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番外編

チャイルド・プレイ 12

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・・・幼児になって早や三日目の朝を迎えた。

「まだ戻らないって、いったいどーゆーことでしゅか⁉︎」

起き抜けに自分の体を確かめて、まだ小さいことに気付いて声を上げたら

「おはようユーリ、朝から元気だね。」

と隣でリオン様が微笑みながら髪を撫でてきた。そう。小さくなってからは毎晩隣でリオン様が添い寝をしている。

「夜中に目が覚めて水を飲みたくなっても一人じゃ無理でしょう?それに布団からはみ出して寝たりしたらお腹を冷やすから、布団を整えてあげる人も要るしね。」

と、なんだかもっともらしい理由を言っていたけど単純に一緒に寝たいだけだろう。

私の隣で起き上がったリオン様は両手を私の脇の下にいれるとそのまま布団からスポンと取り出した。

・・・畑から引っこ抜かれる大根って、こんな感じなんだろうか。

なんとなく自分が畑の大根になったみたいな気分でいると、夜着代わりにブカブカのバスローブみたいなのを羽織っている私の肩からずり落ちそうになっていたそれを整えてくれた。

そしてそのままベッドの上であぐらをかいたリオン様は、自分の足の間に私を座らせるとベッドサイドの水差しからグラスを取って水を手渡してくれる。

「いつもみたいに寝て起きた時にユーリが元の姿に戻っているんじゃないかと、せっかくブカブカの服装で眠ってもらっているのに、なかなか戻らないねぇ・・・。朝起きた時に僕の隣で裸のユーリがすやすやと眠っているのを期待してるんだけどなあ。」

水を飲む私の後ろ頭を撫でながらリオン様がそんな事を言うので飲んだ水が気管に入ってげほんとむせた。

「何を言ってるんでしゅか⁉︎」

セクハラだ。この世界にはそんな概念がないのでそんな事を言っても仕方ないから言わないけど。

「だっていつ元の姿に戻ってもいいようにブカブカの服を着てもらってるのに。それだって、今のユーリには十分大きすぎるけど元に戻った時には多分小さくてはだけてしまうと思うんだよね。」

そうしてもし裸に近いくらいはだけてしまっていたらそれを整えるのは自分の役目だとリオン様は言う。

「シンシャーしゃんとかマリーしゃんもいましゅよ⁉︎」

「深夜早朝に元に戻った時、彼女達をわざわざ呼んで世話をしてもらうのはユーリは気を遣って嫌がるでしょう?」

またもっともらしいことを言われた。

「しょ、しょれはしょうでしゅけど・・・!」

こうなったら寝ている時じゃなくて起きている時に元に戻るのを願いたい。

結婚式もまだなのに裸でリオン様の隣に寝ているとか節操がなさ過ぎる。そう言っても「僕は全然構わないのに」とリオン様はニコニコしているばかりだ。

と、そこへシェラさんがいつものように朝の世話をしにやって来た。それを見たリオン様が

「もうそんな時間か。じゃあ僕もそろそろ自分の部屋に戻ろうかな?」

とベッドから降りたらシェラさんが

「ああ殿下、朝食はユーリ様とご一緒されますよね?」

とわざわざ確かめた。そんな事聞かなくても、私を膝に乗せてご飯を食べさせたいリオン様は一緒に朝食を取るに決まっているのに。

リオン様も不思議に思ったらしく、なぜそんな事を聞くんだろう?と首を傾げた。

するとシェラさんは

「ユーリ様がまだ元に戻られていないと聞いたシグウェル殿が、念のため様子を見に来たいと仰っておりました。それで、早い方がいいだろうと朝食後に訪れるそうです。殿下がユーリ様と朝食をご一緒されて、その後ももしお時間があるようでしたら同席していただければと。」

と提案してきた。さすがにこの姿で三日目はシグウェルさんも気になるのかな?

