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第七章 ユーリと氷の女王

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シェラザードがユーリに謎の執着心を
見せている。

王都での騒ぎの後、眠るユーリを伴って
帰ってきたレジナスにそう報告を
受けた僕は厄介だな、と思った。

彼・・・シェラは兄上が初めての
他国遠征で連れ帰ってきた者だが、
その出自のせいか妙に自分を
卑下していて
自分とは違うからと言う理由で
美しいものを追い求めるところがある。

でもどんなに美しいものを集めても、
今まではそれに執着することなく
気持ちが落ち着けば集めたそれらを
あっさりと手放すことも多かった。

しかしレジナスの話を聞いてみれば
ユーリに接するシェラの態度は
今までとはまるで違う気がする。

果たして、ユーリと面会したシェラは
この世にユーリ以上の尊い者など
存在しないかのような振る舞いを見せた。

名誉あるキリウ小隊まで辞めて、
身も心も一生ユーリへの忠誠を
誓うとまで言った。

それはまるでイリューディア神を
信奉する敬虔な信者のごとく、
ユーリのみが唯一神であるかのように。

あんな彼は見たことがない。
恋とは違う、神に寄せる無償の愛。

それでも彼だって人間だし、
一人の男だ。

これから先、ユーリは一度だけ
元に戻ったあの時の姿の通り、
誰よりも美しく成長する。

その時にあの異常とも思える執着心を
伴った無償の愛が別のものに
変わらないと誰が言えるだろう。

うっとりとユーリを見つめて
微笑んでいるシェラを見ながら
そう考えたら、彼をあまり
ユーリの近くに置かない方が
良いように思えた。

そのため、苦しまぎれながらも
何とかシェラを護衛騎士にしないで
すむ言い訳を捻り出し、
ほっとした数日後の朝だ。

今度は思いもよらない出来事が起きた。

いつものように朝食の場に現れた
ユーリが成長していたのだ。

驚く僕とレジナスの前で、

『朝起きたら大きくなっていました』

自分でも訳が分からないといった風に、
恥ずかしそうにうっすらと頬を染めて
俯くその姿はとても美しい少女だった。

今までのあどけない幼さが影を潜めて、
その姿はまるで朝露の輝く瑞々しい
咲きたての薔薇の花のようだ。

手招きして近くでよく見てみれば、
背も少し高くなっていて
あの艶々とした絹糸のような黒髪も
更に美しくまっすぐ伸びている。

子どもらしい丸みが少しだけ消えて
ほっそりとした白い頬に手を添えれば、
それはまるで僕の肌に吸いつくように
しっとりとなめらかだ。

ぱちぱちと恥ずかしげに瞬き潤む瞳には
あの大きな姿の時に垣間見えた色気が
僅かに滲んでいるし、

頬に添えた手のすぐそばにある
形の良い可愛らしい唇も、
今までよりも赤みが増し
ふっくらと柔らかそうで
その顔立ちに華を添えていた。

そしてユーリは姿形だけでなく、
その全体的な雰囲気にも
女性らしい柔らかさが増していた。
今までが固い花の蕾だったとしたら
今まさにその蕾が綻び始め、
花開こうとしているようだ。

何だろう?ユーリの中で何か
心境の変化でもあったのだろうか。

単に体が成長しただけではない、
ここまで雰囲気も変わるなんて
何か精神的な変化があったのではと
思ったが、当の本人は全く
思い当たらないようだった。

しかし、美しさが増してあどけなさが
影を潜めたその姿に反比例して

『縦抱っこも膝抱っこも卒業ですっ!』

そう話す言葉にはまだまだ可愛らしい
無邪気さが残っている。
どうやら突然の体の成長に精神年齢が
まだ追いついていないらしい。

その辺りに、突然の出来事にユーリも
混乱しているらしい事が見てとれた。

・・・と、冷静に分析はしたものの
美しい見た目に反比例するその
あどけない言動が絶妙な落差と
不思議な魅力になっていて、
今まで以上にたまらなく庇護欲を誘う。

かわいい。
思わず抱き締めたくなる衝動を
何とか理性で押さえつけたが、
レジナスは我慢出来なかったらしい。

わざわざ抱き上げて重さを
確かめるまでもなく、
あれだけ体の大きいレジナスから
したら、ユーリはどれだけ成長しても
軽いだろうにそれらしい理由をつけては
彼女をその手に抱いて話をしていた。
無意識だろうか?

