第18分隊イロリ《ワケあり分隊長と個性だらけの部隊員達》

山月 春舞《やまづき はるま》

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街のはずれの老夫婦

蓋から盛れた憎悪

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「つまり、民間人に対して暴行を行っていたテレン中尉を窘めたのが最後にあった時なのですね?」

「そうだ、それ以降は軍の別部署の同期に判断を任せた、私の権限ではどうにも出来ない案件だったのでね」

 軍警部に到着してから会議室へと案内され、トルドル大尉から一昨日の出来事を聞かれていた。
 珈琲を出され、取り調べと言うよりも事実確認というのが正確だった。
 正直、逮捕拘留されると踏んでいたスリングからしたら肩透かしをくらった気分でもある。
 それからもブルーンの様子に何か変な所はなかったかなど聞かれたがスリングは、あえて首を横に振る事にした。
 途中でエレン・ゲイブの事を気にかけていたと言ったところトルドルの顔が一気に青ざめ動揺したのを見てしまったからだ。
 多分、彼の力ではどうにも出来ない、下手な証言をすれば彼等にも余計な被害が及び兼ねない、それならば黙って置いた方が良いと踏んだのだ。
 それから幾つかの質問を受けたが何故ブルーンが殺されたのか心当たりはなく、程なくして解放された。
 軍警を出る際にも何かわかったら連絡をとも言われたが社交辞令の様な言葉で返答してやり過ごした。
 軍警からホテルまでは、数kmの距離があり、近くまで送ってもらい、ホテルに着いたのは、昼過ぎだった。
 ブルーンが殺された、恐らく口封じだろうか、それにしても乱雑すぎる。
 エレンからしたらいい小間使いだった筈なのにこうも簡単に切るとはどういうつもりなのだろうか?
 何よりもエレンに話が回るまでには早すぎる。
 もしカナイがあの後すぐに監察に報告をあげたとすれば監察にエレンの息がかかった存在が居るということになる。
 もしかすると悠長に構えている時間はないのかもしれない。
 スリングは、ホテルに戻ると直ぐに部屋に向かい荷物をまとめる準備を始めた。
 下手したら明日も帰れなくなるかもしれない、それならば自分だけでも早めに帰るのも1つの手だと考えた。
 しかし、そう簡単にいかないのも重々承知している。
 荷物をまとめている間に部屋のドアがノックされた。

「お休みところ失礼します、軍部局人事部監察室第4係長のルゥデン少佐と申します、こちらはバインド少佐は、おりますでしょうか」

 ドアの向こうで今度は監察室の人間で自分と同じ階級と来たもんだ。
 返事をしたので居留守は使えず、仕方なく部屋を開けると軍服を着たキツネが立っていた。

「どうも、初めまして、お噂はかねがね聞いております、バインド少佐、こんな風に生でお会い出来るなんて夢の様です」

「どんな噂かは、わかりませんが今朝方、軍警の方々にも呼ばれましてね、そこでわかる範囲の話はしたんですが、まだ何か?」

 スリングがウンザリした様子で答えるとルゥデンは、口元の月をやんわりと曲げる。

「いやねぇ、それだけじゃね話はついてないんですよ、だって本丸の話は隠したままでしたでしょ?」

「何のことでしょ?」

「とぼけないでくださいよ、エレン・ゲイブの話ですよ」

 異様にまとわりつく不快な雰囲気にスリングは、ドアをさっさと閉めたかったがこれを野放しにしておくのも何か嫌な予感がして部屋に招き入れた。
 もし、妙な動きをすれば直ぐに押さえつける事も念頭に入れる。

