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第十四章 手のひらを太陽に

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見たことのない生き物を前にして欲しくなったのか、
私を飼いたいと言い出した目の前の人をぽかんとして
見上げる。

青紫の髪と瞳はモリーの王族の証だと言うけれど、
元々モリー公国の人達がバロイ国から出ているだけ
あってバロイの王族の人達もそうなんだろうか。

腕組みをしてこちらを見下ろしているシュッとした
立ち姿は、それなりに気品はあるけどリオン様や
ドラグウェル様達のような王族や貴族の人みたいな
優雅さや上品さよりも騎士さんのような佇まいだ。

「本当に王族の人なんですか・・・?」

それなのにこんな突拍子もないバカみたいな事を
提案するんだ、と思いながらつい言ってしまった。

「お、なんだお前俺が王族だってやっと知ったか。
この色を見れば分かるだろ?まあ、そうは言っても
継承順位が低いから随分と自由にさせてもらってる。
だけど腐っても王族だからな、変わった生き物を飼う
余裕もあるしそれが魔物らしいものでも誰にも文句は
言わせない程度の力はあるぞ。」

胸を張ってそう言ってるけど・・・。

「お断りします!よく知らない人にペット扱いは
されたくないし私はルーシャ国が好きだからルーシャ
から離れませんよ!」

「でもお前、あの商人のペットだろ?主人が変わる
だけじゃないか。どんなに金持ちでも商人より王族に
飼われる方が待遇はいいぞ?あの商人に会いたけりゃ
あいつがこの国に訪れた時に会えばいいじゃないか。
どうせ薬花の商いでこれからも来るだろうし。」

即答で断った私に理解できねー、とミリアム殿下は
頭を掻いた。

言ってることは変だけど、商人のペットもどきが
王族の誘いを断っても怒ったりしないので、この人は
そんなに悪い人じゃないのだろうか。

「なんでそんなに私を飼いたいんですか?珍しい
からですか?」

「お前、なんか変な力を持ってないか?」

ちらりとこちらを見て殿下はそう言った。

「へ、変な力?」

「昼間エーリク様に挨拶をしに行ったらいつも顔色が
悪くて具合が悪そうだったのが明らかに良くなって
いた。お前とあの商人が謁見に行った後だよ。商人の
方は胡散臭いし、もし魔法が使えたら今頃商人なんか
やってないでもっといい仕事につくか魔法が使える
ことを利用した商いをしてるはずだ。だから他に
考えられることはお前しかないだろ?変な力を使う
貴重な生き物だからあの商人に大事にされている
んじゃないのか?」

なんてことだ、私が癒しの力を使ったことが速攻で
バレた。でもどうやらミリアム殿下はそれが珍獣の
使う特殊能力だと思っているらしい。

「だから私を飼いたいんですか・・・。」

「そう。お前がいたらフィーの具合が良くなるかも
知れないし。」

「フィー?誰ですか?」

「この国の王子だよ!フィリオサ・モリー!そんな事
も知らねーのかよ。」

いや、そういやこいつ俺のことも知らなかったな。と
殿下はブツブツ言っている。

そういえばモリー公国の王子様ってそんな名前
だったっけ?この国に来る途中でリオン様に教えて
もらったような気もするけど・・・。

私の中で国名と人名のカタカナ語が溢れかえっていて
すっかり忘れていた。

良かった、王子様に会う前に名前を確認できて。

「フィリオサ殿下の具合を良くしたくて私を飼いたい
ってことですか?」

「そうだよ猫娘。もうこの国には跡継ぎがフィーしか
いない。健康だったはずのあいつの兄貴達が二人とも
立て続けに亡くなって、エーリク様も随分と気落ち
している。だからせめてフィーだけは元気でいて
欲しいからな。」

そういう事か。でも元から私は病弱な王子殿下の
癒しも兼ねてこの国を訪れているのだ。

「心配するのも分かりますけど、シェラさんは
ルーシャ国からを今回持参して
いるはずですよ。私を飼うとかいう話はその結果を
確かめてからにしてはどうですか?」

私の癒しの力で治れば珍獣の怪しい力はいらない
だろう。そう思って提案したら、そこで初めて殿下が
少し怒った。

「いくらルーシャ国が大国でも、たかが一介の商人が
持ち込むようなもので治るかよ!モリーの薬花でも
治らねぇんだぞ⁉︎あれが効かないってことは未知の
毒草か呪いの魔法か、その可能性もあるから珍妙な
猫娘の使う回復術らしいのも試したいんだよ‼︎」

