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第十七章 その鐘を鳴らすのはわたし

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使った力はただシェラさんへの祈りを込めただけで
癒しの力はそんなに働いていないと思う。

いいところで体の疲労が少し抜けるとかそんな程度
なはずで、だからなのか空から降り注ぐ黄色い花びら
はいつも力を使う時よりも早く消えてしまった。

周りを見れば、たまたま庭園に通りかかってこの
状況に遭遇した神官さんや巫女さん達は今さっきの
この出来事にまだ夢中で、消え去る花びらを惜しんで
手のひらにそれを受けようとしている。

私を大鐘楼に案内してくれていた神官さんと巫女さん
はうやうやしく私に頭を下げてくれたままだけど。

念のため庭園に集まって来ている人達に聞こえる程度
の声の大きさでもう一度シェラさんに話しかける。

「その神官さんの格好も素敵ですけど、これから
またあの集落に行くのならやっぱりいつものあの
隊服姿がいいです!騎士さんって感じで頼もしい
ですもんね。トマス様にお願いして元の隊服に戻して
もらいませんか?」

その言葉に、まだ私がさっき口付けた額に触れて
大事そうにそこを撫でていたシェラさんが

「ユーリ様がそうお望みであればオレが直接神官長へ
話します。それよりも・・・」

額を撫でる手を止めて私を見つめた。何だろう?

「オレがユーリ様の誇りで大事な騎士であるという
お言葉は本当ですか?」

当たり前だよ?そうでなきゃそんな事は口にしない。
なぜわざわざそんな事を確かめるのかと思えば、

「それはレジナスよりもですか?」

金色の瞳が期待を込めて私を見つめて輝いている。
まさかそんな事を気にしていたなんて。

シェラさんを慰めなきゃと体に入っていた力が抜けて
がっくりする。

「そこは張り合うところじゃないですよ!どっちも
比べようがありませんから!どちらが上とかない
ですからね、変な対抗意識を持ってまたケンカなんて
したらダメですよ⁉︎」

たった今まで慰めていた相手を叱る羽目になって
しまった。

だけどシェラさんはそんな私に嬉しそうに笑うと
立ち上がり、腰を折って綺麗な騎士さんの礼を取る。

「実力はレジナスの方が上ですがユーリ様への忠誠心
は誰にも負けないと自負しております。ありがとう
ございます、与えてくださったそのお言葉こそオレに
とっては何にも代え難い誇りです。」

そうして顔を上げると私の後ろにいる神官さん達を
見て、

「ところでユーリ様はこんなに朝早くからどちらへ
行かれようとしていたのですか?」

そもそもの私に話しかけたきっかけへと話が戻った。

「えっと、早くに目が覚めてしまったので朝焼けでも
見ようかと大鐘楼へ案内してもらってる途中だった
んですけど・・・」

だけどシェラさんとやり取りをしている間にかなり
明るくなって来た。

「もう日は昇っちゃったみたいですね・・・」

辺りはすっかり朝の白い光に包まれている。
森林に遮られて太陽はまだ見えていないけど、
水平線からはもう昇って来ているだろう。

「ですが大鐘楼から見る朝の景色もそれはそれで
素晴らしいと思いますよ。お供致しましょう。」

そう言って、軽食の籠を巫女さんの手から取った
シェラさんがにこりと微笑むその姿はすっかりいつも
通りだ。

私に同行すると言ったシェラさんも一緒に大鐘楼への
案内を神官さんにお願いすれば、

「ユーリ様のご意志が通らない事などございません。
シェラザード隊長の件についても早急に対処させて
いただきましょう」

そう頭を下げられて、塔の中へと案内された。

良かった、癒し子の権力を使ったみたいでちょっと
気が引けたけど表面上だけでもこれでシェラさんを
きちんと扱ってくれるなら助かる。

安心して、気持ちを切り替えて螺旋状の階段を
登って行く。

塔のてっぺんに大きな鐘を備え付けているだけ
あって、それを支える塔もしっかりした作りだ。

階段も人が五人ほど横並びで歩けるくらいゆとりが
あるけど、ぐるぐる回りながら登って行くとさすがに
息が切れて足がプルプルしてきた。

「ユーリ様って体力がないですよね」

おんぶしますか?とエル君が聞いてくる。

エル君達みたいな普段から訓練している人達と
比べないで欲しい。

そう思ったけど先導する神官さんと巫女さんも
けろりとして歩いていた。登り慣れているから
だろうか?

そういえば奥の院ってバリアフリーで段差があんまり
ないから、こんなにも長い階段を登るのは初めてだ。

それもあってか、一行の中で明らかに私だけが疲れて
いる。

「では失礼ながらオレが」

言うが早いか、シェラさんは持っていた籠をエル君に
手渡すと私をひょいと縦抱きにした。

「こんな塔一つ登り切れないとか恥ずかし過ぎ
ます・・・!」

降ろしてもらおうかと思ったけど、歩かなくても
上に運んでもらえる快適さに負けた。

いや、そもそもいつもこうしてレジナスさん達に
縦抱っこ移動してもらって甘えている弊害がこれ
なんじゃないかな?

「王都に帰ったら縦抱っこ移動はもう卒業します
・・・!」

くうっ、と自分の体力不足を悔しく思いながら
シェラさんに掴まる手に力を込めれば

「おや、レジナスとリオン殿下が泣きますよ。オレも
まだまだユーリ様を腕に抱いて一緒に出掛けたい
ですし。」

そんな事を言う。

「でももう10歳児の子どもじゃないですし、さすがに
体裁が悪いですから!」

今の見た目年齢は12、3歳ほどだ。この世界の人達の
同年代に比べれば小さめの体格だけど、さすがに
その見た目年齢でいつまでも縦抱き移動はない。

するとシェラさんは分かりましたと頷いて、

「歳相応の扱いをご希望ですか?それならばいわゆる
お姫様抱っこですね。さっそくそうしましょうか?」

にっこりと微笑んだ。と思ったら一瞬、私の体が
ふわりと宙に浮いたかと思うと次の瞬間にはもう
お姫様抱っこをされていた。

「誰もそんなこと言ってませんけど⁉︎」

落ちないように慌ててシェラさんの首元に腕を回して
しがみつく。

「おやおや、おかしいですね。子ども扱いではなく
レディの扱いを望まれたのはユーリ様ではありません
か。オレは仰せのままに従っただけですよ?さあ、
そのまましっかりと掴まっていて下さいね。その方が
姿勢が安定してオレも運びやすいですから。」

縦抱きされる時よりもその胸元に密着することに
なりシェラさんは嬉しそうだ。

白い神官服はいつもの隊服よりも質素で薄手な生地で
すらりとしなやかな体躯をしたシェラさんの温かな
体温と引き締まった筋肉を、意識せずとも触れる手に
感じ取れてしまう。

わざとか。人の言葉の揚げ足を取られてまた騙された
気がする。

私情は挟まないって言ったのに、言葉で求婚の返事を
迫らないかわりに態度で迫られて意識させられている
気がする。

思わずかあっと赤くなった私を見るシェラさんの
満足そうな顔が悔しい。

前を歩く神官さんと巫女さんも私達をチラチラと見て
様子を伺っているし、エル君は後ろでポツリと

「ユーリ様、また墓穴を掘ってる・・・」

と呟いていた。それは言わないで欲しい、誰よりも
私が一番よく分かっているから!






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