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第四章 何もしなければ何も起こらない、のだ。
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「すみません、重くないですか?」
いつも私を抱っこしてくれる
レジナスさんと違い、
アントン様は少しお年を召して
いる上にレジナスさんより
随分細身だ。
私を支えてくれる手は
安定しているけどなんだか
申し訳なくなる。
だけどそんな私に対して
アントン様は朗らかに笑ってくれた。
「なに、軽いものですよ。
それに魔導士は体が資本です、
私も領事官長などをやっておりますが
今でも体は鍛えていますので
ご心配なく。」
「えっ?」
魔導士って魔法を使って
なんでもできるから、
体なんて鍛えなくていいのかと
思っていた。てっきり部屋の中に
引きこもって本ばっかり読んでたり
魔法の研究をしているかと。
そんな私の考えを読んだのか
アントン様は教えてくれた。
「魔物討伐で万が一、魔物の前で
魔力切れなどを起こすと
真っ先にやられて討伐隊の
足を引っ張ってしまうのは
我々魔導士ですからね。
もしも魔力切れを起こしても
最低限自分の身を守れるくらいの
体術と体力は身に付けております。」
逃げ足も早いものですよ、と
茶目っ気たっぷりに微笑んで
みせてくれた。
「じゃあシグウェルさんや
ユリウスさん達も?」
勿論、とアントン様は頷いた。
「ユリウスは由緒ある騎士の
家系の人間ということもあり、
本人はあまり認めたがりませんが
元々素手での格闘能力は
高い方です。やはり血ですかな。
その基礎能力に加えて副団長という
立場上、きちんと鍛えているので
体術も大したものですよ。
シグウェルは・・・」
そこでちょっと、アントン様は
眉を寄せて少し難しい顔をした。
「・・・あいつは特に鍛錬を
しなくても、一度組手でも見れば
ある程度は出来てしまうので
あまりまともに体術訓練に
出ようとしないのが困り物です。
馬鹿みたいな魔力量を持っていて
それを普段から平然と
使いこなしているところからも、
鍛えなくても恐らく元々の
基礎体力も我々と違うのでしょう。
だからいくら鍛錬しろと言っても
言うことを聞かない、
困った奴なんですよ。」
それでは下に示しがつかないと
言うのに、とため息をついている。
ソフィア様はそんな旦那様に
ニコニコしている。
「まあシグウェル様は生まれ持った
魔力量が規格外ですから、
きっと体もそれに負けないように
強く出来ておられるのですよ。
人間ってうまく出来ている
ものですよねぇ。」
そういえば、私が呼ばれた
召喚の儀式でシグウェルさんだけが
最後まで1人で立って儀式の
進行を支えてたってユリウスさんに
教えてもらった。
あれも、並外れた体力がないと
無理だったって事なんだろうなあ。
それにしても一回見ただけで
組手ができちゃうとか天才か。
いや、そういえばなんか
そんなこと言われてたっけ?
そんなすごい人だから、普段なにか
やらかしても大概のことは
許されているんだろうか。
天才とナントカは紙一重、という
言葉が思い浮かんだ時だった。
アントン様が、着きましたよ。と
立ち止まった。
「うわあ」
目の前の広い芝生の上には
白や茶色、白黒のぶち模様など
色んな種類と大きさの
ウサギがいた。
姿形は私の世界のウサギと
変わらないんだけど、
中には薄いピンク色や黄色などの、
まるでお祭りの屋台の
カラーひよこみたいな色のもいる。
これはこの世界独自の色の
ウサギだろうか?
「いっぱいいますね!」
アントン様に降ろしてもらって、
ウサギ達が逃げ出さないように
そっと近付きしゃがんでみる。
すぐに数羽のウサギが私に
近寄ってきて匂いを嗅ぎ始めたので
ゆっくりと撫でてみた。
おお、撫でても逃げない。
フワフワでモフモフの手触りが
気持ちいい。
あの仔虎のグノーデルさんも、
撫でてみたらこんな感じだったのかな?
