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番外編

チャイルド・プレイ 13

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また音の鳴る靴を履かせられて機嫌の悪くなった私をあやすように抱き上げたレジナスさんに連れられて、朝食の席ではいつものようにリオン様の膝に座らせられた。

「ほらユーリ、甘いカボチャのスープだよ。こっちのミルクジャムも作りたてでおいしいよ。」

リオン様に機嫌を取られ、鼻先に良い匂いのする朝食を差し出されれば食べないわけにはいかない。食べ物に罪はないのだから。

「あ、やっと笑ったね。機嫌を直してくれたかな?」

いい子だとでもいうように頭を撫でられそう言われて、初めて自分がいつの間にかご機嫌になっていたことに気付く。幼児になった自分の感情に我ながら振り回されている。

「ふつーのくつ、はきたいでしゅ!」

一応もう一度訴えてみたら

「そんなに言うんなら仕方ないね・・・。マリー達も残念がるだろうなあ。」

ものすごく惜しそうにリオン様はそう言った。確かに、さっき朝の準備でシェラさんに同席していたシンシアさんとマリーさん・・・それにリース君とアンリ君までもがキラキラした目で私を見ていた。しかも

「ヒヨコの鳴き声にピッタリの髪型というのを思いつかない自分が悔しいです!」

とマリーさんは本当に悔しそうにしていた。いや、それでいいんですよ?また猫耳みたいな特殊っぽい髪型を創作されても困るし。

そんなことを頭の中で考えていたら、口に運んでもらっていたパンケーキをぽろぽろと食べこぼしていたり口の端にハチミツをつけていたりしていたみたいで

「ユーリ、口の周りについてるよ」

と、リオン様に甲斐甲斐しく世話を焼かれた。

目をつぶって顔を拭かれていれば、目の前にふんわりと甘いミルクの匂いが漂いシェラさんの

「今日はハチミツの他にお菓子作りにも使う香料も入れてみました。いつもと少し違ったおいしさになっていると思いますよ、どうぞお召し上がりください。」

と言う声もする。こっちもまるで私の侍従みたいな世話焼きぶりだ。

するとそこへ

「うわぁ、小さくなって三日も経つとこんなにベッタベタに甘やかされてるもんなんすね⁉︎ユーリ様に子供ができてもこんな感じになるんすかねぇ。ね、団長?」

突然ユリウスさんの声が降って湧いた。

パチリと目を開ければ、シンシアさんに通されたシグウェルさんとユリウスさんが立っている。

私の様子を見に来るのはシグウェルさんだけかと思っていたらどうやらユリウスさんも立ち会うらしい。

「まだご飯終わってないでしゅよ?」

確か朝食後に来るって話だったよね?そう思って話したら、

「相変わらず舌ったらずだな」

シグウェルさんに小馬鹿にしたように目を細めて鼻で笑われた。

「しかたないでしゅよ!いいやすいんだもん‼︎」

「俺の名前もまだ言えないのか?三日も経てばその状態にも慣れてさすがにそろそろ言えるようになっているだろう?」

幼児にまでスパルタだなんて、なんて人だ。

この三日間で幼児状態に馴染んだかどうかも確かめたいということだろうか。

いつの間にか私やリオン様のテーブルの正面に腰をおろしたシグウェルさんを目の前に言葉に詰まった。

ちなみにユリウスさんもその隣に座ると

「俺にも紅茶を頼むっす!団長が早く行きたいって急かすから朝メシ食ってきてないんすよぉ」

とハムとチーズを挟んだパンを早速頬張って、「図々しい男ですねぇ」とシェラさんに呆れられている。

「さあ、言ってみろ」

目を細めてじっと私を見つめてくるシグウェルさんに促されて、渋々

「シ、シギュリューしゃん・・・」

と視線を外しながら呟いた。途端にユリウスさんがパンを食べる手を止めて

