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45. ミゲルの村(サリタニアside)
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わたくし達を自宅へ案内してくれた後、ゲイルさんは宿へと馬を走らせてゆきました。少しだけ、以前カティアが泣いた事を思い出して心配に思ってしまいましたが、クライスからゲイルさんに頼んだ事のようですのできっと平気なのでしょう。これでカティアは一人で淋しい気持ちを我慢する事はないですね。
「ターニャさん、こっち。どうぞ」
急な訪問にも関わらず嬉しそうに案内してくれるカイルさんに呼ばれて家の中へと入ります。畑に使うのでしょうか、様々な道具が玄関に置いてあり、一段登った先に敷物で覆われたスペースがありました。カイルさんは敷物の上に人数分の藁で編んだ薄いクッションを置いてくれました。だいぶ暮らしの文化が違うようで少し戸惑いますが、先行してエディが座ってくれましたので、それに続いてわたくしも座ります。藁で出来たクッションは意外と柔らかくて座り心地も良く、疲れた足を癒してくれそうです。
「お口に合うかわかりませんが…」
そう言ってゲイルさんとカイルさんのお祖父様はお茶を出してくれました。
「ありがとうございます。こちらこそ急に訪問してしまい申し訳ありません。夜泊まる宿が決まるまでお邪魔いたしますね」
ゲイルさんは泊まるよう仰ってくださいましたが、やはりいきなり3人も泊まるのはご迷惑になるでしょう。
「宿なんてねぇよ?」
「え?」
カイルさんの発言に驚いてエディを見ますと、エディもびっくりした顔をしています。
「驚かれるのも無理はないですが、この村は客人を各家でもてなす習慣なんですよ」
「まぁ、そうなのですか…大変、クライス兄様に教えてあげないと」
「もしかして宿を探しに?」
「ええ…」
村全体の把握も兼ねていますので無駄足ではないのですが、クライスも宿が見当たらなくてきっと困ってしまうでしょう。ちなみに、この旅の間は、兄妹である事を疑われないように人前ではクライスとエディを兄様と呼ぶようにいたしました。
「カイル、クライスさんを探してきなさい」
「りょーかい!」
ミゲルさんに言われて元気よくカイルさんがクライスを呼び戻しに向かってくれました。わたくしはお礼を伝えて勧められたお茶をいただきます。城やカティアのところで飲むお茶とは違うけれど、素朴な香りが疲れた身体に染みてほっとしてゆきます。
「カティアさんの宿からだいぶ多くの人達がこちらへ流れて行きましたが、宿がなくて不便ではないのですか?」
エディの問いにわたくしも頷きます。スコットさんの商団だけでもミゲルさんのおうちでは泊まりきれないでしょう。
「はは、逆に宿があると困るのですよ。こんな田舎の村ですから、外から来られる客人のもてなしが娯楽の一つなんですよ。だから客人を家に泊めるのに喧嘩になるのです。今日は特にカティアちゃんのところのお客人なので競争率が高かったんですが、ゲイルが顔見知りだったおかげでうちに泊まっていただく事が出来ました」
ミゲルさんはにこにこと嬉しそうにそう言ってくれました。そのようでしたら、お言葉に甘えさせていただくのが良いでしょう。
「ただ、村の者も黙ってはいないでしょうから、夕食までに腹調子は整えておいてくださいね」
「まぁ、ふふ、楽しみにしていますね」
「1日歩いて来たのでありがたいです」
カティアの作るお料理は城で作られるものと系統が同じですが、生活様式をみる限りおそらくこちらの村の食事は文化が違うのでしょう。それを経験できるのも楽しみです。
「ただいまー。クライスさん連れてきたよ」
「ありがとうございました、宿を探して夜まで彷徨うところでした」
「あとマリィおばさんが夕食はまだかって急かされた。早くしないとどんどん料理が増えるかも」
まぁ、それは大変です。お気持ちは嬉しいですが、残してしまってはいけません。
「噂をすればですな。慌ただしくてすみませんが食事にしてもよろしいですかな?」
「ええ、是非お願いします」
カイルさんが村の方々に声をかける為に再び出て行った数分後、ざわざわとした声が家の周りに聞こえてきました。来たね、とミゲルさんが呟くと木製の扉がばたんと勢いよく開き、元気の良いおばさまを先頭に5、6人の方々がお皿やお鍋を手に家の中へと入ってきました。
「あらぁ、かっこいいお兄さん達にかわいいお嬢さんだね!」
「お嬢ちゃんはずいぶん細っこいなぁ、ほら、肉持ってきたからたくさん食べな!」
「街の人なんだって?ごはんが口に合わなかったら遠慮なく言ってね!」
「これ、今日採れたてなんだよ。そのままでも美味しいからたくさん食べてってくれよな!」
次々に話しかけられながら前にお料理を置かれ、流れ作業のようにお礼を言いながらいつ挨拶しようかと迷っているとあっという間に帰っていってしまいました。
「…ご挨拶できませんでした」
