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グラウ領の頑丈な鉄門の外。
かつて「真実の愛」を誓い合ったクロード王子とメアリ男爵令嬢は、砂埃の舞う地べたに座り込んでいた。
「……お腹が空きましたわ、クロード様。わたくし、もう三時間も何も食べていませんのよ?」
メアリが泥のついた顔で、不満を隠そうともせずに吐き捨てた。
「私だって空腹だ! だが、持ち金はすべて門番への賄賂(断られたが)で使い果たしたんだ。……そもそも、君が昨日『開運の干し肉』なんて怪しいものを金貨一枚で買ったのがいけないんだろう!」
「なんですって!? あれはわたくしたちの運気を上げるための必要経費ですわ! それを言うなら、クロード様こそ、さっきの門番に『俺は王子だぞ』なんて無駄な威圧をして時間を浪費したではありませんか!」
二人の間に、かつての甘い空気は微塵も残っていない。
そこにあるのは、空腹と焦燥が生み出した、剥き出しの「責任のなすりつけ合い」だった。
「……君のその、金に汚い本性には愛想が尽きたよ、メアリ。ベルモットはもっと理知的で、私の財布の管理も完璧だった……」
「あら、今更ベルモット様と比較なさるの? おかしいわね。あの卒業パーティーでは『冷酷な女とはおさらばだ!』なんて叫んでいたのはどこのどなたかしら?」
メアリが鼻で笑い、クロードのプライドを容赦なく踏みにじる。
「わたくしも、まさか第一王子がここまで無能だとは思わなかったわ。お金も出せない、土地も守れない、ただの『肩書きだけの置物』に用はありませんの!」
「なっ……! 貴様、今の言葉をもう一度言ってみろ!」
「何度でも言ってあげますわ! クロード様なんて、ベルモット様の足元にも及ばない『粗大ゴミ』ですわよ!」
二人が取っ組み合いの喧嘩を始めようとしたその時、門の上にあるバルコニーのカーテンが開き、ベルモットとカシアンが姿を現した。
ベルモットの手には、キンキンに冷えた果実酒のグラスと、湯気の立つ豪華な肉料理の皿がある。
「……セバス、現在の外気温と彼らの体温消費率を計算してください」
「は。気温二十八度。彼らは激しい口論により心拍数が上昇しており、通常時より二〇パーセント増しでカロリーを消費しております。あと三十分もすれば、空腹により活動停止するでしょうな」
ベルモットは優雅に肉を一口運び、それをじっと見つめる門外の二人を見下ろした。
「……見苦しいですね。愛という無形資産が底を突いた瞬間、これほどまでに醜い『債務超過』に陥るとは。これがあなた方の言う『真実の愛』の最終的な決算報告ですか?」
「ベルモット! 頼む、食べ物を……! パンの耳でもいい、恵んでくれ!」
クロードが門にしがみつく。メアリもそれを押しのけて叫んだ。
「ベルモット様! わたくしが悪うございました! 殿下との愛なんて、ただの『一時的な勘違い』だったんです! わたくしをここで雇ってください、なんでもしますわ!」
ベルモットはグラスを揺らし、冷徹に微笑んだ。
「お断りします。……メアリ様、あなたは以前、私の前で『愛があればお金なんていらない』と仰いましたね。その言葉、今こそ実践する時ではありませんか? 食べ物がなくても、愛があれば細胞は活性化する……という理論を、ぜひ身をもって証明してくださいな」
「そんなの嘘に決まってるじゃない! お金がなきゃ、お肌もボロボロになるし、お腹だって空くのよ!」
「おやおや。ついに真実の回答(正解)に辿り着きましたね。……経済という基盤のない愛は、ただの『砂上の楼閣』です。維持費を払えない愛は、即刻差し押さえられる運命にあるのです」
ベルモットは食べかけの皿をセバスに渡すと、冷たい視線で二人を射抜いた。
「クロード殿下。そしてメアリ様。あなた方の『共同事業(不倫)』は、本日をもって正式に倒産(破局)と見なします。……なお、門の周辺での騒音、および景観の毀損料として、後ほど実家に請求書を送っておきますので、あしからず」
「待って! ベルモット! 行かないでくれ!」
「……ああ、そうだ。一つだけ、慈悲を差し上げましょう」
ベルモットは、ポーチから二枚の紙切れを投げ落とした。
それは、王都からこの荒野までの「片道分の乗合馬車チケット」だった。ただし、ランクは最低の荷台席である。
「これが、私からあなた方への最後の『手切れ金』です。王都へ戻り、自分たちの市場価値がどれほど地に落ちたか、じっくりと噛み締めてきなさい。……二度と、私の視界という貴重なリソースを汚さないように」
ベルモットが背を向けると、カシアンが肩に手を置いた。
「いいのか? 意外と優しいんだな、ベルモット」
「優しい? 冗談ではありませんわ。彼らにここで死なれては、領地の衛生管理コストと風評被害が発生します。王都へ送り返す方が、長期的にはコストカットになる。……ただの合理的な判断ですわよ」
「……はは、君らしいな」
背後では、最後の一枚のチケットを奪い合って、クロードとメアリが泥まみれの殴り合いを始めていた。
「わたくしのよ! 王子のくせにレディに譲りなさいよ!」
「黙れ! そもそもお前が私をそそのかしたのが全ての元凶だ!」
かつてパーティーの主役だった二人の声は、荒野の乾いた風にかき消されていった。
