直な人間だが、
いかつい顔の印象と本人が無口な事もあり
いらぬ誤解を受ける事も多い。

第二王子である自分の護衛騎士だから
悪口を言われたり嫌がらせを受けることは
ないけれど、慣れ親しんだ騎士団以外の人達には
見た目で敬遠されたり他人に遠巻きにされたり
してるのは損をしていて勿体ないなといつも思う。

そんな訳で、他人がレジナスの事を
機嫌が悪そうだとか怒っているとか話していても、
とりあえず本人の口から事実を聞くまでは
何事も判断しないことにしているのだ。

レジナスにもさっき運ばせた
軽食を一緒に取るよう勧めると、
2人でテーブルについた。

レジナスは僕の目の代わりだ。
一体儀式で何があったのか、
しっかりと聞かせてもらおうじゃないか。




「・・・何をやってるんだ兄上は・・・」

儀式の顛末を聞いた僕は頭を抱えた。

いくら予想外なことがあったからと言って、
小さな癒し子を地べたに這いつくばらせたまま
助けもせずに放置していたなんて。

レジナスは言葉を選んで教えてくれたが、
なんとなく予想はつく。
きっといつものように大きな声で
ずけずけとした物言いをしたのだろう。

兄上、自分の子供もちゃんと可愛がっているし
ああ見えて女子供や老人には優しいのになぁ・・・

ただ、昔から物の言い方がきつい。

今回も転がり出てきた子どものことは
ちゃんと心配していたと思う。
血は出てないか、生きているのかと
気にはしていたみたいだし。

でも兄上、昔から勇者の冒険譚が
大好きだったから・・・。

小さい頃、城の魔導士に頼んで魔法の演出付きで
僕と2人で勇者の召喚ごっことか
していたくらいには勇者にも
召喚儀式にも憧れが強いから。

だからなおさら、
思っていたのと違う様相を呈した儀式に
動揺して
どうしたらいいか分からなくなって
しまったんじゃないだろうか。

でも、我が兄の指示がないからとはいえ
いつまでも地べたにほっぽかれている
子どもを見ているしかなかったのだ。

心優しいレジナスが腹を立てても仕方がない。
どうやら、儀式を見た結果彼の機嫌が
悪くなったらしいという噂は
本当だということだ。

「やっぱり多少無理をしても
僕が行けば良かったね・・・
ごめんレジナス、君にも不愉快な思いをさせた」

ため息をついてお茶を一口飲む。
すると

「いえっ‼︎」

思ったより強い声が焦ったように
正面から飛んできた。
レジナスがこんなに大きな声を
僕にあげるなんて珍しい。

しかも動揺している?なぜ?

不思議に思ってお茶に落としていた視線を上げると
真正面に座る男がなんだか
小さく縮こまっているような気がした。

「・・・いえ、その。
俺は今回リオン様の代わりに儀式に出る事ができて
大変光栄に思っております。
おかげで癒し子様であるユーリとも
いち早く話をすることができましたし・・」

「ユーリ?癒し子様の名前?
なんだい君、呼び捨てにするなんて
短い間に随分仲良くなったんだね」

小さい子に怖がられることの多い
レジナスにしては珍しい。
なつかれたんだろうか?

そういえば癒し子を保護した後
部屋まで連れて行ったところまでは
聞いたが、肝心の癒し子が
どのような人物なのかまだ聞いていなかった。

「どんな子なの?」
「かわいいです。あんな愛らしい少女は
今まで見た事がありません。」
「え??」

間髪入れず返ってきた答えに面食らう。

いや、僕は癒し子として
これから協力してもらうためにも
話は通じそうなのかどうか、
おとなしいのか活発なのかっていう人となりを
聞きたかったんだけど・・・。

そんな事はいつもの彼なら僕の意を汲んで
的確な答えを返してくれるはずなんだけどなあ。

なんでレジナスは突然
あさってな方向のことを
言い出したんだ?
それ、思いっきり癒し子様の見た目の
ただの感想だよね・・・?

