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第十七章 その鐘を鳴らすのはわたし

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魔力を使って睡魔に襲われお腹がすいて目が覚める。
もはやルーティーンだ。

暖かい布団の中でもぞもぞして、そう思いながら
起き上がる。

するとシンシアさんの声がした。

「お目覚めですかユーリ様。良かった、顔色も
良さそうですね。」

そう言って水を差し出してくれる。傍らには
マリーさんもいて私の羽織ものを手に

「お腹が空いていませんか?甘くてさくさくの
クッキーもご用意してますからね!」

とニコニコしている。

「二人とも着いたんですね!私、どれくらい眠って
ましたか?」

周りをキョロキョロすれば、部屋は今回私がお世話に
なっている宿舎に間違いないはずなのに、初日に
泊まった時と随分と様子が違った。

たくさんの花が飾られていてまるでお花屋さんの
店内みたいになっている。

「お眠りになっていたのは一日半程度でしょうか。
お目覚めになりましたらお声がけをして欲しいと
ユリウス様やシェラザード様に言われておりました。
呼んで来てもよろしいですか?」

ちなみにお花は神殿や街の皆様からのお見舞い品
です、とシンシアさんがお茶を淹れてくれる。

マリーさんから羽織を受け取って、ユリウスさん達
にも会いたいとお願いをしてお茶とクッキーの乗る
テーブルへ着けば、そこでやっとエル君がいつもの
ように部屋の扉の前に控えているのに気が付いた。

「エル君!無事だったんですね、良かったです‼︎」

そう喜んだら、

「ありがとうございます。でも出来ればお菓子よりも
先に僕に気付いて欲しかったです。」

ぺこりとお辞儀をしたエル君に厳しい指摘を受けた。
なんかごめん。

「トマス様や他の神官さん達も無事ですか⁉︎」

くうとお腹が鳴ったので、たまらずクッキーを手に
聞けばそんな私をちろりと見たエル君は私と別れた
後のことを教えてくれた。

神殿へ駆け込み、集落の結界が壊れた事やそれを
何とかするために私が大鐘楼へ向かったと伝えた
こと。

紫色の霧は集落を越え、ファレルの街へと迫っている
けど街全てをその霧から守るのは難しいだろうから
神殿だけに結界を張り、王都から取り寄せた新しい
祭具を守ることなどもトマス様と話したという。

そしてエル君の言う通りにトマス様は他の神官さん達
に命じて神殿に結界を張った。

・・・大鐘楼のてっぺんから神殿が光って見えていた
あれはやっぱり結界を張ったかららしい。

「だけどあの霧は神官の張る結界も侵食して神殿の
中まで入ってきました。やっぱりユーリ様の力に
よる結界や加護でなければ防ぐのは難しいみたい
でした。」

「神殿の中まで霧が入ってきちゃったんですか⁉︎
それでエル君、どこも具合は悪くならなかった
んですか⁉︎」

思わず椅子から立ち上がってエル君に近付くと
あちこちぺたぺた触って確かめてしまった。

エル君はそんな私にウザそうな視線をくれたものの、
それが心配しての事だと分かっているからか黙って
されるがままになっていてくれた。

「・・・大丈夫です。ユーリ様が加護を付けてくれて
いたのと、あの竜の鱗を持っていたおかげで僕だけが
その霧の中でも眠らずにすみました。」

ギリギリでしたけど。そうエル君は付け足した。

どういうことかと思えば、霧が神殿の中まで入って
来て神官さん達が次々と倒れたのを見たエル君は祭具
を守ろうとしたらしい。

祭具を手に、まだ霧のない方へと逃げようとした時に
霧に巻かれて目の前が暗くなったそうだ。

「懐に入れていた竜の鱗が壊れる前兆で淡く光り、
僕の体を守ってくれていたユーリ様の加護の力も弱く
なったのか霧を弾き切れなくなりそうだったんです。
一瞬、目の前が暗くなって意識を失いかけたと思い
ます。だけどそこへ鐘の音が聞こえてきて。」