こんなにたくさんのお料理を作ってくださったのに名乗る事も出来ませんでした。
「ぷっははは!」
「これ、カイル」
勢いに押されて思わずぽかんとしているとカイルさんに笑われてしまいました。
「だって、3人揃って間抜けな顔して…くくっ…」
笑いを堪らえようとしながらそう言うカイルさんの言葉にわたくしもクライスとエディを見ると、2人もぽかんとしていたようではっとして顔と姿勢を引き締めました。
「はは、みんな新顔のお客人に張り切りすぎているようですな、どうか許してやってください」
「いえ、こちらこそ失礼しました。ありがたくご厚意受け取らせていただきます」
少しだけ照れたような顔をしたクライスがそう答えると、ミゲルさんもにこりと笑って、カイルさんが持ってきてくれたカトラリーと空のお皿を受け取り食事を始める事になりました。
「あ、美味しいと思ったやつとか、苦手なやつとかあったら教えてほしい。明日おばちゃん達にどうだったかって質問責めにされるから」
「わかりました。でも出来れば直接感想をお伝えしたいです」
「それは嬉しい、村の者も喜びます」
先程は挨拶も出来ませんでしたから、せめてお礼は自分で伝えたいです。その為にはお料理の味をそれぞれきちんと覚えておかなくてはいけませんね。わたくしはそう思いながら、まず目の前にある根菜を煮たものに目を向けました。大きなお皿にたくさん入っているので、きっと渡された空のお皿に取って食べるのでしょう。そういえばカティアはいつもそれぞれのお皿に盛り付けてくれていましたね、あれはわたくし達に気を遣ってくれていたのでしょうか。クライスはどう食べるのかしら、とちらりと様子をうかがうと、彼もカトラリーを手にはしていますがなかなか動けずにいるようです。
「…カイル君、我々の食事のスタイルとは違うようなので、作法を教えてもらっても良いですか?」
博識なクライスでもわからなかったようですね。カイルさんはクライスに請われて驚いた顔をしましたが、次の瞬間嬉しそうに胸を張ってクライスの方へと移動してきてくれました。
「仕方ねぇなー!街の人達はお上品だから嫌かもしんないけど、ここでは大皿から好きなもんを好きなだけ自分の皿に盛って食べるんだ。でも好き嫌いがすぎるとじいちゃんのゲンコツが飛んでくるから気をつけてな」
「ありがとう、大皿には自分のカトラリーをつけても良いんですか?」
「うん?他に何で取るんだ?」
盛り付け用のカトラリーはないようですね。大皿料理はパーティーなどで経験済みですが、それにはどれもトング等の盛り付け用の道具が置いてありますし、給仕の者が料理の側にいて盛り付けてくれるものでしたから、自分の食べるものを自分のカトラリーで盛り付けるのは新鮮です。
「お嫌でしたらこちらで盛り付けましょうか」
「いいえ、作法が気になっただけですので、問題ありません。エディもターニャも平気ですね?」
「ええ」
「あぁ、まったく問題ない」
ミゲルさんが気遣ってくださいましたが、わたくしも慣れていないだけで嫌とは思いません。このような食べ方は一緒に食事をしている人達と距離が近くなったようで嬉しいですね。今度カティアともこのようにお食事をしてみたいです。
「ところで、カティアちゃんは元気ですか?」
「はい、それにいつもとてもお気遣いいただいて…我々の事も後学の為にと快く送り出してくれました」
「あなた方はこのまま長い旅に出られるのですか?」
「いえ、ひとまず国境の村まで行って、10日程で宿に戻る予定です」
「それは良かった」
ミゲルさんはそう言ってほっとしたようにスープをよそったお皿に口をつけました。わたくしも真似をしてスープを口にすると、不思議な香りが鼻をくすぐり、ほっとする味がいたしました。畑仕事を生業としているからでしょうか、スープにも根菜やお豆がごろごろと入っていてとても贅沢です。
「カティアちゃん、エリザさんが亡くなってからというもの、あまり顔には出さないが淋しい思いをしていたようだから、あなた方が来てくれてほっとしていたんですよ。あぁそうだ、クライスさんとは今日がはじめましてではないのだが、ご存知かな?」
「えぇ、覚えています。昨晩のミネストローネか美味しかったと仰っていましたね」
クライスが事前に向かった時のお話でしょうか。あれだけ多くの人々が来る宿で偶然お会いしていたのがミゲルさんだったなんて驚きです。
「あの時君の姿を見て、やっとカティアちゃんを迎えに来てくれたと思ったのだが…いやはや残念ですがあなた方にもそれぞれの人生があるので仕方ないですね」
「迎えに…とは?」
「君は、エリザさんの知人の、御親戚だったかな?」
「はい」
「エリザさんに会ったことは?」
「……幼い頃に、少しだけ」
エリザさんとは、カティアのお祖母様だったはずです。クライスはミゲルさんに疑われないように話を合わせているのでしょうか、それとも本当に会ったことがあるのでしょうか。ならば、それをカティアに言わないのは、お父様の命に関係のある事だから…?
