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「お嬢様、隣国ノックス公国より正式な招待状が届きました。差出人は公国元首、ノックス大公閣下。つまり、カシアン様の父君にございます」
セバスが銀のトレイに乗せて持ってきたのは、深紅の封蝋が施された、重厚な羊皮紙の書簡だった。
ベルモットはペンを止めることなく、帳簿の数字を追いながら答えた。
「……ノックス公国での建国記念舞踏会ですね。セバス、移動距離と滞在期間、およびそれに伴う機会損失の概算を出してください」
「は。往復で四日、滞在三日。お嬢様が現場を離れることによる生産性の低下、および警備コストを含め、金貨約五百枚相当のマイナスが見込まれます」
「五百枚……。ただ踊って食事をするだけのイベントにしては、あまりにもコストパフォーマンスが悪すぎますわね。欠席の返事を出して……」
「待ってくれ、ベルモット! そこは『行く』という選択肢一択だろう!」
部屋の扉を勢いよく開けて入ってきたのは、カシアンだった。
彼はベルモットの机に両手をつき、熱心な眼差しで彼女を見つめた。
「私の父が、未来の息子の嫁……いや、最強のビジネスパートナーに会いたがっているんだ。これはノックス公国との国交を盤石にする、またとない外交チャンスだぞ?」
ベルモットはカシアンの顔をじっと見つめ、数秒間の沈黙の後、パチンと計算機を叩いた。
「……なるほど。外交チャンス、つまり『国家規模の展示会』と捉えればよろしいのですね?」
「……展示会?」
「ええ。ノックス公国の有力貴族が一堂に会する場です。そこで我が領地の最新製品を披露すれば、営業コストを大幅に削減して一気に市場を開拓できますわ。……よし、出席しましょう」
カシアンは安堵の溜息をついたが、ベルモットの瞳にはすでに「商談のシミュレーション」が映し出されていた。
「セバス。至急、新作の『蓄光式魔導ドレス』の最終調整に入りなさい。それから、配布用のサンプル結晶を百セット用意すること」
「畏まりました。……お嬢様、ドレスを『広告媒体』として活用されるおつもりで?」
「当然です。舞踏会の会場は、言わば歩く広告塔のためのランウェイ。私が一番目立つことで、我が領地の技術力を視覚的にアピールします。カシアン閣下、あなたにも最高の正装を用意させますわよ。私の隣で『高純度魔力燃料を使用したことによる健康増進効果』を体現していただきます」
「……私はただ、君と純粋にダンスを楽しみたいだけなんだがな。健康増進のモデルにされるのか?」
カシアンが苦笑するが、ベルモットは真剣そのものだ。
「ダンス? ああ、あの有酸素運動のことですね。一曲につき約十五キロカロリーの消費に対し、得られる心理的報酬がどの程度か計測する絶好の機会ですわ。閣下、あなたのリードによる『他者への威圧および心酔効果』を最大化するステップを練習しておいてください」
「……分かったよ。君を納得させるだけの『投資価値』があるダンスを見せよう」
数日後。
ベルモットは、鏡の前で完成したドレスをチェックしていた。
それは、最高級のシルクに、微細に砕いた魔導結晶を織り込んだ、動くたびに星屑のように煌めくドレスだった。
「……ふむ。照度は目標値をクリア。これなら、会場のどの令嬢よりも『ルクス(明るさ)』で勝てますわね」
「お嬢様、美しさの単位をルクスで測るのはおやめください……」
セバスが遠い目をして呟く。
そこへ、ノックス公国の正装を纏ったカシアンが現れた。
漆黒のジャケットに銀の刺繍。その圧倒的な美貌は、もはや「歩く国宝」と呼ぶに相応しい。
「準備はいいかい、ベルモット? ……ああ、言葉を失うな。今日の君は、どんな数字よりも美しい」
「閣下。その台詞、ノックス公国の有力貴族の前でも同じ熱量で言えますか? 私の評価額が上がれば、それだけ商談が有利になりますので」
「……ああ、もちろんだとも。世界中に自慢してやるよ、私の最高のフィアンセをね」
カシアンはベルモットの手を取り、優雅に口づけを落とした。
ベルモットは一瞬、心拍数が跳ね上がるのを感じたが、すぐにそれを「遠征前の緊張による交感神経の活性化」と断定した。
「……さあ、出発ですわ。目標は、建国記念舞踏会での新規受注、金貨一万枚突破! ノックス公国の財布を、我が領地の技術で空っぽにして差し上げましょう!」
「……ははは! 父が泣き言を言わない程度に手加減してやってくれよ?」
意気揚々と馬車に乗り込むベルモットと、それを愛おしそうに見つめるカシアン。
一行を乗せた豪華な馬車は、荒野を抜け、黄金に輝く隣国ノックス公国へと向かって走り出した。
