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第十二章 癒し子来たりて虎を呼ぶ

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・・・恐るべしミートテック。レジナスさんは
筋肉質だからか普通の男の人よりも体温が高い
みたいだ。

だからなのか、リオン様の執務室で包まれるように
抱っこされていたらその暖かさに気持ち良くなり、
寝不足の私はあっという間に眠ってしまった。

気付けばまた自分の部屋のベッドの上だ。この
パターンは朝のリオン様の時に続いて数時間ぶり、
二度目の目覚め方だった。

「ユーリ様、起きましたか?」

エル君が果実水を渡してくれる。

「・・・これだけ寝ればもう夜は眠らなくても
良さそうです。」

「まだ顔色が悪いですよ。」

いつも無表情なエル君が僅かに眉根を寄せてそう
言った。あら、珍しい。心配してくれてる⁉︎

それがちょっと嬉しくなってエル君に笑いかけたら、

「どうして笑うんですか?」

心配そうだった顔があっという間に嫌そうな表情に
変わってしまった。残念。

「エル君が心配してくれるのが嬉しいからです!」

頭を撫でようと手を伸ばせば、やっぱりサッと
避けられる。

「やめて下さい。上から押さえつけられると背が
伸びませんから。」

「押さえつけるんじゃなくて撫でたいんですよ!」

「おんなじです。シェラザード様が僕は将来
背が伸びると言っていたので、上から押さないで
ください。」

「シェラさんが?」

確かエル君ってシェラさんに体格を見たいって
理由で逆さ吊りにされたんだったよね・・・?

エル君が頷く。

「初対面であの鞭の魔道具に捕まって体幹だの
骨格だのを調べられました。すぐに逃げましたけど、
その時にそう言ってました。」

逃げたって、シェラさんの服を切り裂いたあれか。

「逃げるのはいいですけどあんまり危ないことは
しないで欲しいなあ・・・。」

「あれ位しないとシェラザード様の手から逃げるのは
難しいんです。僕は悪くないので注意をするなら
シェラザード様にして下さい。」

つんとすまして話しながら、エル君はてきぱきと
私の履き物や上着を準備してくれた。

「もう夕飯の時間は過ぎてますけど、あちらの
お部屋に軽食を準備してますので。リオン様も
いらっしゃいます。」

「そうなんですか⁉︎」

私が起きるのを待っていたんだろうか。急いで隣の
部屋に行くと、リオン様は何やら書類仕事をしていた
らしく、紙の束から顔を上げると微笑んだ。

「よく眠れたみたいだね。少しだけ顔色が明るく
なっているよ。」

「レジナスさんにまで迷惑をかけて申し訳ないです」

しょんぼりと言えば、声をあげて笑われた。

「迷惑なものか。レジナスだって段々とああいう事に
慣れてもらわないと困るよ。」

私をテーブルへと促しながら続ける。

「カティヤには手紙を書いたから、明日にでも返事を
くれると思うよ。今日はそうだね、とりあえず・・・
ユーリ、先日離宮で君の流した涙から出来たあの
真珠みたいなのは持ってる?」

そういえばあれには大きくなった私の力が
込められているんだっけ。

シグウェルさんから、もし悪夢を見た時のためにと
念のため一つもらっていた。

「あります!あれを身に付けて眠ってみれば
いいですか?」

「試す価値はあると思うよ。今日、帰りがけに
シグウェルの作業状況を確かめさせたけどなかなかに
難儀しているらしい。あの真珠みたいなものの魔力も
込めて作るのが難しいらしいけど、シグウェルの
事だからきっとすごいこだわりを持っての作業で
時間がかかっているんだろうね。」

