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第十七章 その鐘を鳴らすのはわたし

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巫女さん達のシェラさんに対する偏見をなんとか
したくて庇うような事を言ったらその時初めて、
ようやく自分の気持ちが分かったような気がした。

あんなに何度も告白されてもよく分からなくて、
言葉にしてやっとそれを自覚するなんてそりゃあ
ユリウスさんにも情緒が死んでると言われるはずだ。

「ええと、とにかくシェラさんはそんなに悪い人じゃ
ないので、もう少し優しい目で見てもらえると私も
嬉しいです!」

あれで案外寂しがり屋っぽいところがあるし。

ずっと一緒にいて欲しい、愛して欲しいと懇願する
ように森の中で言ったあの言葉はシェラさんの中から
思わずこぼれ落ちてきたようだった。

本心だろうそれと屋根の上で一人、星を見ながら
お酒を飲むのが好きらしいその姿を思い浮かべれば
それは随分ともの寂しい。

私がその隣でお酒に付き合ってあげるのをシェラさん
は受け入れてくれるかな。
なんとなくそうしてあげたい気分になった。

そんな事を考えてつい黙り込んでしまった私に、
巫女さん達が都合悪そうにしているのにそこで初めて
気が付いた。

しまった、おかしな沈黙になったせいでシェラさんの
悪口を言われた私が怒ってると誤解してなきゃいい
けど。

慌てて笑顔で取り繕う。

「あ、別に私は怒ってないですよ⁉︎お二人が私の
ためを思って言ってくれたのは充分分かっています
から!ありがとうございます‼︎」

お湯で温まってほんのりと赤く染まった頬で笑い
かける、イリューディアさん作の癒し子様の笑顔は
巫女さん達に効果抜群だったらしい。

「・・・お優しいお言葉とお気遣いをありがとう
ございます。ユーリ様の笑顔はまるで女神様のような
ご慈悲と愛らしさがございますね。」

「本当に。その愛らしい笑顔に癒されます。まさに
癒し子様と呼ぶにふさわしい可愛らしさですこと。」

ただの誤魔化し笑いをそこまで褒められると逆に
申し訳なくなるけど、それでシェラさんへの悪感情が
薄まるならいくらでも笑ってあげよう。

そうして無邪気で愛らしい癒し子様を演じるように
振る舞って、巫女さん達と和やかなお風呂の時間を
やり過ごす。



「つ、疲れました・・・っ」

お風呂から上がり用意された部屋へと案内されて
エル君と二人きりになるとすぐ、ベッドへバタンと
倒れ込む。

「シェラザード様が準備された精油を入れたお風呂に
入ったのに?今日準備されたものは確か、筋肉の
張りや緊張を解きほぐしてリラックス効果があるもの
だとシェラザード様は言ってましたけど」

エル君は不思議そうに首を傾げながら巫女さん達に
手渡された水差しを部屋のテーブルに置いた。

お風呂って疲れを落とすためのものなのに・・・と
まだ不思議そうにしているエル君をちらりと見る。

「私だってまさかお風呂であんなに気を使うことに
なるとは思ってませんでしたよ・・・。人間、色々
あるんですぅー。」

拗ねたように言えば、

「体だけは僕より大きいのに、子どもっぽい態度を
取るとか・・・。誰も見てないからってダラダラして
たらダメですよ、ちゃんとして下さい。」

また母親みたいなことをエル君が口にする。

「そんな事ばっかり言ってたらエル君のこと
お母さんって呼びますよ?」

「意味が分からないし大人げない・・・」

ふざけて返したら呆れたようにかぶりを振られた。

冗談に付き合ってもらえなかったので、仕方ないから
渋々布団の上に起き上がる。

そんな私に柑橘類の香りがする冷たい水を手渡して
くれながら、エル君は改まって話し始めた。

「僕が集落から連れ帰って来たあの二人ですけど。
ユーリ様が鏡の間にいる時に神官や魔導士達に様子を
見てもらいました。」

「どうでした、起きましたか⁉︎」

私も癒しの力を使ったけど何か効果はあったかな。

期待を込めて聞いたけどエル君は首を横に振る。

「まだ眠っています。あれは強い魔力による深い
眠りだという話です。それでもユーリ様の力が効いて
いるのか、目は覚まさないながらも手を握れば僅かに
握り返す程度の反応は返ってくるようになったよう
ですが。」

私が力を使う前はまるで文字通り死んだように眠って
いて何の反応もなく、普通なら感じられるはずの
本人の魔力すら感知出来ないほどだったそうだ。

それを私が癒しの力を二人に使った後でやっと
その人達本来の魔力を少しだけ感じ取れるように
なったという。

「まるで魔力枯渇をしているように本人の魔力を
感じられなくなっていて、呼吸も随分と弱くなって
いたという話ですので、もし魔力なしの人間があの
眠りについていたら急激に体力を無くして弱るんじゃ
ないかと予想されています。」