リオン様も、

「そういう事なら僕も同席するよ。今日は急ぐような公務もないし、シグウェルがまた何かやらかさないか見張り役も必要だろうしね。」

と頷いた。うん、信用ないなシグウェルさん。私はシグウェルさんを信用して薬を飲んだ結果こうなったけど。

そうしてシグウェルさんの訪問に同席を約束したリオン様が部屋を離れると、シェラさんは

「ではユーリ様もお着替えをしましょうね」

と待ってましたとばかりに今日のドレスを出してきた。

「奥の院のバラ園が見頃ですので、今日はそちらを見に行きませんか?ドレスの色もそれに合わせましたよ。このドレスでバラ園を散策されるユーリ様はきっとバラの花の精のように愛らしいことでしょう。」

そんな事を話しながら見せられたドレスは薄手の軽そうな布地が何重にも重なっていてその表地が鮮やかな赤で、ドレスのスカート部分の布地は内側に行くほど赤から淡いピンクへとグラデーションになっている。

軽い布地のそれは、きっとバラ園を歩くたびにひらひらと揺れてまるで薔薇の花が風にそよいでいるように見えるだろう。

私が幼児になっても、相変わらず私を飾り立てることに全力を注いでいるシェラさんは、バラの花を模した形のルビーにレースのリボンがついた髪飾りも髪に付ける。

こんな手の込んだ、幼児になった私の頭にも合うサイズの宝石の髪飾りを持ってくるなんて。レースのリボンも手編みっぽい繊細さだし、まさかわざわざ作らせたんじゃないよね?幼児になってまだ三日目なのに。

商団だか不労所得だか知らないけど、いくらシェラさんがお金を持っていても無駄遣いじゃないだろうか。

私の髪をいじるシェラさんを鏡台の前に座ったまま鏡越しに見つめていたら、物言いたげな私の視線に気付いたシェラさんは

「この髪飾りはユーリ様が元の姿に戻られた時はコサージュやブローチに転用も出来ますし、そうでなくともレジナスから贈られたあの白いリンゴの花の髪飾りと重ね付けをしても素敵ですよ。」

と説明してきた。だから決して無駄遣いではありませんと言いたいらしい。

最後の仕上げには、大人サイズの鏡台の椅子に座ってぷらぷらさせていた私の小さな足にシェラさんは赤い靴を履かせてくれた。

すぐに脱げないよう足の甲を覆って結ばれているリボンの真ん中にもワンポイントでルビーのバラの花が付いている。

「リボンの結びはきつくありませんか?歩いてみて窮屈なようでしたら教えてください」

かかとまできちんと靴の中に収まったかを確かめて、リボンもきゅっと結んだシェラさんに歩くように促された。

「だいじょぶでしゅよ!」

ぴょんと椅子から飛び降りたら途端に私の足元からピヨッ、と音がした。・・・ん?

聞き間違いかな?とそのまま二、三歩歩いてみれば、歩くたびに間違いなく私の足元からピヨピヨとかわいらしいヒヨコの鳴き声がする。

「にゃんでぇ⁉︎」

これって、おととい黄色のドレスを私に着せた時にシェラさんが言っていたヒヨコの鳴き声の音がする靴だ。

ドレスも靴もバラ園の散策に合わせてイメージされたものだったから、まさかここであの靴を出してくるとは思わなかった。

え?ホントに?確かめるようにぐるぐると部屋の中を円を描くように歩けばやっぱりヒヨコの鳴き声が私の後をついてくる。

「思った通り、ドレスもよくお似合いで靴音も大変可愛らしいですね。見たところ靴もきつくなさそうで安心しました。」

と、シェラさんは満足そうに微笑んでいるけどそういう問題じゃない。

「シェラしゃん!くつ、なんで鳴るの⁉︎」

「バラ園の散策での迷子防止です。昨日シグウェル殿に会ってまだユーリ様が元の姿に戻られていないことを教えるついでにお願いして魔法をかけてもらいました。」

さも当然のようにそう言われた。ということは、朝食後に会いにくるシグウェルさんもそれを知っていて、そんな私の姿を絶対面白そうに見るんだろう。

ていうか、この靴でリオン様との朝食の席に歩いて行くの?

