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山月 春舞《やまづき はるま》

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【PW】AD199905《氷の刃》

暗中模索

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   竹田の親もそれに漏れることなく、梨花の病理解剖の申し出をキッパリと断った。

   時間通りの10時に竹田の母親は、医局を尋ねてきた。暁は、形式上の捜査説明と司法解剖が認められない事を伝え、次に梨花が病理解剖の話をしたが竹田の母親は、涙を浮かべながら首をしっかりと横に振りながら暁と梨花に何度も謝り、そして感謝を伝えながら医局を後にした。

「まぁそうだよね…」

   答えが分かっていたとはいえ、やはり来るものがあるのかソファーに座る梨花はあからさまなため息を漏らしながら天を仰ぎ背もたれに体を預けた。

   暁は、肩を竦めながら立ち上がると慰める様に梨花の肩を軽く叩き、医局の出入口へと足を向けた。

「帰るの?」

「現場見てから署戻る、一応こっちも案件あるからな」

「今日の夜は?」

「捜査に進展なければ8時には、終わると思うが?」

「飲み行かない?」

「わかった、終わったら連絡するわ」

   暁は、そう言いながら医局を後にするとその足で現場である遊歩道へと足を向けた。

   その間、暁は不審死の案件について頭の中で反芻していた。

   年が明けた1999年、3月からその死体は発見される様になった。

   今回の含めて計5人の人間が同じ死に方をしている遺体が見つかっている。

   最初に川越市の新河岸川の遊歩道で30代女性が倒れているのが3月の中旬に発見され、それか上福岡市で4月に上旬に、そして志木市で今月の頭に見つかっている。

   そして、今回の案件で4人目の同じ不審死が見つかった。


   被害者には、共通項がない。
   1件目は、30代女性、既婚者
   2件目は、40代男性、未婚者
   3件目は、20代女性、既婚者

   そして、4件目の竹田は20代で未婚者。

   年齢も性別もバラバラだった。

   同じなのがあるとすれば被害者が全員、道端で心臓発作で亡くなっている事と健康体であった事だ。  

   医学的に絶対ありえないっと言うわけでは、ないが明らかにおかしい、っというのが梨花の見解だったがそれすらも何の証拠、確証に至ることなかった。

   結果、この案件は発生しても直ぐに事件性のない自然死扱いをされ程なくして捜査は、打ち切られてきた。
   だが、暁はそれでも1人で捜査を続けていた。

   それは、暁にとって心残りになっている事件を解決へ導く大きな糸口になっていると確信していたからだ。

   人から見れば根拠は同じに死に方という薄っぺらく思えるかもしれないが逆にこれを殺しだとするならばこんな殺し方を出来る人物は、そう多くは、無い筈だ、つまりこの事件を追えば自然と暁の追う事件へ真相へと近づけると踏んでいた。

