華と蝶

海月 凪

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#01.虫籠

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この世界には、2つの種族が生きていた。

ひとつは、蝶族。
人の身体に蝶の触角と羽を持つ種族。蝶族の多くが華蝶国の蝶の都で暮らしている。家系・血筋によってどんな触角、羽を持つかは異なり、髪色や瞳の色も同様に遺伝。羽には鱗粉を持っている。

もうひとつは、華族。
華を咲かすことの出来る種族。見た目は人となんら変わりない。華蝶国の華の都に住んでいる。家系・血筋によってどんな華を咲かせ、蜜を作れるかは違い、髪色や瞳の色も同様に遺伝。華族の咲かす華には特殊な効果をもつ蜜が含まれている。

彼らは同じ国で、それぞれの都で暮らしていた。








ある日、蝶族に特殊な蝶が生まれた。
触覚、羽が黒く、蝶の持つ美しい触覚と羽からかけ離れていた。
彼は、蝶族に稀に産まれる蛾であった。

彼が生まれたということは誰にも歓迎されなかった。
だから、研究材料にされた。

都に建てられた研究所。彼は、そこで軟禁状態にされ健康的な食事を与えられながら、毎日研究や実験を繰り返されてきた。



それが僕の人生。僕、雪の人生。

[朝]
白で統一された無機質な部屋。窓にも扉にも鍵がかかっており、監禁状態。ご飯は栄養管理の徹底されたもので、部屋にはほこりひとつ無いように衛生管理が徹底されている。生きるには何も支障はない。そう、生きるだけならば。

鍵が開く音がなり、扉が開く。研究員の人が朝食を持ってきた。

「蛾、朝飯だ。」

トーストに何かの果実。そして華の蜜。いつも通りの朝ご飯が机の上に置かれる。僕はまだベッドの上。

「食べ終わったら、実験棟に来い。」
「…はい。」

研究員が部屋から出ていくと、ベッドを降り、椅子に座る。ご飯はいつも文句なしで美味しい。華の蜜も与えられ、その上美味しいと感じられるから、蛾だとしても蝶と同じ器官は存在するのだろう。

ご飯を食べ終わり、部屋を出る。重い足どりで実験棟に向かう。今日もまた、検査が始まる。痛いことは少ない。僕は大きな扉の前に立ち、深呼吸を1回し扉を開ける。

「来たな。」

研究所長の声が聞こえ、俯いていた顔を上げる。そこには、所長と族長がいた。

「…研究の調子は?」

そう族長が聞くと所長は僕の今までの検査結果を伝え始めた。…今日の検査は、少し痛いかもしれない。

「あと、最近。羽の鱗粉から特殊な成分が検出されました。」
「ほう、具体的には?」
「現在、調査中です。」
「早く済ませろ。」
「わかりました。」

僕みたいな、汚い羽にも鱗粉が存在してたのか。とか思っていると、研究員から「これを着けろ」と酸素マスクを渡された。麻酔薬だろう。マスクを受け取り、着ける。しばらくすると視界がぼやけ始め、意識が飛んだ。

[昼]
「…あれ、僕…?」
目が覚める。確か僕は、…あぁ、検査が終わったのか。検査というか何か摘出でもしたのだろう。背中が少し痛む。ベッドから降り、フラフラとした足取りで鏡の前に立つ。背中を確認すると、やはり縫い目があった。皮膚片なんかを取って、一体何をするつもりなのだろうか。

「まあ、どうでもいいや。」

そう、どうでもいいんだ。生きてさえいれば。どうでも、いい。
服を着なおしカーテンを開ける。窓から見える都の景色。とても、綺麗で何度も行きたいと思った。まあ、脱走なんて出来ないからどうにもならないけど。どうせ、蝶みたいに飛ぶことなんて出来ないし。
こういうとき、お伽噺なら動物が寄ってきて慰めてくれる。僕には、そんな動物もいない。やっぱり、独り。

「 ほら、あれだよ! “ 蛾 ” (笑) 」
「 うわ、まじじゃん! 汚~ (笑) 」
「 ッッ、… 」

また、外から好き勝手言われる。窓から見える景色は好きだけど、こうなるからダメなんだ。昼間なんかに外を見るもんじゃない。さっさと閉めよう。

「 逃げんのかよ!w 」
「 蛾の分際で調子乗んなよ!w 」

僕は、汚くなんかない。逃げてもない。調子にも乗ってもない。

ただ、蝶じゃなくて蛾なだけ。

ただ、触角と羽の色が蝶よりも黒いだけ。

けれどそれが、蝶の中では最も重要なこと。蝶の位を示す重要な証。その証というものが、位というものが、僕にとっては足枷にしかならない。蛾に産まれた以上、もうどうにもならない。

『蝶になれたら。』

なんて思っても、どうにもならない。

「 …寝よう。」

やることのない僕は、昼間は大体寝てる。そのせいで、ほぼ夜行性になっているが、何か大きな支障が出るわけではない。検査のときに少し眠くなるだけ。でも、強制的に起こされ続けるから別に関係ない。

《夜》
目が覚めた。もう、すっかり夜だ。この時間になれば、皆寝静まっている。もう外に出られる。机の上にご飯が置かれているのを目の端で確認しながら、また景色を眺める。

「 静か。」

朝早い時間には、誰もいないから気にせずに眺めれる。

「 抜けだせれないかな。」

今日は少し、期待してみることにした。

窓にある鍵は潰れて使えない。扉も鍵がかかってる。唯一希望が持てるのは…

「天窓。」

鍵が潰れてる様子も無いし。飛べさえすれば…

「飛ぶって、どうやるんだろ」

そういえば、ずっと 飛べない って言われ続けてたから飛んだこと無かっただけで、飛ぼうとすらしたことがなかった。

外を見ると、ちょうど店から人が出てきた。

「思ってたよりも、すごい、あれだな。」

あんなバサバサ動かすんだな。結構当たると痛いだろ、あれ。

「…よし!」

なんか、やる気出てきた。
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