「真実の愛」という名の幻想が、一リの価値もなく崩れ去った瞬間であった。
かつて「真実の愛」を誓い合ったクロード王子とメアリ男爵令嬢は、砂埃の舞う地べたに座り込んでいた。
「……お腹が空きましたわ、クロード様。わたくし、もう三時間も何も食べていませんのよ?」
メアリが泥のついた顔で、不満を隠そうともせずに吐き捨てた。
「私だって空腹だ! だが、持ち金はすべて門番への賄賂(断られたが)で使い果たしたんだ。……そもそも、君が昨日『開運の干し肉』なんて怪しいものを金貨一枚で買ったのがいけないんだろう!」
「なんですって!? あれはわたくしたちの運気を上げるための必要経費ですわ! それを言うなら、クロード様こそ、さっきの門番に『俺は王子だぞ』なんて無駄な威圧をして時間を浪費したではありませんか!」
二人の間に、かつての甘い空気は微塵も残っていない。
そこにあるのは、空腹と焦燥が生み出した、剥き出しの「責任のなすりつけ合い」だった。
「……君のその、金に汚い本性には愛想が尽きたよ、メアリ。ベルモットはもっと理知的で、私の財布の管理も完璧だった……」
「あら、今更ベルモット様と比較なさるの? おかしいわね。あの卒業パーティーでは『冷酷な女とはおさらばだ!』なんて叫んでいたのはどこのどなたかしら?」
メアリが鼻で笑い、クロードのプライドを容赦なく踏みにじる。
「わたくしも、まさか第一王子がここまで無能だとは思わなかったわ。お金も出せない、土地も守れない、ただの『肩書きだけの置物』に用はありませんの!」
「なっ……! 貴様、今の言葉をもう一度言ってみろ!」
「何度でも言ってあげますわ! クロード様なんて、ベルモット様の足元にも及ばない『粗大ゴミ』ですわよ!」
二人が取っ組み合いの喧嘩を始めようとしたその時、門の上にあるバルコニーのカーテンが開き、ベルモットとカシアンが姿を現した。
ベルモットの手には、キンキンに冷えた果実酒のグラスと、湯気の立つ豪華な肉料理の皿がある。
「……セバス、現在の外気温と彼らの体温消費率を計算してください」
「は。気温二十八度。彼らは激しい口論により心拍数が上昇しており、通常時より二〇パーセント増しでカロリーを消費しております。あと三十分もすれば、空腹により活動停止するでしょうな」
ベルモットは優雅に肉を一口運び、それをじっと見つめる門外の二人を見下ろした。
「……見苦しいですね。愛という無形資産が底を突いた瞬間、これほどまでに醜い『債務超過』に陥るとは。これがあなた方の言う『真実の愛』の最終的な決算報告ですか?」
「ベルモット! 頼む、食べ物を……! パンの耳でもいい、恵んでくれ!」
クロードが門にしがみつく。メアリもそれを押しのけて叫んだ。
「ベルモット様! わたくしが悪うございました! 殿下との愛なんて、ただの『一時的な勘違い』だったんです! わたくしをここで雇ってください、なんでもしますわ!」
ベルモットはグラスを揺らし、冷徹に微笑んだ。
「お断りします。……メアリ様、あなたは以前、私の前で『愛があればお金なんていらない』と仰いましたね。その言葉、今こそ実践する時ではありませんか? 食べ物がなくても、愛があれば細胞は活性化する……という理論を、ぜひ身をもって証明してくださいな」
「そんなの嘘に決まってるじゃない! お金がなきゃ、お肌もボロボロになるし、お腹だって空くのよ!」
「おやおや。ついに真実の回答(正解)に辿り着きましたね。……経済という基盤のない愛は、ただの『砂上の楼閣』です。維持費を払えない愛は、即刻差し押さえられる運命にあるのです」
ベルモットは食べかけの皿をセバスに渡すと、冷たい視線で二人を射抜いた。
「クロード殿下。そしてメアリ様。あなた方の『共同事業(不倫)』は、本日をもって正式に倒産(破局)と見なします。……なお、門の周辺での騒音、および景観の毀損料として、後ほど実家に請求書を送っておきますので、あしからず」
「待って! ベルモット! 行かないでくれ!」
「……ああ、そうだ。一つだけ、慈悲を差し上げましょう」
ベルモットは、ポーチから二枚の紙切れを投げ落とした。
それは、王都からこの荒野までの「片道分の乗合馬車チケット」だった。ただし、ランクは最低の荷台席である。
「これが、私からあなた方への最後の『手切れ金』です。王都へ戻り、自分たちの市場価値がどれほど地に落ちたか、じっくりと噛み締めてきなさい。……二度と、私の視界という貴重なリソースを汚さないように」
ベルモットが背を向けると、カシアンが肩に手を置いた。
「いいのか? 意外と優しいんだな、ベルモット」
「優しい? 冗談ではありませんわ。彼らにここで死なれては、領地の衛生管理コストと風評被害が発生します。王都へ送り返す方が、長期的にはコストカットになる。……ただの合理的な判断ですわよ」
「……はは、君らしいな」
背後では、最後の一枚のチケットを奪い合って、クロードとメアリが泥まみれの殴り合いを始めていた。
「わたくしのよ! 王子のくせにレディに譲りなさいよ!」
「黙れ! そもそもお前が私をそそのかしたのが全ての元凶だ!」
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