「抱き上げても大丈夫ですよ」
微笑ましそうに私を見守っていた
アントン様がアドバイスしてくれる。
試しに一羽、座ったまま
抱いてみたらおとなしく私の
腕の中におさまった。
すると、我も我もと数羽の
ウサギが私の腕の中へ入ろうと
してきた。
「わ、ちょっと待って!」
ウサギに甘えられる初めての
経験に四苦八苦して、
3羽ほど一緒に抱き抱えることが
できた。すごい。腕の中が
めちゃくちゃあったかい。
「見て下さいリオン様、こんなに
たくさん抱っこできました!」
テンションが上がり、
満面の笑みで立ち上がってから
リオン様の方を振り返ると
「うん・・。良かったね・・・。」
珍しくリオン様が赤面して
口元を片手で覆いながら私から
視線を外していた。
あれ、思っていた反応と違った。
てっきり、良かったね、でもウサギを
落とさないように気を付けてね。
とニコニコ笑ってくれると
思ったんだけど。
リオン様の後ろのレジナスさんも
似たような感じで若干震えながら
何かをこらえるようにして
私から目を逸らしている。
・・・あれ?はしゃぎ過ぎた?
私のテンションの高さに
見てる方が恥ずかしくなった
パターンかな?
首を傾げていたら、
「絵師!今すぐ絵師を呼んで‼︎」
というユリウスさんの小さく
叫ぶ声が後ろから聞こえた。
びっくりした~。今日何回目の
突然の叫びなの、ユリウスさん。
何か悪い発作でも持っているのか。
ていうか。
「絵師?」
なんのこっちゃ、と振り返って
見てみれば
「猫耳姿のユーリ様が、フワフワの
ウサギと戯れてる姿をこの場限りに
するなんてあり得ないっす!
これはぜひ絵に残して後世まで
伝えてしかるべきですからっ‼︎」
だから早く絵師を!と植木鉢を
その手に抱き締めたまま
ユリウスさんが
謎の主張をしている。
いや、ただ女児が
ウサギと遊んでるだけだし。
ていうか、猫耳姿でウサギと
遊んでる姿を絵にされて
後世まで残されたら私が
恥ずかし過ぎて死ぬ。
そんな絵は燃やしてしまいたい。
「何言ってるんですかユリウスさん!
そんなの絶対ダメですからね⁉︎」
ウサギを抱いたまま注意したけど
かわいい‼︎とまた叫ばれた。発作か。
かわいいと言ってもらえるのは
ありがたいけど絵師を呼ぶとか
騒ぐのは、周りにも迷惑だし
ホントに辞めて欲しいよね・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ノイエ領に着いた馬車の中から、
猫耳の髪型をしたユーリが
飛び出して来た時は思わず
レジナスと2人で驚きのあまり
固まってしまった。
え?僕だけに見えてる幻覚とかじゃ
ないんだよね?
一瞬自分の正気を疑ったけど、
隣のレジナスも食い入るように
ユーリを見ているから、
どうやら現実の出来事のようだ。
いつものあの艶々した髪の毛の上に
乗っている、同じ色の黒い猫耳が
僕達の様子を伺うように
こちらに傾いて見える。
俯いて恥ずかしげにうっすらと
頬を紅潮させながら
ユーリがこちらの様子を
ちらちらと伺ってくる様は
本当に愛らしくて仕方がなかった。
これで鈴でも付いていたら、
もっと愛らしい仔猫感が増すのでは?
ああ、でもこんなに可愛らしいと
すぐにでも誰かに攫われて
しまうかも知れない。
そう思ったら、馬鹿みたいな言葉が
口をついて出てしまったけど
それを聞いたレジナスがその様子を
想像してしまったのか、
彼の顔の赤みが増してしまった。
ごめんレジナス。
その後も、今日のユーリは
愛らしさがとどまることを知らない。
領事館で、歓迎式典代わりの
お茶会を開かれた時。
出されたアップルパイに、
鼻をひくひくさせてまるで
本当の仔猫のように香りを
堪能した後は、目を輝かせてそれを
口に運ぶとこれ以上の幸せはない、
とでも言うようにうっとりしていた。
その小さな口元に押し付けられた
フォークが、愛らしい桃色の
唇の形を僅かに変えて、
その弾力のある柔らかさを伝えている。
どれだけ感動したのか、
あの美しい瞳も金色がいつもより
煌めき潤んでいる様子は、
柔らかさを想像させる口元と相まって
いっそ扇状的ですらあった。
・・・まだ小さな子どもだというのに。
いや違った、18だったか?
