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第四章 何もしなければ何も起こらない、のだ。

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絵師を呼んで!と現れるなり
騒いでいたユリウスさんだけど、
その手に植木鉢があるので
もしかして準備が出来たのだろうか。

「それでユーリ、どうして
急にリンゴを育てたいなんて
言い出したの?」

よーし、やるぞ!と思っていたら
不思議そうにリオン様から尋ねられた。

アントン様も頷いて理由を
知りたそうだ。

あ、そういえば元々の理由を
話していなかった。

そこで私は、来る途中で
気になった街道の傷みとマールの
寂れ具合、修繕費との関係、
せっかくだから何か出来ないかと
考えていたことを話した。

「なるほど、それでリンゴか。
でもユーリ、いくら北方産の
おいしいリンゴがこの辺りでは
取れないから作ると言っても、
結局はただのリンゴだろう?
それでどんなにおいしいアップルパイを
作ったところでわざわざマールに
立ち寄る人が増えたり
町にお金を落として行くとは
限らないよ?」

街道の修繕費を賄うとしたら
どれくらいの期間と
売上げが必要になるかなあ、と
リオン様が計算を始めた。

「いえっ、それは大丈夫です!
豊穣の加護を付けて
育てるリンゴなので‼︎」

「なるほど、ユーリ様の
加護付きっすか」

目を丸くしてユリウスさんが
納得している。

そう。私には考えがあった。

今まで王宮で牛の
お乳の出を良くしたり
バラの花を育てた時は
特に何も考えずに豊穣の力を
使っていたけども。

もし、リオン様や侍女さん達の
調子の悪いところを治した時のように
何か願いながら力を使ったら、
きっとリンゴにも何かが起きる。
そんな気がする。

・・・まあ、リオン様の時のように
やり過ぎないようにしないと
いけないけど。

イメージしていることはある。
あとはそれがうまく行くかどうか。

と、そこまで考えてから
あっ!と思った。
大事なことを忘れていた。

「す、すみませんアントン様、
リオン様!マールにはリンゴの木を
植えてもいい場所はありますか⁉︎
あと、肝心のマールにこの事に
ついて許可を取ってません‼︎」

そうだよ、何で忘れてた?
頼まれもしていないのに、
突然リンゴの木を持ってこられて
これ植えたいからヨロシクね!って
言われても町の人達が困るし
勝手にリンゴ用に土地を
使われてしまうのも
面白くないだろう。

仕事を円滑に回すためには
根回しが大事。

仕事を成功させるコツは
下調べと準備が8割、
あとの2割は全力で
本番に挑むこと、って
超優良成績セールスマンの
先輩が教えてくれてたじゃん‼︎

こういうのを肝心な時に
忘れてるから私はダメなんだよ。
異世界に来ても仕事のできない
後輩でごめんね先輩!

急にパニックになって
慌て始めた私とは逆に、
リオン様達はいたって冷静だ。

「リオン様、マールの町の端に
孤児院を併設したイリューディア神の
神殿がありますがその裏手に
確か手頃な土地があったと思います。」

レジナスさんが助言している。

「そうなのかい?」

「護衛のために下調べをして
おりましたので、間違いありません。
あとは近郊にも最近放棄された
農地がいくつかあったはずです。」

レジナスさんの言葉にアントン様も
頷いている。

「マールは最近あまり町に
お金が落ちないから、
出稼ぎに行く人も多いらしい。
たまにここにも仕事の斡旋を
頼みに農民らしい者達が来るから、
恐らく彼らのような者が放棄した
土地なのだろう。」

それならば、とリオン様は
少し考えて指示を出した。

「レジナス、君は今すぐ
僕達の馬車に使った
あの足の速い馬でマールまで
行ってくれないか?
王家の勅命で土地を借り上げ、
果樹園を作る。
癒し子の力を検証するための
大事な果樹園だから
賃貸料は王家持ちで、この先
リンゴの木が枯れるまで借り続ける。
そう伝えて土地を準備させて
おいてくれ。
あの馬ならここと往復しても
あっという間だろう。」

