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第十七章 その鐘を鳴らすのはわたし

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シェラさんの手を借りて馬を降りれば、うやうやしく
頭を下げてくれていた人達の中から初老の男性が一人
前へ進み出て来た。

「ようこそユーリ様。私はこのファレルの神殿で
主席神官・・・神官長を務めておりますトマスと
申します。この度は我々の嘆願にお応えくださった
こと、皆を代表して感謝申し上げます。」

そう言って私の手を取るとその甲に口付けて自分の
額におしいただく。

「そ、そんなにかしこまられるようなことはして
いないので頭を上げて下さい!」

慌てて声を掛ければとんでもない、と微笑まれた。

その様子にユリウスさんが教えてくれる。

「あー。ユーリ様、トマス神官長はユーリ様が王都の
人達全員の悪いところを治した時、ちょうど王都の
大神殿に滞在中だったんすよ。で、その時に自分も
体の悪いところを治してもらったそうっす。」

その言葉にトマス様は頭を上げてまた微笑んだ。

「はい。ユーリ様とイリューディア神様の御力の
恩恵に預かり、杖があっても引きずるほど悪くして
いた足がよくなりました。ありがとうございます。」

「お役に立てたなら何よりです!さっそくですけど
結界は大丈夫ですか?」

そう聞けばトマス様の笑顔が曇った。

「実際見ていただく方が早いかも知れません。
こちらへどうぞ。」

案内されて歩けば数人の神官さん達も後をついて来て
ユリウスさんも一緒に説明してくれる。

「祭具はやっぱり修復が難しそうなんで王都から
持って来た物に変える予定っす。
その時、一時的に結界が全くない状態になるんで
ヨナス神の力が周りに広がるのを俺達が抑えるっす。
ユーリ様にはまずそのお手伝いからお願いしたいと
思ってたっす。」

「行方不明の人達を探すのはその後ですか?」

「そうっす、結界の中がどうなってるのかも気になる
っすけどまずはこれ以上周りに被害が広がらない
ようにしたいんで。」

私達のやり取りにトマス様はため息をつく。

「ヨナス神も私達が祀る神の一つです。本当は
このようにまったくの悪神扱いをするのは心苦しい
のですが、ことここに至ってはどうしようもない
ですね。」

「そうなんですか?」

不思議に思えばトマス様は頷く。

「ヨナス神の恩恵は宵闇と安寧、情欲です。畏れを
持ってきちんと祀れば寄るべなく不安定な民の心を
落ち着かせ、精神的な安堵を与えてくれる部分も
あるのです。」

なんだか精神安定剤的な感じだ。

「そんな一面もあるんですね。知りませんでした!」

なるほどと頷けばトマス様は続けてくれる。

「もっとも、イリューディア神様やグノーデル神様
よりも精神的に人間に影響を与える部分が多いため
それが悪い方に作用をすると今回のように私達には
手がつけられないほど荒ぶる神でもあります。
情欲を司り、人の欲望を増幅させる面もあるのです。
ですから昔から他の者よりも魔力に優れた神官が
きちんと敬意を持って祀っているのです。」

話しながら私を見て微笑む。

「それからイリューディア神様の神殿や祠がヨナス神
の影響を持つ物の近くにあると不思議とその荒ぶる
力も抑えられるのです。このファレルの神殿も、
本来はヨナス神の力を持つ魔石が周りに与える
悪影響を抑えるために建てられたようですよ。」

そういえば私がこの世界に来たばかりの時もヨナスと
グノーデルさんはイリューディアさんの取り合いを
していたっけ。

だからこうして自分の力を持つ物のすぐ近くに
イリューディアさんが祀られていると満足して
落ち着いているのかな。

逆にグノーデルさんの神殿とかが近くにあったら
大変な事になりそうだけど。

トマス様の話を聞いていると、ヨナスにも悪い面
だけでなく良い面もあってイリューディアさんが
欲しいと喚いていたあの姿がまるで駄々っ子の
ようにも思えてきた。

もっとも、そのせいで殺されかけたことを考えると
タチが悪すぎるけど。

「まあ神様っすから祀り方次第では良い面もあるんで
しょうけど今んところ俺達には圧倒的に悪い面しか
ないっすからねぇ・・・。だからユーリ様も必要と
思ったらダーヴィゼルドの時みたいに、例のあの
グノーデル神様の力でヨナス神の神殿の魔石を破壊
してもいいんすよ。その了解も取っておいたんで」

容赦ないユリウスさんの言葉にトマス様もため息
まじりに同意する。

「ええ。あそこに祀ってあるのは元々それほど
ヨナス神の力を持つ物ではなかったと聞いて
おります。それがあそこを訪れ、祈りを捧げる
者達の様々な感情を取り入れていた結果、ここまで
周りに影響を与えるほどヨナス神の影響力を持つ物
へと変わっていったのでしょう。」

人の力や感情を吸い取って溜めて増幅する。

まるでシグウェルさんちの家宝の魔石、強欲の目
みたいに厄介だ。

あれも見た目はすごく綺麗なハチミツ色の魔石だ。

ヨナスの神殿に祀ってある魔石も、元はそんな風に
魔物が変化した物を誰かがただの綺麗な魔石だと
思ってどこかから拾って来て奉納したのにヨナスの
力が絡み合い厄介な物に変わったのかも知れない。

ユリウスさんも、

「もし変な魔物が変化した魔石だと知らずにヨナス神
に対する祈りやら願いやらを捧げてたらエライ事に
なってそうで嫌なんすけど・・・トマス様、そういう
話はもっと早く教えて欲しかったっすよ?」

そんな風に言っている。トマス様は

「申し訳ありません、まさかこんな事態にまで
なるとは歴代の神官長達も思っていなかったこと
でしょう。勿論、私もその一人ですが・・・」

そう言って歩みを止めると遠くを見やった。

「こちらです」

その視線の先をシェラさんやエル君達と一緒に見る。

私達がいる、高台に建っている神殿の眼下には
森が広がっている。

そしてその中ほどに開けた場所があるんだけど・・・

「なるほど、中がどうなっているのか全く分かり
ませんね。」

シェラさんが目を細めた。

多分神殿と集落があるだろうその場所には全体的に
ヨナスのあの髪の色みたいな紫色の霧が立ち込めて
いて見通しが悪い。

ユリウスさんが

「ちなみに試しに精霊を放ってみたんすけどそれも
帰って来なかったっす」

と教えてくれた。人間どころか精霊まで戻ってこない
とかどうなってるんだろう。

「ええ?それってヨナスの力に吸収されちゃった
とかそんなのじゃないですよね・・・他の人達も
無事でいて欲しいですけど、近くに寄って見ることは
出来ますか?」

そう尋ねれば、トマス様は心配そうに眉を顰めた
ものの準備させましょうと同意してくれた。




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