森の宿のひみつごと

ぽいこ

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65. これからのこと

「それじゃあカティアさん、お世話になりました!城に来る事があれば必ず声をかけてくださいね!皆さま、またお城で!」
「じゃあな、ゲイルもカティアも元気でな」

 翌朝、キースとレティーツィアが出発し、少し遅れてゲイルも村へと帰ることになった。

「本当にありがとね、ゲイル」
「こちらこそ。村に帰るのが億劫になるくらいにはのんびりさせてもらったからな。そうだ、村からの食材はいつものタイミングで良いか?」
「あ、タイミングはいつも通りで大丈夫だけど繁忙期にだいぶ減っちゃったから少し多めにしてもらえるとありがたいかな」
「了解。カイルには村の仕事に慣れさせてるから俺かじいちゃんが届けにくると思う」
「わかった。よろしくお願いします」
「おう。それじゃ、みんなも元気で」

 馬を3頭引き連れても安定した歩き方で帰っていくゲイルの背中を見送り、残された私達は宿へと戻りそれぞれに行動を始めた。サリタニア達は早速掃除に取り掛かってくれた。昨日は寝坊をしたりみんなでパーティーの準備をしたりでいつも通りではなかったから、4人で宿の仕事にとりかかるのはものすごく久しぶりな気がした。

「そういえば…」

 ふと疑問がよぎり、思わず口をついて出てしまった。そこにいた全員の視線が集まる。答えをはっきりとは聞きたくない気はするけれど、でも一度口に出してしまったこの状況で誤魔化すのも出来ないだろう。

「どうしました?カティアさん」
「あ…の、皆さん国境の村に行かれて、村の人達の様子を直接見られたんですよね?その、ターニャの課題は、どのようになったら終わりになってしまうのでしょうか…」

 箒を握る手に力が入ってしまう。以前のようにまた1人になってしまうという不安や寂しさはなくなったけれど、この4人で宿にいられる心地よい日々はいつまで続けられるのだろう。

「そうですね、この辺りの村の現状と問題は見えてきましたが、それでも一部だと思います。天候等によっても出てくる問題もあるでしょうから、ひとまず季節が一巡りするまではここにいる予定ですよ」
「そう、ですか…」

 もう少しこのままの暮らしが出来るらしい事にほっとして手から力が抜ける。

「カティアはわたくしの課題が終わるのを残念に思うのですか?」
「すみません、ターニャにとって喜ばしい事なのは頭ではわかっているのですが、その、この先お別れでないとしてもこの宿に皆さんがいてくださる事がとても嬉しく思えてしまっていて…」
「カティア…わたくし、私もずっとこの宿にいたいです。お料理はまだまだですが、お掃除はだいぶ出来るようになりましたから!」
「はは、ならみんなで転職してくるか」
「そうですわね、わたくし経理ならできますわ」

 私の勝手な思いにこうして笑いながら答えてくれる、そんな人達に囲まれてなんて幸せな事だろうと思う。

「大丈夫ですよカティアさん」
「クライスさん…」
「私は次男ですから婿入りが出来ます」
「クライスさん…?!」

 真面目な顔をしていたのに、予想しなかった台詞が出てきて横でエドアルドが吹き出した。

「おま…そういう事言える…く…」

 どうやらツボに入ってしまったらしく、オーウェンの肩を支えにしてお腹を震わせている。その様子を見ていたら何だかこちらもおかしくなってきてしまった。サリタニアとプリメーラも同様のようだ。

「冗談は冗談でしたが、そこまで笑いを取れるとは思いませんでしたよ」

 呆れたようなそのクライスの言葉がまた余計におかしくなってしまった。

 皆すっかりと慣れた手つきで宿の仕事を一通り終え、食事もして午後の時間をゆったりとプリメーラと過ごす事になった。サリタニアは旅の間にあった事を書類にまとめ、クライスはプリメーラが持ってきた書類と向き合うために2人で小屋に向かった。エドアルドは久しぶりに小屋の周りを見回りがてら散策してくると言って出ていったので、宿には私達とオーウェンの3人だけになった。

「カティアさん、編み物はお得意かしら?」
「得意ではないですが、基本は出来ると思います」
「これなんですけど…ここの部分の終わりはどうしたら良いかおわかりになる?」

 そう言ってテーブルの上に出されたのは赤い綺麗な石を組紐で吊るせるようにしたものだった。どうやら組紐の最後の処理がわからないらしい。

「これならわかります。待っててくださいね、隣で見ながら出来るように同じような紐を出してきます」

 確かカーテン留めを作った時のものがあったはずだ。仮眠室の奥の倉庫を覗くと、少し太めではあるけれど残りの紐を見つけた。テーブルに戻り隣で見本を見せると、プリメーラも問題なく編み終わる事が出来た。

「ありがとうカティアさん。これで旦那様に渡せますわ」
「エディさん宛てのものだったんですね。綺麗な石ですね、お守りですか?」
「ええ、貴族の間では家族の幸福を願って、石に名前を刻んで組紐を決まった形に編んで渡すものですの。結婚したすぐ後に旦那様に渡したものがここにいる間に組紐が切れてしまったようで修理を承ったのですけれど、久しぶりの事でわからなくなってしまいましたの」