「脱ぎましゅ!」

別の靴にしよう。そう思って床に座り込み足に手を伸ばすけど届かない。手が短いのだ。

しかも三頭身くらいしかなくて頭が大きい幼児の体ではバランスが取れずにそのままこてんと横に転んでしまった。

「・・・‼︎」

屈辱再び、だ。自分で靴一つ脱げない上に転がってしまうなんて。

しかもよく考えたら仮に靴に手が届いたとしても、さっきシェラさんにがっちりと結ばれた靴のリボンが今の私にほどけるとは思えない。完全にシェラさんは確信犯だ。

「だ、だましゃれた・・・‼︎」

きいい、と悔しさを紛らわせるように転がったままうつ伏せになると握りこぶしで床をドンドン叩いてジタバタしたけど、分厚い絨毯は転んだ幼児にも床を叩く手にも優しくその衝撃を受け止めて、ふかふかとした鈍く柔らかな音しかしない。

シェラさんはそんな私を見て

「幼児になったユーリ様の癇癪はいつ見ても可愛らしいですねぇ・・・。ですがせっかく整えた髪が乱れてしまいますからそのくらいにしておきましょうか?」

と全く意に介さずよしよしと頭を撫でるだけだ。

するとその時、軽いノックの音がして

「ユーリ?何を遊んでるの?なんだかドタバタ音がするけど大丈夫?それにさっきからなぜか鳥の鳴き声が・・・」

リオン様とレジナスさんが二人一緒にひょっこりと寝室に顔を覗かせた。

床の分厚い絨毯は私の癇癪が立てる音を吸収してくれたけど、耳が良く人の気配にも敏感な二人にはしっかり聞こえていたらしい。

「・・・リオンしゃま、レジーしゃん!」

うつ伏せになっていた絨毯から顔を上げてシェラさんが私を騙した!と視線で訴える。

だけどその意図は全然伝わらなかったらしく、

「え?転んだの?大丈夫?」

と足早に近付いて来たリオン様に体を持ち上げられて立たされた。

すると途端に私の足元からピヨッ!とひと声かわいいヒヨコの鳴き声がして、リオン様だけでなくレジナスさんの目も丸くなる。

「・・・?」

そのまま確かめるように、リオン様に抱えられたまま二度三度と持ち上げられては床に着地させられて、を繰り返されればそのたびに私の足元からはピヨピヨとヒヨコの鳴き声がする。  

しまいには、どうして私が床に伏せてドタバタと癇癪を起こしていたのかその理由を察したらしいリオン様は、ふるふると肩を震わせて笑いを堪えるように下を向くと

「うん、いいんじゃないかな・・・?」

と褒めてるんだか慰めてるんだかよく分からない事を言った。

「にゃにが⁉︎」

これのどこがいいって言うのか。これじゃ鈴の音がする靴を履いていた時以上に歩くたびに周りの注目を集める。

とりあえず朝食にしようか。となおも笑いを堪えるようにしたリオン様は立ち上がって私と手を繋いでくれたけど、このまま歩いたらまた音が鳴る。

ハッとそれに気付いて

「リオンしゃま⁉︎」

思わず見上げればバレたか、というような顔をされた。たまらず、

「レジーしゃん、抱っこ‼︎」

と声を上げてレジナスさんに助けを求めてそっちを見れば、レジナスさんは私から顔を背けて顔に手を当てプルプルと肩を震わせていた。

耳もうっすらと赤くなっていて、どうやらこっちも笑いを堪えていたらしい。

「レジーしゃんまで!」

「悪い、あまりにも可愛すぎて・・・」

「かわいくない、はじゅかしーんでしゅからね⁉︎」

私は怒ってるんだぞ、ということを言いたくてリオン様と手を繋いだまま足をダン、と床に打ちつければ途端にピヨッ!とかわいい鳴き声が足元からする。

まったく締まらないったらありゃしない。

プルプル震えながら恥ずかしさを堪えてむくれた私を見て、この状況の元凶であるシェラさんは

「こんなにも愛らしいユーリ様がかわいくないならこの世のどこにもかわいいものなど存在しませんよ。」

と頷きながらよく分からないことを言っていた。













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