「・・・かっ、かわいいー‼︎ちょっと聞いたっすか団長!恥ずかしそうに団長の名前を呼ぶユーリ様とか珍しいモノ見たっすね‼︎」

バシバシとシグウェルさんの背中を叩いて

「止めろユリウス、服が汚れる」

と嫌そうにされているのに、それに構わずに空気を読まずにまだユリウスさんは興奮している。

「またまたぁ、まんざらでもないって顔してるクセに!それに服装なんかいつも無頓着じゃないっすか、え?もしかして照れてる?照れ隠しっすか団長‼︎」

「黙れユリウス」

どうやらいつもシグウェルさんの側にいてその性格を分かっているユリウスさんから見ると、舌ったらずな発音で名前を呼ばれるのはシグウェルさん的には嬉しいものらしい。

そんなシグウェルさん達を見てリオン様も私を膝に抱えたまま

「もしかしてユーリの体調を見に来たって言うのは口実でただ単にユーリに構いたかったってことなのかな?分かりづらいなあ・・・」

と呟いた。するとそれを耳にしたシグウェルさんが、

「ただ遊びに来たわけではありません。まだ元に戻っておらず、かつ体調が安定しているようですので一つ提案があります」

そう言って何もない空中からパッと魔法薬らしきものが入っている小瓶を取り出した。

「それは何?」

魔法薬にシグウェルさんからの提案という組み合わせに嫌な予感しかしないとリオン様とレジナスさんは身構えた。ちなみにシェラさんは面白そうに眺めている。

とん、とテーブルの上に置かれた小瓶の中身はしゅわしゅわ小さな気泡が立っている青い液体だ。

「簡単に言えば成長促進薬と魔法効力無効化薬を足して二で割ったものです。今現在ユーリにかかっている幼児化の魔法を打ち消しつつ元の姿に戻るように促す効果があります。一応犬での実験では成功し、ウサギでは失敗しました。」

それを聞いたリオン様は

「一勝一敗じゃないか!成功する確率は半々だなんて大丈夫なのそれ⁉︎」

さすがにツッコミを入れざるを得なかった。だけどシグウェルさんは動じもせずに

「たった二日で魔法薬を掛け合わせて新薬を作った功績をまず認めるべきでは?」

なんて言っている。

確率は二分の一。いつになるか分からないけど黙って魔法の効果が切れるのを待つか、それともてっとり早くこの怪しい薬に頼るべきか。

普通に考えたら前者だ。だけどヒヨコの鳴き声がする靴を履かせられて遊ばれたりするのはもう嫌だから、戻れるものなら早く戻りたい。

堪え性のない私の中の幼児の部分が顔を覗かせた。

「ルーしゃん、うさちゃんのしっぱいは何?」

「単純に薬が効かなかった。最初に君が飲んだのと同じ魔法薬で子ウサギにしたものにこの薬を与えてみたが、元に戻らずそのままだ。おそらく最初に飲んだ幼少化する薬の効き目の方が勝ったのだろう。」

ということはその場合は単純に元に戻るこの薬が効かないってだけ?

それならもし仮に今これを飲んで効かなかったとしても、元々の幼児化した魔法薬が切れるのを待てばいいだけじゃないのかな?

なんだ、簡単な話だ。そう思って

「飲みましゅ!」

パッと小瓶を手に取った。幼児の手にも取りやすい大きさでフタも固くない。

それを見たリオン様とレジナスさんは慌てて

「待ってユーリ、確かに今の話だと目立った副作用はないように思えるけど人間での試用はまだしてないんだからもっと慎重に・・・!」

「そうだぞユーリ、いつものお前ならもっと慎重なはずだ!」

と止めようとしてきた。だけど幼児の好奇心と堪え性のなさはその忠告を無視した。

「ルーしゃんを信じましゅ!これでもうヒヨコのくつ、ばいばいでしゅよ‼︎」

そう言って小瓶を取り上げられる前にそれをごくりと飲み下したのだった。








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