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第十七章 その鐘を鳴らすのはわたし

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トマス様に見送られ、ユリウスさんの案内で馬に
乗ってヨナスの神殿がある集落へ向かう。

「見えない壁に遮られているみたいに霧はここから
先には出てこないんですね」

あまり近付きすぎないで下さいとエル君にコートの
裾を掴まれて引き留められながら私は前方をじっと
見つめた。

ファレルの神殿から見下ろした時は集落の中が
見通せないほど濃い霧だったのに、こうして近くに
来てみると思ったよりもそれは薄く見える。

家々が並び立っている様子やその通りもぼんやりと
だけど見えていた。

ただしそこに見える視界の限りには人が誰もいない。

そして霧はある一定の場所からこちら側には一切
出て来ないでいた。

「思ったより視界もいいし大丈夫そうに見えるっす
よね?実際この結界の内側の、ここから見える程度の
範囲に踏み入った位じゃ何ともないんすよ。だから
ちょっと奥まで見てこよう、って更に奥まで足を
踏み入れたら最後、誰も帰って来ないもんだから
厄介って言うかタチが悪くて。」

そうユリウスさんが説明する。耳を澄ませていた
シェラさんも、

「・・・異様なほど静かですね。人はおろか犬猫や
鶏のような動物の声や気配すらしません。それに
血の匂いや魔物特有の異臭もしないところからして、
この中を魔物が徘徊して皆を襲ったわけでもないよう
ですし・・・」

そう言っている。その言葉に同行して来た数人の
神官さん達も安堵する。

ユリウスさんも感心している。

「さすが、腐ってもキリウ小隊の隊長っすねえ。
中に踏み入らなくてもそこまで分かるなんてめっちゃ
助かるっす!」

だけどシェラさんは首を振った。

「まだ安心は出来ませんよ。何者の気配もしないと
言うことは、その存在自体が消え失せてしまっている
可能性もあります。もしそうならお手上げです。
帰って来ない者達のことは諦めざるを得ません。」

なんて恐ろしいことを言うんだろう。一度ほっと
胸を撫で下ろした神官さん達の顔色が悪くなった。

「私が腰にロープでも括り付けて、中をちょっと
見てくるのはダメですか?」

試しにそう提案してみたけど、みんなに声を揃えて
駄目です、とかとんでもない!と即座に否定された。

「それはもう他の人達で試し済みっす!しっかりと
結び付けてたはずなのに、ロープを引っ張ってみると
いつの間にか解けたそのロープだけが戻って来る
らしいっす!」

ユリウスさんの説明にうーん、と悩む。

「じゃあやっぱり消えちゃってるんですかね?だから
ロープだけが戻る?でも結び目まで綺麗にほどけてる
ってことは人の手でそれを解いたってことなのかも
知れない・・・?」

だとしたらどうしてロープをほどくのか、そして
そんな事が出来るならなぜ戻って来ないのか。

「ほんのちょっと、3歩くらい中に入るのはダメ
ですか?その地面に手を付いて、イリューディアさん
の加護の力を使ってみたいです。ほら私、今は
シグウェルさんちから貰った毛皮のコートも着てる
から少しなら大丈夫かも知れませんよ。」

もう一度そう提案してみる。私の言葉にファレルの
神官さん達が

「ユールヴァルト家の?」

「先ほどから気になっていましたが、これがあの
有名な銀毛魔狐・・・!」

「初めて見た」

「なんと貴重な」

「これを捧げるほど、あのユールヴァルト家は
ユーリ様に忠誠を誓っているのですか・・・」

などと口々に呟いている。この毛皮って魔導士さん
達だけでなく神官さんの間でも有名なんだ。

そしてその有名な銀毛魔狐の毛皮は生きていた時と
同じように、死んで毛皮だけになっても他者からの
攻撃魔法をはじくのが特徴だ。

だから一応念のため持って行って着ているようにと
出発前にシグウェルさんは言ってくれた。

ヨナス神の力にどこまで効果があるかは分からない
けど、ヨナスそのものでない限り銀毛魔狐よりも
高等な魔物はそう出ないはずだから、大概の魔物の
魔法攻撃は防いでくれるだろうという話だった。

