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閑話休題 噂、千里を駆ける

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「な、、、なんだと」

王宮に併設された騎士団の訓練所。
その食堂で1人の騎士が手にした
手紙をぐしゃっ、と握り潰した。

どうした、と近くにいた騎士が
それに気付く。

「・・・ノイエ領に着いたユーリ様の
頭に猫耳が付いていて、それが
死ぬほど可愛かったそうだ。」

は⁉︎と周りの数人がそれに反応する。

手紙はノイエ領での癒し子の視察へ
同行した騎士の1人からのものだった。

視察へ同行した4人には、逐一報告を
入れるように頼んである。

「絵も添えられているけど、あいつら
絵心がないからひとっつもその
愛らしさが伝わって来ないけどな。」

他の騎士に手紙を渡しながら、最初に
それを読んだ騎士がそう言い添えた。

「どういう事だ、この絵じゃ全然
分かんねぇよ・・・」

「脳内補完にも無理があるな」

「おい、誰かユーリ様を見たことのある
絵心ある奴を連れて来い!今すぐこれを
描き直させろ‼︎」

「くそ、野営の上手さも考えて選んだ
護衛なのにまさか絵心も必要に
なるとは・・・」

時刻はすでに夜も更けようかという
ところで、食堂にいたのは翌日が
休みでダラダラと酒を飲んでいた
数人の連中だけだったのに、
食堂の中がにわかに騒がしくなった。

手紙が来たと聞いてすでに自室で
休んでいたのにわざわざ食堂まで
やって来た騎士までいる。



・・・・癒し子ユーリ様が初めて
王都を出て視察に行く。

その話を聞いた時、騎士団の中では
すぐに詳細を確認するために騎士達が
動いた。

視察の場所は、日程は、規模は、
・・・そして護衛の数は。

例の、ユーリが騎士団へ見学に
来た日にその場へ居合わせなかった
者達は、なぜ他の騎士達が癒し子の
視察の情報を色めき立って
必死に集めているのか意味が
分からないでいた。

なぜならあの日、訓練に出なかった
騎士達にはユーリが騎士団を訪れて
愛嬌を振りまいていたことは
いまだに内緒にされているからだ。

あの日のユーリの愛らしさは訓練に
出た騎士達だけで共有されている
特権みたいなものだ。

そして癒し子初の視察、その詳細が
明らかになると今度は護衛任務の
争奪戦が起きた。

「護衛の騎士はたったの4人だと⁉︎」

「まじか」

「何とかしてもっと人数を増やす事は
できないのか⁉︎」

「いや、視察先がノイエだろ?
しかもレジナス様と魔導士団長まで
同行するならそれでも多い方だ」

「少なくともあの2人と比べても
遜色ないほどの手練れじゃないと
護衛の意味がないと言うことか・・・」

「おいちょっと待て、行程表を見ろ!
2日目の結界石の採石場視察、帰りに
湖畔での昼食ってあるぞ」

「てことは、俺たちの野営料理を
ユーリ様に食べてもらう機会が⁉︎」

「野営料理の得意な奴が必要だな」

そして騎士団では急遽、癒し子の
護衛騎士選抜トーナメント戦が
騎士達によって自主的に
開催されたのだ。

タイマン勝ち抜き戦に加えて
制限時間付きの野営料理対決、
ついでに馬車の故障に備えて
馬車の車輪復旧作業の
タイムアタック戦まで行われた。

ユーリの護衛騎士4人は
いずれもこれを勝ち抜いた
選りすぐりの騎士である。

「普段の訓練もこれくらい自主的に
真剣にやってくれればなあ」

本来なら自分が選ぶべき護衛だったが
彼らの自主性に任せてその様子を
のんびりと見守っていた団長の
マディウスは顎ヒゲを撫でながら
そう言ったが、副団長のトレヴェは
呆れていた。

「こんなものが本当に癒し子の
視察に必要だと思ってるのか?
滑稽だろうが。
そんなに野営がしたかったら
こいつら全員まとめて1ヶ月間、
辺境の野営訓練に叩き込んでやるぞ」



そんな経緯で選ばれた4人には
魔導士院に掛け合って手に入れた、
魔法で手紙が転送できる特殊な便箋が
騎士達の手によって渡されていた。

とにかくユーリ様の情報を送れ。

そう言って渡した便箋で送られてきた
手紙は第一陣からして謎だった。

猫耳の髪型とは一体何だ・・・?
人間に猫の耳がついているという事か?

