第18分隊イロリ《ワケあり分隊長と個性だらけの部隊員達》

山月 春舞《やまづき はるま》

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街のはずれの老夫婦

その背中

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 その日は何かとてつもなく嫌な感じだった。
 チダルは、仕事を終えてから胸元をとぐろを巻く蛇が這いずり回っている様な違和感があった。

「どうしたの具合でも悪いの?」

 夕食の時にルミスからそう訊ねられ、チダルは慌てて首を横に振った。
 恐らく、夕飯を殆ど食べずに呆けていたからだろう、お腹は空いている、食欲もある、だが何とも言えないモヤモヤした感覚に囚われて呆けてしまったのだ。
 以前にもこの感覚と似た事があった、その時での出来事は今でもチダルの中で悪夢の様に残っている。それは軍人になろうと思った切っ掛けのにもなった。
 チダルの出身地であるミルセンは、ユーランドの北東にある、歓楽街と畑に覆われた長閑な街だった。
 北東大隊に軍警が駐屯し、首都までとはいかないがイトよりも栄えた街だった。
 チダルの家は、その歓楽街から外れた場所の農家だった、自分もいずれは農家になるのかそう漠然と暮らしていた14歳の時の冬にこの感覚に襲われたことがあった。
 朝から続くその嫌な感覚にその日が最悪な気分だったのを覚えている。
 こんな日は早く寝てしまおう、そう思って夕飯を済ませてさっさと布団に入って直ぐにそれは起きた。
 夜に響くサイレンで飛び起きる、時刻は21時を回った時だろうかチダルはその音に慌てて飛び起きると乱雑に積んでいたコートを取り出して一目散に外に飛び出していた、チダルの住んでいた地域にではサイレンが冬場でサイレンが鳴る時は二つの意味しかなかった。
 火事が起きた時と冬眠から目覚めた腹を空かした怪物が目覚めた時だ、そのどちらもが非難を最優先で考えなければならず、その時のサイレンはその両方を差していた、雪に覆われた白い闇の中に赤くも橙にも似た光が天を衝く様に上っているのが見えた。
 それはチダルの祖父母が住んでいる地域で方面でそれを見た瞬間にチダルは家族の制止を振り切り走り出していた。祖父母の家に付近に着いた時だった、1匹の大きな影が真中に二足で立ち尽くしていた。
 周囲には、装備を整えた軍人達が魔導銃を向けて怪物を取り囲んでいたが肝心な怪物はそんな事は気する様子もなく歩き出す。

「チダル!?何をしているんだい!?」

 祖母の声にチダルが視線を向けると怪物の視線が向いた、咄嗟に祖母に向かい走り出す、怪物もまた祖母の方向に向かい走り出した、軍人達がそれを止めようと立ちはだかるが巨大な影に飲み込まれては吹き飛ばされる、世界がゆっくりと動く世界でチダルは自分の死を実感した。黒い衝撃が全身を襲い、体が吹き飛ばされた。
 視界が揺れ、全身に電撃が走り痺れて手足に力が入らない、不気味な振動が近づいて来るのがわかる。

「…~!!!」

 遠くから誰かの声が聞こえる、逃げなくちゃ、それだけはわかっている、だが体がまともに動かない、黒い影が周囲を覆う、恐怖でか体が震える。

「助けて…」

 気付くとチダルが呟いていた。

 あの時の恐怖が背筋を走り抜ける。
 こういう時は、何かが起こる。
 だけど、どうしたらいいのかわからない。
 分隊長は、休暇中で今この街にいないし、何よりも何がどうしてかもちゃんと説明が出来ない。
 自室に戻ってもあの時の胸騒ぎで上手く寝付けずにいた。
 時刻は、22時を過ぎ、どうしようもないと思い、気分転換に散歩する事に決めた。

