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第十四章 手のひらを太陽に

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「相手は女性ですから、着替えや仕立て途中のドレス
に薬剤付きまち針を紛れ込ませたりして仕込むのが
一番簡単ですね。ちょうど新しく極細の針型暗器を
イーゴリから買ったところでした。」

そんなことを楽しげにシェラさんは私に話す。

「物騒な相談をするのはやめて下さいよ!そもそも
今バロイにはリオン様がいるのに、リオン様にまで
迷惑をかけるつもりですか?」

「状況によっては殿下からも許可はおりますよ?
特にユーリ様に関わってくる問題ですと。」

小首を傾げたシェラさんはそんなに慌てなくても、と
私を見つめた。怖すぎる。

「敵対相手を消す方法じゃなくて、王子殿下を
助ける方法を探しましょう!シェラさん、私の
荷物を取ってもらえますか?」

そもそも本当にバロイ国が王子を狙っているかも
分からないのにシェラさんは過激過ぎる。

「こちらでしょうか?」

私の荷物がひとまとめになっている袋を受け取って、
その中からマールの金のリンゴを乾燥させて砂糖漬け
にしたのが入っている革袋を取り出す。

トランタニア領にも持って行ったアレだ。

食べ過ぎたりした時に使おうと、胃薬代わりに今回も
持って来ていた。

「とりあえずこれをフィリオサ殿下へ渡してもらって
いいですか?袋には加護を付けているのでリンゴは
なくなりませんから。回復効果の他に軽い毒消しの
効果もあるので、もし殿下の食事や飲み物に怪しい
ものが入っていても食後にこれを食べてもらえば
大丈夫です!」

何しろトランタニアで私が身をもって経験済みだ。

「そんな貴重なものを・・・まさか袋ごと渡す
おつもりですか?」

「はい!ルーシャに帰ればまた同じようなものは
作れるから大丈夫ですよ。」

にっこり笑って頷けば、シェラさんはそれを恭しく
受け取った。

「リオン様がバロイへ向かう時に、少しでもバロイの
虚栄心を満たして物事を円滑に進めようとユーリ様の
加護付きのワインを渡しましたが、これはそれ以上の
代物ですね。バロイ国にバレたら嫉妬されてしまう
かも知れません。」

「とりあえずこれを食べてもらって、少しでも体調が
良くなればその分私がフィリオサ殿下に会えるのも
早まりますよね。」

ミオ宰相にすぐに話します、とシェラさんはそれを
しまった。その後に私をじっと見つめて、

「ただ、オレが面白くないのはミリアム殿下が
ユーリ様を譲って欲しがっているということです。」

そう言われた。ああ、例のペット発言か。

「まああの人は私が珍獣だと思ってますからね。
人間だって分かればそんな心配はなくなるんじゃない
ですか?今度またこの部屋に来るって言ってたし、
仕方ないからその時は猫耳ヘアじゃなければ大丈夫
だと思いますけど。」

「いつここに来るか分からないのであれば、オレは
この先ユーリ様から片時も離れませんよ。」

金色の瞳が射抜くように私を見つめた。

「いつもいつも、まるで見計らったかのように
ユーリ様が一人の時を狙われますからね。次に
誘いを断った時、ユーリ様を攫われでもしたら
かないません。」

「まさかそこまで・・・」

「フィリオサ殿下を気にかけるあまり何をするか
分かりませんから。オレが出掛ける時は別室の騎士達
のところでお待ちいただくか、オレと一緒に出掛ける
ようにしましょう。」

