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「お嬢様、門前に『身元不明の困窮者』が集団で押し寄せております。いかがいたしましょうか?」
セバスが、銀のトレイに数枚の督促状を乗せて報告に来た。
「困窮者? 我が領地は現在、完全雇用を実現しているはずですが。……まさか、炊き出し目的のフリーライダー(タダ乗り)ですか?」
ベルモットは帳簿を閉じ、冷ややかな瞳を上げた。
「いえ。……かつてこの国の第一王子と呼ばれていた個体と、その取り巻きでございます」
屋敷の豪華な門扉の前にいたのは、泥にまみれた馬車と、見る影もなくやつれたクロード王子、そして顔を隠して震えているメアリだった。
「ベルモット……! 頼む、会ってくれ! このままでは、王室が……我が家が破産してしまうんだ!」
門越しに叫ぶクロードの姿は、もはや王族の威厳など一リも残っていない。
ベルモットは日傘を差し、カシアンを伴って悠然と門の前まで歩いていった。
「おやおや。これは、国家予算という名のポケットマネーを使い果たした、稀代の放蕩投資家ではありませんか。本日のご用件は? 債務整理の相談なら、法務担当を通してください」
「ベルモット! 笑い事ではないんだ! メアリが……メアリが『魔除けのドレス』だの『幸運を呼ぶ宝石』だのと、得体の知れない詐欺師に騙されて、王家の予備費まで注ぎ込んでしまった!」
クロードが隣のメアリを指差す。メアリは「だって、わたくし、不安だったんですもの……っ!」と泣き崩れている。
「不安、ですか。精神的不安を解消するために流動資産を枯渇させるとは、リスクマネジメントの概念が欠落していますわね。……それで、私に何を求めているのですか?」
「……金を貸してくれ! 金貨三万枚あれば、当座の不渡りは防げるんだ! お前には、この荒野で稼いだ莫大な富があるだろう!? 元婚約者の情けとして……!」
ベルモットは、心底愉快そうに、くすくすと笑い声を上げた。
「情け? 殿下、あなたは今、市場において最も価値のない通貨を提示されましたね。……カシアン閣下、あなたは格付けの低い債務者に、無担保で融資を行いますか?」
カシアンは、隣でクロードを憐れむような目で見つめた。
「ありえないな。格付けD以下のジャンク債(ゴミのような債券)に投資するのは、金を暖炉に放り込むのと同じだ」
「その通りですわ。クロード殿下。現在の王家の信用等価(クレジットスコア)はマイナス。三万枚の融資など、ドブに捨てるよりタチが悪い」
「な……っ! ベルモット! お前は、自分の故郷が滅びてもいいと言うのか!」
クロードが必死に叫ぶ。しかし、ベルモットは冷徹に言い放った。
「故郷、という情緒的な価値は、貸借対照表には記載されません。……ですが、私は慈悲深い。一つだけ、解決策を提示してあげましょう」
「ほ、本当か!?」
「はい。王室の『民営化』です。王家の全資産、および統治権の一部を我がアグレット・ホールディングスに売却(バイアウト)してください。私が経営再建を請け負い、あなた方を『時給制の広報担当』として再雇用してあげますわ」
「王室を……売却だと……!?」
クロードの顔から血の気が引く。それは、王族としての誇りを完全に捨て、ベルモットの「従業員」に成り下がることを意味していた。
「嫌よ! そんなの絶対に嫌! わたくし、泥にまみれて働くなんて……っ!」
メアリが叫んだ瞬間、ベルモットの瞳が鋭く光った。
「メアリ様。選べる立場だと思っているのですか? 明日の朝には、あなたの宝石一つに至るまで、借金の差し押さえが始まりますわよ。……セバス、門を閉めなさい。彼らの『破産の叫び』を聞く時間は、一秒たりとも報酬を生み出しません」
「御意」
重厚な鉄の門が、非情な音を立てて閉ざされた。
「待ってくれ! ベルモット! 頼む、助けてくれぇぇぇ!」
閉ざされた門の向こうから、王子の情けない泣き声が響くが、ベルモットは一度も振り返らなかった。
「……さて。カシアン閣下。王家の資産買い叩き(バーゲンハンティング)の準備を始めましょう。安く買い取って、高く再生させる。これこそビジネスの醍醐味ですわ」
「……君は本当に、一度敵に回すと恐ろしいな。だが、そんな君だからこそ、私の国を預ける価値がある」
カシアンはベルモットの肩を抱き、満足そうに微笑んだ。
王都で贅沢の果てに滅びゆく者たちと、荒野で富を築き、国さえも飲み込もうとする者。
ベルモット・フォン・アグレットの辞書に、「救済」という言葉はない。あるのは「再建」か「廃棄」の二択だけである。