「そうですか…ではやはり君ではないのかな…」
「あの…?」
「いや、すまないねぇ。実はエリザさんから、彼女が急に亡くなったりしたら街の方に向かう商人に渡してほしいと預かった手紙がありましてね…」
ミゲルさんは一度食器を置き、懐かしむように遠くを見つめました。クライスも食事をする手を止めてミゲルさんのお顔をまっすぐ見つめています。
「宛先は書いてはおらず、封筒の隅に小さく何かのマークが書いてあるだけでした。それを指摘すると、わかる人にはわかるから商人に渡せばきっと届く、と。エリザさんの葬儀の後、私は言われた通り馴染みの商人に渡しましたが、その商人も更に人に渡したようで、その後の手紙の行方は私にはわかりませんでした」
「手紙には何が書いてあったのかはご存知なのですか」
「いいえ、でもエリザさんの事だから、きっと一人残されるカティアちゃんの為の事でしょう。エリザさんの信頼出来る知人宛か、もしくは存命であればカティアちゃんの他の家族か…だから、宿泊客ではなさそうな君を見て、これでカティアちゃんは淋しい思いをしなくて済むのではないかとちょっと期待したんですよ」
ふぅ、と小さく溜息を吐いてミゲルさんはにこりと笑ってこちらの方を見ました。
「すみません、少し重い話になってしまいましたかな、どうぞ食事を続けてください」
ミゲルさんはそう言って再びスープに口をつけました。何でしょう、うまく言えないのですが、ミゲルさんには全てを見透かされている気がして、今のお話も言葉の向こう側に何か隠されている気がいたします。このまま思い出話として聞き流してはいけないような…。クライスも思うところがあるのか、言われたように食事は再開していますが少し表情が固いようです。
「…あの」
わたくしは何かを言わなくてはいけない気がして、言葉を探します。
「私達はいつかカティアの宿を離れる事にはなりますが、私達もカティアを一人にはしたくないと心から思っています。だから…今はまだどうなるかはわかりませんが、ミゲルさんの不安は私達に預けていただけませんか」
ひどく曖昧で不確かな言葉になってしまいましたが、わたくしの気持ちだけは伝わったようで、ミゲルさんは目尻に皺をたくさん寄せて優しく笑ってくれました。
「その言葉だけでも、爺は嬉しく思います」
「ミゲルさんに誓います、言葉だけにはいたしません」
わたくしは自分自身に言い聞かせるように、ミゲルさんの目をしっかりと見て伝えました。考えましょう、カティアが納得のいく形で、淋しくさせない方法を。
「さぁさぁ、料理はまだまだありますよ、どうぞ召し上がってください」
気を取り直すようにぱちんと両手を合わせて言うミゲルさんに、わたくしたちも食事に気持ちを戻しました。
「ターニャさん、これうまいよ」
そうカイルさんに差し出されたのは丸い形のパイのようでした。ひとつとっていただくと、中には甘いペースト状のものが入っていて、サクサクという食感とほくほくとした食感が同時に楽しめます。
「エディ兄様、これ甘くて美味しいですよ」
「ん、ありがとう」
「エディさん甘いの好きなんだ?じゃあこっちもきっと好きだよ!クライスさんは何が好き?」
「そうですね、この豆を煮たものがこのパンに合って美味しいです」
「じゃあこれがおすすめかな」
ミゲルさんのお話が終わったと判断されたからでしょうか。カイルさんが次々とお料理を勧めてくれます。わたくしも次々とお皿に乗るお料理に口をつけながら、カティアの言った通りですね、とあたたかい気持ちになりました。
「ターニャさん、こっち。どうぞ」
急な訪問にも関わらず嬉しそうに案内してくれるカイルさんに呼ばれて家の中へと入ります。畑に使うのでしょうか、様々な道具が玄関に置いてあり、一段登った先に敷物で覆われたスペースがありました。カイルさんは敷物の上に人数分の藁で編んだ薄いクッションを置いてくれました。だいぶ暮らしの文化が違うようで少し戸惑いますが、先行してエディが座ってくれましたので、それに続いてわたくしも座ります。藁で出来たクッションは意外と柔らかくて座り心地も良く、疲れた足を癒してくれそうです。
「お口に合うかわかりませんが…」
そう言ってゲイルさんとカイルさんのお祖父様はお茶を出してくれました。
