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第六章 一日一夜物語

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「うわぁ、この間よりずいぶん人が
多いですね!今日はお祭りでも
あるんですか?」

馬車の中から街中を覗いて驚いた。
場所は先日と同じ一般市民街の
商業地区に差し掛かっている。

馬車の歩みが随分とゆっくりになって
きているから、行き交う馬車も
渋滞しているみたいだ。

「この時期、お天気のよい休日は
大体いつもこうですよ。
ただ、今週末は四連休な上に
農作業もひと段落する頃で、そのため
地方から王都見物にやってくる人や
旅行者も増えてだいぶ賑やかですね」

だから広場にもたくさんお店が並んで
楽しいですよ、とマリーさんが
教えてくれた。

「特に今年はユーリ様が召喚されたと
いうこともあり、その恩恵に預かろうと
王都への旅行者も多いみたいです。
イリューディア神様の大神殿も、
いつもより参拝者が多くて姫巫女様も
お忙しいようですねぇ。」

だから今だにリオン様の妹さんだと
いう姫巫女のカティヤさんにも
会えないのか。
私のせいで忙しくさせてしまってた
なんて申し訳ないなあ。

先日の飾り紐のお店は馬車で
直接乗り付けられない場所にある。
この人混みだ、万が一はぐれてしまった
場合の待ち合わせ場所も決めた。

「お店の中ではぐれた時は、
すぐにお店の入り口でお待ち下さいね。
もし外ではぐれたら、あそこに
大きな塔が見えますでしょう?
あれは商工会議所で、この商業地区の
真ん中にありますから大きな道沿いに
歩けばすぐに辿り着けます。
あそこの受付でお待ち下さいね。
マリー・ブランシェットの主だと言えば
丁重にもてなして下さいますから」

「マリーさんのお知り合いが
いるんですか?」

そこでちょっと気恥ずかしそうに
マリーさんは頬を染めた。

「うちの父が商工会長ですので。
こんな形で家の力を利用するのは
少し気恥ずかしいですが・・・」

そういえばマリーさんは元々
大きな商会のお嬢様だった。

「マリーさんのお父様、機会があれば
会ってみたいです!
マリーさんにお世話になっているお礼と
働きぶりを教えてあげたいです‼︎」

「や、やめて下さいよ!いいですか、
商工会議所で待ち合わせする羽目に
ならないように、絶対に私の手を
離しちゃいけませんよ?」

マリーさんは王宮勤めになってから
一年以上、家に帰省していないらしい。

何かあれば家族の方が面会に来るからと
お休みの日も帰らずに仕事や作法の
勉強をしていると聞いたことがある。
まだ若いのに頑張り屋さんのいい子だ。

だから王宮の用事のために街に
来ることはあっても、広場の屋台を
のぞいたり楽しんだりするのは
久しぶりだと言う話だ。

「今日はマリーさんおすすめの
屋台をたくさん教えて下さいね!」

私だけでなくマリーさんも久々の
街歩きを楽しめるといいなあ。

そう思いながら、2人でしっかりと
手を繋いで馬車を降りた。


この間のお店で飾り紐用の
材料を買って、本屋さんにも寄る。

面白そうな本や、王宮図書館にはない
辺境の魔物をまとめた魔物図鑑を
見つけてそれも買った。

騎士団での模擬魔物の演習は、
偽物だったのにすごい迫力だった。

だから辺境での癒し子任務の時に
もし魔物に出会ってしまっても、
驚かずにきちんと対処できるように
魔物の事も勉強しようと最近の読書の
マイブームは魔物図鑑だ。

荷物が増えてしまったので、騎士さんの
1人にお願いして一度馬車まで
買ったものを運んでもらった。

「さあ、それではお待ちかねの
広場に行きましょうか!」

マリーさんが手を引き案内してくれる。
広場と言っても、大きな公園みたいな
ところで噴水や綺麗に刈り込んだ
植込み、休憩できるようなベンチも
あちこちに設置してあるという。

「だから何か食べたい物があったら
教えて下さいね。色々買ってみて
座って食べ比べをしましょう!」

それは楽しそうだ。
2人でおしゃべりをしながら
人の流れに乗って歩いて行くと
やがて目の前がぽっかりと開けた。

目の前いっぱいに、ぐるりと円を
描くように屋台が並んでいる。

よく見ると所々、広場の奥へと
繋がる通路が何本かありそこにも
まだまだ屋台が並んでいた。

まるで元の世界のお祭りの夜店屋台だ。

あちこちからお肉の焼けるいい匂いや
お菓子の甘い匂いが漂ってくる。

その場にいるだけで周りの楽しげな
雰囲気が伝わってきてわくわくした。

「ど、どうしようマリーさん!
全部見て回りたいけど、
時間が足りなくなりそうです‼︎」

「王宮には夕食までに戻れば大丈夫。
ゆっくり見ても平気ですよ。
さあ、端から順番に回りましょう。」

そう促されて一緒に歩き出す。

木彫りなのに魔法でさえずる小鳥。
同じように、魔法がかかっていて
弾んで地面に触れた時に光るボール。

虹色に光る炭酸ジュース。
飴細工で好きな形を作ってくれる、
キャンディ屋さん。

いわゆる射的屋さんみたいなのや
金魚すくいみたいなのもある。
あれは元からこの世界にあるのか、
それとも勇者様が伝えたのか
気になる。

そのほかにも、普通に食事系の
屋台も充実していた。

元の世界で言うところの、
ケバブやホットドッグみたいな
食べ歩きが出来そうな屋台もあり
香辛料の効いたいい匂いのする
焼き鳥屋さんまであった。

「マリーさん、私これを食べて
みたいです!」

「では私はこれを買ってみますね」

お互いに食べてみたいものを選んで、
飲み物も一緒に買うと座るところを
探してひと休みする。

「人は多いけど賑やかで楽しいですね!
今日来れて良かったです!」

ピリッとした香辛料が効いて香ばしい
焼き鳥は肉汁もジューシーで、
肉も柔らかだ。
マリーさんの買ったトマトとチーズが
中に入っている細長いパンも
塩気が効いていておいしい。