かしこまりました、と頭を下げて
すぐにレジナスさんが動いた。

「なるほど。木が枯れるまで
永続的に王家が土地の賃料を払って
借り上げ続ける、癒し子の力の
実証実験の場所、っスか・・・。
それなら確実にマールに
定期的にお金が入るし、
枯らしたら終わりだと思えば
必死で世話もするでしょうね。
加えて、
癒し子様の力を調べるための
大事な場所だと分かっていれば
下手にリンゴを盗む奴も
出なさそうですし。」

さすがリオン様、考えたっすね、、、
とユリウスさんが感心している。

「ではリオン様、マールを
管轄している領主には
私の方から連絡を飛ばして
事情を話しておきましょう。
あそこの領主館には
我が家の魔導士を1人
常駐させておりますので。」

そう言ったアントン様が
手の上に綺麗な白い鳩を一羽
パッ、と出すと空に放った。

ありがとう、とアントン様に
頷くとリオン様はにっこりと
私に微笑んだ。

「さあユーリ、これで準備は
整ったよ。あと他になにか
心配ごとはない?なんでも言ってね。
ユーリのためならなんでもするよ?」

君の憂いは全て晴らそう。

思わずときめきそうなことを
リオン様はさらりと言って、
さっきまでの懸念事項が
一瞬で片付いてしまった。

仕事の出来る人ってすごい。
呆気に取られていると、
シグウェルさんがやって来た。

「ユリウス、お前は殿下方を
呼びに行って何を遊んでいるんだ。
オレまで来たらお前を呼びに
行かせた意味がないだろうが。」

「すんません団長、ユーリ様が
あんまりにもかわいくてつい」

あっ、私のせいにした。ひどい。

シグウェルさんは私を
ちらりと見やるとため息を
ついて、ポンと頭を一つ
撫でてくれた。珍しい。

ユリウスさんに
言い訳に使われた私に
同情してくれたのだろうか。

「行くぞユーリ。準備が出来た。
存分にその力を使ってくれ。」

そう言って案内されたのは、
ウサギのいた芝生から
そう離れていない中庭のような
場所だった。

レンガ敷きの小さな広場の
ような場所に、真ん中を空けて
同心円状に大きめの植木鉢が
並んでいた。大体30個くらい。

・・・うん?多くない?
私は10個くらいのつもり
だったんだけど。

「その真ん中に立って力を使ってくれ。
もし全ての植木鉢に力が
行き渡らなくても気にするな。
それはそれで、君の力が自然体で
どの程度の範囲まで及ぶのか
確認できるからな。」

なるほど。でも偏らずにちゃんと
円形状に力が行き渡るのかな?

私の戸惑いに気付いたらしい
アントン様が、そこで
助け舟を出してくれた。
パッと手の平にさっきまで
応接間で飲んでいた紅茶を
取り出した。

「ユーリ様、これをご覧下さい。」

スプーンで紅茶の真ん中をちょんと
つつく。その波紋は同心円状に
ティーカップの端まで
綺麗な円を描いて伝わった。

「これと同じです。あの植木鉢の
真ん中にユーリ様が立って、
水の波紋が伝わるような
イメージで力を使うんですよ。
そうすればうまく行くはずです。」

なるほど分かりやすい。
ありがとうアントン様。

感謝を伝えると、頑張って下さいと
傍らに立って見守っている
ソフィア様と一緒に頭を撫でられて
微笑まれた。

ここまで何から何までお膳立てして
もらったからには絶対成功させないと。

イリューディアさん、お願いだから
力を貸してね。

たたっ、と丸く並べられた
植木鉢の真ん中のスペースに立って
目を閉じると手を組む。

・・・私がリンゴを作ろうと
思った時に頭に浮かんだ
イメージは2つあった。

1つは、リンゴの外見のイメージ。
もう1つは、その効能。

小さい頃は童話やおとぎ話が
好きで図書館によく通う子供だった。

その中にリンゴの出てくる話が
あったのだ。
詳しいストーリーは覚えていない。
確か王子様か冒険者が、
竜退治に行くんだけどその竜が
守っているのが金のリンゴだった。

