26 / 28
26
しおりを挟む
ノックス公国の王宮バルコニー。
煌びやかな舞踏会の喧騒を背に、ベルモットは手帳にペンを走らせていた。
「……ふむ。ノックス公国の三大伯爵家との独占供給契約が締結。期待収益は四半期で金貨三千枚を突破。実に生産性の高い夜ですわ」
ベルモットは満足げに手帳を閉じ、冷たい夜風に火照った顔を晒した。
「ベルモット。商談はもういいだろう? 今は君を『経営者』ではなく『一人の女性』として、この夜景を楽しんでほしいんだが」
いつの間にか背後に立っていたカシアンが、彼女の肩に上質なマントをかけた。
「……閣下。夜景を楽しむという行為は、網膜に光刺激を与えるだけで、直接的なキャッシュフローを生みませんわ。それよりも、先ほどの大公閣下との会話……。公国のエネルギー政策について、私の提示したプランへの賛同率は何パーセントだと予測されますか?」
カシアンは深く、深く溜息をつき、ベルモットの隣に並んで手すりに身を預けた。
「……九十九パーセントだろうな。父は君の『効率主義』に、恐怖を通り越して惚れ込んでいるよ。……だが、今は仕事の話じゃない」
カシアンはベルモットの方を向き、真剣な眼差しで彼女の瞳を捉えた。
「以前、私たちは『ビジネスパートナー』としての婚約を交わした。覚えているかい?」
「当然です。契約内容は全て暗記しておりますわ。資産の個別管理、および相互の経営介入に関する条項……」
「……それを、本日をもって『破棄』したい」
ベルモットの思考が、一瞬だけフリーズした。
「……破棄? 閣下、正気ですか? 現在の提携によるシナジー効果は、単体での活動を遥かに上回る数値を出しています。今、契約を解消するのは経済的自殺行為……」
「そうじゃない。……『更新』したいんだ」
カシアンはベルモットの前に跪き、どこかから小さな、しかし眩いほど大きなダイヤモンドが嵌まったリングを取り出した。
「ベルモット・フォン・アグレット。私は君に、新たな『資本提携』を提案する」
ベルモットは計算機を叩くような速さで指を動かし、そのリングを凝視した。
「……そのダイヤモンド。純度、カット、カラット数……どれをとっても市場の最高級品ですね。これを私に提示するということは……追加の出資要請ですか?」
「いいや。……私の人生という名の全株式の『五十一パーセント』を、君に譲渡したいんだ」
「……五十一パーセント?」
ベルモットは眉をひそめ、計算尺を取り出そうとした。
「支配権を握れる最低ラインですね。……ですが閣下。残りの四十九パーセントの行方は? もし他者がそれを取得すれば、敵対的買収のリスクが残りますわ。経営の安定性を考えれば、中途半端な比率は避けるべきです」
カシアンは苦笑し、彼女の手を取って指先に口づけを落とした。
「……厳しいな。では、言い換えよう。私は君に、私の心、身体、資産、そして未来……その全ての『永久独占使用権』を付与したい。対価として、君の人生を私に預けてくれないか?」
「独占使用権……。つまり、競合他社(他の女性)との一切の接触を断ち、リソースを私一人に集中させるという確約ですね?」
「ああ、誓うよ。君以外の女性に、私の一リの情熱も割くつもりはない」
ベルモットは、激しく高鳴る自らの鼓動を「計算外のノイズ」として処理できなくなっていることに気づいた。
カシアンの瞳に映る自分は、効率や数字ではなく、ただ一人の女性として熱く見つめられている。
「……閣下。あなたの提案には、重大な欠陥がありますわ」
「……欠陥?」
カシアンの顔に、微かな不安がよぎる。
ベルモットは彼の手を、これまでになく強く握り返した。
「五十一パーセントなんて、不服です。……私に投資を求めるのであれば、あなたの全て、すなわち『百パーセント』の株式を私に寄越しなさい」
ベルモットは、不敵で、しかし最高に美しい「独占欲」に満ちた笑みを浮かべた。
「私の人生を預ける以上、一パーセントの余地も他人に渡すつもりはありません。あなたの呼吸、あなたの鼓動、あなたの思考……その全てを私の管理下に置き、最高のリターンを追求していただきますわ」
カシアンは一瞬呆気に取られたが、やがて腹を抱えて笑い出した。
「……ははは! 全株式の取得(バイアウト)か! 君らしい、実に君らしいプロポーズの回答だ!」
カシアンは立ち上がり、彼女を力一杯抱きしめた。
「いいだろう。私の全ては今日から君のものだ。……CEO(最高経営責任者)、指示を。これから、私たちの『共同人生』をどう動かしていく?」
ベルモットはカシアンの胸に顔を埋め、彼の温もりを感じながら答えた。
「……まずは、この舞踏会の会場で、我が領地の新製品をさらに三件受注させますわ。お祝いの品として、大公閣下から関税の永久免除を引き出す絶好の機会ですから」
「……はは、やっぱり仕事か。……でも、そんな君をまるごと愛しているよ、ベルモット」
「……愛。……ええ、それも『純利益』として、たっぷりと受け取ってあげますわ」
夜空に上がる祝砲の光に照らされて、二人の「永久契約」は、かつてないほど強固な形で結ばれたのである。
煌びやかな舞踏会の喧騒を背に、ベルモットは手帳にペンを走らせていた。
「……ふむ。ノックス公国の三大伯爵家との独占供給契約が締結。期待収益は四半期で金貨三千枚を突破。実に生産性の高い夜ですわ」
ベルモットは満足げに手帳を閉じ、冷たい夜風に火照った顔を晒した。