「愛」という名の不確定要素を、「利益」という名の確信に変えるための、ベルモット史上最大の商戦が幕を開けようとしていた。
セバスが銀のトレイに乗せて持ってきたのは、深紅の封蝋が施された、重厚な羊皮紙の書簡だった。
ベルモットはペンを止めることなく、帳簿の数字を追いながら答えた。
「……ノックス公国での建国記念舞踏会ですね。セバス、移動距離と滞在期間、およびそれに伴う機会損失の概算を出してください」
「は。往復で四日、滞在三日。お嬢様が現場を離れることによる生産性の低下、および警備コストを含め、金貨約五百枚相当のマイナスが見込まれます」
「五百枚……。ただ踊って食事をするだけのイベントにしては、あまりにもコストパフォーマンスが悪すぎますわね。欠席の返事を出して……」
「待ってくれ、ベルモット! そこは『行く』という選択肢一択だろう!」
部屋の扉を勢いよく開けて入ってきたのは、カシアンだった。
彼はベルモットの机に両手をつき、熱心な眼差しで彼女を見つめた。
「私の父が、未来の息子の嫁……いや、最強のビジネスパートナーに会いたがっているんだ。これはノックス公国との国交を盤石にする、またとない外交チャンスだぞ?」
ベルモットはカシアンの顔をじっと見つめ、数秒間の沈黙の後、パチンと計算機を叩いた。
「……なるほど。外交チャンス、つまり『国家規模の展示会』と捉えればよろしいのですね?」
「……展示会?」
「ええ。ノックス公国の有力貴族が一堂に会する場です。そこで我が領地の最新製品を披露すれば、営業コストを大幅に削減して一気に市場を開拓できますわ。……よし、出席しましょう」
カシアンは安堵の溜息をついたが、ベルモットの瞳にはすでに「商談のシミュレーション」が映し出されていた。
「セバス。至急、新作の『蓄光式魔導ドレス』の最終調整に入りなさい。それから、配布用のサンプル結晶を百セット用意すること」
「畏まりました。……お嬢様、ドレスを『広告媒体』として活用されるおつもりで?」
「当然です。舞踏会の会場は、言わば歩く広告塔のためのランウェイ。私が一番目立つことで、我が領地の技術力を視覚的にアピールします。カシアン閣下、あなたにも最高の正装を用意させますわよ。私の隣で『高純度魔力燃料を使用したことによる健康増進効果』を体現していただきます」
「……私はただ、君と純粋にダンスを楽しみたいだけなんだがな。健康増進のモデルにされるのか?」
カシアンが苦笑するが、ベルモットは真剣そのものだ。
「ダンス? ああ、あの有酸素運動のことですね。一曲につき約十五キロカロリーの消費に対し、得られる心理的報酬がどの程度か計測する絶好の機会ですわ。閣下、あなたのリードによる『他者への威圧および心酔効果』を最大化するステップを練習しておいてください」
「……分かったよ。君を納得させるだけの『投資価値』があるダンスを見せよう」
数日後。
ベルモットは、鏡の前で完成したドレスをチェックしていた。
それは、最高級のシルクに、微細に砕いた魔導結晶を織り込んだ、動くたびに星屑のように煌めくドレスだった。
「……ふむ。照度は目標値をクリア。これなら、会場のどの令嬢よりも『ルクス(明るさ)』で勝てますわね」
「お嬢様、美しさの単位をルクスで測るのはおやめください……」
セバスが遠い目をして呟く。
そこへ、ノックス公国の正装を纏ったカシアンが現れた。
漆黒のジャケットに銀の刺繍。その圧倒的な美貌は、もはや「歩く国宝」と呼ぶに相応しい。
「準備はいいかい、ベルモット? ……ああ、言葉を失うな。今日の君は、どんな数字よりも美しい」
「閣下。その台詞、ノックス公国の有力貴族の前でも同じ熱量で言えますか? 私の評価額が上がれば、それだけ商談が有利になりますので」
「……ああ、もちろんだとも。世界中に自慢してやるよ、私の最高のフィアンセをね」
カシアンはベルモットの手を取り、優雅に口づけを落とした。
ベルモットは一瞬、心拍数が跳ね上がるのを感じたが、すぐにそれを「遠征前の緊張による交感神経の活性化」と断定した。
「……さあ、出発ですわ。目標は、建国記念舞踏会での新規受注、金貨一万枚突破! ノックス公国の財布を、我が領地の技術で空っぽにして差し上げましょう!」
「……ははは! 父が泣き言を言わない程度に手加減してやってくれよ?」
意気揚々と馬車に乗り込むベルモットと、それを愛おしそうに見つめるカシアン。
一行を乗せた豪華な馬車は、荒野を抜け、黄金に輝く隣国ノックス公国へと向かって走り出した。
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