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山月 春舞《やまづき はるま》

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【PW】AD199908《執悪の種》

不気味な支配者

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   太陽がゆっくりと顔を出し、少し冷めていた世界を起こす様に光を差し込ませる。
   剥き出しの顔や腕に降り注ぐその光が皮膚を焼いているのがよく分かる。
   フト、周りを見渡すとそこには、広大な田んぼに雑木林、長閑な風景の中にポツリと1軒コンクリートの建物が異質な様子で建っていた。

   広大な土地を3階建ての平屋の建物が何棟も整列して立てられている。
   一見すると工場の様な施設に見えるが敷地を囲む高いコンクリートの塀はそれを否定していた。
   千葉拘置所、数km行けば東京都という場所に建てられたそれは、余りにも周りの風景とは、溶け込めて居なかった。

   縁は、そんな建物を眺めながら玄関の自動ドアが空くのを呆然と車の後部座席でタバコを吸っていた。
   出入口のロータリーには、護送車1台と3台の普通車の警護車が停り、多くのスーツを着た男女が縁と同じ様に出入口を見ていた。

   真横から呑気にあくびする声が聞こえて、視線を向けると今にも目を瞑りそうな表情のハルが首を回していた。

   人を巻き込んどいて呑気なモノだな…
   そんな悪態をつきそうになりながらもそんな事を言っても不毛な会話しか生まれないと思って縁は、あえて何も言わなかった。
   連絡があったのは、2日前の夜、突然だった。

『護送の手伝いをするから協力してくれ』

   突然の電話に何となく出ると開口一番の言葉がこれだった。

「護送って、それどういう系統だよ?」

『警察関連、荷物は今また再注目浴びてる人物、お前もそれ関連で御触が回ってんじゃないか?』

   その言葉に縁は先日起きた爆破関連だと言う事が察しはついた。
   噂でアルファの理が関わっているという話もあった事を考えると再注目を浴びている人物となればより的は絞られていく。
   いや、絞られていくというより、その人物しか該当しなくなってくるというのが正確な応えだった。

『とりあえず、空けとけとよ、詳しい事はまた明日』

   無言なのをイエスと捉えた様にハルは一方的に電話を切った。
   そして、次の日の夜、予告通り、ハルは池袋に姿を見せた。
   仕事中のタイミングで現れた時はどうしようかと困ったがそれも直ぐに察したのだろう、ハルは周囲に溶け込みながらコチラを観察していた。

「まさか、探偵をやっているとな」

「探偵じゃない、調査と処理だ」

   対象の家まで着いた時にゆったりとハルは、声を掛けてきた。

   その日の仕事はキャバ嬢にしつこく付きまとう男の身辺調査だった。
   尾行して家と職場を探り、これ以上付き纏うならそれを家族や仕事場にバラすと脅す為の材料集めだった。