「ありがとうございます。こちらこそ急に訪問してしまい申し訳ありません。夜泊まる宿が決まるまでお邪魔いたしますね」
ゲイルさんは泊まるよう仰ってくださいましたが、やはりいきなり3人も泊まるのはご迷惑になるでしょう。
「宿なんてねぇよ?」
「え?」
カイルさんの発言に驚いてエディを見ますと、エディもびっくりした顔をしています。
「驚かれるのも無理はないですが、この村は客人を各家でもてなす習慣なんですよ」
「まぁ、そうなのですか…大変、クライス兄様に教えてあげないと」
「もしかして宿を探しに?」
「ええ…」
村全体の把握も兼ねていますので無駄足ではないのですが、クライスも宿が見当たらなくてきっと困ってしまうでしょう。ちなみに、この旅の間は、兄妹である事を疑われないように人前ではクライスとエディを兄様と呼ぶようにいたしました。
「カイル、クライスさんを探してきなさい」
「りょーかい!」
ミゲルさんに言われて元気よくカイルさんがクライスを呼び戻しに向かってくれました。わたくしはお礼を伝えて勧められたお茶をいただきます。城やカティアのところで飲むお茶とは違うけれど、素朴な香りが疲れた身体に染みてほっとしてゆきます。
「カティアさんの宿からだいぶ多くの人達がこちらへ流れて行きましたが、宿がなくて不便ではないのですか?」
エディの問いにわたくしも頷きます。スコットさんの商団だけでもミゲルさんのおうちでは泊まりきれないでしょう。
「はは、逆に宿があると困るのですよ。こんな田舎の村ですから、外から来られる客人のもてなしが娯楽の一つなんですよ。だから客人を家に泊めるのに喧嘩になるのです。今日は特にカティアちゃんのところのお客人なので競争率が高かったんですが、ゲイルが顔見知りだったおかげでうちに泊まっていただく事が出来ました」
ミゲルさんはにこにこと嬉しそうにそう言ってくれました。そのようでしたら、お言葉に甘えさせていただくのが良いでしょう。
「ただ、村の者も黙ってはいないでしょうから、夕食までに腹調子は整えておいてくださいね」
「まぁ、ふふ、楽しみにしていますね」
「1日歩いて来たのでありがたいです」
カティアの作るお料理は城で作られるものと系統が同じですが、生活様式をみる限りおそらくこちらの村の食事は文化が違うのでしょう。それを経験できるのも楽しみです。
「ただいまー。クライスさん連れてきたよ」
「ありがとうございました、宿を探して夜まで彷徨うところでした」
「あとマリィおばさんが夕食はまだかって急かされた。早くしないとどんどん料理が増えるかも」
まぁ、それは大変です。お気持ちは嬉しいですが、残してしまってはいけません。
「噂をすればですな。慌ただしくてすみませんが食事にしてもよろしいですかな?」
「ええ、是非お願いします」
カイルさんが村の方々に声をかける為に再び出て行った数分後、ざわざわとした声が家の周りに聞こえてきました。来たね、とミゲルさんが呟くと木製の扉がばたんと勢いよく開き、元気の良いおばさまを先頭に5、6人の方々がお皿やお鍋を手に家の中へと入ってきました。
「あらぁ、かっこいいお兄さん達にかわいいお嬢さんだね!」
「お嬢ちゃんはずいぶん細っこいなぁ、ほら、肉持ってきたからたくさん食べな!」
「街の人なんだって?ごはんが口に合わなかったら遠慮なく言ってね!」
「これ、今日採れたてなんだよ。そのままでも美味しいからたくさん食べてってくれよな!」
次々に話しかけられながら前にお料理を置かれ、流れ作業のようにお礼を言いながらいつ挨拶しようかと迷っているとあっという間に帰っていってしまいました。
「…ご挨拶できませんでした」
こんなにたくさんのお料理を作ってくださったのに名乗る事も出来ませんでした。
「ぷっははは!」
「これ、カイル」
勢いに押されて思わずぽかんとしているとカイルさんに笑われてしまいました。
「だって、3人揃って間抜けな顔して…くくっ…」
笑いを堪らえようとしながらそう言うカイルさんの言葉にわたくしもクライスとエディを見ると、2人もぽかんとしていたようではっとして顔と姿勢を引き締めました。
「はは、みんな新顔のお客人に張り切りすぎているようですな、どうか許してやってください」
「いえ、こちらこそ失礼しました。ありがたくご厚意受け取らせていただきます」