「ベルモット。商談はもういいだろう? 今は君を『経営者』ではなく『一人の女性』として、この夜景を楽しんでほしいんだが」
いつの間にか背後に立っていたカシアンが、彼女の肩に上質なマントをかけた。
「……閣下。夜景を楽しむという行為は、網膜に光刺激を与えるだけで、直接的なキャッシュフローを生みませんわ。それよりも、先ほどの大公閣下との会話……。公国のエネルギー政策について、私の提示したプランへの賛同率は何パーセントだと予測されますか?」
カシアンは深く、深く溜息をつき、ベルモットの隣に並んで手すりに身を預けた。
「……九十九パーセントだろうな。父は君の『効率主義』に、恐怖を通り越して惚れ込んでいるよ。……だが、今は仕事の話じゃない」
カシアンはベルモットの方を向き、真剣な眼差しで彼女の瞳を捉えた。
「以前、私たちは『ビジネスパートナー』としての婚約を交わした。覚えているかい?」
「当然です。契約内容は全て暗記しておりますわ。資産の個別管理、および相互の経営介入に関する条項……」
「……それを、本日をもって『破棄』したい」
ベルモットの思考が、一瞬だけフリーズした。
「……破棄? 閣下、正気ですか? 現在の提携によるシナジー効果は、単体での活動を遥かに上回る数値を出しています。今、契約を解消するのは経済的自殺行為……」
「そうじゃない。……『更新』したいんだ」
カシアンはベルモットの前に跪き、どこかから小さな、しかし眩いほど大きなダイヤモンドが嵌まったリングを取り出した。
「ベルモット・フォン・アグレット。私は君に、新たな『資本提携』を提案する」
ベルモットは計算機を叩くような速さで指を動かし、そのリングを凝視した。
「……そのダイヤモンド。純度、カット、カラット数……どれをとっても市場の最高級品ですね。これを私に提示するということは……追加の出資要請ですか?」
「いいや。……私の人生という名の全株式の『五十一パーセント』を、君に譲渡したいんだ」
「……五十一パーセント?」
ベルモットは眉をひそめ、計算尺を取り出そうとした。
「支配権を握れる最低ラインですね。……ですが閣下。残りの四十九パーセントの行方は? もし他者がそれを取得すれば、敵対的買収のリスクが残りますわ。経営の安定性を考えれば、中途半端な比率は避けるべきです」
カシアンは苦笑し、彼女の手を取って指先に口づけを落とした。
「……厳しいな。では、言い換えよう。私は君に、私の心、身体、資産、そして未来……その全ての『永久独占使用権』を付与したい。対価として、君の人生を私に預けてくれないか?」
「独占使用権……。つまり、競合他社(他の女性)との一切の接触を断ち、リソースを私一人に集中させるという確約ですね?」
「ああ、誓うよ。君以外の女性に、私の一リの情熱も割くつもりはない」
ベルモットは、激しく高鳴る自らの鼓動を「計算外のノイズ」として処理できなくなっていることに気づいた。
カシアンの瞳に映る自分は、効率や数字ではなく、ただ一人の女性として熱く見つめられている。
「……閣下。あなたの提案には、重大な欠陥がありますわ」
「……欠陥?」
カシアンの顔に、微かな不安がよぎる。
ベルモットは彼の手を、これまでになく強く握り返した。
「五十一パーセントなんて、不服です。……私に投資を求めるのであれば、あなたの全て、すなわち『百パーセント』の株式を私に寄越しなさい」
ベルモットは、不敵で、しかし最高に美しい「独占欲」に満ちた笑みを浮かべた。
「私の人生を預ける以上、一パーセントの余地も他人に渡すつもりはありません。あなたの呼吸、あなたの鼓動、あなたの思考……その全てを私の管理下に置き、最高のリターンを追求していただきますわ」
カシアンは一瞬呆気に取られたが、やがて腹を抱えて笑い出した。
「……ははは! 全株式の取得(バイアウト)か! 君らしい、実に君らしいプロポーズの回答だ!」
カシアンは立ち上がり、彼女を力一杯抱きしめた。
「いいだろう。私の全ては今日から君のものだ。……CEO(最高経営責任者)、指示を。これから、私たちの『共同人生』をどう動かしていく?」
ベルモットはカシアンの胸に顔を埋め、彼の温もりを感じながら答えた。
「……まずは、この舞踏会の会場で、我が領地の新製品をさらに三件受注させますわ。お祝いの品として、大公閣下から関税の永久免除を引き出す絶好の機会ですから」
「……はは、やっぱり仕事か。……でも、そんな君をまるごと愛しているよ、ベルモット」
「……愛。……ええ、それも『純利益』として、たっぷりと受け取ってあげますわ」
夜空に上がる祝砲の光に照らされて、二人の「永久契約」は、かつてないほど強固な形で結ばれたのである。
0
あなたにおすすめの小説
婚約破棄のススメ!王子の「真実の愛」見つけて差し上げます
パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢メロア・クレーベルの隣には、非の打ち所がない完璧すぎる婚約者、ジークハルト王子が君臨している。このまま結婚すれば、待っているのは「王妃教育」と「終わらない公務」という名の過労死コース……。
「嫌ですわ! わたくし、絶対に婚約破棄して隠居してみせますわ!」
決意したメロアは、入学したての学園で、王子の「真実の愛の相手(ヒロイン)」を見つけ出し、自分を捨ててもらうという作戦を開始する。
いいえ、ただ私は婚約破棄されたいだけなんです!