だからこれを着て力を使えば私の邪魔をしたり危害を
加えようとする魔法にも惑わされることなく、何か
分かるんじゃないかなと思ったんだけど。

「祭具が壊れかけたことで集落の中にあるヨナスの
神殿の魔石に影響が出たんですよね?きっとこの霧は
そこから出ているんでしょうけど、それがどんな感じ
になっているのかも知りたいですし・・・」

お願いします!と必死で頼み込む。

結界を維持したりヨナスの影響を無くすために頑張る
のは勿論だけど他の人達には出来ないこうした偵察
めいた事も、もし私が役に立てるのならやりたい。

私にしか出来ないことがあるかもしれないのにそれを
やらないなんてありえない。

そう訴えれば、渋々シェラさんとエル君はそれに
同意してくれた。

「ユーリ様は言い出したら聞きませんから・・・」

とエル君がかぶりを振ったので、シェラさんも

「オレの手がすぐ届く範囲にいて下さい。それから
申し訳ありませんが、何かあってもすぐに引き戻せる
ようエルのあの糸状の武器をユーリ様のお体にロープ
の代わりに結ばせていただきます。そこまでしても
良いのであれば、ユーリ様のご意思に従いますよ。」

そう言ってくれた。当然それで問題はない。

「ありがとうございます!」

こくりと頷いて、さっそくエル君にグノーデルさんの
被毛を混ぜて新しく作り直したあの武器を私の腰に
巻き付けてもらう。

シェラさんは申し訳ないと言ったけど、これは
グノーデルさんの加護が付いている武器だから
銀毛魔狐の毛皮と合わせてむしろ心強いくらいだ。

それに極細の糸で出来ているそれは腰に結び付けても
光に反射しなければその存在感は全然ない。

何も付けてないみたいに見えるからシェラさん達が
気にするほどのことでもない。

よし、と念のため毛皮のフードもしっかりと被って
頭まで守る。

ちょっとだけ私の頭よりも大きなフードはしっかり
被ると相変わらず視界が悪くなる。

なので結界の中に入る前に両手で少しだけフードを
ずらして心配するみんなに顔を見せて笑いかける。

「すぐ目の前でちょっと力を使うだけですからね、
大丈夫ですよ!」

そう、見守るみんなからほんの数メートル先の場所に
踏み出すだけ。

だから全然心配することはない。安心していいんです
よ、とフードに添えていた手の片方も振って見せる。

そしてすぐに集中して前へと向き直った。

だから私は気付かなかった。

この毛皮にはケモ耳がついていて、それで笑顔で手を
振るのはユリウスさんいわく「あざとい姿」だという
ことに。

私の後ろで神官さん達の頬にさっと赤味が差して
祈るようにみんながぎゅっと胸元を抑えていたのも、

「な、なぜフードに獣の耳が・・・⁉︎」

「高貴な狐の精霊・・・‼︎」

「癒し子様のこのように貴重なお姿、肖像画にして
残さないわけには・・・!」

「書写官・・・いえ、早く街一番の絵師を呼んで
来させましょう」

そんな事をひそひそ言っていたのを。

ついでに神官さん達のそんな様子を見たエル君が
呆れてかぶりを振り、シェラさんが

「ユーリ様の愛らしさは如何なる時も皆の緊張を
たちどころにほぐしてしまいますね、さすがオレの
女神。」

と満足気に微笑んだところにユリウスさんが、

「エル君以外、あんたら全員正気じゃないっす!
今はユーリ様のかわいさに惑わされてる場合じゃない
っすよ⁉︎いや可愛いけども!ていうか絵師を呼ぶなら
俺もその絵が欲しいっす!」

と声を上げていたのも気付かなかった。

なんだかわあわあ言ってるなあとは思ったけど、
銀毛魔狐のケモ耳フードは攻撃魔法どころかそんな
雑音まで綺麗にシャットアウトしてくれていた。








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