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第十七章 その鐘を鳴らすのはわたし

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シェラさんの声に振り向けば、いつもの黒い隊服と
違う修行中の神官さんみたいな上下とも白い服装を
して剣を片手に立っていた。早朝稽古でもしていた
のかな。

まだ薄暗い景色の中でその姿は服のせいで淡く白く
浮かび上がって見える。

いつも黒の隊服で、私服もレジナスさんと違ってほぼ
黒一色だし、モリー公国での商人姿もチャラついた
軽薄な格好だった。

そんな黒豹や夜のお店の人みたいなイメージの
シェラさんの、爽やかな上下とも白い服姿は初めて
見る。

つい昨日、お風呂でシェラさんへの気持ちを自覚した
ばかりの私にそれはない。

最近気付いたけど私はイケメンに弱いだけじゃない
らしい。
なんていうか、ギャップにも弱い。

みんな私がシグウェルさんの顔の良さに弱いとだけ
思ってるみたいだけど違う。

普段そんなに笑わないシグウェルさんがあの氷の
溶けたような甘やかな笑顔をたまに見せる、その
ギャップにも弱いのだ。

そしてそれは、こんな風に思いも寄らない普段と
全く正反対の姿を見せられてもそうだ。

いっつも黒い騎士服姿のシェラさんが神官さんの
コスプレ・・・じゃなくて服装とかやめて欲しい。

「どうかされましたか?」

不思議そうに小首を傾げてこちらを見つめている
普段とは真逆の姿の神官さんみたいなシェラさんを
目の前に、私は思わず固まってしまっていた。

いつも悪人の首を躊躇なくスパンと切ってみせて
血まみれでも嬉しそうに笑っているのにきょとんと
してこっちを見られると、その神官さんの格好の
せいでまるで虫も殺せないような姿に見えるその
ギャップよ。ズルい。卑怯だ。

「ユーリ様?」

あまりに私が動かないのでさすがにおかしいと
思ったらしくシェラさんが一歩こちらへ歩み寄る。

と、ピタリとその歩みを止めて何故か悲しげな顔を
した。

「オレが何か不始末でもしましたか?それとも
気付かないうちにご不興を買うことでも?」

「え?」

何のことだろう。意味が分からずパチクリと瞬けば、

「なぜオレから逃げようとされているのです?」

そんな風に言われた。そんなつもりはないんだけど。
ただ不意を突かれて動けなくなっていただけだ。

「そんな事ないですよ⁉︎」

驚いて否定すれば

「体の重心が後ろに傾いております。オレから
離れたいと思っているからではないのですか?」

悲しげな顔のままそう指摘される。

あっ、デレクさんの膝の怪我を見抜いた時の
レジナスさんと一緒だ。

シェラさんも一流の騎士だから、レジナスさんの
ようにほんの些細な体の動きで人の変化を見破れる
らしい。

「オレがあと一歩でも近付けば後ろに下がられる
でしょう?そんな事は初めてです。知らないうちに
オレは何かユーリ様のご機嫌を損ねるようなことでも
したでしょうか。」

しょんぼりと俯いて言う姿は白い神官さんみたいな
服装と相まって、尻尾を体に巻き付けて俯き座り
込んでいる、黒豹改めおとなしい白猫みたいだ。

かわいい。撫でてみたい。・・・じゃなくて!

ハッと我に返ってシェラさんに声を掛ける。

「シェラさんは何も悪くないですよ!いつもと違う
格好だから驚いただけです!その神官さんみたいな
服、よく似合ってます‼︎」

シェラさんから逃げると思われて傷付けたなら
大変だ、そんなつもりは全然なかったのだから。

ただ、そう。いつもと違うこの姿に昨日のお風呂での
こともついでに思い出してしまって勝手に私が一人で
気恥ずかしくなってしまっただけだ。

慌てて近付き、見上げて励ます。

その言葉にようやく顔を上げたシェラさんが

「本当ですか?驚かせたならすみません。」

チラリと様子を伺うように私を見た。まだ私が
シェラさんを避けようとしているのではないかと
思っているみたいだ。

今までだって思わず気恥ずかしくなるような目に
あわせられてはその度にシェラさんの前から逃げて
いたのに。

昨日だっておやすみなさいと言って逃げるように
シェラさん達のいる部屋から出て行ったけど、
それに対して余裕のある様子で後ろから声を
かけてきた。

それなのに、昨日と今朝とで何が違うって言う
んだろう。

そんな私にシェラさんは

「出会い頭にそのように反射的に距離を取られるなど
今まで一度もありませんでしたので、オレが何か
したのかと思ってしまいました。」

そう言った。

「いや、何かしたのかって言うなら今までそりゃあ
もう色々してると思いますよ⁉︎むしろそれでも
逃げ出さなかったのが偉いと思って欲しいです!」

正確には温泉で裸で押し倒されそうになった時は
手を絡め取られて逃げられなかったし、昨日耳元に
唇を寄せられた時も両腕を取られていたからそこから
抜け出せなかったんだけど。