「それで話とは?」

 部屋に通して、鍵をしめてルゥデンを窓際の席に座らせてから話を始めるとルゥデンは、部屋の様子を見ながらゆっくりとスリングに対して視線を向けた。

「単刀直入に言います、今回の件、手を引いて貰えないでしょうか?」

「それは、どういった意味ででしょうか?」

「勿論、エレン・ゲイブの事を綺麗さっぱり忘れて頂くという意味です」

「それで、俺に何の得があるんでしょうか?」

「もし、お望みになるなら人事部で貴方を王宮警護官としての復帰の道を手助けさせてもらいます」

「結構です、あの職務にそこまでの思い入れがないので」

 スリングがキッパリと応えるとルゥデンは、表情を変えずに首を横に傾けた。

「そもそも、どうして今更監察が俺の所へ?」

 スリングがそう訊くがルゥデンは表情を何も変化させずに少しだけ考える素振りを見せる。

「今回の一件、スリングさんから見たらどうです?」

「どうとは?」

 何が訊きたいのかわからず素直に訊き返すとルゥデンは、口元を歪める。

「事の発端は、ユラシアの嫉妬から始まったんです、彼は舞台で歌うシランに惚れ、自分のモノにしようとした、しかし彼女には既にウィル・ゴルガンと言う彼氏がいた、それも自分と違い平民で街の薬剤師という自分から見たら格下の相手だった。自尊心の高いユラシアからそれは許せなかったのでしょう、こういう気持ち同じ貴族の貴方なら理解できるんじゃないんですか?」

「お前には、俺がそういう風に見えているんだな?」

「違います?」

 これは、誘われている。相手を決めつけてあえて自分の本心を話させる、情報収集の術の一つだ。
 正解であれば此方は見透かされた感覚に陥り、違っていれば自分の本心を打ち明けて訂正する事になる。
 山原 准の頃に時間が惜しい時に自分も使っていた情報収集手法の一つだ。

「ありがとう、これで色々わかったよ」

「それは、どういう意味でしょ?」

 次に首を横に傾けるのは、スリングの方だった。
 しかし、笑みをみせるだけで何も答えない、沈黙は金、この場合はこれが本当に効果的だ。
 こうなれば相手は以下に様にも捉える事が出来る、それはこちらも同じだが、この部屋へ来たという行動が1つの可能性を教えてくれてもいた。向こうは恐らくまだスリングが薬の売人が追われていたという情報を知らないと思っているという可能性だ、だからそれを探るのを少しでも遠ざける為にここで時間稼ぎをしている。
 でなければ、わざわざスリングの部屋を訪問する必要性はないし軍警だけで見ているという充分なりうる。
 しかし、軍警の次に監察が順番で尋ねるなんて効率が悪過ぎる行動をしている、それなら軍警の施設で同時にやれば良かっただけだの話なのに。しかしそれをしなかった、正確には、出来なかったのだ。
 確かに軍部としては、一枚岩だ、しかしこと政治や貴族絡みとなれば一枚岩では、ない。
 上層部からすれば出世がかかったレースの足の引っ張り合い合戦だ、それを多くの軍人やましてや他の貴族や議員達の支援者に見られたらそれこそ命取りになり得ない。
 だから、わざわざ部屋を訪ねに来た、そして部屋を訪ねるという事は、2つの意味を持つ、1つは他の奴等に知られたくない、もう1つは、スリングに今は動かれたくないという事だ。
 なら、何故スリングに動かれたくないか、それは知られたくない情報があるからだ、それはエレン関連の話でスリングが関係している事、結びつく先が昨日の売人が追われていたという情報だ。
 そして、その売人が南西方面の配送員だとわかれば自然とスリングの分隊駐屯地があるイトへと結びつく。
 つまり、このルゥデンの行動でエレンの動きも幾つかの可能性が生まれる。