「おや、どうしたの?」

 1階に降りると朝食の仕込みをしていたダーナと会い、苦笑いで寝付けないから散歩に出ると告げるとダーナは、穏やかな笑顔で気をつけてねっと見送ってくれた。
 疎らに灯る街灯に人通りなど全くない通り、昼間でもそこそこの人しか通っていない道は、夜になると無人となり、静けさよりも不気味さが勝った。
 そっと腰元の拳銃型の魔導銃に触れる、胸騒ぎのせいなのかつい持ってきてしまった、それを指先で触れながら小さく深呼吸をした。
 この街の犯罪率は驚くほどに少ない、酔っ払い同士の多少のいざこざで呼び出される時もあるがそれでも武器を取り出す事などなかった。
 今は、静けさよりも人の賑わいを感じたいと思ったチダルは、ギルド近くの飲み屋を目指して歩き出した、ふと、見慣れない人影を見つけて足が止まった。
 男で年齢的には、自分よりも年上だろうか、それよりも気になったのはその風貌だ。
 筋肉質で身長も高く、首筋には斧を象った刺青をしているのが見えた、そんな風貌の者は見た事がないし何よりもその刺青に覚えがあった。あれは確か首都のマフィアのマークだ。
 そんな人物がこの街にいるなんて聞いた事も見た事なのかったチダルは、気になって物陰に隠れて男の様子を伺っているとギルドの居酒屋からもう1人が現れて何かを話し合っているかと思うと連れだって歩き出した。
 チダルは、その光景に不信感を感じて尾行を開始すると男達は、市街地に一軒家で足を止めるとその家の周辺をグルグルと徘徊した。それはチダルがよく世話になっているゴルガン夫妻の家だった。
 強盗か!?
 そう考えたチダルは、腰元から魔導銃を取り出した。なおも男達を監視していると1人が何かを告げたかと思うと何処かへ行ってしまった。残ったのは首筋に刺青を入れた筋肉質の男だけだ。
 どうする、応援を呼ぶか?だけどその間にゴルガン夫妻が襲われるかもしれない、少し考えた末にチダルは、意を決して筋肉質の男に近づくとその気配に気づいたのか男の視線がチダルに向いた。
 チダルは出来るだけ体で魔導銃を隠しながら男に近づくと男もまたチダルに対して半身向きで対峙した。

「軍の者だ。ここで何をしている?」

 チダルがそう問いかけるが男は何も答える様子も誤魔化す様子も見せずにチダルを睨みつけている。

「応えろ」

 チダルが、そう言いながら一歩前に出ようとすると男はその距離を一気に詰めて来た。
 その行動にチダルは反射的に隠していた銃を体に向けて発砲し、男の腹部に命中させた。
 突然の出来事に男の足は、止まるとその場で四つん這いになった。そこで隠していた手からナイフが零れ落ち、チダルは銃を両手で構えると男の頭部を目掛けて構えた。

「動くな!ここで武器を持って何をしている!?」

 なおも言うが男は何も答える事のないままチダルを睨みつけていた。

「チダルくん?どうし…」

 発砲音で外の様子が気になったのかモリスンが家の中から姿を現すと目の前の光景に絶句した。
 そうかと思うと男は、モリスンに視線を向けるや否や、落としたナイフを拾い上げ迫った、しかし腹部を撃たれていた分、動きは鈍く、男が近づくよりも早くその足をチダルが撃ち抜いていた。

「ぎぃ…」

 男は、悲鳴と共にその場で崩れ落ちると同時にチダルは、男に詰め寄るとナイフを遠くまで蹴り飛ばした。

「動くな!!」

 再度、チダルが吠えると男は、うつ伏せになりながらも首だけでチダルと睨みつけた。

「クソガキ…が邪魔しやがって」

 呻くような言葉を吐きながらも睨みつけてくるその視線にチダルは少しだけ引いてしまった。
 それとは対照的にモリスンは、少しだけ男に近づいた。

「ゲイブの手下か?」

 その問いに男の視線は、チダルからモリスンに変わり口元を歪める。

「お前は終わりだ、ゴルガン!!」

 その言葉にモリスンは、表情を変えないままチダルの方を向いた。

「悪い事は言わない、君はこのまま帰りなさい」

 突然のモリスンの言葉にチダルは訳が分からないまま首を振り、そして横に傾けた。

「急に何言ってんすか?こういうのは俺達軍の事案でしょ?モリスンさんこそ…」

「相手が上級貴族でも同じ事が言えるかい?」

 下がっていて、そう言うよりも早くモリスンが応え、チダルは返答に困ってしまった。
 チダルがこの分隊に来るきっかけになったのはその上級貴族の息子と揉めたからでもある、チダルはここに来る以前には、東の街で中隊の隊員をしていたのだがその時の隊の後輩に1人、怠慢な態度が酷い隊員がいた、その態度に何度も上司にどうにかしてもらう様に進言したのだが何故か逆にチダルが悪いと責められ、それで業を煮やしたチダルがその隊員にきつめの注意をすると何故かチダルが注意処分を受ける事になってしまったのだ。のちにわかった事だがその後輩は、通信局に勤める上級貴族の次男坊だと言う事だった。
 軍部は、表向き身分関係なく階級や役職が全てだと言っているがそれはあくまで佐官からであり、それより下は、その権力に振り回されるのだ。
 注意処分から間も無くしてこの分隊に異動になり、チダルはこれが直ぐに左遷なのだと察した。
 この話はフトしたきっかけでモリスンにも話してしまっていた。