   しかし、その事件も糸口も確証も見つからず既に暗闇の中へと暁は、放り込まれていた。


   乾いた中に少しだけ湿った匂いが鼻をつく。
   夏が間もなくやってくる、そんな事を知らせる初夏の遊歩道。

   平日の昼間だからだろう。
   人通りは、疎らだった。

   暁は、被害者が倒れていた場所に立つとゆっくりと周りを見渡した。
   開けた遊歩道から見えるのは、閑静な住宅街と少し広い一通の道路だけだった。

   その通りもやはり疎らで昼間にこの程度の通りしかないのなら夜中に目撃者なんかは見込めないだろう。

   そう、ことが上手く運ばないのは、わかっているがそれでも空振りだと分かると心の隅に何か小さいものがしっかりとした重さでのしかかって来る。

   暁は、溜息を漏らしながら煙草に火をつけるとポケットの携帯電話が電子の音を撒き散らした。

「はい、大浦」

『おい!浦!班長が捜査会議も出ないでどこをほっつき歩いてんだ!?』

    開口一番の怒声に暁は受話器から耳をずらしながら顔を歪めた。
    電話の主は、直属の上司の捜査課課長の友坂だった。

「捜査会議等々は、満永みつながに任せてますけど」

『それは副班長だろ、お前が班長なんだから居なきゃダメだろうが!!?』

   絶対ダメと言う訳でもないでしょ?
   そう口に出かかった言葉を慌てて飲み込んだ。

   下手にそんな事を言ったら査定になんて書かれるかわかったものでは、無い。

   暁は、とりあえず、平謝りを続け、直ぐに署に行く事だけを告げて電話を切った。
   盛大なため息を漏らし、再び遊歩道を眺めた。

   穏やかで緩い春の風が頬を切る。

   暁は、その風を感じながらそっと肩から力を抜いた。

   暁が署に着いたのは、それから1時間と満たない11時半だった。
   捜査会議を終えたのだろうか班のデスクに向かうと捜査に出掛けようとしている満永と新人刑事の吉原が地図を見ながら範囲の確認をしていた。

「おはようございます。班長」

   柔和な顔立ちの満永と強面の坊主頭の吉原が暁を見かけるなり挨拶をしてきた。

「おはよう、なぁヨッシーその顔どうにかならんか?」

   暁がそう声をかけると吉原の眉間に深い皺が刻まれた。

「自分、何か変でしょうか…?」

「緊張し過ぎだ。それじゃあ話聞かれる方も怖がってまともに話出来なくなるぞ?」

   暁がそう言うと満永は、肩を揺らし笑い。吉原は、両手で頬を軽くマッサージを始めた。

「そこじゃない、ここだよ。シワより過ぎ。もうちょい力を抜け、大事なのは、スマイルだ」

   暁は、そう言いながら自分の眉間を差した後に自然な笑顔を見せるとそれを吉原が真似て笑ってみせるがとてつもなくぎこちない笑顔をした。

   それを見た満永は、より大きな声で笑い、暁は吉原の肩を叩いた。

「まだ、ぎこちないが、その調子で慣らしていけ」

   吉原にそう告げ、視線を満永に向けると満永は、笑いながら肩を竦めた。

「すいません、課長にバレちゃいました」

「しょうがない、あれでも監察出の人だ、見てない様で見てるんだよあの人」

   満永は、そう聞くと嫌そうな表情で舌を出し肩を竦めた。

「壁に耳あり、障子に目ありだ。とりあえず行ってこい。昨日の捜査資料デスクに置いといてくれ、調書まとめて書いておくから」

「いつも、ありがとうございます」

   満永のお礼の言葉を背に受けながら暁は自分のデスクに鞄を置くとその足で課長室へ向かった。

   扉の前に立ち、ノックをするとぶっきらぼうな言葉で「どうぞ」っと声が聞こえ、名を告げながら部屋へ入った。

   部屋に入るなり、正面に座ると神経質な友坂の視線が暁を刺した。

「来たか、とりあえず、ドアを閉めろ」

   暁は言われた通りに行動し、友坂のデスクの前に立った。

「何のつもりだ?」

   友坂は、呆れた様に背もたれに体を預けながら煙草に火をつけた。

「何がでしょ?」

   暁は、一点を見つめながら返事をすると友坂は、ため息と一緒に勢い良く煙を吐いた。

「その態度だよ、嫌味か?」

「いや、とりあえず、どんな時でもそれなりの態度を取れって言うのが先輩の教えだったのでその様にしてるつもりですけど?」

「だから、それが嫌味かって聞いてんだよ、浦」

「まっさかぁ~」

   暁は、そう言いながら手を振るとゆったりと立ち上がった友坂から平手を一発頭にくらった。

「ったく、庇うこっちの身にもなれってんだよ、お前は」

「いつもありがとうございます、感謝してますよ。本当に」

「そう思うなら、もうちょい慎重に行動してくれ、体裁保つのにこっちの苦労が絶えん」

「ハムの見舞いでも来ました?」

   暁がそう聞くと友坂の目がギロリと動いた。

   届いたのか…

「とりあえず、暫くは潜る様に別の案件にしておけ、たまたま現場が近いなら問題ないが、離れてるのに近づいたら流石につつかれる可能性もあるから気をつけろよ」

   友坂は、そう言うと人払いする様に手を振り、暁は、友坂に対して深々と頭を下げた。

「本当にいつもありがとうございます」

   そう言うと友坂は、鼻をひとつ鳴らした。
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