そんなものは国の文化の中心地である
この王都ですら目にした事がない。

よく分からないが、とにかく
その髪型をしたユーリ様の姿は
衝撃的に可愛らしく、
あのいつも何を考えているか
よく分からない魔導士団長ですら
驚いていたという。

さらに、その猫耳姿のまま領事館で
飼われているウサギを愛でる
ユーリ様の愛らしさは
天上知らずであった、とも
手紙にはあった。

「ユーリ様とウサギ・・・最高かよ、
めっちゃ見てみてぇ。」

「そんなのもう、ユーリ様しか
勝たん・・・」

「くそ、何で今回の視察には絵師が
同行していないんだ・・・・‼︎」

「次の視察には絵師の同行を誰か
提案するべきだな。
・・・いや、それとも騎士団の誰かを
今のうちに絵師の元へ通わせて
学ばせておいた方がいいのか?」

「ちょっと待て、お前らさっきから
一体何を言ってるんだ?
俺たちは騎士だぞ、絵師を目指して
どうする、正気に戻れ!」

「そうだぞ、お前らこの間の
レジナス様が参加した訓練の時から
ちょっとおかしくないか⁉︎
何でそこまでして顔も知らない
癒し子様のことを気にしてるんだ⁉︎」

議論が白熱する。
そしてユーリの事を知らない
一部の騎士達はその熱狂に
全くついていけていない。
両者の温度差がひどかった。

その翌日の夕方届いた手紙にも、
例の猫耳の件について書いてあった。

「湖畔での昼食では騎士の釣った魚を
ユーリ様は物凄く喜んで食べたそうだ」

「いいなあ、俺もユーリ様に
魚を焼いてあげたかった」

「おい、またあの髪型について
書いてあるぞ。『あの猫耳姿で魚を
ぱくつくユーリ様なら、猫っぽさが
増してもっと可愛かったと思う、
リオン殿下もそうおっしゃり、とても
残念そうにしていた』・・・って
めちゃくちゃ気になるな猫耳」