何より手で食べるっていうのが
久しぶりで、それがより一層
おいしさを倍増させる。

王宮にいると、当たり前だけど
ナイフとフォークのかしこまった
食事だけだからたまにこういう
気楽な食事になると
すごくテンションが上がる。

ノイエ領の湖畔で、レジナスさんと
騎士さんが釣ってくれたお魚を
棒に刺さったまま手づかみで
食べた時もおいしかったなあ・・・。

聞いたところによると、
騎士団では野営訓練の一環で
野営料理を作る訓練もあるらしい。
今度お願いして迷惑にならない程度に
見学させてもらおうかな。

そんな事を考えながら、にこにこして
食事を頬張っていたら通りすがりの
人達がちらちらとこちらを見ては
目の前を通り過ぎて行く。

あまりにもご飯がおいしくて
満面の笑みだったので、周りには
久しぶりに食事にありついた
可哀想な子に見えたのかもしれない。

慌てて顔を引き締めたけど、
マリーさんに笑われてしまった。

「お嬢様は本当においしそうに
ご飯を食べますねぇ。
見ているこちらまでつられて
笑顔になってしまいますけど、
ちょっと可愛すぎます。おかげで
少し目立ってしまったみたいです、
・・・フードをかぶりますか?」

私の名前を呼ばないのはわざとだ。
まだ世間一般には癒し子のことを
大々的に発表していないので、
名前から癒し子だとばれないように
配慮してくれている。

「え?いえ、あのフードはダメです‼︎
あれをかぶる方が目立つと思います!」

猫耳付きの赤いフードなど目立って
仕方がない。
・・・猫耳と言えば、確かに街中では
あの髪型の若い子が何人かいた。

しかも、なぜかこの広場の屋台でも
猫耳カチューシャなるものが
売られていて結構な人気だった。

私の知らないところで猫耳が
広がり始めているのを
目の当たりにしてしまい、
この流れはもう止められないのかと
愕然としてしまった。
一体どうしてこんな事に・・・?

考え込んでしまった私に、マリーさんは
まだ食べ足りないのかと勘違いをした。

「お嬢様、こっちの方には甘いおやつを
売っている屋台が集まっていますよ、
見てみませんか?」

そう言うと立って促した。
はーい、と返事をして
手を引かれるままに私も立ち上がり
歩き出した時だった。

目の前が塞がり、どんと衝撃があった。
手からころりと籠が転がり、
中に入っていたリンゴやウサギの形の
飴細工のキャンディが飛び出した。

しまった。この背の低さで人混みを
歩くのに慣れていないので、
ぶつからないように今まで
気を付けていたのについ油断した。

「ごめんなさい‼︎大丈夫ですか⁉︎」

慌てて声を掛ける。
相手の人は頭からローブを被っている
ややくたびれた旅装姿だ。

その顔は見えないけれど、
すでにしゃがみ込んで籠からこぼれた
私の飴を拾ってくれている。

「いえ、オレの方こそ前をよく
見ていなかったのですみません。
・・・ああ、飴が割れてしまって
います。もし良ければお詫びに
同じ物を買わせていただいても?」

その手には半分に欠けたリンゴの
形の飴があった。

「え・・・」

ぶつかってしまったのはこちらも
同じだ。そこまでしてもらうのも
なんだか悪い気がする。

相手の人はほかの物も丁寧に集めて
籠へと戻してくれて、私の返事を
待つようにくるりくるりと割れた
飴細工の棒を回している。

そこでマリーさんが私の代わりに
声を上げた。

「お気遣いいただきありがとう
ございます、ですが結構ですので!
そちらは差し上げますので
どうぞお持ち下さい。ーさあ、
行きますよお嬢様!」

「え、でもあの人も怪我してないか
聞かなくても良かったんですか?」

マリーさんにしては珍しく強引に
私をその場から連れ出した。
慌ててローブ姿のその人に頭を下げて
籠を受け取り、マリーさんと歩き出す。

その人はしゃがんだまま手を振るように
小さく割れた飴細工の棒を一振りして
私を見送ってくれた。

その時、ローブの隙間から
金色の瞳が僅かにのぞいて
私と目があったような気がした。

でもそれはほんの一瞬のことで、
その姿はあっという間に人混みに
紛れて見えなくなる。

そうしたら足を早めてその場を
後にしていたマリーさんが
やっとその足を緩めた。

「ダメですよ、お嬢様。
あんな怪しい人にまともに関わっては
いけません‼︎きっと話しかける口実を
探してわざとぶつかったんですよ。
この時期はあの手のナンパ師や
怪しい人攫いめいた人達も多いので
気を付けませんと。」

なんと。その手の輩だったとは。
女児だし、お付きの人もいるし、
まさか自分がそんな目に
合うとは思いもしなかった。

言われてみればあの人、顔も見せないし
怪しかったのかも。
言葉遣いや態度は丁寧だったから
つい普通に接してしまった。

そういえばルルーさんも、
ほかの国では危ない窃盗団が
出ているから気を付けるようにと
言っていたっけ。

今日は絶対にマリーさんの手を
離さないようにしなきゃ、と
改めてその手を握り返した。
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