一本だけぽつんと立っている
リンゴの木に体を巻き付けて
それを守っている火を吹く竜。

そのリンゴの木には金色に
輝くリンゴの実がいくつも
なっているのだ。

どうせなら、そんな
金のリンゴを作ろう。

そして効能だ。
1日1個のリンゴは医者いらず、
って言うくらいリンゴの栄養価は
元々高い。風邪をひいた時に、
すり下ろしたリンゴに蜂蜜を
混ぜて冷やしたものなんて
さっぱり食べられていいよね。

だから、軽い風邪のような症状なら
治るくらいの効果が付いても
いいだろう。

金色で体の回復力を高めてくれる
おいしいリンゴ。
マールでしか育たないリンゴ。

それなら、ノイエ領の
行き帰りにでもマールに
ちょっと寄ってお土産に
買って帰ってくれないだろうか。
マール以外では手に入らないのだ。
そこで買うしかない。

これで少しはあの町に
活気が戻ってくれるといいな。

おいしくて体に良くて、
多少の体の不調ならすぐに
治ってしまう不思議なリンゴ。
黄金色の、他のどこにもないリンゴ。
そんなリンゴがすくすく
育ちますように。

そう願いを込めて、
手にぎゅっと力を入れた。

そうしたら、侍女さんや
リオン様を治した時のように
自分の中から何か温かい光が
溢れてくるのを感じた。

ぱっ、と目を開くとちょうど
私を中心に広がった光が
消えたところだった。

「これがユーリの使う力か」

「俺も直接見るのは初めてっす」

シグウェルさんとユリウスさんの
2人がふんふん頷いている。

「どうでしたか⁉︎」

「綺麗な同心円状に光が広がって、
すぐに消えた。叔父上の助言が
良かったんだな、全ての鉢に
万遍なく光は広がっていた」

満足そうにシグウェルさんが
話し、植木鉢を見やった。

「あとはどの程度で種が芽吹くか、
だが・・・ん?」

そこで異変に気付いたのか、
眉をひそめた。

見ると、植木鉢から芽が出ている。

ていうか、伸びてる。
私も慌てる。まさかこんなに
早く成長するとは。
バラの時は花が咲くまで
もっと時間がかかっていたはず。

「えっ、ちょ、ちょっと待って
待って・・・⁉︎」

植木鉢の中身はぐんぐん伸びて、
苗木から少し太い若木まで
大きくなってきている。

しかも、私に近い・・・
円の中心に近い6個ほどの鉢は
一番成長が早く、ついには
ぱりんと音を立てて植木鉢が
割れてしまい、根っこが
外に露出してしまった。

アントン様が急いで庭師を
呼びに行かせた。

私から離れるほど、苗木は
小さかったり成長は
遅いんだけどそれでもどの
植木鉢の中身もまだゆっくりと
成長し続けている。

「すごいなこれは。見ろ、
真ん中にあった鉢のやつは
もう花が咲いている、このままだと
すぐにでも実がつきそうだぞ」

面白そうにそう言った
シグウェルさんに促されて
私も自分の近くのリンゴの木を
見上げた。

そう、もう見上げるくらい
大きくなっているのだ。

早く庭師さんが来て根っこを
保護してくれないと
枯れちゃいそうで怖いくらいの
成長の早さだ。

「相変わらずユーリの力は
すごいね。」

驚きながらもどこか嬉しそうなのは
リオン様で、アントン様は
初めて見る目の前の出来事に
ついていけないのか、ソフィア様と
一緒に唖然としていた。

ちなみにユリウスさんは
私からの距離感による
リンゴの成長速度の違いや
苗木の大きさなど、
記録を取るのに余念がない。
お仕事ご苦労様です。

そんなユリウスさんが、
あっと声を上げた。

「ホントにもう実がなってるっす!
ていうか、え?金色?