「バインドさんもこの件を報告して、あとは任せなさい、もう君が同行できる事態じゃないんだ」

 モリスンがなおも続け、チダルはその言葉に戸惑い、男とモリスンを何度か見た。
 逃げた方が良い、それは嫌でも理解している、これは自分で、いや分隊長であるスリングでもどうにも出来ない事なのかもしれない…
 そう戸惑っていると夜闇を裂くライトの光が目に入り、反射的にモリスンの手を取ると家の中へと入った。
 車のエンジン音が複数台家の前に止まるとドアが開く音が聞こえた。
 チダルは、まだ何かを言いそうなモリスンを黙らせながらドアの隙間から外の様子を伺う。
 数名の逆光で顔は見えないが人影の形だけで男性の集団が何かを持っている状態で此方に向かって来ていた。構えからしてそれが拳銃だと判断したチダルは、ドアの隙間から一発威嚇射撃の為に発砲した。
 その銃撃に迫る人影が足を止めた。

「これ以上近づくな、近づけばこちらは応戦させてもらうぞ!」

 こんな文言で下がらない事は、重々わかっているが向こうは何も答える事無く、迫る様子も見せなかった。

「我々は、軍部警察だ、そこにいる、モリスン・ゴルガン及びマリー・ゴルガンには、事件の重要参考人として投降を命ずる、大人しく従わなければ強制執行を取らせてもらう」

 軍警?
 この付近に軍警があるのは法務局が設営されている隣街だけだ、この街の軍警の役割を担って入るのは分隊であり、そんな報告は受けた事がない。

「自分は18分隊のゴワンヤ一等兵であります、その様な報告は受けておりませんが、どういう事でありましょうか!?」

「一等兵が知るべき案件では、ない!大人しく投降しろ」

「お待ちください!モリスン殿は、私も知る方です、此方で説得を試みるので暫く待っていただけないでしょうか!?」

「ならん!!もしこれ以上時間をかけるのであれば強制執行を行わせてもらう!!」

 どうする?
 チダルは、何も決めれないまま俯く、カタカタと銃を握る手が震え、その手にそっとモリスンの温かい手が触れた。

「大丈夫覚悟していた事だから」

 その一言にチダルは何も言えないまま固まってしまった。
 モリスンは、優しい笑顔でドアを開けようと手を掛けた時だった。

「そんな報告受けてないんですけど、どういう事でしょうかね?」

 外から別な声が聞こえて慌ててドアの隙間を覗くと車のライトの後ろに別のライトの群れが見えた。

「お前らは誰だ?我々は軍警の…」

「18分隊副分隊長のニーナ・レイン少佐、もう一度聞きます我々にはその報告が来てなんですがどういう状況か説明願いますでしょうか軍警さん?」

 そう言いながら小柄な女性が家の前に立ちはだかるとそれに倣う様に部隊員達も家を守る様に並んだ。

「副分隊長風情が我々の執行を邪魔すれば、分隊長がどうなるかわかっているのか?」

「アイツが、どうなろうがどうでもいいわ、それよりもそっちこそ令状に報告なしで管轄外の所で騒ぎを起こしているこの現状こそ規定違反になりますけど、どういう了見でしょうか?」

 ニーナの反論に軍警を名乗った男は、少しだけ黙ると小さく溜息をついた。

「参考人逃亡の観点から本件は、極秘で捜査されていた案件だ、令状などは持ち合わせていないが、此方は此方の命令で動いている」

「だから、命令も無視、令状も無しで話が進むわけないでしょ?もし本当なら令状を持ってきなさい!出なければ報復行為として、此方もそれなりの対処させて貰う」

 ニーナがそうキッパリと応えると軍警を名乗った男は、部下を引き連れてその場を後にした。
 周囲の安全を確認してから、ニーナとルミスが家の前に立つとモリスンは家の中に招き入れた。