それは眠り続けてやがて死ぬという話なんだろうか。

「あの集落に子どもとかお年寄りは?」

もしそうなら、体力のないそんな人達が一番危険だ。

「幸いにもあそこはヨナス神の神殿を管理する者達が
主に住んでいた場所らしくてそういう人達はいません
でした。ただ馬や牛、犬猫などの動物ももれなく
眠ってました。鳥も空から落ちてましたし。だから
もし死ぬとしたら小鳥や子猫のような小動物が先で
しょうね。」

それだって充分かわいそうだ。

「そんなにも強力な魔法の眠りなんですか・・・。
エル君が助けた二人も、あの霧から離れたのに全然
目を覚まさないなんて」

「それもヨナス神の力の影響なんでしょう。お忘れ
ですか?ヨナス神の与える恩恵はです。」

「あ・・・」

それは良い方に作用すれば精神的な安定を与える
穏やかで優しい眠りになる。

だけどその力が悪い方に傾けば、死をももたらす
永遠の安息になる可能性がある。

「不眠に悩む人や精神的な悩みから逃れられない人
にとっては助けにもなる女神らしいんですけど」

そうエル君は教えてくれた。だから今でも細々と
ヨナスを信仰している地域もあるらしい。

「だからユーリ様、ユーリ様が結界を張り直して
あの霧を晴らす時には相当な力が必要になると
思います。ユーリ様に大きくなってもらう方がいい
のかどうか、シェラザード様やユリウス副団長も
悩んでいましたから。」

「確かに今の私の力であの集落全体に広がっている
霧を晴らせるかどうかは難しいですね・・・」

お試しとはいえ、今日エル君に付けた加護の力では
人一人の周りに漂う霧を弾くだけだったし。

「あ、でも鏡の間でシグウェルさんと話したんです
けどうまくいけばヒルダ様に贈ってもらった氷瀑竜の
鱗を転送してもらえるはずなんです。それがあれば
また別の対策が取れるかも。」

その言葉にエル君がなるほどと頷く。

「あの団長なら僕達には思いもよらないことを
思いつきそうですね。ではそれに備えて今日はもう
お休み下さい。」

そう言ってシンシアさんばりに有無を言わせず私を
布団の中に追い立てた。

「普段よりも寝るにはずっと早い時間なんです
けど⁉︎」

「ここは神殿の宿舎ですよユーリ様。就寝時間も
奥の院よりもずっと早いんです。すぐに消灯の時間
になります。」

その言葉通り、エル君が隣に用意された自分の部屋に
戻るとすぐに建物や庭園の主だった灯りが落とされて
暗くなった。

そうすればやっぱり私の体はいつもより疲れていた
らしくいつの間にか眠りの中に引き込まれる。

そしてゴーン、と響く鐘の音にハッと目を覚ませば
外はほんのりと明るくなり始めていた。

鐘の音は夜明けを告げる大鐘楼のものだ。

いつもよりもずっと早く寝たので目が覚めるのも
随分と早くなってしまった。

どうしようかな・・・と窓を開けて紺色や水色、
ピンク色が入り混じる空を見つめる。

吐いた息が早朝の空気の冷たさに白く染まって、
ふとダーヴィゼルドでシェラさんと二人で夜明けの
空を眺めたことを思い出した。

ここもあんな風に景色を眺められる場所はある
のかな?早朝だけど、鐘が鳴ったということは
みんな起きてくるはずだ。

お願いしてお茶を準備してもらって、あの時みたいに
夜明けを見れるだろうか。

ごそごそと着替えて、あの魔狐のコートを手にした時
部屋の扉がノックされた。エル君だ。

早くから何をしているんですかと聞かれたので
夜明けの景色を見られないかと相談したら、少し
考えたエル君は

「大鐘楼に登ってみてはどうですか?次の鐘が鳴る
まで時間がありますし、ユーリ様がお願いすれば
その塔の中も喜んで見せてくれるはずです。」

そう提案してくれた。

「ぜひお願いします!」

勢い込んでそう頼めば、ついでに軽食も準備して
もらいましょうと頷いたエル君はすぐにその許可を
取ってきてくれた。

大鐘楼の塔は私がいる宿舎のすぐ隣で、案内役の
神官さんやエル君と一緒にまだ薄暗い庭園を横切り
塔へと歩いて行く。

「朝露が冷たいですねぇ」

「ユーリ様、よそ見をしないで下さい。滑って
転びますよ」

「また人をそんな落ち着きがない人みたいに・・・」

「事実です」

エル君と言葉を交わしながら行けば、

「ユーリ様、どちらへ?」

ふいにシェラさんの声がしてどきりとした。
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