「そしてまた添えられている
このド下手くそな絵・・・」

「くっそ、この下手くそな絵のせいで
ますます気になるんだよ、
猫耳のユーリ様‼︎」

あいつら4人とも、帰ってきたら
絵画教室に通わせようぜ、という
声までどこからか聞こえてきた。

3日目の夜。今日の手紙には
一体何が書いてあるのか。
確か昼間は選女の泉に行って、
今頃は夕食会に出席しているはずだ。

皆がそわそわして待っていた。

「来たぞ‼︎」

1人の騎士が手紙を手にして
歓談室に飛び込んで来た。

その周りに他の騎士達も集まり、
手紙を囲んだ。

「ん?なんかやけに薄くないか。」

「本当だ」

封筒の中には便箋が一枚。
今回はあの下手くそな絵もない。

そしてそこに書いてあったのは。

『もうダメだ。猫耳に鈴がついた。
直視できない、でも見られて良かった。
今回護衛任務に付けたことを皆に
感謝する。ありがとう。』

・・・我が生涯に一片の悔いも無しー

そんな雰囲気を漂わせた
走り書きがそこにはあった。

「は?何これ遺書?」

「いや、何か高度な暗号なのかも」

「結局この3日間、あいつら
猫耳とやらの事しか書いてきてねぇな」

「どういうことだってばよ」

手紙を読んだ皆が首を捻った。

その時だった。
夜勤で今しがた出勤してきた騎士が
興奮気味に、分かったぞ!と
歓談室にやってきた。

「王宮で侍女勤めをしてる
オレのいとこに聞いてきた!
猫耳の髪型っていうのは、
今回ユーリ様について行った
侍女が考えた髪型だそうだ‼︎」

こう、髪を集めてこんな感じの
三角で・・・と、器用にも近くにいた
長髪の騎士でなんとなく
それらしい髪型を作ってみせた。

「ノイエ領に着いた日のユーリ様は
丸一日その髪型で過ごしていたって
言うから、ユーリ様もその髪型を
相当気に入ってるんじゃないか?」

「なんでそんなネタ知ってんだ?
初日の手紙にはそこまでは
書いてなかっただろ」

「いとこ曰く、侍女の情報網って
やつだそうだ。んで、そいつも
人伝てにノイエの侍女に
聞いたところによると、
やっぱりその髪型のユーリ様は
めちゃくちゃ可愛かったらしい。
癒し子様お気に入りの髪型ってことで
そのうちこっちでも
流行るんじゃないかって言ってたぞ」

周りの騎士達が、簡易的な
猫耳っぽい髪型にされた騎士を
見て同じ髪型のユーリを想像する。

「・・・まあ、あのド下手くそな
絵よりはなんとなくイメージは
掴める気はするな。」

「こいつはかわいくないけど、
あのちっちゃいユーリ様が
この髪型にしてると思えば
物凄く可愛いのかも知れない。
元々なんとなく猫っぽい雰囲気
だもんな、ユーリ様。」

「つーか、さっきの遺書みたいな
手紙に鈴がついたってあったよな?
それってやっぱり、猫耳ユーリ様を
もっと猫に寄せるために誰かが
つけたってことか?
一体誰だよ、そんな特殊な性癖を
披露した奴は」

「気持ちは分からないでもないけど
実行に移すのはヤバイ。」

まさか自国の王子が思わず
こぼした呟きを、天才の呼び声高い
魔導士団長が実行に移したとは
その場の誰も思ってもいなかった。

言いたい放題だ。

「・・・ユーリ様、明日には王都に
帰ってくるんだよな。この猫耳姿を
俺たちにも見せてくんねぇかなあ。」

「この髪型で騎士団の見学に
来てくれたら最高だな。」

「その姿のユーリ様に俺たちと
一緒に食堂のメシ食って
もらいてぇ・・・」

いつの間にか皆がまだ見ぬ猫耳姿の
ユーリとの交流を夢想していた。

「そうだ!自分のお気に入りの髪型が
王都でも流行ってるって知ったら
ユーリ様喜ぶんじゃないか?」

「おー、そうだな。流行に敏感な
王都の貴族連中も気に入りそうな
髪型だし、あっという間に流行るかも」

「おい、侍女連中の情報網とやらは
王宮の中の侍女だけに限らないんだろ?
貴族の子女付きの侍女にもちょっと
この情報を流して、王都の中で
流行らせちまえばユーリ様の
驚く顔を見られるんじゃないのか?」

「自分の好きなものが流行ってるって
聞いたら嬉しいだろうなあ。
よし、明日の夕方ユーリ様が視察から
戻るまでになるべくこの猫耳の
髪型の話が街中に広まるように
しとこうぜ。」

「休暇で帰省予定の、地方出身の
奴にも情報回しとけ。
これから中央で流行る流行最先端の
髪型についていち早く知れるんだ、
いい土産話になるだろ」

「ユーリ様喜んでくれるかなあ」

こうして騎士団と
貴族に仕える侍女の情報網、
それに加えてノイエ領での
夕食会で実際に猫耳姿のユーリを
見た貴族達の噂話によって、

あっという間に拡散された
猫耳ヘアーと癒し子の話は僅か
数日のうちに恐ろしい勢いで
王都どころか国中を駆け巡ってしまう。

それはユーリが癒しの力を使って
王子の目を治したという話や
病も治す不思議な黄金色のリンゴを
作り出したという話が
国内に広まるよりも早く
辺境の隅々までも知れ渡り、

癒し子様?ああ、あの可愛らしい
猫耳の髪型を流行らせた・・・

という、神から癒しの加護を
授けられた人物というよりも
まず先に、

『癒し子と言えば猫耳という
革新的な髪型を世に広めた人。』

そんなファッションアイコン的な
認識のされ方を世間一般では
まずされることになる。

そしてユーリがそれを知る頃には
すでに文献の類にまで
癒し子の功績の一つとして
その事が記されてしまっていて
取り消すこともできず、
ユーリ本人が悶絶することに
なるのだった。











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