周りの皆もその様子から
目を離せないでいる。
ちょっとどうすればいいか
分からなくなった時に、
ユリウスが突然自分の分も食べてと
声を上げたのでおかげで
我に返ることが出来た。
その後、ユーリは何かを
思いついたようで突然
アントンに質問をし、さらには
リンゴを育てたいと言い出した。
急にどうしたのだろうか。
いつもなら思い付きで突然
人に何かを準備させたり、
何かしてみたいとわがままを
いうことはないのに。
そういえばここに来るまでの
間にも、なぜかレジナスに
街道の修繕費について
尋ねていたなあ。
・・・・何か癒し子として、
やりたい事でもできたのだろうか?
もしそうなら、いくらでも
手助けしてあげたい。
聞けば、騎士団に行った時も
キリウ小隊に属する騎士の
大ケガを治してきたという。
僕の目を治した時もそうだが
ユーリはいつも人のために、
その人の幸せを願って
一生懸命になってくれる。
そんなユーリだからこそ、
周りも彼女に何かしてあげたいと
思い動くのだ。
今回、ノイエ行きにいい馬が
いると演習中のキリウ小隊から
わざわざ連絡が来たのも
そういうことだ。
隊員を治したユーリの行動が
思いがけず貴重な馬を手に入れる
きっかけになった。
これから先も、ユーリが
その力を使う度にそれは
ただ単に魔物を祓い、人を癒し、
地を豊かにするだけではない
それ以上の影響を周りに与えるだろう。
そんな予感がする。
だから今ユーリが何を
考えているかは知らないが、
やりたいことを言ってくれれば
僕はいくらでも手を尽くそう。
・・・本当に真剣に、
そう考えていたのに。
リンゴの種を育てる準備が
出来るまでの間に、と
アントンが提案したウサギと
遊ぶユーリの姿を見たら
一瞬でその前まで考えていた
様々なことが頭から吹き飛んだ。
あの可愛らしさは
破壊力があり過ぎだろう。
ピンク色のドレス姿の
かわいい黒い仔猫が、
白くて小さいフワフワしたものと
楽しげに戯れている。
こんなに平和な光景は
今まで生きてきて初めて見る。
ソフィア殿も堪えきれずに
アントンにしがみついて
もう限界とばかりに彼の胸に
顔を埋めて身悶えているし、
アントンもそんな妻を抱き締めて
顔を赤くしながらユーリを見つめ、
こんなに可愛らしい娘がいれば・・・
毎日こんな光景を・・・?とか、
癒し子を養女に迎えるのは
不敬か・・・?
などと呟いている。
不敬じゃないけど、本気だとしたら
それは僕が却下するよ。
そう思っていたらユーリから
話しかけられた。
こんなにたくさん抱っこできました!