ユーリに対する気持ちを
自覚してからのレジナスは、
普段は彼女を意識してしまうと
ガチガチに固まって
何も出来なくなるくせに、

たまにこういった大胆な行動を
思わずと言った感じで
やっている気がする。

そういえば彼は自分の気持ちを
自覚する前から無意識に
なんだかんだ理由をつけては
毎回ユーリをその手に抱いて
移動してたっけ。

そのうちとんでもない事を言ったり
やったりして彼女を驚かせなければ
いいけれど、ちょっと心配だ。

そう思っていたら、レジナスは
僕の膝の上にユーリを降ろした。
・・・無意識か。まあいいんだけどさ。

今までと大きさが違ってバランスを
取りにくかったのか、ユーリは
僕の膝の上でふらつき慌てて
しがみついてきた。

彼女の方からこうしてくれる事は
滅多にないので少し嬉しい。

膝の上に感じるその重みと温かさも、
今までよりも女性らしい丸みと
柔らかさを感じて意識してしまい、
ユーリの背中を支える手に
思わず力が入った。

ユーリが成長した分、僕の上に座る
その顔との距離も今までより
ぐっと近付いている。

言葉を交わして見つめれば、彼女の
長く烟るようなまつげが僕の頬を
かすめるほど近くにある。

その距離の近さに、ふと僕の目を
治してもらった時のことを
思い出した。

あとほんの少し近付くだけで、
あの時と同じように口付けられる距離。

このまま唇を重ねられたらいいのに。

ふいに頭に浮かんだその考えを
うち消そうと、別のことを考える。

ーそうだ、たまには僕からでなく
ユーリの方から抱き締めて貰おうかな。

そう思い付き、いたずら心の赴くまま
僕の首に両手を回してもらった。

そうすると2人の上半身がぴったりと
密着してお互いの顔も更に近付く。

今朝は僕もまだ上衣は薄手の
シャツ一枚で
上着も着ていなかったので、
ユーリの体温と体の柔らかさを
しっかりと受け止める。

密着した体から、ユーリの鼓動が
いつになく速いのを微かに感じて
癒し子の保護者としてではなく
一応男として意識してくれているのかと
思って嬉しくなった。

『あれ、ドキドキしてる?』

そう問い掛ければ、耳まで赤くして
当たり前ですよ、お腹がすいたので
早くご飯にしましょうと叫ばれた。

ああかわいい、楽しいなあ。
大きくなっても、こうしてずっと
僕の膝の上にいて欲しい。

そう思いながらくるりと向きを変えて
とん、と僕の胸にユーリのその背中を
預けるようにもたれ掛けさせた。

なめらかな黒髪が僕の胸元をくすぐり、
天使の輪が浮かぶつむじを見下ろす。

僕の脚の間に挟むように座らせれば、
今の身長のユーリでもちょうど
すっぽりと僕の胸の前に収まった。
大きくなったと思ったけど、
こうしてみるとまだまだ小さい。

・・・ユーリが小さな姿なのは
ヨナス神の呪いが関係しているらしい。

であれば、突然大きくなったのは
先日王都で大規模な癒しの力を使い、
イリューディア神の加護の力が
強まったからなのか?

一度神官側の見解も聞いてみたい。
忙しいだろうが、久しぶりに僕も
大神殿のカティヤに連絡を
取ってみようか。

僕の膝の間でしぶしぶといった感じで
食事をしているユーリのなめらかな
黒髪を撫でながら、僕はそんな事を
考えていた。

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