「それで、この件に何か心当たりがないわけじゃないですよね?」

 テーブルに座り、モリスンがお茶を運んできた直ぐにニーナがモリスンに訊ねるとモリスンは少し俯きながら何度か頷いた。

「はい…」

 そこから語られたモリスンの告白にニーナ、ルミスは何かを察していたのか表情を強張らせながらも驚いた様子は見せなかった。
 しかし、息子が事故死だと聞かされていたチダルは、驚き何も言えなくなってしまった。
 モリスンの息子は、上級貴族の息子である、ユラシア・ゲイブに任務中に撲殺され、それを調べていた軍警は、息子の死を隠蔽する代わりに当時流行していたGTグール・タブレットの元締めの組織の情報を差し出せとユラシアの父親であるエレン・ゲイブと司法取引をした。
 それに対して法務局に異議申し立てをするといったモリスンとマリーを逮捕拘留し、強制的な同意を求めてきたのだという。

「これで、わかるでしょう、これは貴方達ではどうにも出来ない事なのです」

 モリスンの言葉にニーナとルミスは、お互いを見合うと首を横に振った。

「それは、どうでしょ?」

 ルミスが口を開いた。

「相手は、上級貴族ですよ?」

「正直、それに関してはどうとでも出来ます、これは軍の中でも管轄という規則の話ですから、向こうが管轄外の範囲に許可なく進行してきたとすれば向こうの問題です、そしてそれが上級貴族の申し出であっても正当な理由と礼状が無ければ侵攻しては、ならないんです、ユーランドは共和国であり、法治国家なので」

 そう淡々と説明するルミスにモリスンは、首を横に振った。

「それでも彼等は、ここで騒ぎを起こしてもエレンが全てなかった事にするでしょう…」

 その答えにチダルは、意を決してた。

「なら、逃げましょう、モリスンさん!」

 チダルのその言葉にその場の全員が目を丸々と広げその顔を凝視した。

「お前は、何を言い出すかね?」

 ルミスが呆れた声を上げ、ニーナは、苦笑いをした。

「だって、どうするんすか!?相手は権力でどうにでも出来るんでしょ!?このままでいればモリスンさん達は捕まるし下手すれば殺されるかもしれないんですよね!?」

 チダルがそう言うとモリスンは苦笑いを浮かべた。

「先程も言いましたけど覚悟していた事だと下手に逃げる気はありません」

「なんで、どう考えても向こうの方が悪いじゃないですか…」

「それでも逃げれば向こうと同じになってしまう、それに目的はもう済ませたので私達に後悔はありません」

 モリスンがそう言い切るとチダルは、何も答えられなくなった。

「それにこっちも黙って従う気もないけどね」

 ニーナが一つ鼻を鳴らしながら応えた。

「相手が上級貴族でもですか?」

「勿論、さっき姐さんも言いましたけどこの国は法治国家で我々軍人は、その法を遵守します。向こうが令状やそれを持ってくるんであれば従わないといけませんが、経験上あの手合いがそう言うのを持ってくる可能性は低い、と言うよりも皆無です、もしそうであるなら私達は何処までも反抗するので」

 ニーナが豪語するとルミスは呆れた様に鼻を一つ鳴らした。
 それからニーナは、ゴルガン邸付近を警護対象として周囲に歩兵達を配置すると共にチダルには、邸内で2人の警護を命令した。
 そして、夜明けまで待ち、夜が明けてからモリスン達を洋館へ移送、保護するとの事だった。
 チダルは、モリスンの様子を確認しながら周囲の警戒を怠らなかった。
 外には、ハセルとグロバルとフルーテルが2箇所警戒の1人が自由行動として配置されていた。
 東の空がゆっくりと黒い空から群青に変わり始める。一旦ニーナとルミスは、拠点に帰り、戦闘準備をしてくるとゴルガン邸を出て行った。
 最初に異変を感知したのはハセルだった。

「退避!!」

 その一言と同時に轟音音共に畑が破裂した。土埃が立ち昇り、周囲に畑だった残骸が飛び散っていた。
 チダルは、マリーの寝室にいる、モリスンの元に向かうとマリーはこの音の中でも目を覚ます事無く、モリスンもまた外の騒ぎなど気づいていないかの様に眠るマリーの手を握りながら穏やかな笑顔を浮かべていた。
 その目は、充血しており泣いたのだとわかるとその光景で何が起きたのかわかってしまったチダルは、反射的に玄関に走り出していた、玄関に到着すると同時にハセル達が飛び込んで来るなり玄関を閉じた。