と数羽のウサギをその小さな両腕に
抱えて、褒めて欲しそうに得意げに
キラキラした目で見上げてくる
その姿はいつもにも増してかわいい。
ちょっと直視できない。
思わずユーリから視線を外して
言葉少なくやっと返事を返したけど、
うん・・・これは後で僕も反省会だね。
レジナスのことは言えないや。
うまく言葉が出てこなかったから
ユーリが不思議そうな顔を
してしまっている。
さてどう誤魔化そうか。
考えていた僕を救ってくれたのは
またもやユリウスだった。
突然現れたかと思うと
絵師を呼べと騒ぎ出した。
おかげでユーリの気が逸れたので
助かったけど、絵師か。
ユリウスの言うことも一理ある。
今度からはユーリの功績を
残す意味でも絵師か文官を
視察には同行させた方が
いいのかも知れない。
今日みたいにとびきり愛らしい
格好をしている時なんて特に、
その記録を残しておかないとね。
そう思いながら、ユリウスを
注意しているかわいいユーリを
僕は微笑ましい思いで
見つめ続けていた。
いつも私を抱っこしてくれる
レジナスさんと違い、
アントン様は少しお年を召して
いる上にレジナスさんより
随分細身だ。
私を支えてくれる手は
安定しているけどなんだか
申し訳なくなる。
だけどそんな私に対して
アントン様は朗らかに笑ってくれた。
「なに、軽いものですよ。
それに魔導士は体が資本です、
私も領事官長などをやっておりますが
今でも体は鍛えていますので
ご心配なく。」
「えっ?」
魔導士って魔法を使って
なんでもできるから、
体なんて鍛えなくていいのかと
思っていた。てっきり部屋の中に
引きこもって本ばっかり読んでたり
魔法の研究をしているかと。
そんな私の考えを読んだのか
アントン様は教えてくれた。
「魔物討伐で万が一、魔物の前で
魔力切れなどを起こすと
真っ先にやられて討伐隊の
足を引っ張ってしまうのは
我々魔導士ですからね。
もしも魔力切れを起こしても
最低限自分の身を守れるくらいの
体術と体力は身に付けております。」
逃げ足も早いものですよ、と
茶目っ気たっぷりに微笑んで
みせてくれた。
「じゃあシグウェルさんや
ユリウスさん達も?」
勿論、とアントン様は頷いた。
「ユリウスは由緒ある騎士の
家系の人間ということもあり、
本人はあまり認めたがりませんが
元々素手での格闘能力は
高い方です。やはり血ですかな。
その基礎能力に加えて副団長という
立場上、きちんと鍛えているので
体術も大したものですよ。
シグウェルは・・・」
そこでちょっと、アントン様は
眉を寄せて少し難しい顔をした。
「・・・あいつは特に鍛錬を
しなくても、一度組手でも見れば
ある程度は出来てしまうので
あまりまともに体術訓練に
出ようとしないのが困り物です。
馬鹿みたいな魔力量を持っていて
それを普段から平然と
使いこなしているところからも、
鍛えなくても恐らく元々の
基礎体力も我々と違うのでしょう。
だからいくら鍛錬しろと言っても
言うことを聞かない、
困った奴なんですよ。」
それでは下に示しがつかないと
言うのに、とため息をついている。
ソフィア様はそんな旦那様に
ニコニコしている。
「まあシグウェル様は生まれ持った
魔力量が規格外ですから、
きっと体もそれに負けないように
強く出来ておられるのですよ。
人間ってうまく出来ている
ものですよねぇ。」
そういえば、私が呼ばれた
召喚の儀式でシグウェルさんだけが
最後まで1人で立って儀式の
進行を支えてたってユリウスさんに
教えてもらった。
あれも、並外れた体力がないと
無理だったって事なんだろうなあ。
それにしても一回見ただけで
組手ができちゃうとか天才か。
いや、そういえばなんか
そんなこと言われてたっけ?
そんなすごい人だから、普段なにか
やらかしても大概のことは
許されているんだろうか。
天才とナントカは紙一重、という
言葉が思い浮かんだ時だった。
アントン様が、着きましたよ。と
立ち止まった。
「うわあ」
目の前の広い芝生の上には
白や茶色、白黒のぶち模様など
色んな種類と大きさの
ウサギがいた。
姿形は私の世界のウサギと
変わらないんだけど、
中には薄いピンク色や黄色などの、
まるでお祭りの屋台の
カラーひよこみたいな色のもいる。
これはこの世界独自の色の
ウサギだろうか?
「いっぱいいますね!」
アントン様に降ろしてもらって、
ウサギ達が逃げ出さないように
そっと近付きしゃがんでみる。
すぐに数羽のウサギが私に
近寄ってきて匂いを嗅ぎ始めたので
ゆっくりと撫でてみた。
おお、撫でても逃げない。
フワフワでモフモフの手触りが
気持ちいい。
あの仔虎のグノーデルさんも、
撫でてみたらこんな感じだったのかな?