金色のリンゴの実がついてますよ⁉︎」

恐る恐る1つ取ると、
シグウェルさんに渡している。

シグウェルさんはそれを
くるくるもてあそびながら、
私をちらりと見てきた。

「ユーリ、これは?これが
君が豊穣の力を使って
作りたかったリンゴなのか?」

「そうです!他のどこにもない
金のリンゴを作りたかったんです。」

シグウェルさんに手渡してもらった
リンゴを確かめる。

良かった、本当に金色だ。
黄色いリンゴとは全然違う。
日光の光をきらきら反射して
輝くその黄金色のリンゴを手に
安心した。
ありがとうイリューディアさん。

僕にも見せて、と言うリオン様に
リンゴを渡しながら説明する。

「一応、風邪とか軽めの
病気の症状なら治るように
お祈りしたんです。
もし良ければ、誰か体の調子の
悪い人にこれを
あげてもらえませんか?」

そう言ったらソフィア様が、
そんな事が出来るんですか?と
驚いていた。
出来るんです。私がやり過ぎて
強化人間を作るような効能が
付いていなければいいけど。

アントン様がさっそく人を
呼んでくるように言いつけている。

ちょうど風邪気味で休ませている
メイドさんがいるらしい。

それから、喉の調子が悪くて
声の出にくくなっている政務官さん。

シグウェルさんの提案で、
ついでに軽いけがをしている人も
2人呼ばれた。

足を捻挫した馬番さんと、
手に火傷をしている料理番さん。

全部で4人だ。

突然領事官長さんに呼び出されて、
目の前には王子様だの
魔導士団長だの癒し子だのが
並んでいるので、4人とも
一体何事かと青くなっている。

びっくりさせてごめんね?
 
とりあえず、1個のリンゴを
4分割してそれぞれに
食べてもらった。

あの特徴的な金色の皮がなくても
効果があるか知りたかったので、
皮は剥いてもらう。

「中身は普通のリンゴっすね。
あ、でも種がない。
これじゃ他に持ち出して勝手に
リンゴを作るのは無理そうですね、
良かった~。」

ユリウスさんが中身も
チェックして安心している。
どうやら貴重なリンゴが盗まれて
こっそり違法栽培されるのを
心配していたらしい。

「マール以外では育たないように、
って願ったので多分ここに
植えても根付かないと思います。
試しに一本だけ植えてみても
いいと思いますけど・・・」

そう言ったら、もし枯れた時が
恐れ多い!とアントン様に
全力で否定されてしまった。

別に枯れてもバチが
当たるわけじゃないから
そんなに恐縮しなくても
いいのになあ。

なんて思っていたら、
すぐ側からユリウスさんの
マジで治ったっす‼︎と興奮した
声が聞こえてきた。

良かった、成功したんだ。

「ユーリ様、すごいっす‼︎
病気だけじゃなくケガも
治ってますよ!
え?ひとかけだけ食べても
こんなに効果あんの⁉︎
食べる量で効果って
変わってくるのかな?」

4人の体をあちこち触って
確かめながらユリウスさんが
教えてくれた。

あれ、なんでケガまで治るの?
私がリンゴを作るあの時に
考えていたのは、確か
『多少の体の不調なら治るリンゴ』。

・・・体の不調って
ケガも入るんだろうか。

相変わらずイリューディアさんの
加護の力は当たり判定が
強過ぎるというか、雑・・・
もとい大らかだ。

私が自分の思ったように力を
コントロールするには
まだまだかかりそうだなあ。














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