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第十七章 その鐘を鳴らすのはわたし

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「この精油といい花びらといい、素晴らしく良い香り
がいたしますね。」

私の入浴をお世話してくれている巫女さん二人は
そう言うとお湯に浮かんだ淡い黄色の花びらを手に
取った。

シェラさん達のいる所から逃げるように宿舎へ行くと
巫女さん達がさっそくお風呂に案内してくれた。

大きなローマ神殿みたいな作りの立派な浴場のそこで
まずは最初にお清めだと言って小さな滝のように
頭上から冷たい水が落ちて来るところをくぐらされ、
神様の御前では何も身に付けることは出来ませんので
と、こちらの世界では珍しく湯浴み着もなしに裸に
剥かれてやっと温かくて広いお風呂へ通された。

そこで私のお世話係に任命されたらしい年若い
巫女さん達が取り出したのが、さっきシェラさんが
話していたモリー公国産の精油と入浴用の花びら
だった。

わりと慌ただしく奥の院を出たはずなのに、こんな
高級な嗜好品をちゃっかり持参してきているあたりが
シェラさんらしいというか何というか・・・。

別に緊急にいる物でもどうしても必要な物でもない
のに。同じような嗜好品・・・というか、ファレル
の神殿への奉納の品は私達の後から来るシンシアさん
達の馬車にリオン様がちゃんと積んでくれている。

火を焚いた時にすごく良い香りがして持ちもいい
最高級品の香木とか、神官さん達の魔力を増幅して
くれる魔石とか。質の良い保存食とか。

私の入浴に使う精油もそれと一緒に後でも全然
構わなかったんだけどなあ、と思っていたら巫女さん
の一人があら?と声を上げた。

「この花びら・・・お湯に馴染んで香りが広がると
先に入れた精油の香りと混じってまた別の香りに
感じますね。不思議です。」

そう。モリー公国から採れる花の精油や香油は
元の香りがはっきりしていて、重ね付けをすると
相乗効果で香りが変化してまた別の香りを楽しめる
のだ。

モリー公国滞在中に色んな香油やら何やらをあれこれ
買い込んだシェラさんは向こうにいる間にあれこれと
試していた。

今使われているこれもそうだ。

2種類の花の香りがいい感じにブレンドされて、
気持ちがふんわりと穏やかにリラックスする。

まさかそこまで考えてこれをエル君に渡していた
とは思わなかった。

そういえばエル君、

「今日の分はこれですと言って渡されました」

ってお風呂の前に今使ってる精油を見せてくれて、
お付きの人に渡しておきますからと言ってたっけ。

ていうか、今日の分?まさか他にも別の香りのものを
色々持ち込んだ?え?他にもっと大事な物なかった
のかな?

首を傾げたくなったけど、良い香りですねと感心して
いる巫女さん達を見るとこれを選んだシェラさんが
褒められているみたいで嬉しくなる。

「シェラさんが私のために考えてくれたオリジナルの
組み合わせの香料です!同じ組み合わせでも花びらを
先に、精油を後に入れるとまた少し違った香り方を
するんですよ。面白いですよね?全然違う香りを
2つ組み合わせてこんなにいい香りにするなんて、
シェラさんは凄いです!」

にっこり笑って二人を見れば私の髪を洗ってくれて
いた二人は、お互いの顔を見合わせると何とも
言えない顔をしていた。

「え?どうかしましたか?」

何か変なことでも言ったかな。不思議に思えば、

「・・・ユーリ様はあの隊長と随分と親し気で
いらっしゃいますね?」

「確かに、ユーリ様へ対する気遣いは並々ならぬ
ものがあるようですが・・・あのような者をそこまで
信頼して大丈夫なのですか?」

おずおずとそんな事を言う。

あまりにも私が嬉しそうにシェラさんの話をしたから
なのか、機嫌を損ねないようにという気遣いはそこに
感じるけど、でも・・・。

「あのような者って?」

どうしてそんな言い方をするんだろう。ちょっと棘の
ある見下したような言い方だ。

「その、あの方はお顔こそ美しいもののいつも血の
匂いをさせて現れるので・・・。しかもそれを厭わず
まるでそれが嬉しいかのように血濡れたまま笑って
いるお姿も拝見した事もございますので、ユーリ様
のように清らかな癒し子様とはまるでかけ離れた存在
で似つかわしくないと言うか・・・」

「も、勿論あの方が私達を魔物の脅威からお守り
くださり泥を被っているのは存じておりますよ⁉︎
ですがその身が血で穢れているのを自覚されている
ならば、あまりユーリ様に親し気に近付かれるのも
私達としては心配で・・・!」

血まみれシェラさんは私に相応しくないと、正直が
過ぎる事を言った巫女さんを慌てて取り繕ったもう
一人の巫女さんだけど、そっちもそっちでわりと
シェラさんに失礼なことを言っている。

悪気はないんだろうけどこれは・・・。

「それにあの方、目が合う者全てにいかがわしげな
微笑みをいつも見せては心を乱してきますし!」

「そうそう、神官や巫女の修行の邪魔です、迷惑です
から!」

浴場の熱気ではなく興奮でほんのりと頬を赤らめた
二人はシェラさんのあの色気ダダ漏れな笑顔を多分
思い浮かべている。

あ、それは仕方がないよね。あの笑顔に勝てる人は
そういないんじゃないかな。

だけどそうか、ここに来る前にシェラさんも自分で

『オレのことを淫らだの心を惑わす魔物だのと
好き勝手に言ってくる者もおります』

って言ってたっけ。

この巫女さん達もそうだけど、シェラさんのあの
魅力的なところに惹かれてるのを認めたくないのとか
魔物だけでなく必要ならためらいもなく、それが
たとえ盗賊だろうが人攫いだろうが人殺しの任務まで
こなす事への嫌悪感とか、色んな感情がごちゃ混ぜに
なっていて、それがシェラさんを見下すみたいな言動
の一因になっているんだろうか。

「シェラさん、悪い人じゃないですよ。そりゃあ
たまにはやり過ぎかなと思うところもありますけど、
星が好きで物知りで、お話も面白いし指先もすごく
器用で私をいつも素敵な髪型にしてくれますよ。
私が自分でも気付いてないような私の事まで、
こまかく気を配っていつも見守ってくれてますし。
・・・他の人にどんな風に見えているかは分かり
ませんけど、私はシェラさんのこと、好きですよ。」

巫女さん達に伝わるだろうか。

伝えるつもりで一生懸命言ったんだけど、いざ
口に出して「好きですよ」と言ったその言葉は、
なぜか驚くほどすとんと自分の心の中に落ちてきた。
そうか、私はシェラさんのことが好きなんだと。



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