少しだけ照れたような顔をしたクライスがそう答えると、ミゲルさんもにこりと笑って、カイルさんが持ってきてくれたカトラリーと空のお皿を受け取り食事を始める事になりました。
「あ、美味しいと思ったやつとか、苦手なやつとかあったら教えてほしい。明日おばちゃん達にどうだったかって質問責めにされるから」
「わかりました。でも出来れば直接感想をお伝えしたいです」
「それは嬉しい、村の者も喜びます」
先程は挨拶も出来ませんでしたから、せめてお礼は自分で伝えたいです。その為にはお料理の味をそれぞれきちんと覚えておかなくてはいけませんね。わたくしはそう思いながら、まず目の前にある根菜を煮たものに目を向けました。大きなお皿にたくさん入っているので、きっと渡された空のお皿に取って食べるのでしょう。そういえばカティアはいつもそれぞれのお皿に盛り付けてくれていましたね、あれはわたくし達に気を遣ってくれていたのでしょうか。クライスはどう食べるのかしら、とちらりと様子をうかがうと、彼もカトラリーを手にはしていますがなかなか動けずにいるようです。
「…カイル君、我々の食事のスタイルとは違うようなので、作法を教えてもらっても良いですか?」
博識なクライスでもわからなかったようですね。カイルさんはクライスに請われて驚いた顔をしましたが、次の瞬間嬉しそうに胸を張ってクライスの方へと移動してきてくれました。
「仕方ねぇなー!街の人達はお上品だから嫌かもしんないけど、ここでは大皿から好きなもんを好きなだけ自分の皿に盛って食べるんだ。でも好き嫌いがすぎるとじいちゃんのゲンコツが飛んでくるから気をつけてな」
「ありがとう、大皿には自分のカトラリーをつけても良いんですか?」
「うん?他に何で取るんだ?」
盛り付け用のカトラリーはないようですね。大皿料理はパーティーなどで経験済みですが、それにはどれもトング等の盛り付け用の道具が置いてありますし、給仕の者が料理の側にいて盛り付けてくれるものでしたから、自分の食べるものを自分のカトラリーで盛り付けるのは新鮮です。
「お嫌でしたらこちらで盛り付けましょうか」
「いいえ、作法が気になっただけですので、問題ありません。エディもターニャも平気ですね?」
「ええ」
「あぁ、まったく問題ない」
ミゲルさんが気遣ってくださいましたが、わたくしも慣れていないだけで嫌とは思いません。このような食べ方は一緒に食事をしている人達と距離が近くなったようで嬉しいですね。今度カティアともこのようにお食事をしてみたいです。
「ところで、カティアちゃんは元気ですか?」
「はい、それにいつもとてもお気遣いいただいて…我々の事も後学の為にと快く送り出してくれました」
「あなた方はこのまま長い旅に出られるのですか?」
「いえ、ひとまず国境の村まで行って、10日程で宿に戻る予定です」
「それは良かった」
ミゲルさんはそう言ってほっとしたようにスープをよそったお皿に口をつけました。わたくしも真似をしてスープを口にすると、不思議な香りが鼻をくすぐり、ほっとする味がいたしました。畑仕事を生業としているからでしょうか、スープにも根菜やお豆がごろごろと入っていてとても贅沢です。
「カティアちゃん、エリザさんが亡くなってからというもの、あまり顔には出さないが淋しい思いをしていたようだから、あなた方が来てくれてほっとしていたんですよ。あぁそうだ、クライスさんとは今日がはじめましてではないのだが、ご存知かな?」
「えぇ、覚えています。昨晩のミネストローネか美味しかったと仰っていましたね」
クライスが事前に向かった時のお話でしょうか。あれだけ多くの人々が来る宿で偶然お会いしていたのがミゲルさんだったなんて驚きです。
「あの時君の姿を見て、やっとカティアちゃんを迎えに来てくれたと思ったのだが…いやはや残念ですがあなた方にもそれぞれの人生があるので仕方ないですね」
「迎えに…とは?」
「君は、エリザさんの知人の、御親戚だったかな?」
「はい」
「エリザさんに会ったことは?」
「……幼い頃に、少しだけ」
エリザさんとは、カティアのお祖母様だったはずです。クライスはミゲルさんに疑われないように話を合わせているのでしょうか、それとも本当に会ったことがあるのでしょうか。ならば、それをカティアに言わないのは、お父様の命に関係のある事だから…?