 そう言いながらプリメーラは編み上げたばかりの組紐をつまんで石を光にかざして見せてくれた。濃い赤色をした石は光に当たると向こう側が微かに透けて見え、石の中にエドアルドと刻まれた文字が微かに光って見えた。どうやって刻むんだろう。あれ?そういえばこの形どこかで…。

「カティアさん?」
「え?あ、すみません。…あの、これって商人の方が扱ってたりしますか?」
「さぁ…どうかしら、自分の魔力の適正の色の石に自分の魔術で名を刻む事に意味があるものですから…」
「そう、ですよね…」

 商人の誰かが扱っていたものかと思ったけれど違うらしい。あ、でも貴族が持っているのを見てデザインだけ真似て作って売り出した可能性も…

「カティアさん、安心なさって。貴族でも送らない方もいらっしゃいますわ。カティアさんが欲しいと思うのでしたら、わたくしも旦那様もクライスの事は家族同然と思っていますから、カティアさんさえよければ名を刻む過程は代わりにいたします」

 両手を取られプリメーラに真剣な眼差しでそう言われる。何の事だろう、と一瞬思ったけれど、私がクライスにこのお守りを送りたい、もしくはクライスから送られたいと思っていると勘違いさせてしまったらしい。しかもクライスは魔術が使えない、つまりは名を刻むことが出来ないのに。

「いえ、すみません、違うんです。このお守りをどこかで見たことがあるような気がして、商人の方が商品として扱っていたのかなと思っただけです」
「あら、そうでしたの。わたくしこそ勘違いしてごめんなさいね」

 プリメーラは少ししょんぼりとして私の手を離した。指輪の時の勘違いがちょっとしたトラウマになってしまっているのかもしれない。その姿に何だか申し訳なくなってしまい、今度は私からプリメーラの手をとった。

「私が送るとしたら、形式にとらわれずに私の得意なものに気持ちを込めて送りたいです。その時はプリメーラさんにも贈り物をしたいので、受け取ってくれますか?私が作るものなので庶民的なものですけど」

 私に出来るのは裁縫くらいだから、貴族の皆さんが身につけるものとしてはだいぶ貧相なものだろう。でもサリタニア達に旅立ちの前日に手作りの巾着を渡した時の顔を思い出し、きっとプリメーラも喜んで受け取ってくれるだろうと思えた。

「ええ!もちろんですわ。わたくしも家に帰りましたらカティアさんへ贈り物の準備をしてもよろしいかしら?」
「ふふ、あまり高価なものでなければ喜んで」

 思った通り沈んでいた瞳をキラキラとさせて花をほころばせ、手を握り返してくれた。

「それに、クライスさんからはこの魔石のネックレスと、水晶の指輪を贈ってもらってますから、これ以上お気に入りが増えてしまったら着けきれなくなっちゃいます」
「ふふ、紫色も素敵でしたけれど、カティアさんの柔らかいけれど芯の通った雰囲気にその全てを映す水晶が合っていてとても素敵ですわね」

 やはりプリメーラは人を自然に褒めるのが上手いと思う。気恥ずかしいけれど、この水晶に似合っていると言われるのはとても嬉しい。

「この水晶、空にかざせば澄んだ青になって、森の中では深い緑色になるんです。お花の前では色とりどりの光が反射して、とても綺麗なんですよ」
「本当ね…ふふ、カティアさんの指に着けられているだけで、七色の輝きが見えますわ」

 あれ、どうしてだろう。プリメーラの瞳が滲んで見える。何か悲しませる事を言ってしまったのだろうかと口を開きかけると、ふわりと細い腕に抱きしめられた。

「カティアさん、これからもよろしくね」
「え、と、はい。こちらこそよろしくお願いします」

 そう返すと、ぎゅうと腕に力を込められた。それで気付いた。プリメーラもずっとクライスを心配していたのだ。そして、きっと今の会話で、私がクライスの横に居ることに安心してくれたのだ。先程家族同然と言っていたけれど、私も家族に認められたような気がしてじわりと視界が歪んだ。

「プリメーラさん」

 そっとプリメーラの腕に触れて体を離し、澄んだ瞳をまっすぐ捉えてもう一度彼女の手を握った。

「よかったら、貴族の世界を教えてくださいませんか?これからの事はまだ決まってませんが、クライスさんの迷惑にならないように。クライスさんにたくさんの選択肢を渡せるように」

 スコットとの話で、選択肢は自分の考え方ひとつで増える事を知った。考え方だけで増えるのなら、動けばきっといくらでも増えるだろう。これが一緒に考える事に繋がると信じたい。

 プリメーラにも私の気持ちが伝わったようで、一度驚いた顔をした後に、きっと仕事中の顔なのだろう、いつもよりキリリとした目をして頷いてくれた。

「もちろんですわ、わたくしに出来ることならなんでもさせてくださいませ」

 その心強い返答に、姉がいたらこんな感じだろうかと嬉しくなった。
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