「要件は、それだけならもう帰って欲しいんだが、よろしいかな?」

 そうなるとこのままルゥデンに構ってられない、これ以上の無駄な睨み合いに付き合ってもいられない。
 だが簡単に帰ってくれないのもわかっている。

「先程、色々わかったと言われましたが、何がわかったのかこの若輩者に教えて頂けないでしょうか?」

 言葉尻から情報を得ようとする、この手のタイプは何か得られるまで梃でも動こうとしないのだろう、一見大胆だがこれはあくまでも持久戦の様に見せかけた戦法だ。

「断る、帰ってくれないか?」

 何故なら向こうは客人では、なく訪問者であり、此方がもてなす必要はなく、この部屋はこちらの領域であり、判断はこちらにあるのだ。

「そこを…」

「帰れ」

 スリングが被せる様に切り上げるとルゥデンは、これ以上は粘れないと思ったのか会釈をすると部屋を後にした。ルゥデンが出て行ったと同時に盛大な溜息が漏れた。
 今この部屋は、エレンの息かそれともエレンの件を葬りたい誰かによって張られている。最悪スリングを殺すまたは、この場に拘束するつもりなのだろう、そう簡単に帰れなくなりつつある。
 恐らく売人はもう生きていないのだろう。
 そうなるとエレンは、イトに向かっている可能性が高い、どうする…
 スリングは、少しだけ考えた末にフロントに向かうとツィンブリアの部屋を訊ね、その部屋に向かうと手紙をドア下の隙間から差し込んだ。

「頼みます」

 誰に言うでもなく、呟くとスリングは、次に再びアルニアに向かい付近で周囲を見回りしているバルサを捕まえた。

「昨日の今日で、暇なんですか?」

「むしろ、忙しい、今から車両を準備できる奴に知り合いは、いないか?」

「藪から棒になんだ、俺はお前の部下になった覚えはないぞ?」

「わかってる、だが今それを知って居るのは、お前ぐらいなんだよ」

 その応えにバルサも何かを察したのか周囲に視線を巡らせるとスリングに顔を近づけた。

「メイン通りのトロクて車のディーラーにボスの友人だと言えばそれなりの車を用意してくれる、だが向かうなら夕方にしろ、忙しい店でな日中は色んな客が出入りしている」

「助かる」

 スリングは、そう告げると店から離れて目に付いたカフェに入った。
 ホテルから出て3人の気配がバラバラの位置からスリングの行動を探っていた、軍警の気配ではない、どちらかと言えば公安や諜報部の動きに似ている。
 監察室、軍人を捜査する軍人、それは諜報部にも似た動きをする奴が多い部室だ、その為にその人物の経歴や過去等の情報を見られるのは最低でも少将の階級を必要とする。
 凄いな、尾行技術に対する素直な感想だった。
 これをもっと別な所に活かしていれば、そう少しだけ悔しくも感じる。
 向こうの目的は、エレンの行動を隠蔽する事だろう。しかしそれはエレンの為ではない。エレンの協力者とバレている我が身の為だ。
 今回の事が公になれば、エレンは勿論だがそれの為に奔走した自分自身の立場も危うくなる誰か、恐らく監察にも顔が効く、上層部の誰か、最低でも課長クラスであり、少将クラスの誰かがこの件を先導している。
 それが誰なのかわからないがテレンの殺害の速さを考えれば人事部関連の誰かである可能性が高い、しかし軍警にまでその力は及んでない可能性も高い、その証拠にテレンの殺害をスリングの仕業だとでっち上げなかったのを考えると下の階級に手を回せても此方に何も出来なかった事を考えれると怖いのは監察だけになる。
 スリングは、カフェで軽く時間を潰してから街を散策する振りをしながら向こうの動きを感知する。
 向こうは、相変わらずスリングの事を警戒していた、恐らく此方の考えは気づいていないのだろう、それならば出来るだけ目的地から距離を取っておく、向こうがこのままスリングを大人しく帰す気はない筈だ、それなら次に出る手は、自ずと読める。
 それなら、それに備えそして誘発する様に動く、夕暮れの裏路地、建物の影に入れば一目は殆ど避けられる。そして相手はスリングのそれに誘われた、角を曲がると同時に背後の気配が迫って来る、それに合わせてもう一つの気配が正面に回って来る。
 挟み撃ちか、スリングは曲がると同時に周囲に目を向ける、20m程のレンガ調のビルに挟まれた真っすぐな道だ。
 スリングは、あえてその道の真ん中で立ち止まる。
 それと同時に入口と出口に立ち塞がる人影、スリングは静かに臨戦態勢に入った。