「そういや、まだストーカー規制法はまだ無かったなこの時代」

   ハルにそう言われ、縁は肩を竦めながら帰路に着く為に歩き出し、その後をハルはついてきた。

「これから帰るのは待った、そのまま着いてきて貰えるか?」

「それは、明日の話だろ?」

「そうもいかんのよ、一応時の人で注目の的でもあるからな、移送経路を見ておきたい」

   ハルは、そう言うと縁に向かい鍵を放り投げて来た。縁は放物線を描きながら投げられた鍵を受け取った。

「これは、どこの車だ?」

「警視庁の、さっき借りて来た」

「ここまで、誰が運転を?」

   縁にそう言われるとハルは笑顔で首を横に傾けた。

「相変わらず用意周到だな」

「今回は失敗する訳には、いかんのよ」

   ハルは、そう言いながらタバコを咥えると火をつけた。
   車は、近くの駐車場に停めてあり、縁はハルにルートを訊ねながら発進させた。

   下調べの一往復を終えた頃には午前3時を時計は表示していた。

「まさかオールで仕事をさせられるとは…そういや、金…って期待は出来ないか」

   施設沿いの道路に車を停め、座席を寝かしながら縁が言うとハルは、紫煙を外に向けて吐いていた。

「出るよ、20な、手渡し」

「意外と大盤振る舞いだな、そこら辺のチンピラに20とは、20円じゃないよな?」

「20万だよ」

   縁は、下らない冗談を真面目に応えるハルに苦笑いを零しながらまだもっとも暗い空を眺めた。
   ゆっくりと黒から青へ染まる頃に2台の車が到着すると1台から2人のスーツの男が降りこちらに向かってきた。
   ハルがその男達とやり取りを間引きで聞いていたがどうやら、この2人が本来この車の担当らしく、ハルは困るだのと小言を言われていたがそれを意に返す事なく、すいませんと軽く謝りながら後部座席へと移動した。
   縁もそれに習い、車の鍵を渡すと後部座席へ移動し、その時を待った。

   動きがあったのは、朝焼けが終わる午前7時を迎えた時だった。

    施設の門扉が開き、そこへバスの様な護送車が入っていくと3台の警護車も一斉に動いた。
   縁達の車両も類から漏れずそれに続くと1番最後尾に停まった。
   静かな朝の中に妙な淀みを纏った雰囲気が辺りに立ち込める。車を止めると6人のスーツを着た警察官は、出入口から護送車までの道を守る様に立った。

   縁とハルは、その様子を後部座席から見ていたが奥からゆっくりと現れる人物を見つけると自然と車から降り、その様子を伺っていた。

「まるで王様だな」

   ハルが苦笑いを零しながら呟いた。
   言い得て妙で、縁は何とも言えず苦い表情になってしまう。

   灰色のシャツに薄手の長ズボンを纏った、小太りの男、顔は、髭に覆われ、髪はボサボサの長髪。
   引きこもりの男っと言うのが一番似合っている言葉だが、その男こそ2年前日本を震撼させた事件を起こした首謀者、アルファの理の教祖、千条宗元その人だった。

   縁もネットの画像やテレビ等で何度もその姿を見てきたが実物を見るのがこれが初めてだった。

「王様と言うより、浮浪者だろあれじゃ」

   見たまんまの印象を言葉にするとハルは、苦笑いを零した。

「浮世絵離れしてるって意味じゃそうかもな」

「俺にはアレを信じるやつの気がしれん」

「それは、お前が満たされてるから言えるのさ」

   ハルの言葉に縁は視線を向けるとハルの視線は鋭く千条を観察していた。

「人間は脆い、そんなの歴史や記録、物語でふんだんに出てきて、知っているはずなのに人はそれをいつも対岸の火事の様にしか感じていない、明日、1時間、1秒先に自分に起こる事だと思ってはいない、だからいざ自分に起きた時に混乱し、呆然とする、そこに生まれた空白、空虚と言うべきか、そういう所にあぁいう手合いは漬け込んでくる、救済と言ってな」

「まさに弱みに漬け込むか」

「まぁな、それを対岸の火事として見ている俺達からするとなんでって思うかもしれないが、当事者からすれば、救世主であり、縋る対象になるんだろうよ」

   つまり、自分も弱っていたらあの男に縋る時があるという事なのだろうか?
   縁はそう思いながら改めて千条を見たが、どうしても放たれる胡散臭さに信じる事は出来ないだろうなと思ったのが本音だった。

「やはり、良くわからん」

   縁がそう応えるとハルは、肩を軽く竦めた。

「お前はそれでいい」

   そんな会話をしているとフト視線を感じて縁は千条の方へ視線を向けると護送車の出入口で立ち止まり千条は、こちらを静かに見つめていた。

   何か嫌な予感がする。
   縁は、異様なその雰囲気の正体を探る様に千条と目を合わせ、ハルもまたそんな千条から視線を外すことは、なかった。

   暫くして、警護官に乗り込む様に促されて千条が護送車に乗り込むと縁達も再び後部座席に乗り込んだ。
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