それで正気を取り戻して、気付いた時にはあの霧が
嘘のように消えていました。

そう話し終えるとエル君は

「ユーリ様のおかげです。トマス様達もみんな何の
後遺症もなく無事に目を覚ましました。ありがとう
ございます。」

私にぺこりとお辞儀をしてくれた。

ということはかなり間一髪で間に合ったんだ。
私の加護が切れてエル君が倒れたら祭具もあの霧に
ダメにされていたのかもしれない。

「・・・ヨナス神の力って怖いですね。人に都合の
良い夢を見せてその気力を奪って、ずっとその心地
良さから抜け出せないまま衰弱して死んでしまう
んだと思います。」

エル君が考えながらそう言う。

「なんですかそれ。」

「一瞬、意識を失った時に夢を見ました。今よりも
ずっと背が高く大きく強くなった僕がユーリ様を
守っている夢です。髪も黒かった。そうだといいなと
思っていることが全部叶っていたような、そんな
都合のいい夢です。だからあの霧に取り込まれた人達
は誰も目を覚まさなかったのかも。」

宵闇と安寧の眠りの中で人の願望を叶えるヨナスの
力は強力で、普通の人はそれに抗えないってこと
なのかな。

そう思った時、ふっと自分の中にとある光景が
フラッシュバックした。

私の背後から羽交締めをしてから首に手を伸ばした
ヨナスがヒステリックに、

『あんなに何人もの男の幻影を見せたのに!普通なら
グズグズに快楽の底に沈むはずなのに何なのアンタ‼︎
情緒が死んでるんじゃないの⁉︎』

と叫んでいる。まるでユリウスさんみたいな失礼な
物言いだけど、何だろうこれは。

一体何の記憶?

不安になって思わず自分の首元のチョーカーに手を
伸ばす。

『なんで、イリューディア・・・っ!酷い‼︎』

悔しそうなヨナスの声がして、私の首にかかる手が
薄れて消えていく。

それと同時に脳裏にぶわりと流れて消えていった光景
はシグウェルさんやレジナスさん、リオン様にさらに
シェラさんまで、みんなにあれやこれや好きにされて
いる私の姿だ。

魔導師団の団長室の机の上で、王都の夜の街の中で。
リオン様の部屋の長椅子に、ダーヴィゼルドの部屋の
ベッド。

悔しげなヨナスの声と一緒に、一瞬で消えていくこの
いかがわしい光景は何なんだろう⁉︎

え?私の願望?いやいや、違うよね。幻影を見せた
ってヨナスは叫んでたし!

「ユーリ様?」

エル君の不思議そうな声にハッとする。
シンシアさんも心配そうに、

「どうかされましたか?ぼんやりしてお顔も少し
赤くなったようですが、お熱でも出たのでは」

と額に手を当ててくれた。

「な、なんでもないです!」

おかしいな、私は今回あの霧に巻かれていないはず
なのにどうしてこんな存在しない記憶・・・って
いうか幻が浮かんだんだろう。

首を傾げて必死に考える。紫色の霧を見たのは今回が
初めてじゃないから、前に見た時・・・?

だとすればダーヴィゼルドでカイゼル様の胸から
紫色の水晶を抜いた時だ。

あの時、水晶は霧になって消えてそれをうっかり
吸い込んだ私はくしゃみが止まらなくなった。

まさかあの時からずっと私の中でヨナスの力はこの体
を奪おうとしていたんだろうか。

だけどさっき最後に聞こえた悔しそうなヨナスの声
からするとそれもイリューディアさんの力に阻止
されたみたいだけど。

ぐるぐる考え込んで黙ってしまった私をシンシアさん
達はどうしたのかと見ている。

心配をかけちゃいけないと、慌てて

「本当に大丈夫です、なんともないですから!」

と取り繕った時だ。

「良かったっす、ユーリ様!思ったよりも回復が
早いのはやっぱあの魔力を底上げする加工がされた
氷瀑竜の魔石のおかげっすかね⁉︎」

賑やかにユリウスさんがやって来た。その後ろから

「ユリウス副団長、ユーリ様はまだ病み上がりも同然
です。静かにしなければその口を切り裂きますよ。」

いつも通りのシェラさんの声もした。

「どうしてそうアンタは0か100かみたいな極端な
言動しか出来ないんすか⁉︎護衛騎士どころか過激派
っす‼︎」

「黙れといいましたよね」

「ヒェッ!エル君‼︎」

シェラさんに文句を言って返り討ちに遭い自分よりも
小さいエル君に頼るユリウスさん、といういつもの
光景だ。

そんな賑やかなやり取りを見ていたら、ヨナスの力の
脅威は去って日常が戻って来たんだと、やっと私は
実感したのだった。
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