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挿話 突撃・隣の夕ごはん

16(その頃の彼ら・後編)

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俺が振った話題に、モリー公国からの帰路ユーリに
危害を加えようとしていたバロイ国の事を思い出した
リオン殿下は渋い顔で口を開いた。

「その思惑が判明した時のシェラの対応が思っていた
よりも大きくてね。」

それについても簡単にだが話は聞いている。

「確かルーシャ国からの警告の意味と足止めも兼ねて
バロイ国の王宮を丸一日機能不全にしたとか?しかし
それには殿下の許可も得ており、何をして来たのか
報告を受けてもシェラザード隊長には注意指導の
類いはされなかったのでは」

それなのにこの渋い顔つきはなんだ?

そう思っていたら、殿下は頭痛がするとでも言いたげ
に額に手を添えた。

「僕は確かに血を見るようなことをするなと言ったし
シェラの報告を受けても、まあ1日程度向こうの
動きが止まればユーリを危険な目に遭わせる心配が
なくなるだろうと思ったんだ。だけどその後について
バロイ国を密かに探らせたら実際は橋の復旧に二日、
王宮内の馬車の修理に四日、城の勤め人達の回復に
三日がかかっていた。王宮全体が完全に元通りの
日常を送るには五日がかかったそうだよ。」

それはまた、思っていた以上の仕事ぶりだ。

「なるほど、面白い。」

そう言った俺を殿下は軽く睨んで来た。

「笑い事じゃないよシグウェル。シェラのやった事は
それだけじゃないんだ。」

「ほう」

「彼は今回、商人に偽装して僕達に同行した。その際
開拓した販路を使って今はじわじわとバロイ国の
商業ルートも阻もうとしているんだよ。あちこちの
商人へ自分の販路を売り渡し、バロイ国と取引して
いた者達はバロイと商いをするより良い条件で儲けを
出せるルーシャ国との取引に転じ始めているんだ。
モリー公国ですら旧宗主国のバロイよりも僕らの
国との商いが活発になり始めている。」

・・・そういえばユリウスの奴も、ユーリが自分の
母親へ準備している手土産も最近王都で流行り始めた
モリー公国の香油や魔石を加工した物だと話して
いたな。

いくら殿下とユーリが視察に行ったからと言って
なぜ急激にモリー公国の物が流通するようになった
のか不思議に思っていたが、このせいだったのか。

「つまりシェラは、血を見るような事をバロイ国には
しないようにと言う僕の言いつけは守ったけども
それ以上に厄介なことをしてくれているというわけ
なんだよ。いくらユーリに危害を加えられそうだった
からと言って、そこまでする?そんな人間がユーリの
伴侶になってごらん、それこそユーリのためなら
どんなに些細な事でも血濡れた仕返しをするように
なるに違いない。」

なるほど、リオン殿下とシェラザード隊長は今は
まだ主従関係にある。

だからもし隊長がユーリの事で暴走しそうになっても
まだ止められるが、それが伴侶となったら別だ。

元々の地位に関係なく、結婚してしまえば夫君の
立場は伴侶の前では平等。

もし優先されるものがあるとすれば、それは伴侶で
あるユーリの意見のみだ。

余程のことでない限り、ユーリに関することで
シェラザード隊長が殿下の指示に従う必要は
なくなるに等しいのだ。

そうなった時のシェラザード隊長の暴走を不安視して
彼がユーリの伴侶になるのを止めたいとでもいう
のだろうか。

殿下の話からそう感じたのは俺だけではないらしい。
レジナスも口を開いた。

「リオン様の心配も分かります。しかしもしあいつが
求婚したとして、ユーリがそれを受け入れてしまえば
俺たちには何も出来ないのではないですか。」

「それはそうなんだけだどさぁ・・・」

まるで子供のように殿下は文句を言う。

「だから君達にこうして話しているんじゃないか。
レジナス、もしシェラが伴侶の一人になるとして
ユーリに対する気持ちから暴走することなく僕らと
うまくやっていけると思う?」

その言葉に、レジナスはピクリと眉を動かして
嫌そうな顔をした。

そういえばこの男は、ユーリがモリー公国へ行って
いる間の様子をあの隊長に自慢げに聞かされて機嫌が
悪くなった挙句、八つ当たりのように模擬試合で
叩きのめしたとユリウスが言っていたな。

存外に大人げないところのある奴だ。

子どもが見たらまるで恐怖で泣き出しそうな恐ろしい
顔になったレジナスがどんな文句を言うかと思いきや

「・・・ユーリの側にいる時のあいつは普段よりも
むしろ心の底から穏やかなほどです。ユーリと
知り合ってからは相手を殺傷するような任務でも
以前ほどの過激さや残虐さは影を潜めたかのようだと
小隊の訓練の際に他の隊員達から聞いております。
であれば・・・」

そこであいつは口にするのも認めるのもものすごく
嫌だ、といった雰囲気で渋々言った。

「夫の一人として俺とうまくやっていけるかどうかは
別として、ユーリの伴侶になって暴走する心配は
あまりないかと。むしろそういう立場を与えることに
より、今よりも精神的に落ち着いてユーリに依存する
ような執着心がある程度収まる可能性があります。」

認めたくないことでも客観さを欠かさない冷静な
判断をくだす公平性を持っているあたりはさすが
レジナスだ。

そう感心していたら、殿下は俺にも話を振った。

「シグウェル、君はどう思う?」

俺は彼とそれほど面識はない。だが・・・。

「先日、モリー公国へ持たせた試薬について彼から
色々と聞き取りをしました。その時に感じた魔力から
判断するに、レジナスの言うように彼がユーリといて
良い影響は受けても悪いことはないと思います。」