「俺に何かようか?」

 スリングが訊くが聞く耳を持ち合わていないのか2つの人影はスリングに迫ってきた。
 一応のお膳立てを済ませ、スリングは正面から迫る影に対して手に風の魔力を纏わせてぶつけると直ぐに体を反転させて背後から迫る影と対峙した。背後から迫る影はスリングに対して不意打ちを狙っていた分、その行動に不意を突かれたのか反射的に足を止めてしまった。スリングの狙いはそこから生まれた一瞬の間だ、背後の人影が足を止めたと同時に足に風の魔力を纏わせて一気に間合いを詰めるてがら空きの腹部に1発、流れる様に顎に向けて肘を振り上げた。
 微かな悲鳴と共に背後の影はそのまま後ろに倒れる、顎に綺麗に入ったから脳震盪を起こして暫くはまともに動けない、しかしそれは長時間でもない持って数分だろう、その間にスリングは再び体を反転させて風をぶつけられて体勢を崩していた正面のから迫る影は、体勢を立て直してスリングへ迫る、此方は歩みに何の迷いを見せない、止まればスリングのペースに惑わされるのを理解しているのだろう、その手には刃渡りが20センチぐらいの片刃のナイフが握られている。
 慣れている、スリングはそう感じながら軽くステップを踏みながら走る線をステップとダッキングで躱す、狙いは手足、恐らく此方の機動力を落としてから致命の入れ様としているのだろう、そのナイフ捌きには、迷いも躊躇いはない。
 だからこそ対するスリングにも迷いも躊躇いもなくなる。
 手に風の魔力を纏わせるとあえてナイフを持つ手に向かいぶつけた。
 刃が皮膚に触れるよりも早く影の手首にスリングの腕刀が叩き込まれた、微かな悲鳴と共に弾かれ、ナイフも空を舞った、普通の腕同士だけのぶつかり合いならナイフを落とす事がないのだろうが風の魔力が込められたそれは、衝撃波を内部まで届ける。
 その衝撃で恐らく手首の骨にヒビ程度は、入れた筈だ。人影の反応を見ながらスリングは後方に下がる人影に迫ると平手で顔面を後頭部を壁に叩きつけた。
 完全に意識が断絶され、膝から崩れ落ちるのを確認すると漸く回る世界から解放されつつある後方から迫って来ていた人影の無防備な後頭部に腕刀を振り落とした。
 意識を失ったのを確認すると魔力感知を巡らせ他の仲間の位置を探る、恐らく報告要員であるそれは、少し離れた位置からこちらの様子を伺っているが向かってくる様子はなかった。スリングはその気配から見えない方向に路地を抜けたが気配は尚もスリングの後を付いて来ていた。
 四元素エレメント持ちか、それもスリングと同じ風の元素だ。
 こうなると巻くのは厄介だ、それにもう時間も残されてないのはスリングも同じだった。
 これ以上は、無駄な時間を過ごすわけにはいかないのだ、スリングは意を決してバルサに紹介されたトロクへ向かった。
 夕暮れ時のメイン通りは多くの人達で犇めきあっていた、スリングは出来るだけ人ごみに紛れながら移動をするが向こうも迷いなくその背後を追ってくる。
 上手く切り抜けられるか、スリングがそんな事を考えながらトロクの看板が見えてきたと同時に目の前の道路に止まっている車から眼帯の男がゆっくりと降りて来た。
 ゴーウス!?
 スリングがその姿を確認するとゴーウスもスリングの姿を一瞥し、小さなハンドサインを見せる。
 こういう時に気が利くヤツだ事、スリングはゴーウスと擦れ違う時にそっと肩を叩き、ゴーウスが乗っていた車に乗り込んだ。
 軍用とはいかなくても長距離を走破できる四輪駆動車は、完全にスリングの考えをわかっている。エンジンもかかりっぱなしでミラーで安全を確認して発車する。
 車に乗ればこちらのものだ、商業区は勝手知ったる道だ、スリングは頭の中でルート描きながら車を走らせた。
 目的地は、イト。
 今から500kmを車で走り抜ける気なのだ。
 機関車と違い真っすぐな道ではない、駐屯の際に使った時間は凡そ12時間だった、今は19時、向こうに着くのは早くて朝の7時だろうか、それでも上手く行けた事を前提に考えてだ。
 しかし、今スリングが打てる手は、これしかない。

「間に合えよ」

 スリングは、煙草を咥え燻らせながら誰に言うでもなく呟いた。
 陽は完全に落ちて空は群青に染まっていた。
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