「そうですか…ではやはり君ではないのかな…」
「あの…?」
「いや、すまないねぇ。実はエリザさんから、彼女が急に亡くなったりしたら街の方に向かう商人に渡してほしいと預かった手紙がありましてね…」
ミゲルさんは一度食器を置き、懐かしむように遠くを見つめました。クライスも食事をする手を止めてミゲルさんのお顔をまっすぐ見つめています。
「宛先は書いてはおらず、封筒の隅に小さく何かのマークが書いてあるだけでした。それを指摘すると、わかる人にはわかるから商人に渡せばきっと届く、と。エリザさんの葬儀の後、私は言われた通り馴染みの商人に渡しましたが、その商人も更に人に渡したようで、その後の手紙の行方は私にはわかりませんでした」
「手紙には何が書いてあったのかはご存知なのですか」
「いいえ、でもエリザさんの事だから、きっと一人残されるカティアちゃんの為の事でしょう。エリザさんの信頼出来る知人宛か、もしくは存命であればカティアちゃんの他の家族か…だから、宿泊客ではなさそうな君を見て、これでカティアちゃんは淋しい思いをしなくて済むのではないかとちょっと期待したんですよ」
ふぅ、と小さく溜息を吐いてミゲルさんはにこりと笑ってこちらの方を見ました。
「すみません、少し重い話になってしまいましたかな、どうぞ食事を続けてください」
ミゲルさんはそう言って再びスープに口をつけました。何でしょう、うまく言えないのですが、ミゲルさんには全てを見透かされている気がして、今のお話も言葉の向こう側に何か隠されている気がいたします。このまま思い出話として聞き流してはいけないような…。クライスも思うところがあるのか、言われたように食事は再開していますが少し表情が固いようです。
「…あの」
わたくしは何かを言わなくてはいけない気がして、言葉を探します。
「私達はいつかカティアの宿を離れる事にはなりますが、私達もカティアを一人にはしたくないと心から思っています。だから…今はまだどうなるかはわかりませんが、ミゲルさんの不安は私達に預けていただけませんか」
ひどく曖昧で不確かな言葉になってしまいましたが、わたくしの気持ちだけは伝わったようで、ミゲルさんは目尻に皺をたくさん寄せて優しく笑ってくれました。
「その言葉だけでも、爺は嬉しく思います」
「ミゲルさんに誓います、言葉だけにはいたしません」
わたくしは自分自身に言い聞かせるように、ミゲルさんの目をしっかりと見て伝えました。考えましょう、カティアが納得のいく形で、淋しくさせない方法を。
「さぁさぁ、料理はまだまだありますよ、どうぞ召し上がってください」
気を取り直すようにぱちんと両手を合わせて言うミゲルさんに、わたくしたちも食事に気持ちを戻しました。
「ターニャさん、これうまいよ」
そうカイルさんに差し出されたのは丸い形のパイのようでした。ひとつとっていただくと、中には甘いペースト状のものが入っていて、サクサクという食感とほくほくとした食感が同時に楽しめます。
「エディ兄様、これ甘くて美味しいですよ」
「ん、ありがとう」
「エディさん甘いの好きなんだ?じゃあこっちもきっと好きだよ!クライスさんは何が好き?」
「そうですね、この豆を煮たものがこのパンに合って美味しいです」
「じゃあこれがおすすめかな」
ミゲルさんのお話が終わったと判断されたからでしょうか。カイルさんが次々とお料理を勧めてくれます。わたくしも次々とお皿に乗るお料理に口をつけながら、カティアの言った通りですね、とあたたかい気持ちになりました。
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