・・・そんな話をして、シェラさんへ乾燥リンゴの
入った袋を渡した翌日のことだった。

「おい!アレは何だ⁉︎」

再びミリアム殿下が私のところに現れた。
思ったより早い。

アレっていうのはリンゴのことかな。ミオ宰相さん、
シェラさんから渡されてすぐにフィリオサ殿下に
あれを渡してくれたらしい。

「アレって何ですか?」

一応知らないふりをして聞いてみる。ちなみに今日の
私はベールは付けてるけど猫耳はない。

だけど勢い込んでやって来たミリアム殿下はその事に
まだ気付いていなかった。

「お前の主の商人が持ち込んだリンゴの干乾しだよ!
アレを食ったらフィーの咳が止まって熱っぽさも少し
消えた!アレはどこで買えるんだ⁉︎」

金ならいくらでも出す!そんな事まで言っている。

良かった、効果があったんだ。

でも完全に回復しないってことはかなり病気が重い
のかも知れない。

それともミリアム殿下の言うように、何か未知の毒
か呪いの魔法でもかけられていてリンゴだけでは
完治しないのかも。

やっぱり私が早く行って癒しの力で治した方がいい。

「効き目があって良かったです。殿下はベッドの上に
起き上がれそうですか?私も一度お見舞いに行ければ
いいんですけど・・・」

「そうだな、あのリンゴに加えてお前の変な力も
あればきっとフィーも治ると思う!やっぱりお前、
この国にいろよ。リンゴもお前も、あの商人の言い値
で買うぞ‼︎」

あ、まだ私を諦めてなかった。あの乾燥リンゴが
あれば気が逸れるかと少し期待したんだけど。

どうやらそれはそれ、これはこれってことらしい。

「それは無理な相談ですね。いくら金貨を積まれよう
ともそんな物は無意味です。」

部屋に隣接している浴場への扉がキィ、と小さく
軋んで開き、そこには壁に寄りかかりながら殿下を
じっと見つめているシェラさんが立っていた。

私を一人にしないと言ったその言葉通り、わざと
一人に見える隙を作りミリアム殿下を待ち構えて
いたのだ。

「彼女の価値はこの世の全ての黄金と宝石をかき集め
その前に捧げても足りません。本物の星の輝きの
美しさの前にはそんな物は全く色褪せて見えます
からね。ですからどうか彼女を手に入れるのは諦めて
下さい。」

シェラさんが突然現れたのにも、珍獣だと思っている
私に対して言葉を尽くして褒め称えるのも、どちらも
予想外で殿下はぽかんとしている。

「な・・・おい、猫娘!お前の主はやっぱり頭が
おかしいだろ⁉︎なんでこんなにお前を崇めてるんだ、
何かの病気か⁉︎」

え、うーん、病気っていえば病気かな。なんかずっと
私がとても素晴らしいものに見えてるみたいだし。

「オレはいたって正気ですよ殿下。彼女の価値と
美しさに気付かない者こそ正気ではないですし、
そんな世界は狂っております。」

「やっぱりおかしい!頭の病気だろうお前‼︎」

ミリアム殿下、正直が過ぎる。シェラさんが気分を
害する前にやめた方がいいんじゃないかな。

「えーと、そんな事よりもちょっと落ち着いて話を
しませんか殿下。それに私を見て何か気が付くことは
ないですか?」

「は?」

シェラさんのペースに巻き込まれたミリアム殿下が
いつまで経っても私に猫耳がないことに気付かない
ので仕方なく話を振った。

そうしてまじまじと私を上から下まで見た殿下は
今度は青くなった。

「お前、耳はどうした⁉︎嫌がらせでも受けて誰かに
切り落とされたのか?あの耳がなくても変な力は
使えるのか⁉︎」

そう来たか。

「あの。今更なんですけど、私は人間です。ここに
来てから今まで言う機会がなかっただけで・・・。」

ベールの上からほら、切られてないから痛くなんか
ありませんよ。と自分で自分の頭を撫でて見せる。

「人間⁉︎」

「人間です。」

こくりと頷く。

「だっ・・・だって耳が!明らかに人間じゃない猫の
耳だったろうが!」

「髪型です。」

殿下はまだ混乱している。

「じゃあこの商人の奴隷か・・・⁉︎奴隷なら得体の
知れない生き物よりも売買交渉はしやすいか?いや、
でも奴隷売買など俺はそこまで地に落ちたことは
したくない・・・‼︎」

奴隷とか売買交渉と言う単語にシェラさんは一瞬
すごく嫌そうに顔を顰めたけど、殿下がそれに否定的
な言葉を発したのですぐに機嫌を取り戻した。

「私はシェラさんの奴隷じゃないですよ?えーと、
今回は薬花に興味があって一緒について来たんです。
他国のお勉強も兼ねている感じというか」

私とシェラさんの関係を説明するのは難しい。
よく考えたら護衛騎士でも従者でもないし。
どう言えばいいんだろう。考えあぐねていたら

「よし分かった!人間なら俺の侍女になるのは
どうだ⁉︎」

名案だとばかりにミリアム殿下が提案して来た。
そんな殿下にシェラさんは努めて冷静に聞いた。

「そんなに食い下がられてもダメなものはダメです。
それよりも殿下、一つお聞かせ下さい。殿下は本気で
フィリオサ殿下を治したいとお考えですか?たとえ
それが自国の国王の意思と違っても?」

その返事次第では私がただ人間というだけでなく、
召喚者で癒し子だと打ち明けてもいいだろう。

そんな風に前日シェラさんとは話していた。

自分も死ぬかもしれない危険な毒味役まで買って出る
人だ。

もしモリー公国に危害を加えるつもりがなければ
私の正体を知ってもフィリオサ殿下の体調を優先して
バロイに私のことは黙っていてくれるだろう。

そこまで病弱な殿下を案じる人なら私のことを
打ち明けても平気だ。

ベールの奥からミリアム殿下を見る。

散々シェラさんのことを怪しい商人だと言っていた
のに、そんなシェラさんをしっかり見据えてミリアム
殿下は即答した。

「治せるか?俺はフィーに元気になって欲しい。
それがあいつの兄貴達の昔からの願い
だったし、今は兄貴代わりの俺の願いでもある。
父上に従うつもりならハナからここにはいない。」

それはただの商人相手にしては随分と踏み込んだ
発言だった。
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