「そんな、君までそういう事を言うわけ?」

俺の答えが期待したものと違ったらしく殿下は
あからさまにがっかりした。

どうやら彼を否定する部分が僅かでもいいから
欲しかったらしい。殿下の方はレジナスと違い
案外子どもじみたわがままなところがある。

さっきはテーブルにしたたかに膝を打ちつけた
レジナスをポンコツだと言っていたが、ユーリが
絡むと殿下もたいがい子どもっぽくなるではないか。

大体にして、ユーリに危害を加えられそうになった
シェラザード隊長がした事をここまでする?などと
言っているが、ユーリが悪し様に言われたからと
バロイ国の王を変えるのに加担したのはどこの誰だ?

そう思いながら続ける。

「彼の魔法特性は知っての通りだと思いますが、
その根源は何かと言えばイシャン地方・・・
旧イスラハーン王国での幼少時からの奴隷生活です。
幼い時に植え付けられた隷属性とそれに反発しようと
無意識のうちに醸造された憎悪と怒りが彼の魔力を
歪めています。それを正し、コントロールするには
心の安定が必要なのですが」

そこまで説明すれば殿下も俺が何を言いたいのか
分かったらしい。

「ユーリの側にいるシェラは精神的に安定していて
使う魔法や魔力にも良い影響があるって言いたい?」

ため息をついて確かめてきた。その通りだ。

頷いた俺に、

「じゃあユーリの側にいたらシェラにとっても周りの
人間にとってもいい事しかないってことじゃないか。
はぁ・・・どうしよう。」

認めなきゃいけないのかな。そう愚痴をこぼした
殿下をレジナスが慰める。

「リオン様も薄々分かっていた事ではないのですか?
なんとか己を納得させるためにも俺たちの意見を
求めたのでは?」

「そういう点もあったけど、僕としてはむしろ
それ以上にシェラを否定できる要素が少しでも
欲しかったよ・・・。これじゃもしユーリがシェラ
を受け入れたら、それに意見できる部分が一つも
見当たらない。」

・・・伴侶の親交を深める夕食会というのは、
まるで駄々っ子になったような殿下を慰める会の
ことなのか?

首を傾げたくなったその時だった。

王都に薄く流して張り巡らせている俺の魔力に
何かが引っ掛かった。

突然大きな魔力の気配が王都の中に現れたのだ。

何だ?今の王都にはユーリの結界があるから魔物の
類いはおいそれと入り込めないはずなのだが。

その正体を探ろうと更に強く魔力を張ろうかと
思ったのとレジナスが口を開いたのは同時だった。

「リオン様・・・陛下が何かしようとしているよう
です。陛下の気配がバイラル邸の方に突然現れ
ました。」

そういうことか。どうやら俺の検知に引っ掛かった
のは魔物ではなく国王陛下らしい。

相変わらず人騒がせな国王だ。

「え?父上がユリウスのところに?まさか父上も
今日の夕食会に招待されているの?」

「それならば今突然陛下の気配がする意味が
分からないのですが・・・。それに時間的にも
夕食を終えてお茶を楽しんでいる時間だと思われ
ます。」

二人のやり取りにふと俺は父の話していたことを
思い出す。

「そういえば先日、父が陛下と飲んだ時に出た話で
これから先ユーリが我が家やユリウス宅で食事を
取る時は事前に陛下に報告が必要になったと話して
いました。あれは絶対に自分もそこに加わるつもり
だから気を付けろと忠告されました。」

何をバカなと、今の今まですっかり忘れていた。

まさか本当にユリウスの家の夕食会に突撃するとは
思わなかったのでユリウスにもこの話はしていない。

俺の話を聞いた殿下が一瞬目を丸くして、すぐに
ため息をつくと頭を抱えた。

「シェラ以前にもっと身近なところにどうにか
しないといけない人間がいたか・・・。どうして
こう、余計な騒ぎを起こすかな」

そう呟くとぱっと顔を上げた。その顔にはあの
黒い微笑みが浮かんでいる。

シェラザード隊長の件も相まって、これは相当
腹が立っているな。

「レジナス、今すぐ父上を連れ戻して。父上の
護衛に気付かれると邪魔されるから気付かれない
ように。」

その言葉にレジナスも躊躇なく頷き退席する。

国王陛下についている護衛は暗殺任務も厭わない
暗部部隊だ。

その彼らを出し抜いて陛下に会い捕まえてこいなどと
いう命令にあっさり頷くあたり、あの男は陛下の
抱える部隊よりも実力が優れていて不可能はないと
いうことか。

「殿下はシェラザード隊長よりも自分の父親を
御する術を考える方が先のようですね。」

「言わないでくれる?これじゃ父上のせいでそっちに
気を取られている間に気付けばいつの間にかシェラが
伴侶の一人に収まっていそうで嫌だよ・・・」

「そうなればこの『伴侶の親交を深める集まり』
とやらにはシェラザード隊長も加わるということ
ですね?」

そう言えば、殿下は今日一番の嫌そうな顔を見せた。

いつも笑顔を浮かべている殿下のそこまで嫌そうな
顔は初めて見る。

いつも何かとやられてしまう俺はその顔を見て
初めて満足して、紅茶を口に含む。

・・・その顔を見られただけでこの夕食会に出た
甲斐があるというものだ。

心の中で一人こっそりと、そう俺はほくそ笑んだ
のだった。





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