いつも冷静で何事にも動じない彼が
急にポンコツになった。

何でだろう?首を傾げていたら
ガタンッ!と大きな音が響いた。
あ。これはテーブルに膝をぶつけたな。
どんだけ動揺しているんだレジナス。

いつにない彼の慌てぶりについ面白くなる。

「えぇ?本当にどうしたっていうんだい。
儀式の後に癒し子様との間に何かあったの?」

いえ、その、それは・・・っ、と
まごついた後にんんっ!と一つ
大きな咳払いが聞こえると
途端にさっきまでの慌てた気配が
スッと霧散した。

ああ、なんだ。もう落ち着きを
取り戻してしまったのか。つまらない。
せっかくいつにない態度の
レジナスを揶揄ってやろうと思ったのに。

もっとも、こういう切り替えの早さは
さすが自分の護衛騎士を
勤めるだけのことはあるんだけど。

「・・・名前を呼び捨てにしている件ですが、
癒し子様はどうやら過剰に
敬意を払われることは好まないようです。
自分はこれから皆にこの世界の事を
色々と教えてもらわなければならない
立場なのだから呼び捨てにして欲しいとの
ご希望でした。」

「へぇ、謙虚だね。それに賢そうだ」

癒し子はパッと見、よわい2桁に届くかどうかという
小さな少女らしいが、
兄上の大声やレジナスの顔を怖がらない態度といい
なかなかどうして、見た目以上に中身は大人だということか。

「それから」

レジナスの声がより真剣さを増した。

「儀式の直後、ユーリの顔には
確かに痛々しい擦り傷があったのですが
部屋に着く頃にはそれが綺麗さっぱり
跡形もなく消えておりました。

ユーリが癒しと豊穣を司るイリューディア神より
遣わされた事を鑑みるに、あれは己の傷に対して
癒しの力を使ったのではと思われます。」


自分の手がピクリと僅かに震えて、
レジナスの思いがけない言葉に
今度は僕が動揺させられる。

ああ、それがもし事実ならば。
でもダメだ。過剰な期待は失望の元だ。

彼がジッと自分を見つめているのを感じる。

「ユーリの力が魔物を祓い
地上に豊穣を与えるのに
限らないのであれば。
人の傷も癒すことが出来るのであれば、
リオン様を治すことも可能なのではないかと
俺は思っています。」

期待をはらみ熱のこもった言葉に、
僕は今はもう白く濁って僅かな光しか
感じることのない目を
見開いたのだった。


・・・そう、僕の目がほぼ見えなくなってから
もう3年は経つ。

原因は魔物だ。
王都周辺に魔物が出た時、
兄上と僕の2人も討伐に加わった。

その時、魔物の攻撃から兄上を庇った僕は
魔物の毒にやられたのだ。

兄上に襲いかかった魔物を切り伏せた時に
僕の顔にかかった魔物の体液には毒があった。

すぐに洗い落として浄化魔法を受けたのだが
顔には右のこめかみから左頬にかけて走る
大きなピンク色の傷跡がのこり、
そして両目は・・・。
サファイアのような青さをしていた目は白く濁り、
なんとか完全な失明を避けられだけだった。

それを元々持っていた魔力で補い、
周りの景色はかろうじて
色や形がうっすらと分かる程度だ。

後は目が見えない事で研ぎすまれた肌感覚で
周囲の気配や雰囲気を感じ取り、
なんとか周りに負担をかけない程度には
日常生活はおくれている。

見えないながらも使える剣技も考えた。
魔力も併せた剣の鍛錬を続けた今は、
ようやく木の葉程度なら
なんなく突けるところまできた。

もっとも、文書決裁や他国の重鎮との交流、
王国の儀式の執行など出来ないことも多い。
そういう時は可能なものは幼い時から
僕や兄上と一緒に育ち
今は僕の護衛騎士となっているレジナスに
僕の目の代わりをしてもらっている。
彼にも迷惑をかけて申し訳ないと
いつも思っているのだ。

ただ、できない事を数えて腐っていても
仕方がない。
こうなった以上は、この先僕はずっと
この状態で過ごしていかなければ
ならないのだ。

幸いにも兄上にはもう子供がいる。
僕にとってもかわいい甥っ子、
兄上の次代の王だ。

僕が元気な今のうちに
王族としての意味や役割など
忙しい兄上に代わって
伝えられることは伝えておきたい。

視力を失ってからのこの3年余り、
ようやく僕は自らの運命を受け入れ
気持ちに整理をつけ始めたところだった。

そんな僕に、レジナスの言葉は
一筋の光明を与えたのだ。

至高神イリューディアの癒し子ならばもしかして。

過剰な期待はしてはいけないことは分かっている。
もし治らなければ、
ようやく自分の気持ちに折り合いを
付けたところなのに
期待した分だけ失望も深くなる。
癒し子にも迷惑をかけてしまう。

それでも、今一度。
治るものなら治して欲しい。
どうしても願わずにはいられなかった。
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