鏡おもち
恋愛
伯爵令嬢ロニエ・エヴァンズには、ささやかな野望があった。それは、ハイスペックすぎて重すぎる愛を持つ婚約者、第一王子アレンから「婚約破棄」を突きつけられ、実家の離れで一生ダラダラと昼寝をして過ごすこと。
ロニエは学園入学を機に、あの手この手で「嫌われる努力」を開始する。
妹なんだから助けて? お断りします
たくわん
恋愛
美しく聡明な令嬢エリーゼ。だが、母の死後に迎えられた継母マルグリットによって、彼女の人生は一変する。実母が残した財産は継母に奪われ、華やかなドレスは義姉たちに着られ、エリーゼ自身は使用人同然の扱いを受ける。そんなある日――。
婚約破棄?悪役令嬢の復讐は爆速で。
ハチワレ
恋愛
「リリム・フォン・アスタロト! 貴様との婚約を破棄する!」
卒業パーティーの最中、婚約者である王太子エリオットから身に覚えのない罪を突きつけられた公爵令嬢リリム。隣には「真実の愛」を語るマシュマロ系男爵令嬢シャーリーの姿。
普通の令嬢なら泣き崩れる場面――だが、リリムは違った。
王子、おひとり様で残りの人生をお楽しみください!
ちゃっぴー
恋愛
「ラーニャ、貴様との婚約を破棄する!」
卒業パーティーの真っ最中、ナルシストな第一王子ウィルフレッドに身に覚えのない罪で断罪された公爵令嬢ラーニャ。しかし、彼女はショックを受けるどころか、優雅に微笑んで拍手を送った。
なぜなら、ラーニャはとっくに王子の無能さに愛想を尽かし、この日のために完璧な「撤退準備」を進めていたからだ。
『二流』と言われて婚約破棄されたので、ざまぁしてやります!
志熊みゅう
恋愛
「どうして君は何をやらせても『二流』なんだ!」
皇太子レイモン殿下に、公衆の面前で婚約破棄された侯爵令嬢ソフィ。皇妃の命で地味な装いに徹し、妃教育にすべてを捧げた五年間は、あっさり否定された。それでも、ソフィはくじけない。婚約破棄をきっかけに、学生生活を楽しむと決めた彼女は、一気にイメチェン、大好きだったヴァイオリンを再開し、成績も急上昇!気づけばファンクラブまでできて、学生たちの注目の的に。
そして、音楽を通して親しくなった隣国の留学生・ジョルジュの正体は、なんと……?
『二流』と蔑まれた令嬢が、“恋”と“努力”で見返す爽快逆転ストーリー!
愛を騙るな
篠月珪霞
恋愛
「王妃よ、そなた一体何が不満だというのだ」
「………」
「贅を尽くした食事、ドレス、宝石、アクセサリー、部屋の調度も最高品質のもの。王妃という地位も用意した。およそ世の女性が望むものすべてを手に入れているというのに、何が不満だというのだ!」
王妃は表情を変えない。何を言っても宥めてもすかしても脅しても変わらない王妃に、苛立った王は声を荒げる。
「何とか言わぬか! 不敬だぞ!」
「……でしたら、牢に入れるなり、処罰するなりお好きに」
「い、いや、それはできぬ」
「何故? 陛下の望むままなさればよろしい」
「余は、そなたを愛しているのだ。愛するものにそのような仕打ち、到底考えられぬ」
途端、王妃の嘲る笑い声が響く。
「畜生にも劣る陛下が、愛を騙るなどおこがましいですわね」
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる