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番外編
なごり雪 22
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おもむろに口付けたシェラさんに、集まっていた人達の歓声は一際大きくなった。
あまりの驚きに目を見開いたままシェラさんを見つめれば、シェラさんもあの金色の瞳に甘やかな光を浮かべたまま僅かに目を細めて私を見つめている。
『そういえばシェラさんて、私の反応を楽しみながら見つめたままキスするのが好きだった・・・!』
はっと思い出して慌てて目をつぶる前の一瞬、恥ずかしさに視線を外せば目の端にはうっとりしたままこちらを見つめる若い女性やふらふらと気を失って倒れかけている女性が何人か見えた。
シェラさんを間近で見て、相変わらず無駄に垂れ流しっぱなしなその色気にあてられた人達だろう。
そんな事まで考えられるほどシェラさんの口付けは長い。・・・いやなんで⁉︎
ゆうに10秒は経っているんじゃないだろうか。いい加減解放して欲しいんですけど!と思いながら強く目を閉じていたらようやくシェラさんの唇が離れた。
「いいぞ騎士様!」
「ご伴侶様万歳‼︎」
「ご結婚おめでとうございます!」
わあわあと周りから口笛に指笛、拍手と共にそんな声がまだ聞こえてくる。
そんな人達にどう反応していいか分からず困ってしまった私は気恥ずかしさにそちらを見れずに背を向けているというのに、シェラさんはまるで舞台俳優がカーテンコールでアンコールの歓声に応えるかのように得意げに優雅に腰を折ってお辞儀をしている。
そして頭を下げたまま、ちらりと流し目でこちらを見ると
「さあどうぞレジナス、あなたの番ですよ。」
と微笑んだ。・・・へ?レジナスさんの番?
何のことか分からずにいたら、私の背後からふうと一つ大きなため息が聞こえたかと思うと
「すまないユーリ、恥ずかしいだろうが少しだけ我慢してくれ」
レジナスさんの声がかかって腕が引かれた。
そのまままるでダンスをするようにくるりと円を描いてレジナスさんの方へと回転しながら引き寄せられると、至近距離に僅かに目尻を朱に染めたあの生真面目な顔と夕陽色の瞳が一瞬見えた。
パチリと目が合い、レジナスさんは
「・・・こんな重要な場にもその髪飾りを着けてくれてありがとう。よく似合っている。」
そう言った。そしてその眉間に皺を寄せるようにぎゅっと強く目をつぶると私にぐっと覆い被さるようにして口付けてきた。
優雅に流れるような仕草のシェラさんとは違って、気恥ずかしさからか多少強引に押し倒されるような格好になればそれはまるでサルサを踊っているみたいに私の背中がのけ反ったままレジナスさんを受け止めての口付けになる。
その様子にまた周りは盛り上がって、
「こっちのご伴侶様も負けていないな!」
やら
「なんて情熱的なの・・・!」
とか
「素敵、あんな風に強引に奪われてみたいわ」
というため息混じりの声も目をつぶっている私の耳に聞こえてきた。中には
「あのレジナス様が人前でこんな事を・・・⁉︎」
なんて声も聞こえてきたからそれは多分ダーヴィゼルドの騎士達だろう。
いやホント、真面目なレジナスさんが人前でこんな事をするなんて。
一体何が起きているのか訳が分からない。
しかも二人に立て続けに口付けられて足から力が抜けそうになった。するとそれを察したのかすぐに唇を離したレジナスさんにぐいと身を起こされる。
かと思うと一瞬でその腕の中にお姫様抱っこされていた。
「ええ⁉︎」
混乱して赤い顔のままレジナスさんを見れば、
「そのまま俺の肩に顔を埋めていろ。これで皆の注目は俺とシェラに集まっただろうし、ユーリも歩かなくてすむからこのまま祭壇を降りる。」
レジナスさんも赤い顔のままあさっての方向を見ながらそんなことを言っている。そしてそんな私達に
「結婚式の練習の口付けにしては少し荒々し過ぎませんかねぇ、いくらルーシャの黒狼と呼ばれていても何もこんな時まで獣じみた口付けを人前で披露しなくても・・・」
と軽口を叩いたシェラさんを
「黙れ、行くぞ」
とさっきよりも赤みを増した顔のままギロリと睨んだ。
「分かりましたよ、ですが本番ではもう少し優しくユーリ様に口付けてあげてくださいね?」
「うるさい、お前に言われるまでもない」
そんなやりとりを二人がしているのをレジナスさんの肩に埋めた顔越しに聞く。
周りはまだ騒がしく、いいぞやらおめでとうやら言っていてまるで本当に結婚式を挙げて祝福されているみたいだ。
いやいや、これはジークムント様の祝福式なのにこんなにも私達に注目を集めてしまったらヒルダ様達に申し訳なさ過ぎる・・・と思っていた私の耳にヒルダ様の凛とした声が響いた。
「さあみんな、今日は公爵城の庭園を開放し、そこに祝い振る舞いの酒と料理をたっぷりと用意している。時間のある者はどうかそちらへも立ち寄ってくれ。そして我が子の健やかなる成長とユーリ様の結婚を共に祝おうぞ!」
その宣言にヒルダ様万歳!と周囲はまた一際盛り上がった。
こうなるともう祝福式どころかヒルダ様公認のプレ結婚式みたいなものだ。
それでいいんだ・・・?とレジナスさんの肩口に顔を埋めたまま私はさっきよりももっと赤くなっているだろう顔を他の人達に見られないようにしながら歓声の止まないその場を後にしたのだった。
「・・・って感じでダーヴィゼルド最後の日はもう本当に恥ずかしい目に遭ったんですよ!」
「それはまた随分と賑やかで楽しそうだったじゃないか。いいなあ、僕もその場にいたかったよ。」
ダーヴィゼルドでの休暇を終えて帰って来て、向こうでどう過ごしていたのかを夕食後のくつろいだ時間に話して聞かせるとリオン様はワイングラスを片手に本当に羨ましそうにそう言って笑った。
「そうしたら僕もユーリに口付けて結婚式の練習が出来たし、その場も更に盛り上がっただろうに。残念だなあ。」
「や、やめてくださいよ!おかげで確かに足が動かなくても壇上から降りられたし私だけが注目されずに視線は分散されましたけど、全然注目されなくなったわけじゃなかったんですから!」
そう。いくらレジナスさんの肩に顔を埋めていたとはいえ結局注目されていたのに変わりはない。
後で口付け前にあの二人が交わしていた会話の意味を思い返せば、観衆の期待に応えかつ私だけに集まった注目をかわしながら緊張で固まってしまった私を祭壇から動かすために
『先にシェラさんから口付けて、動けなくなった私を抱いて退場する役目は伴侶になった順番を考えてレジナスさんに任せた』
ということだ。私が緊張で固まってしまったあの一瞬でよくもまあそこまで考えたものだ。
「でも今からもう少し人前に出る練習をして多少は慣れておかないと、本番ではもっとたくさんの人達に見られるよ?式の後はパレードで王都を廻るし。」
「うっ」
「結婚式までのあと半年、人前に出るような任務や政務を少し増やして観衆の視線に慣れるようにしてみようか?勿論その場にはユーリを一人にせず僕やレジナスも同行するようにして。そうすれば心細くないでしょ?」
「うー・・・お願いします・・・。」
渋々頷く。仕方ない、立場上いつまでも人前に出るたびに緊張で固まるわけにはいかない。習うより慣れろだ。
「ユーリのそういうちゃんと頑張ろうとするところ好きだよ。」
ふんわりと微笑んだリオン様は一筋すくった私の髪の毛に口付けると、そのままぐっと近付いて顔に唇を寄せる。
「ちょ、ちょっと・・・!」
頬や鼻筋、口へと口付けられながら隣り合って座っていたソファにそのまま押し倒されるようにされたのでストップをかければ
「いいじゃないか、ダーヴィゼルドからはレジナスとも随分と仲良くなって帰ってきたのは嬉しいけど、僕とももっと仲良くして欲しいな。」
なんて言っている。確かに、帰ってきた時も向こうにいた時のくせで馬車を降りてもなんとなくレジナスさんと手を繋いでいた。
そして迎えに出て来てそんな私達を見たリオン様にはからかわれたけど、まさかここでもそれを言われるとは。
「今でも充分仲はいいと思いますけど⁉︎」
「だからもっと仲良く、だよ」
耳元で囁かれてそのままかぷりと耳たぶを噛まれる。
「ひゃ・・・!」
変な声が上がりかけた時だった。部屋の扉が軽くノックされて失礼します、とシェラさんの声がした。
あまりの驚きに目を見開いたままシェラさんを見つめれば、シェラさんもあの金色の瞳に甘やかな光を浮かべたまま僅かに目を細めて私を見つめている。
『そういえばシェラさんて、私の反応を楽しみながら見つめたままキスするのが好きだった・・・!』
はっと思い出して慌てて目をつぶる前の一瞬、恥ずかしさに視線を外せば目の端にはうっとりしたままこちらを見つめる若い女性やふらふらと気を失って倒れかけている女性が何人か見えた。
シェラさんを間近で見て、相変わらず無駄に垂れ流しっぱなしなその色気にあてられた人達だろう。
そんな事まで考えられるほどシェラさんの口付けは長い。・・・いやなんで⁉︎
ゆうに10秒は経っているんじゃないだろうか。いい加減解放して欲しいんですけど!と思いながら強く目を閉じていたらようやくシェラさんの唇が離れた。
「いいぞ騎士様!」
「ご伴侶様万歳‼︎」
「ご結婚おめでとうございます!」
わあわあと周りから口笛に指笛、拍手と共にそんな声がまだ聞こえてくる。
そんな人達にどう反応していいか分からず困ってしまった私は気恥ずかしさにそちらを見れずに背を向けているというのに、シェラさんはまるで舞台俳優がカーテンコールでアンコールの歓声に応えるかのように得意げに優雅に腰を折ってお辞儀をしている。
そして頭を下げたまま、ちらりと流し目でこちらを見ると
「さあどうぞレジナス、あなたの番ですよ。」
と微笑んだ。・・・へ?レジナスさんの番?
何のことか分からずにいたら、私の背後からふうと一つ大きなため息が聞こえたかと思うと
「すまないユーリ、恥ずかしいだろうが少しだけ我慢してくれ」
レジナスさんの声がかかって腕が引かれた。
そのまままるでダンスをするようにくるりと円を描いてレジナスさんの方へと回転しながら引き寄せられると、至近距離に僅かに目尻を朱に染めたあの生真面目な顔と夕陽色の瞳が一瞬見えた。
パチリと目が合い、レジナスさんは
「・・・こんな重要な場にもその髪飾りを着けてくれてありがとう。よく似合っている。」
そう言った。そしてその眉間に皺を寄せるようにぎゅっと強く目をつぶると私にぐっと覆い被さるようにして口付けてきた。
優雅に流れるような仕草のシェラさんとは違って、気恥ずかしさからか多少強引に押し倒されるような格好になればそれはまるでサルサを踊っているみたいに私の背中がのけ反ったままレジナスさんを受け止めての口付けになる。
その様子にまた周りは盛り上がって、
「こっちのご伴侶様も負けていないな!」
やら
「なんて情熱的なの・・・!」
とか
「素敵、あんな風に強引に奪われてみたいわ」
というため息混じりの声も目をつぶっている私の耳に聞こえてきた。中には
「あのレジナス様が人前でこんな事を・・・⁉︎」
なんて声も聞こえてきたからそれは多分ダーヴィゼルドの騎士達だろう。
いやホント、真面目なレジナスさんが人前でこんな事をするなんて。
一体何が起きているのか訳が分からない。
しかも二人に立て続けに口付けられて足から力が抜けそうになった。するとそれを察したのかすぐに唇を離したレジナスさんにぐいと身を起こされる。
かと思うと一瞬でその腕の中にお姫様抱っこされていた。
「ええ⁉︎」
混乱して赤い顔のままレジナスさんを見れば、
「そのまま俺の肩に顔を埋めていろ。これで皆の注目は俺とシェラに集まっただろうし、ユーリも歩かなくてすむからこのまま祭壇を降りる。」
レジナスさんも赤い顔のままあさっての方向を見ながらそんなことを言っている。そしてそんな私達に
「結婚式の練習の口付けにしては少し荒々し過ぎませんかねぇ、いくらルーシャの黒狼と呼ばれていても何もこんな時まで獣じみた口付けを人前で披露しなくても・・・」
と軽口を叩いたシェラさんを
「黙れ、行くぞ」
とさっきよりも赤みを増した顔のままギロリと睨んだ。
「分かりましたよ、ですが本番ではもう少し優しくユーリ様に口付けてあげてくださいね?」
「うるさい、お前に言われるまでもない」
そんなやりとりを二人がしているのをレジナスさんの肩に埋めた顔越しに聞く。
周りはまだ騒がしく、いいぞやらおめでとうやら言っていてまるで本当に結婚式を挙げて祝福されているみたいだ。
いやいや、これはジークムント様の祝福式なのにこんなにも私達に注目を集めてしまったらヒルダ様達に申し訳なさ過ぎる・・・と思っていた私の耳にヒルダ様の凛とした声が響いた。
「さあみんな、今日は公爵城の庭園を開放し、そこに祝い振る舞いの酒と料理をたっぷりと用意している。時間のある者はどうかそちらへも立ち寄ってくれ。そして我が子の健やかなる成長とユーリ様の結婚を共に祝おうぞ!」
その宣言にヒルダ様万歳!と周囲はまた一際盛り上がった。
こうなるともう祝福式どころかヒルダ様公認のプレ結婚式みたいなものだ。
それでいいんだ・・・?とレジナスさんの肩口に顔を埋めたまま私はさっきよりももっと赤くなっているだろう顔を他の人達に見られないようにしながら歓声の止まないその場を後にしたのだった。
「・・・って感じでダーヴィゼルド最後の日はもう本当に恥ずかしい目に遭ったんですよ!」
「それはまた随分と賑やかで楽しそうだったじゃないか。いいなあ、僕もその場にいたかったよ。」
ダーヴィゼルドでの休暇を終えて帰って来て、向こうでどう過ごしていたのかを夕食後のくつろいだ時間に話して聞かせるとリオン様はワイングラスを片手に本当に羨ましそうにそう言って笑った。
「そうしたら僕もユーリに口付けて結婚式の練習が出来たし、その場も更に盛り上がっただろうに。残念だなあ。」
「や、やめてくださいよ!おかげで確かに足が動かなくても壇上から降りられたし私だけが注目されずに視線は分散されましたけど、全然注目されなくなったわけじゃなかったんですから!」
そう。いくらレジナスさんの肩に顔を埋めていたとはいえ結局注目されていたのに変わりはない。
後で口付け前にあの二人が交わしていた会話の意味を思い返せば、観衆の期待に応えかつ私だけに集まった注目をかわしながら緊張で固まってしまった私を祭壇から動かすために
『先にシェラさんから口付けて、動けなくなった私を抱いて退場する役目は伴侶になった順番を考えてレジナスさんに任せた』
ということだ。私が緊張で固まってしまったあの一瞬でよくもまあそこまで考えたものだ。
「でも今からもう少し人前に出る練習をして多少は慣れておかないと、本番ではもっとたくさんの人達に見られるよ?式の後はパレードで王都を廻るし。」
「うっ」
「結婚式までのあと半年、人前に出るような任務や政務を少し増やして観衆の視線に慣れるようにしてみようか?勿論その場にはユーリを一人にせず僕やレジナスも同行するようにして。そうすれば心細くないでしょ?」
「うー・・・お願いします・・・。」
渋々頷く。仕方ない、立場上いつまでも人前に出るたびに緊張で固まるわけにはいかない。習うより慣れろだ。
「ユーリのそういうちゃんと頑張ろうとするところ好きだよ。」
ふんわりと微笑んだリオン様は一筋すくった私の髪の毛に口付けると、そのままぐっと近付いて顔に唇を寄せる。
「ちょ、ちょっと・・・!」
頬や鼻筋、口へと口付けられながら隣り合って座っていたソファにそのまま押し倒されるようにされたのでストップをかければ
「いいじゃないか、ダーヴィゼルドからはレジナスとも随分と仲良くなって帰ってきたのは嬉しいけど、僕とももっと仲良くして欲しいな。」
なんて言っている。確かに、帰ってきた時も向こうにいた時のくせで馬車を降りてもなんとなくレジナスさんと手を繋いでいた。
そして迎えに出て来てそんな私達を見たリオン様にはからかわれたけど、まさかここでもそれを言われるとは。
「今でも充分仲はいいと思いますけど⁉︎」
「だからもっと仲良く、だよ」
耳元で囁かれてそのままかぷりと耳たぶを噛まれる。
「ひゃ・・・!」
変な声が上がりかけた時だった。部屋の扉が軽くノックされて失礼します、とシェラさんの声がした。
応援ありがとうございます!
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