「抱き上げても大丈夫ですよ」
微笑ましそうに私を見守っていた
アントン様がアドバイスしてくれる。
試しに一羽、座ったまま
抱いてみたらおとなしく私の
腕の中におさまった。
すると、我も我もと数羽の
ウサギが私の腕の中へ入ろうと
してきた。
「わ、ちょっと待って!」
ウサギに甘えられる初めての
経験に四苦八苦して、
3羽ほど一緒に抱き抱えることが
できた。すごい。腕の中が
めちゃくちゃあったかい。
「見て下さいリオン様、こんなに
たくさん抱っこできました!」
テンションが上がり、
満面の笑みで立ち上がってから
リオン様の方を振り返ると
「うん・・。良かったね・・・。」
珍しくリオン様が赤面して
口元を片手で覆いながら私から
視線を外していた。
あれ、思っていた反応と違った。
てっきり、良かったね、でもウサギを
落とさないように気を付けてね。
とニコニコ笑ってくれると
思ったんだけど。
リオン様の後ろのレジナスさんも
似たような感じで若干震えながら
何かをこらえるようにして
私から目を逸らしている。
・・・あれ?はしゃぎ過ぎた?
私のテンションの高さに
見てる方が恥ずかしくなった
パターンかな?
首を傾げていたら、
「絵師!今すぐ絵師を呼んで‼︎」
というユリウスさんの小さく
叫ぶ声が後ろから聞こえた。
びっくりした~。今日何回目の
突然の叫びなの、ユリウスさん。
何か悪い発作でも持っているのか。
ていうか。
「絵師?」
なんのこっちゃ、と振り返って
見てみれば
「猫耳姿のユーリ様が、フワフワの
ウサギと戯れてる姿をこの場限りに
するなんてあり得ないっす!
これはぜひ絵に残して後世まで
伝えてしかるべきですからっ‼︎」
だから早く絵師を!と植木鉢を
その手に抱き締めたまま
ユリウスさんが
謎の主張をしている。
いや、ただ女児が
ウサギと遊んでるだけだし。
ていうか、猫耳姿でウサギと
遊んでる姿を絵にされて
後世まで残されたら私が
恥ずかし過ぎて死ぬ。
そんな絵は燃やしてしまいたい。
「何言ってるんですかユリウスさん!
そんなの絶対ダメですからね⁉︎」
ウサギを抱いたまま注意したけど
かわいい‼︎とまた叫ばれた。発作か。
かわいいと言ってもらえるのは
ありがたいけど絵師を呼ぶとか
騒ぐのは、周りにも迷惑だし
ホントに辞めて欲しいよね・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ノイエ領に着いた馬車の中から、
猫耳の髪型をしたユーリが
飛び出して来た時は思わず
レジナスと2人で驚きのあまり
固まってしまった。
え?僕だけに見えてる幻覚とかじゃ
ないんだよね?
一瞬自分の正気を疑ったけど、
隣のレジナスも食い入るように
ユーリを見ているから、
どうやら現実の出来事のようだ。
いつものあの艶々した髪の毛の上に
乗っている、同じ色の黒い猫耳が
僕達の様子を伺うように
こちらに傾いて見える。
俯いて恥ずかしげにうっすらと
頬を紅潮させながら
ユーリがこちらの様子を
ちらちらと伺ってくる様は
本当に愛らしくて仕方がなかった。
これで鈴でも付いていたら、
もっと愛らしい仔猫感が増すのでは?
ああ、でもこんなに可愛らしいと
すぐにでも誰かに攫われて
しまうかも知れない。
そう思ったら、馬鹿みたいな言葉が
口をついて出てしまったけど
それを聞いたレジナスがその様子を
想像してしまったのか、
彼の顔の赤みが増してしまった。
ごめんレジナス。
その後も、今日のユーリは
愛らしさがとどまることを知らない。
領事館で、歓迎式典代わりの
お茶会を開かれた時。
出されたアップルパイに、
鼻をひくひくさせてまるで
本当の仔猫のように香りを
堪能した後は、目を輝かせてそれを
口に運ぶとこれ以上の幸せはない、
とでも言うようにうっとりしていた。
その小さな口元に押し付けられた
フォークが、愛らしい桃色の
唇の形を僅かに変えて、
その弾力のある柔らかさを伝えている。
どれだけ感動したのか、
あの美しい瞳も金色がいつもより
煌めき潤んでいる様子は、
柔らかさを想像させる口元と相まって
いっそ扇状的ですらあった。
・・・まだ小さな子どもだというのに。
いや違った、18だったか?