「何があった?」

 チダルがそう訊くとハセル達は、そのまま奥にチダルを連れて行く。

「迫撃砲を装備した車が接近してきてこの家に向かい発射した、それが畑に着弾…」

 クロバルがそう状況説明を仕掛けている時に玄関が破裂し、爆風がチダル達の体を吹き飛ばした。
 幸い怪我はないが、見慣れたそれが壊れていく様にチダルの頭の中が真っ白になった。

「ふざけんなよ…」

 頭の中には、あの日の光景がフラッシュバックする。
 だけどあの時とは、違いがあるとすればあの時とは違い今は、それに対抗する力を持っていると言う事だ。チダルは目の前に落ちているライフル型の魔導銃を握ると玄関だった場所から飛び出すと
 門扉の外に2台のトラックと1台の四輪駆動車が止まっていた。
 車の周辺には、8名の男達、チダルはその中で唯一、銃を持っていない男を見つけるそれが会話にあった上級貴族だと咄嗟に判断して銃口を向ける。
 しかし、引鉄を引くより早く破裂音と共に肩に激痛が走り、気づくとその場で蹲ってしまった。

「ハロイ、これは何だ?」

 冷たい声が聞こえる。

「この地の兵士です」

「あぁ身の程知らずか、見せしめだついでに殺れ」

 チダルの視線は気づくと声の方向に視線が向く。
 空がオレンジに染まり、横並びに見える影の群れに全身に冷たい電流が走る。

「…なんで」

 あの時とは違って力をつけた筈なのに何も出来ない。
 誰も助けられない…

「そんなことないわよ」

 マリーの声が過る。
 スリングによる特別な訓練が始まって暫くした頃の話だ。
 ハセル、ムステル、クロバル、タイロン、フルーテルは、訓練の中でメキメキと実力を上げていく中で自分だけ取り残されてる様な感覚に陥り悩んでいたチダルにマリーはそう言いながら頭を優しく撫でて慰めてくれた。
 元々おばあちゃんっ子だったチダルは、そのぬくもりにかつて祖母のぬくもりを思い出して涙を流してしまった。
 でも、ダメなんだ。
 俺は、あの人の様に出来ない、貴方も貴方が愛した旦那さんも助けられない。
 肝心な時に何も出来ない、あの時のもそうだ…
 祖母の命が危険だと察知して助けに向かった時も…

「助けてくれ…」

 そう呟いていただけだ…
 あの時から何も変わっていない。
 チダルは、悔しさから俯いてしまった。
 次にその耳に届いたのは、駆動音と共に衝突音が鳴り響いた。
 その音に吊られて俯いた顔を上げると1台の車がトラックの群れに突っ込んでいた。
 突然の出来事に男達も慌てふためいていた。
 それと同時に邸宅から数発の発砲音が鳴り響き、チダルの体がふわりと浮いた。

「ハセル!クロバル!中で防衛に入れ!!」

 その声と同時に車のドアが開き、1人の男が降りて来た。
 世界がオレンジ色に染まる中でチダルは、その人影にかつての記憶が呼び起された。
 揺れる橙と白の世界、覆っていた大きいな影は退き、その間に2つの人影がそれと対峙していた。

「おら!!かかってこいや!!悪辣三兄弟が相手してやるよ!!」

「ほざくな」

 微かにわかる服装で軍人だとは理解出来たがその風格は明らかに先程まで怪物を囲んでいた者達は、違っていた。

「俺が先頭行く、お前らは後ろでカバー頼む」

 その言葉と共にもう一つの影が遅れて現れた。

「おうおう、魔導師兵様は言う事は違うね」

「お前、そういう時に下手打つから気をつけろよ」

 2つの影が揶揄いながら言うがその影は気にする事無く、腰元から刀を抜いた。

「行くぞ」

 その一言がチダルが見た最後の光景であり軍人を目指した切っ掛けだった。
 そして、今、その背中をそっとその影の背中と重なる。

「頼んます…分隊長…」

 チダルの意識は、その言葉と共に暗闇へと落ちていった。

     
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