「呪いの魔法?」

ただの病気じゃないってことだろうか。聞き返そうと
したら、自分でもまずいことを言ったと気付いたのか
ミリアム殿下はちっ、と舌打ちをした。

「何でもない、忘れろ。怒鳴って悪かったな。また
来るから俺の話を考えておいてくれよ。」

一方的にそう言った殿下はぱっと庭園に降りて、その
テーブルにある黄色い果実をまた二、三個掴むと
去って行った。

「どういうこと・・・?」

突然のペットとしてのスカウト発言にモリー公国の
王子様の病弱が、病気のせいじゃないかも知れない
発言。私一人では抱え切れない内容だ。

戻って来たシェラさんに早速話をすると

「確かにいたって健康だった上の王子殿下が二人も
続けてお亡くなりになるとは悪い流行り病にでも
かかったのかと思っておりましたが。末の殿下が
残されたのは、元々病弱なため普段から健康に気を
付けていて運が良かったのだという噂を人伝に聞いて
いました。ですが・・・」

ふむ、とシェラさんは形の良いその顎に手を当てて
考え込んだ。

「薬花が効かない可能性を病ではなく毒草か呪いに
限定してミリアム殿下は言及されたんですよね?
それにこちらに滞在中は自らが毒味役を買って出て
いる・・・」

そこまで言われれば私にも何となく分かる。

「もしかして誰かが上のお兄さん達を殺して、今
残されているフィリオサ殿下も狙われているから
ミリアム殿下はそれを防ぎたいってことですか?」

「さすがユーリ様、話が早い。加えて隣国の殿下が
わざわざ防波堤のように毒味役をしていることから、
バロイ国の者に狙われている可能性があります。
ミリアム殿下はそれを疑っているのでしょう」

「えっ⁉︎」

「バロイの王族が毒味役をしている限りはさすがに
手を出せないだろうと踏んでミリアム殿下が自ら
毒味をしているのかも知れません。いくら継承順位が
低いと言っても正当な王族で男子は二人しかいない
のですからね。ただ、問題はミリアム殿下が本国から
可能性もあるということです。」

「そうなんですか⁉︎」

「リオン殿下が仰っていたでしょう?バロイはやがて
モリー公国を昔の属国のようにしたいと思っていて、
モリーへ摂政役を派遣したがったり姫君の誰かを
嫁がせようとしていると。」

「それとミリアム殿下が自分の国に邪魔にされる
可能性があるのはどんな関係が?」

「こちらに来てからバロイ国の事もオレなりに少し
探ってみました。バロイでは現在後継の座を巡って
皇太子殿下とそのすぐ下の姫君である第二殿下が
水面下で牽制し合っているようです。」

そんな映画かドラマみたいなドロドロ、本当にある
んだ。ルーシャ国では大声殿下もカティヤ様も
リオン様と仲が良いから考えたことがなかった。

リオン様なんて大声殿下を庇って失明するほどの
怪我を負ったくらいだし。

目を丸くした私を見てシェラさんはくすりと笑った。

「その尊い純真さをいつまでもお持ち下さいね。
それで、穏健派でモリーとは文字通り兄弟国のように
仲良くやって行きたい皇太子殿下とミリアム殿下、
今のバロイ国王の考えに近く権力志向の強い第二殿下
の姫君という構図でして。その第二殿下が皇太子側の
勢力を減らそうとしてミリアム殿下がいようが構わず
毒を盛った場合が厄介になります。」

「もしかして、邪魔なミリアム殿下を消してそれを
モリー公国のせいにしたりされますか?」

「そういうことです。皇太子殿下側の人間を一人
消せる上にモリーを非難する理由も出来る。それで
戦争でも仕掛けられたらモリー公国は終わりですね。
ついでにそれで戦勝でもしたら第二殿下側が力を持ち
継承順位をひっくり返される事もあり得ます。」

歴史や政治の勉強をしているかのようにシェラさんは
よく出来ましたと私に微笑んだ。

いや、笑ってる場合じゃないよね?こんなに深刻で
混みいった事情になってしまっていたなんて。

「ユーリ様がお心を痛める必要はないと思いますが
気になるようでしたらバロイの第二殿下の首でも
獲ってきましょうか?川を渡ればすぐですよ?」

その辺の木の実でも採ってくるような感じで提案
されて驚く。

「なっ、何言ってるんですか!滅多な事を言わないで
下さいよ⁉︎」

「大丈夫ですよ。他国の事情に首を突っ込んでは
いけませんが発覚しない出来事は起こっていないのと
同義です。それに、早く正確に気付かれず、何より
美しい仕事をするのがオレの信条ですし得意とする
ところですからね。ユーリ様の目に映る美しい世界に
悩み事など存在してはいけませんし。」

シェラさんに変なところで癒し子原理主義者の
スイッチが入ってしまった。
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