思わず反論したらいつもの私らしい様子に安心した
のかシェラさんはそこで初めて笑顔を見せてくれた。

「良かった、ユーリ様に嫌われてしまったらオレの
生きる意味がなくなってしまいます。」

神官さんみたいな格好と相まってその言葉はいつも
よりも三割り増しくらいで癒し子原理主義者めいて
聞こえる。

「き、嫌いになんてならないですよ・・・それより
その格好はどうしたんですか?」

ダメだ、意識してしまったらいつもなら「そんなこと
ないですよ、好きですよ」と簡単に励ますように
言えたのがなぜか口に出せなくなった。

それを誤魔化すように話題をかえれば、シェラさんは
これですか?と胸に手を当てた。

「神殿でユーリ様のお側に仕えるなら相応の格好を
しろと言われまして。隊服もオレの誇りですが、
ユーリ様のお側にいられることに比べれば些細な
ことですからね。」

「そういうことですか・・・」

シェラさんはキリウ小隊という国でも随一の部隊の
さらには隊長だ。そんな指折りの騎士さんに隊服を
脱げだなんて、いくら神官さんでもちょっと失礼
じゃないかな。

他にも私について来ている護衛の騎士さんやエル君は
いつもの格好のままなのに。

昨日の巫女さん達の言葉といい、神殿の人達は
シェラさんにだけ少し意地悪な気がした。

そう思っていたら自然とむくれていたらしく、そんな
私を見たシェラさんが嬉しそうな顔をする。

「オレのために怒ってくださるのですか?
それは大変嬉しいですがどうかお気になさらず。
ユーリ様の近くで仕えるオレへの有象無象の者どもの
醜い嫉妬心の表れです。言ったでしょう?聖職者
であろうとも清らかとは限らないと。この程度の事、
彼らが嫉妬するほどオレが最も近しくユーリ様へ
お仕えしているという証明のようなものです。」

そういえばここに着く前にそんな話をしたなあ。

確かその時シェラさんは、

『もしオレが神官にいじめられたら慰めてください
ますか?』

なんてことも言ってたっけ。ほんの少しの切実さと
懇願が含まれていたようなあの言葉。

いつもの軽口の中に本心が見え隠れしてそうなその
言葉に、シェラさんを慰めなくちゃ!と謎の義務感を
感じたっけ。

今も、何でもなさそうな風にしているけど本当に
そうなのかな?いくら私が最優先だからって、自分
でもさっき言っていたように誇りである隊服を脱げと
言われてそれが少しも不愉快じゃなかったなんて
あるのかな?

自分の後ろをちらりと見れば、案内役の神官さんと
軽食の入った籠を持ってくれている巫女さんが一人。

だけどだんだんと明るくなってきたので庭園を行き来
する人や私を見て祈りを捧げるように立ち止まって
いる人など、ちらほらと周りに人の姿が増えて来た。

・・・仕方ないなあ、慰めてあげようって思ったし。

「朝露で濡れちゃいますけどシェラさん、ちょっと
しゃがんでもらってもいいですか?」

唐突な私の言葉にシェラさんは不思議そうな顔をした
ものの、素直に私の前に片膝をついて目線を合わせて
くれた。

その頭に手を伸ばす。

「私のためにキリウ小隊の大事な隊服まで脱いで
くれてありがとうございます。他の人達がなんて
言っても、シェラさんは私の誇りで尊敬出来る
大事な騎士さんです。」

よしよしとするように何度か頭を撫でながら、周りの
人達にも聞こえるようにいつもより気持ち大きめな
声で話す。

そんな私の言葉を一言一句聞き逃すまいとしながらも
思いも寄らない言葉を聞いたとシェラさんがあの
金色の綺麗な目を驚いたように見開いている。

「だからシェラさんが自分を卑下したり、周りの
人達がシェラさんのことを悪く言うのはすごく悲しい
です。なのでシェラさん、覚えておいてください。
自分自身や周りの人達がどんなにシェラさんの事を
悪く思っていても、私はいつまでもずっとシェラさん
の味方ですからね。約束します。」

シェラさんの頭を撫でる手を止め、両手を添えると
そっとその額に口付けをする。

瞬間、その額を中心にぱあっと光が広がって空から
庭園へと黄色い花弁がひらひらと降り注ぐ。

それは跪くシェラさんの格好と相まって、側から
見ればまるで癒し子が神官さんに祝福を与えたように
見えただろう。

少しでもシェラさんの心が慰められますようにと
願って使った力だけど、降り注ぐ花びらが昨日の
お風呂で使ったシェラさんの渡してくれたものと
同じだなんて。

リオン様の時は庭園の木のピンク色の花だったし、
レジナスさんと一緒の時に使った力ではリンゴの
花が降って来た。

つくづく芸がないと言うか、あまりにも素直に私の
心情がその時のものに反映されていて我ながら単純
だなあと思う。

どうだろう、わざわざ力まで使ってみんなの目の前で
シェラさんを悪く言わないようにと暗に伝えて慰めた
つもりだったけどうまくいっただろうか。

目の前を見れば、いつもの凶悪なほどの色気が
すっかり抜け落ちてごく普通の青年のような顔を
したシェラさんが、私の口付けた額に手を触れて
いる。

周りでは突然降り注いで来た花びらに小さな歓声が
上がって、まだ早朝なのに随分と騒がしくなって
しまった。

そんな周りの歓声に入り混じるように、気のせいか
少し震えるような声でシェラさんが

「ありがとうございます」

と小さく呟いたのが聞こえた。




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