周りの皆もその様子から
目を離せないでいる。
ちょっとどうすればいいか
分からなくなった時に、
ユリウスが突然自分の分も食べてと
声を上げたのでおかげで
我に返ることが出来た。
その後、ユーリは何かを
思いついたようで突然
アントンに質問をし、さらには
リンゴを育てたいと言い出した。
急にどうしたのだろうか。
いつもなら思い付きで突然
人に何かを準備させたり、
何かしてみたいとわがままを
いうことはないのに。
そういえばここに来るまでの
間にも、なぜかレジナスに
街道の修繕費について
尋ねていたなあ。
・・・・何か癒し子として、
やりたい事でもできたのだろうか?
もしそうなら、いくらでも
手助けしてあげたい。
聞けば、騎士団に行った時も
キリウ小隊に属する騎士の
大ケガを治してきたという。
僕の目を治した時もそうだが
ユーリはいつも人のために、
その人の幸せを願って
一生懸命になってくれる。
そんなユーリだからこそ、
周りも彼女に何かしてあげたいと
思い動くのだ。
今回、ノイエ行きにいい馬が
いると演習中のキリウ小隊から
わざわざ連絡が来たのも
そういうことだ。
隊員を治したユーリの行動が
思いがけず貴重な馬を手に入れる
きっかけになった。
これから先も、ユーリが
その力を使う度にそれは
ただ単に魔物を祓い、人を癒し、
地を豊かにするだけではない
それ以上の影響を周りに与えるだろう。
そんな予感がする。
だから今ユーリが何を
考えているかは知らないが、
やりたいことを言ってくれれば
僕はいくらでも手を尽くそう。
・・・本当に真剣に、
そう考えていたのに。
リンゴの種を育てる準備が
出来るまでの間に、と
アントンが提案したウサギと
遊ぶユーリの姿を見たら
一瞬でその前まで考えていた
様々なことが頭から吹き飛んだ。
あの可愛らしさは
破壊力があり過ぎだろう。
ピンク色のドレス姿の
かわいい黒い仔猫が、
白くて小さいフワフワしたものと
楽しげに戯れている。
こんなに平和な光景は
今まで生きてきて初めて見る。
ソフィア殿も堪えきれずに
アントンにしがみついて
もう限界とばかりに彼の胸に
顔を埋めて身悶えているし、
アントンもそんな妻を抱き締めて
顔を赤くしながらユーリを見つめ、
こんなに可愛らしい娘がいれば・・・
毎日こんな光景を・・・?とか、
癒し子を養女に迎えるのは
不敬か・・・?
などと呟いている。
不敬じゃないけど、本気だとしたら
それは僕が却下するよ。
そう思っていたらユーリから
話しかけられた。
こんなにたくさん抱っこできました!
と数羽のウサギをその小さな両腕に
抱えて、褒めて欲しそうに得意げに
キラキラした目で見上げてくる
その姿はいつもにも増してかわいい。
ちょっと直視できない。
思わずユーリから視線を外して
言葉少なくやっと返事を返したけど、
うん・・・これは後で僕も反省会だね。
レジナスのことは言えないや。
うまく言葉が出てこなかったから
ユーリが不思議そうな顔を
してしまっている。
さてどう誤魔化そうか。
考えていた僕を救ってくれたのは
またもやユリウスだった。
突然現れたかと思うと
絵師を呼べと騒ぎ出した。
おかげでユーリの気が逸れたので
助かったけど、絵師か。
ユリウスの言うことも一理ある。
今度からはユーリの功績を
残す意味でも絵師か文官を
視察には同行させた方が
いいのかも知れない。
今日みたいにとびきり愛らしい
格好をしている時なんて特に、
その記録を残しておかないとね。
そう思いながら、ユリウスを
注意しているかわいいユーリを
僕は微笑ましい思いで
見つめ続けていた。
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時間になると小鳥が飛び出すアンティーク時計――。
静かに広がる評判の裏で、
かつての元婚約者は「お人形さんを側室にしようとして」赤っ恥をかくことに。
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かわいいものに囲まれながら、女王は今日も穏やかにお店を開けています。
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この文面は
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どちらにしますか?
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