セバスが、銀のトレイに数枚の督促状を乗せて報告に来た。
「困窮者? 我が領地は現在、完全雇用を実現しているはずですが。……まさか、炊き出し目的のフリーライダー(タダ乗り)ですか?」
ベルモットは帳簿を閉じ、冷ややかな瞳を上げた。
「いえ。……かつてこの国の第一王子と呼ばれていた個体と、その取り巻きでございます」
屋敷の豪華な門扉の前にいたのは、泥にまみれた馬車と、見る影もなくやつれたクロード王子、そして顔を隠して震えているメアリだった。
「ベルモット……! 頼む、会ってくれ! このままでは、王室が……我が家が破産してしまうんだ!」
門越しに叫ぶクロードの姿は、もはや王族の威厳など一リも残っていない。
ベルモットは日傘を差し、カシアンを伴って悠然と門の前まで歩いていった。
「おやおや。これは、国家予算という名のポケットマネーを使い果たした、稀代の放蕩投資家ではありませんか。本日のご用件は? 債務整理の相談なら、法務担当を通してください」
「ベルモット! 笑い事ではないんだ! メアリが……メアリが『魔除けのドレス』だの『幸運を呼ぶ宝石』だのと、得体の知れない詐欺師に騙されて、王家の予備費まで注ぎ込んでしまった!」
クロードが隣のメアリを指差す。メアリは「だって、わたくし、不安だったんですもの……っ!」と泣き崩れている。
「不安、ですか。精神的不安を解消するために流動資産を枯渇させるとは、リスクマネジメントの概念が欠落していますわね。……それで、私に何を求めているのですか?」
「……金を貸してくれ! 金貨三万枚あれば、当座の不渡りは防げるんだ! お前には、この荒野で稼いだ莫大な富があるだろう!? 元婚約者の情けとして……!」
ベルモットは、心底愉快そうに、くすくすと笑い声を上げた。
「情け? 殿下、あなたは今、市場において最も価値のない通貨を提示されましたね。……カシアン閣下、あなたは格付けの低い債務者に、無担保で融資を行いますか?」
カシアンは、隣でクロードを憐れむような目で見つめた。
「ありえないな。格付けD以下のジャンク債(ゴミのような債券)に投資するのは、金を暖炉に放り込むのと同じだ」
「その通りですわ。クロード殿下。現在の王家の信用等価(クレジットスコア)はマイナス。三万枚の融資など、ドブに捨てるよりタチが悪い」
「な……っ! ベルモット! お前は、自分の故郷が滅びてもいいと言うのか!」
クロードが必死に叫ぶ。しかし、ベルモットは冷徹に言い放った。
「故郷、という情緒的な価値は、貸借対照表には記載されません。……ですが、私は慈悲深い。一つだけ、解決策を提示してあげましょう」
「ほ、本当か!?」
「はい。王室の『民営化』です。王家の全資産、および統治権の一部を我がアグレット・ホールディングスに売却(バイアウト)してください。私が経営再建を請け負い、あなた方を『時給制の広報担当』として再雇用してあげますわ」
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クロードの顔から血の気が引く。それは、王族としての誇りを完全に捨て、ベルモットの「従業員」に成り下がることを意味していた。
「嫌よ! そんなの絶対に嫌! わたくし、泥にまみれて働くなんて……っ!」
メアリが叫んだ瞬間、ベルモットの瞳が鋭く光った。
「メアリ様。選べる立場だと思っているのですか? 明日の朝には、あなたの宝石一つに至るまで、借金の差し押さえが始まりますわよ。……セバス、門を閉めなさい。彼らの『破産の叫び』を聞く時間は、一秒たりとも報酬を生み出しません」
「御意」
重厚な鉄の門が、非情な音を立てて閉ざされた。
「待ってくれ! ベルモット! 頼む、助けてくれぇぇぇ!」
閉ざされた門の向こうから、王子の情けない泣き声が響くが、ベルモットは一度も振り返らなかった。
「……さて。カシアン閣下。王家の資産買い叩き(バーゲンハンティング)の準備を始めましょう。安く買い取って、高く再生させる。これこそビジネスの醍醐味ですわ」
「……君は本当に、一度敵に回すと恐ろしいな。だが、そんな君だからこそ、私の国を預ける価値がある」
カシアンはベルモットの肩を抱き、満足そうに微笑んだ。
王都で贅沢の果てに滅びゆく者たちと、荒野で富を築き、国さえも飲み込もうとする者。
ベルモット・フォン・アグレットの辞書に、「救済」という言葉はない。あるのは「再建」か「廃棄」の二択だけである。
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