そんな風に言われて、そう言えば次に会うのは
その結界石をもらう時かと気付く。

そしたらその時はシグウェルさんになんて言おう。

「ユーリ?どうかした?」

スープを飲む手をとめた私にリオン様が不思議そうな
顔をする。

例えばシグウェルさんが私を好きだとして。
・・・いや、多分あれはそういう意味なんだろう
けども、私はどうすればいいのかな。

シグウェルさんのことは嫌いじゃないし凄い人だと
思う。まあ、ちょっと変わってるけど・・・。

じゃあ好きかと聞かれればよく分からない。

一応リオン様には話しておこう。そう思って口を
開いた。

「リオン様、実は離宮で目を覚ました時に・・・」

話の成り行きから、私はシグウェルさんを友達だと
思っていたけどシグウェルさんは実はそう思って
いなかったらしいことが分かったと話す。

ちなみに口移しで果実水を飲まされたことは
さすがに言えなかった。

「そういえばシグウェルさん、ダーヴィゼルドの
鏡の間で自分が話したことをやっぱりちゃんと
聞いてなかったんだなとか言ってました。」

「その時シグウェルはなんて言ってたの?」

「えーと・・・」

なんだっけ。あの銀の毛皮のコートを着てもいいって
言われたのが嬉しくてはっきり覚えていない。

「自分の隣に私がいると人生が面白くなりそうとか
なんか、そんなことだったような・・・?」

「えっ⁉︎そんな大事な事を言われたのにちゃんと
覚えてなかったの⁉︎」

リオン様に驚かれてバツが悪い。なんて言うか
ホント、注意力散漫でごめんなさい・・・。

それにあの言葉は、勇者様とキリウさんみたいに
友達としてずっと側にいて欲しいって意味だと
勘違いしていたのだ。

「あのシグウェルがそこまで言ったのか。」

リオン様は私以上に考え込んでしまった。

「リ、リオン様・・・?」

「・・・うん。シグウェルがユーリの事を好ましく
思っているんじゃないかなと言うのはノイエ領の
時から薄々感じていたけど、そこまではっきりと
自分の気持ちを伝えるとは思っていなかったな。」

「ノイエ領⁉︎そんなに前からですか⁉︎」

思いもよらない言葉に驚く。

「僕はこの件について指図は出来ないよ。すべては
ユーリの気持ち次第だからね。仮にもし僕が反対
だとしても、ユーリがシグウェルとも一緒にいたい
って言えばそれに従うよ。勿論それはレジナスも
同じだ。」

それがユーリの伴侶としての在り方だからね。

そんなことをリオン様は言った。

「ま、待って下さい。それはシグウェルさんの
気持ちを受けて、今後伴侶にするかどうかは私次第
ってことですか⁉︎」

「そうだよ。前にも言ったでしょ?ユーリは僕らを
選ぶ立場なんだ。いくら僕らが伴侶になりたいと
願っても、ユーリに選ばれなければそれまでだ。」

改めてそう言われて青くなる。なんだかすごく
責任重大な気がしてきた。

グルグル考えていたらリオン様は苦笑した。

「そんなに難しく考えなくてもいいんじゃないかな。
僕やレジナスに対する気持ちみたいなのが少しでも
あればこの先それが育っていくかも知れないし。
そうでなく絶対にそういう気持ちはないと言うなら
それまでだろうし。今の僕に言えるのはそれ位かな。
あとはユーリが決めるんだよ。」

そう言いながらも、

「でもやっぱりか・・・うーん、シグウェルねぇ。」

リオン様はまだ呟いている。結界石が出来上がるまで
どうやらまだもう少し時間はありそうだから、
それまでにもう一度今の自分の気持ちを整理して
シグウェルさんに会おう。

リオン様との会話からとりあえずそう決めて私は
またスープを口に運び始めた。

・・・その夜、あの真珠みたいなものの効果は
すぐに現れた。

小さな袋に入れて、それをポケットのついた夜着の
中に忍ばせて眠ったらなんと悪夢を見ずに寝ることが
できたのだ。

あの真珠みたいなものの中に込められている、
イリューディアさんの力がヨナスの力を抑えて
くれたんだろうか。

朝になった時にはちょっとだけヒビが入っていたけど
なんとか無事だったそれをそっと撫でる。

今晩もこれは使えるのかな。これが割れたら、
また次のものを使えばいいんだろうけど貴重なもの
だって言うしなあ・・・。

そんな事を考えながら、その日1日は奥の院で
いつものように過ごした。

すると、夕方になって王宮から帰ってきたリオン様が

「ユーリ、ランプの魔神ごっこの3つのお願いの
うち2つ目を決めたよ。」

突然そんなことを言った。

「どうしたんですか急に。」

「今日の夜、添い寝をして。」

はい、と例の私のサイン入りの紙の空欄だった
二番目に『ユーリと一緒のベッドで眠ること』
と書き加えたものを見せられた。

「いや、ホント急ですね⁉︎なんなんですかこれ⁉︎」

唐突過ぎて一瞬赤くなるのも忘れた。紙を握りしめて
リオン様と紙とを何度も見比べてしまう。本気⁉︎

添い寝って!リオン様と一緒のベッドで眠るって⁉︎

まだ帰ってきたばかりでリオン様の後ろに控えていた
レジナスさんも目を丸くしている。

「カティヤから手紙の返事が届いて、それを読んだ
結果そうしようと思ったんだよ。」

でも普通にそれを申し出てもユーリは絶対に
断るでしょ?

リオン様はそう教えてくれたけど、なぜカティヤ様の
手紙でそんな話になるんだろう。

一拍遅れて顔がみるみる赤くなってきた私を見て
リオン様は、そんな風に意識してもらえるなんて
嬉しいねと笑った。

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